海辺・3
鳥烏島と、似たような漢字が多くて紛らわしいかもしれません。ごめんなさい。
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烏を鴉に改めました。少しは読み易くなっているいいのですが。
「ええと、まずマレビトってのがわからないんだけど」
力を貸すとか貸さないとかって言われても、そもそも私に特殊能力はない。異世界に来たからって能力的な変化がないことは、先ほど岩を登るので苦労したことを考えればほぼ間違いないだろう。変な期待をされても困る。
「マレビトというのは、異界からいらした方のことです」
ユーノの言葉は簡潔だけれど、説明された気がしない。
「どうして私が異界から来たってわかるの?」
「異界からいらした方は黒い髪をなさっていると聞いています。キーネさまは見事な黒髪をお持ちですから」
「ふうん」
――あっちの世界にだって金色とか茶色とか、いろいろな色の髪があるんだけどな。
反射的に浮かんだ考えはとりあえず言わずに、肝心の部分を尋ねる。
「私は確かに異界から来たけれど、何か特別な力があるわけじゃないから、力になれるとは思えないけど?」
「マレビトさまは稀なる知識を持っているのでマレビトと呼ばれています。しかもキーネさまは竜を従えているような方ですから、きっと私の悩みなど即座に解決していただけると存じます」
なんかこの王子様、激しく誤解してないか?
「この竜は、――ハーヌっていうんだけど――ハーヌは私が従えているわけじゃないわ。どっちかっていうと、私がオマケの立場よ」
ハーヌは私がいなくても困らないけれど、私はハーヌがいないと帰れない。どう考えても私が従ってる側だ。――胸を張って言うことでもないけど。
「失礼いたしました」
私の不快感が伝わったのか困ったようにユーノが謝ったところで、黙って私たちの遣り取りを聞いていたハーヌが口を開いた。
「どっちが従うって関係じゃないんだが、とりあえずその頼みを言ってみたらどうだ?」
確かに、そのほうが建設的だ。
私の視線に促されて、ユーノは再び口を開いた。
「私がこの島に参りましたのは、わが国の宝を探すためでございます」
「宝? こんな海岸に?」
「はい。普段は王宮の宝物殿に納められているのですが、先日、近々行われる私の成人の儀の準備で広間に出したところを、窓から侵入した渡り鴉に持ち去られてしまったのです」
――それは結構マヌケな話なんじゃないだろうか。それにしても、これから成人式ってことは、きっとユーノは私よりも年下だろう。西洋人の年齢って見た目からだとよくわからないと、改めて思う。まぁ常に実年齢より上に見られる私に言われたくないだろうけど。
私の感慨を余所に、ユーノは語り続ける。
「何しろ一番の国宝ですから、儀式までには何としても探し出さねばなりません。見つからない場合は私の王位継承問題にも発展しかねないので、このことは公にはせず、私自身で隠密裏に見つけ出すようにというのが、王の命令でございます」
――あらま、王位継承とか、すごい大問題じゃないの。
「まずは鳥に詳しい者に聞いたところ、鴉が巣に持ち帰っているのではないかとの見解でした。そして、この島の隣にある小島が渡り鴉の営巣地になっているそうなので、それを探しに参りました」
そう言えばこの島にも随分黒い羽根が落ちていたっけ。隣の島に巣があるなら、ここにも立ち寄っているんだろう。
「隣の島なら直接行けばいいんじゃない?」
私の素朴な意見にユーノは溜息を吐いた。
「渡り鴉は非常に凶暴なので、直接近づくのは大変危険です。幸い鳥ですから夜中は寝静まっているので、この島で夜更けまで待って小舟で近づく予定でおりました」
「夜中に探し物なんてできるの?」
またしてもユーノの溜息。
「問題はそこなんです。探しているのは国宝なので、多少は光るらしいのですが、それでも見つかるかどうか……。それにも増して、渡り鴉は非常に攻撃的で危険な鳥ですから、たとえ夜中でも巣に踏み込んで無事とは思えません。みすみす臣下を危険に晒すのは避けたいのですが、他に手段がなく……」
「そうだったんだ」
携帯は光源になるけれど、その程度で解決できるとは思えない。
「臣下たちは今あちらの浜で準備をしておりますが、私は一足先にその島の様子を遠目でも見ておこうと思い、海岸伝いに歩いているところでした。そこにハーヌさまとご一緒のキーネさまのお姿が見えたので、これは神が我が国に遣わされた救いだと思ったのですが……」
――頼むからそんなご大層なものにしないでくれ。
私の嘆きを感じたわけではないだろうが、ハーヌは海のほうに視線を向けながら尋ねた。
「その小島ってのはどの辺りなんだ?」
「その先を回ったところからはもう見えるはずです。渡り鴉は警戒心が強いのであちらから見えると襲われる恐れがあるそうで、私共の船は反対側の入江に泊めてありますが、今は昼間ですし、こちらから少人数で見るくらいなら大丈夫らしいです」
言いながら方向を示して歩き始めたユーノの後について、波打ち際を歩く。靴越しでも濡れた砂の感触が心地よい。
「昼間のほうが安全なの?」
だったらわざわざ夜に行かなくても、と思って訊いてみる。
「あくまでも遠目で見るなら、だそうです。この近くの漁師の話では、渡り鴉たちは日中は島から離れて魚を取っていることが多いのですが、島に侵入したのが見つかると戻ってくるらしいです」
先ほど私がよじ登った大岩から続く岬を回り込むと、確かに小さな島が見えた。海からいきなり垂直に切り立った崖の上が平らになっていて、わずかに木が生えているのが見える。確かにあの上にいるときに鳥に襲われたら、崖から海に飛び込むしかない。海面から岩が覗いている様子を見れば、それがどんなに危険なことか尋ねなくてもよくわかった。
とはいえ、あの崖を暗い中で登るのも同じくらい危険だろう。さっき岩を登ったときだって、しっかり見えていても結構大変だった。
「確かに鴉はいないようだな」
ハーヌが言った。私には島の形しかわからない。
「見えるの?」
「ああ。近くの海上にもいないみたいだな」
瞳孔が縦の線になった目でハーヌは島の周辺を見ている。きっと私よりずっと遠くが見えるのだろう。
「俺は渡り鴉の営巣地は何度か見たことがあるが、いくら日中でも少なすぎる気がするぞ。他にもっと大きな巣があるんじゃないか?」
ハーヌの問いに、ユーノが答える。
「既に渡りの季節が始まっていて、群れの大部分は北に向けて既に飛び立った後だそうです。今残っているのは最後の一部分だとか」
――なるほど、渡り鴉と言うくらいだから、渡り鳥なのね。
「だったら全部渡ってからゆっくり行けばいいだろうに」
「仰ることはごもっともなのですが、成人の儀に間に合わせねばならないのです」
「なるほどな」
ユーノの説明に頷いたハーヌは、私のほうを向いた。
「キーネ、空を飛んでみたいって言ってたよな?」
「え? うん。飛べたら気持ちよさそうだと思うもの」
「ちょっと上から見てみるか?」
ハーヌは小島を顎で示す。
「よろしいのですか?」
ユーノが嬉しそうに尋ねる。
「キーネ次第だな」
答えたハーヌに、私は大きく頷いた。
「行く。私、飛んでみたい」