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閑話・王太子の部屋(ライラリア視点)

今回からしばらくライラリア視点です。

 キーネの教えてくれる柔軟体操はちょっと痛い時もあるけれど、身体が伸びる感覚がとても気持ちよくて病みつきになりそうだ。キーネは毎日風呂上がりにやるといいと言う。ずっと続けたら、ちびの私でも少しは背が伸びるだろうか。

 ちなみに、キーネを呼び捨てにすること、そして敬称をつけずに考えること自体に抵抗を感じるが、「さま」をつけるのは本人が嫌がるので、「キーネ」という呼び方自体に敬称が含まれていると思うことにした。

 その他の点もキーネはとても気さくで、稀人とはこのような方なのだなと一つ一つの言動に感心する。床の上に座りスカートを捲って足を広げている姿は、こちらの常識からすればとてもはしたないのだが、下品な感じは一切しない。むしろしなやかな動きは美しく、ついつい見惚れてしまいそうだ。

 教えられるままに右手を左側に引っ張るように伸ばしているところで、ドアがノックされた。キーネに断って手早く身なりを整え、外に出る。

立っていたのは衛兵の他に二人の兵士だった。それぞれ所属が違うことを示す肩章をつけているから、用件はばらばらのようだと思ったのに、聞いてみたら二人とも用事の内容は同じだった。ただし、行く先は別。一人は殿下から、もう一人は宰相からの伝言で、どちらも「手が空いたら来て欲しい」というもの。

 手が空いたら、と一口で言うのは簡単だが、今現在キーネの侍女は私しかいない。手が空くことなどあり得ないのだが、どうすればいいのだろう?

 目の前の兵士たちに質してみたが、二人とも伝言を運ぶだけが任務なので自分には何とも言えないという答えだった。とりあえず殿下も宰相も、無理に急ぐようにとは言っていないらしい。その点は助かるが、困った事態なのに変わりはない。

 役目は果たしたとばかりに去っていく兵士たちを見送って部屋に戻った私は、きっと困惑した表情を浮かべてしまっていたに違いない。キーネが心配そうに敷物の上から見上げてきた。

「どうしたの?」

 貴人に心配させてしまうなんて、侍女失格だ。私は慌てて笑顔を取り繕った。

「い、いえ」

「何か用事だったんでしょ? 行かなくていいの?」

 偶然なのか鋭いのか、キーネはすぱりと言い当てた。誤魔化しても仕方がないので、殿下と宰相の両方に呼び出しを受けていることを告げる。

「だったら、すぐに行ってくれば? それとも何か先にしておくことがある?」

 キーネはまったく拘りなく尋ねる。

「お一人でお困りではないでしょうか?」

 うろたえる私にキーネは首を横に振って見せた。

「別に柔軟はいつも一人でやっていることだし。あ、終わったら部屋の中を見て回ろうと思っていたんだけど、触ったらいけないものとかがあったら今のうちに教えて」

「いえ、そういったものは特にないです。キーネが使うための部屋ですから」

「じゃあ、私は構わないよ。宰相に怒られないように、ちゃんと部屋から出ないようにしているから、心配しないで」

「……」

 それでも躊躇う私の背を押すようにキーネは言う。

「遅くなると食事がどうとかって始まるんじゃない? 悪いけど、私はこちらの食事のマナーがよくわからないから、その時は傍に居て欲しい。だから今のうちに行ってきてよ」

 確かにそうだ。私はやっとキーネを一人にする決心をした。

「じゃあ、急いで行ってきます」

「慌てなくていいからね。ユーノによろしく」

 小さく手を振るキーネに見送られて私は部屋を後にした。



「失礼いたします」

 殿下の部屋はキーネの部屋のすぐ近くだ。気持ちを切り替えるように深呼吸してから中に入る。なりゆきでこうなったとはいえ、本来は直接目通りすることなどできない雲の上の方だ。粗相があってはならない。

「遅くなりまして申し訳ございません」

 私は目を伏せたまま深々と頭を下げた。殿下の前に立つなど考えたこともなかったから、礼に適ったふるまいというのがわからない。というか、私のように身分の低い者が直接会話すること自体が不敬に値するだろう。殿下の気に障らないことを願うばかりだ。

「そんなに硬くならないで、顔を上げて」

 柔らかな声に促されて顔を上げると、絵姿で何度も見たユーノリディアス王太子殿下の秀麗なご尊顔がすぐそこに見えた。殿下も湯を使われたのか、先程よりもさっぱりしたご様子で、絵姿などより数段ご立派だ。

「忙しいところすまないね」

「と、とんでもないことでございます」

 思いがけない言葉に思わずどもってしまったけれど、殿下は気にした様子もなくお尋ねになった。

「キーネさまの様子はどうかな?」

「は、はい、先程入浴を済まされて、今はお部屋にいらっしゃいます」

 私の様子がおかしかったのか、殿下がくすりと笑われる。

「そんなに畏まらなくていいから。さっきはもっと親しく話してくれたと思うけど」

「あ、あれは咄嗟のことで、気が動転していて……」

 頬が熱くなった。急なことでびっくりしていたとはいえ、先程の態度は失礼と咎められても仕方のないものだったと思う。

「君には助けて貰った上に、面倒事に巻き込んでしまって申し訳ないと思っている」

「そんな、勿体ないお言葉を」

 確かに助けたことにはなるけれど、あの状況では私でなくても同じことをしただろう。そもそも私はあの時、殿下に似た貴人だと思ったから殿下と呼びかけただけで、本当に王太子殿下だと思っていたわけではない。その後の流れで本物の殿下だと分かってかなり驚いたというのが実情だ。

「あなたには迷惑だろうけれど、宰相が彼女の存在を皆に知らせたくないと思っているから、今はあなたに頼むしかないんだ。その所為で将来的に不利になることがないように配慮するから、そのことは安心してほしい」

「あ、ありがとうございます。でも、私もキーネさまとご一緒できてとても楽しいので、迷惑だとは思っておりません」

「ありがとう。もう仲良くなったんだね」

「はい。キーネさまはとても気さくでお優しい方です」

 力を込めて頷いた私に殿下は嬉しそうに微笑まれた。もともととても美男子でいらっしゃる殿下が優しい笑みを浮かべられるご様子がなんとも眼福だ。ふと、殿下とキーネさまとはお似合いだと、そんなことを思った。不敬かもしれないが、下々の者にありがちな想像くらいは許されるだろう。

「あなたも忙しいだろうから、用件は手短にしよう。まず確認したいのだけれど、キーネさまとはもういろいろとお喋りをしたよね?」

「は、はい。申し訳ありません」

 あまり気安く話すのは、やはり失礼なのだろう。慌てて謝った私に殿下は意外なことを仰った。

「いや、それはいいんだ。彼女も和むだろうから、仲良くなったのなら私も嬉しい」

「は、はい」

「二人で話しているときに、竜のことについて何か聞かれた?」

 ちょっと考えて首を横に振る。いろいろ話したけれど、竜のことは殿下とご一緒だった時以外話題に出なかったはずだ。

「いいえ、特には」

「そう。ならよかった」

「?」

「きっと彼女はさっきの竜のことをとても気にしているから、機会があればいろいろ尋ねてくると思う。あちらの世界には竜がいないそうだしね」

 殿下の話の方向が掴めず、私は聞くことに集中する。

「訊かれたことには普通に答えて欲しい。ただ、一つだけ言わないでほしいことがあるんだ。嘘を吐いてと頼んでいるわけじゃない。きっと彼女からは尋ねないだろうから、あなたからも話に出さないで欲しいんだ」

 続けて語られた殿下の要望は不思議なものではあったけれど、難しいことではなかったので、私は素直に頷いた。


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