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No.01

『人は世の偽りしか知らない』


 3年前に殺害された父の書斎の壁には、掠れた血でそう書かれていた。

 高2になった今でもはっきりと、あの悲惨な書斎を思い浮かべられる。今現在も犯人の手掛かりは一つも見つからず、この殺人事件の捜査はまったく進んでいない。

 あれから母はパートを始め、父の貯金と合わせてなんとか家計が成り立っている。しかし、母と会うことはほとんどなくなった。

 朝、「いってきます」「いってらっしゃい」と言葉を交わすと、翌日の朝まで会話どころか会うことすらない。

 父がいたときは、必ず3人揃って夕食が当たり前だった。けれど、もう家族3人で夕食を食べることはない。 あの日から変わってしまった。

 変わったのはそれだけじゃないから面倒だ。友達やら近所やらが俺と母さんに対する接し方が変わった。俺に今まで通り接してくるのはたったの1人。アイツだけ。

 そんなアイツが2ヵ月前、自主退学した。俺にもクラスの奴にも何の連絡もなしに。



 夏の教室は熱気がこもっていた。

 どのクラスも文化祭に向け、せかせかと準備に取り組んでいる。俺のクラスももちろん文化祭の準備をしていた。俺のクラスは定番のメイド喫茶をするらしい。


 アイツが自主退学して、もうすぐ2ヶ月が経つ。相変わらずアイツからは何の連絡もない。学校では、借金返済の為に渋谷でホストをやってるだのよくない噂がたっていた。アイツがそんな仕事をするはずがない。そういう仕事を軽蔑する奴だったから。

 何にせよ大学進学を目指していたアイツだから、何かあったに違いない。


 アイツのことを思いだしながらぼーっと看板の釘を打つ。

「綾岬、次これ頼む」

 クラスメイトが俺に板を渡してきた。

「あいよ」

 俺はそう言って板を受け取った。

「綾岬くん、これ飲む?」

 クラスメイトの古賀夏海がお茶を渡してくれた。

「ありがと」

 俺はそう言ってお茶を受け取り、さっきの板を看板に取りつけ始めた。

「綾岬くんは学校止めたりしない…よね?」

 古賀は呟くような小さな声で、心配そうにそう聞いてきた。

「え?何でいきなり?」

 俺はチラッと古賀を見て作業を続けた。

「だって、武田くんと仲良かったし…。それになんか…」

 武田は言いにくそうに黙った。

「駿哉が止めても俺は止めないよ。…それに?」

 俺は作業をやめまっすぐ古賀の方を向いた。

 古賀は暑そうな顔で、手の上のお茶のペットボトルのふたを転がして、閉じていた口を開いた。

「最近綾岬くん、退屈そう…。なんか全部どうでもよさそう…。ごっ、ごめん!!失礼だよね!!」

 古賀の言う通りなのかも知れない。ここ最近、俺はあまり笑っていなかったことに気がついた。

「そうかも」 俺はニコッと笑って、立ち上がった。

 確かに駿哉がいなくなってからあまり面白くない。というより、いつも黙って自分1人でなんとかしようとするアイツが心配だった。

 俺は暑さとこの空気に堪えられず、クラスの奴に声をかけ廊下に出た。

 教室よりは涼しい廊下には人は大しておらず、休憩にはもってこいの場所になっていた。

「綾岬くん」

 突然、名前を呼ばれ振り向くと委員長の新田が俺の後ろに無表情で立っていた。新田の無表情はいつものことだが、名前を呼ばれることはほとんどないので緊張した。

「何?」

 俺は冷静を装いそう言った。

「これ」

 新田は無表情のままそう言って、俺に茶封筒を渡してきた。

「武田くんから」 俺はその言葉に混乱しつつも茶封筒を受け取った。

 茶封筒には何も書かれておらず、適当に封がされているだけだった。

 俺は何故、新田がアイツから茶封筒を渡されたのか分からなかったからだ。 

 アイツが退学する前も、アイツと新田が話しているところは見たことがない。それなのに何故?

「じゃあ、仕事に戻るから」

 新田は、混乱している俺をその場に残し去って行った。

 俺はしばらく茶封筒を見つめ、その場に呆然と立ち尽くしていた。

 空は茜色に色を変え、呆然と立ち尽くす俺に夕方を告げているようだった。

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