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宰相宮・11

 しばらくして一人でやってきたユーノは、汗を流してさっぱりした様子だった。シャワーかそれに類するものがあるのだろう。

 それでも鍛錬に参加してきたという言葉どおり温まった身体の活動的な気配が、上気した頬や首筋から立ち上っている。ユーノ自身は品良くゆったりと歩いているが、すっきりと無駄のない腕の動き足の運びから、若い体内を駆け廻る血流が感じられるようだ。

 世界が違っても人間の作りは変わらないらしく、ユーノのたたずまいに中学高校と馴染んだ運動部の練習後の風景が重なった。それに引き換え、私はこの部屋から出られない。筋違いだとはわかっていても、恨みがましい気分になった。

「どうなさいました?」

 私の気分が伝わったのか、ユーノが優しく微笑む。そんなにわかり易いかな、私。

 きらきらの王子さまスマイルに、八つ当たりを自覚している私はもごもごと言葉を濁した。

「どうってわけでもないけど……」

 この豪華な部屋も、美味しい食事も、気持ちのいいお風呂も、みんなユーノの力で提供されているものだ。感謝はしても、恨みごとを口にする筋合いではない。部屋から出られないくらいは許容範囲だと考えるべきだ。ユーノがいなければ、私はこちらの世界でまず食べる物から困っていたはずだ。

 ――あれ? でも元々ユーノと宰相のトラブルに巻き込まれたのが原因でこうなっているとも言えるな。何もなければあっさり帰っていたわけだし。だったら少しくらい我儘を言ってもいいかもしれない。

 自分がハーヌを怒らせて事態を混乱させたことには敢えて目を瞑り、私は自分に都合のいい理屈を捏ね上げた。

「えっと、私も身体を動かしたいなって。部屋の中に閉じこもっていると気分が塞ぐから……」

 後ろめたさから語尾が曖昧になったけれど、ユーノは簡単に同意してくれた。

「ああ、そうですね。散歩などがよろしいですか?」

 多分ユーノがイメージしたのは、中庭をのんびりと散策するドレスの貴婦人だろう。でも、私がしたいのはもっと運動らしい運動だ。

「ううん、走りたいの。中庭でもいいけど、石畳は走り難いから、できればもっと平らなところのほうがいいな」

 昨日は無我夢中だったけれど、今思えばあの中庭の敷石はでこぼこだった。あそこを走ると足首を痛めそうだ。

「走る、ですか……」

「そう。走ったらすっきりすると思うんだ」

 意外そうに訊き返したユーノは、強く頷いた私に怪訝そうな表情を浮かべつつもすぐに提案をしてくれる。

「では練兵場などはどうでしょう。中庭よりも広くて、邪魔になるものはありません」

 なるほど、練兵場ならグランドみたいなものよね、きっと。

 ところが私が頷く前にユーリが気がついたように言った。

「ああ、でも殺風景であまり女性にお勧めの場所とは言えませんね」

「別に風景はどうでもいいから。綺麗なのに越したことはないけれど、開けた場所だと誰が見るか分からなくて面倒なんでしょ?」

 練兵場なら軍の関係者しか出入りしないだろうから、指揮系統がしっかりしていて立ち入り禁止の指示もし易いだろう。こそこそするのは癪に触るけれど、こんなことで宰相と対立するのは莫迦莫迦しいと思う。

「あ、それとも女の人は入っちゃいけないとか?」

 ふと思いついて訊いてみると、ユーノはすぐに首を横に振った。

「いえ、そんなことはありません。数は少ないですが、女性の兵士もいますから」

 そうか、女性の官吏がいるくらいだもん、女性の兵士もいるよね。

「だったら問題ないよね」

 走れるとなったら急に元気が出てきた。我ながら現金だ。

「本当に何もない、殺風景なところですよ」

 私が嬉しそうなので心配になったらしいユーノがもう一度言う。

「うん、わかってる。この際、走れるなら廊下だって構わないから」

 正直な気持ちだったのだけれど、聞いたユーノは目を見張り、それから楽しそうにくつくつと笑いだした。

「それはさぞ騒ぎになるでしょうね」

 ユーノの言葉にライラが慌てて横を向いた。細い肩が小刻みに震えているのは笑いをこらえているのだろう。

「うん、どうにもならなかったらその手を使ってみましょうか」

 ユーノはあくまで冗談のように言ったけれど、もしかしたら宰相との交渉が相当行き詰っているのかもしれないと、そんなことがふと頭を過った。

 それからユーノは何か困っていることはないかとか、欲しいものはあるかとか、いろいろ気遣ってくれたけれど、宰相との交渉については言葉を濁してあまり教えてくれなかった。やっぱりうまくいっていないらしい。

 それでも私に心配をかけたくないのか、はたまた話をしても仕方がないと思っているのか――確かに私では何もできないけど――、もうしばらく掛かりますとしか言わない。成人の儀に間に合わないといけないって話だったはずだけれどと思いつつ、何もできない私がそれを言うのも気が引けて、結局突っ込んだことは聞けずに終わった。


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