表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

第6話「ロンドンからの贈り物」

 数分前――

 入国手続きを終えたあとの、到着ロビー。

「クイン、本当にごめんね」

 受話器の向こうから聞こえてきた声は、はっきりと申し訳なさを帯びていた。

「急な用事が入っちゃって……今日は一緒に行けそうにないの」

「本当にごめん。怒らないでね」

 クインはスマホを肩と頬で軽く挟みながら、

 もう片方の手でパスポートとビザを揃え、バッグにしまう。

「大丈夫です」

 落ち着いた声で、淡々と答えた。

「急なことなら、仕方ないですし」

「本当に、平気ですよ」

「……じゃあ、あとで改めて連絡するね」

「はい」

 通話が切れる。

 クインは数秒だけ画面を見つめ、

 癖のように、指先でスマホを軽く叩いた。

「ふぅ……」

「どうやら、今日の予定は全部キャンセルですね」

 そう呟いて、人の流れに紛れる。

 目の前に広がるのは、Korin国際空港のロビー。

 派手な賑わいではなく、時間に慣れきった街特有の、落ち着いた空気。

 シンプルなデザインの案内板。

 落ち着いた色調。

 温かな照明が石床に反射し、まるで街そのものの延長みたいだった。

 再会を喜んで抱き合う人。

 静かにスーツケースを引き、次の便へ向かう人。

 名前を呼ぶ声。

 笑い声。

 キャスターが床を転がる音。

 前に来た時より、今日は少し賑やかだ。

 そのとき――

「てめぇ! 俺の彼女から離れろ!!」

 耳を裂くような怒号が、空気を切り裂いた。

 クインはびくりと肩を跳ねさせ、反射的に胸元を押さえる。

「……ずいぶん、にぎやかですね」

 声のした方を見ると、すでに人だかりができていた。

 中心では、筋骨隆々の男が、

 別の男の胸ぐらを掴み、拳を振り上げている。

 今にも殴りかかりそうなその腕を、

 隣に立つ、同じく体格のいい女性が必死に止めていた。

 そして――

 殴られそうになっている当人の横で。

 止めに入るどころか、

 拳を見上げて、どこか楽しそうに目を輝かせている男が一人。

 ……完全に火に油だ。

 クインは本来、面倒ごとが好きじゃない。

 踵を返して立ち去ろうとした――その時。

 殴られそうな男の顔が、視界に入った。

「……あ」

 思わず、足が止まる。

 数歩、近づいて確認して。

「……クルス兄さん?」

 クルスが瞬きをする。

 一拍。

 二拍。

「……ク、クイン!?」

「どうしたんですか?」

 クルスは掴まれている男と、

 それを止める女性を交互に見てから、頭を掻いた。

「えーっと……」

「もしこれがただの誤解だって言ったら、信じてくれる?」

「どこが誤解だ!!」

 筋肉男が怒鳴る。

「お前、はっきり彼女に近づいてただろ!」

「待ってください!」

 クインは一歩前に出て、二人の間に立った。

「落ち着いてください」

「たぶん……誤解です」

 拳が、ぴたりと止まる。

「そうそう、落ち着いて」

 隣の女性も頷いた。

「みんな見てるし」

 実際、周囲にはかなりの人が集まっていた。

「……あれって」

「全国MMAチャンピオンのカップルじゃない?」

「“Queenクイーン”と“Kingキング”の無敗コンビだよ!」

 クルスの顔色が、さっと青くなる。

 一方で――

 縛られているレオは、やけに楽しそうだった。

「……なるほど」

「そりゃ強そうだ」

 クルスは女性とクインを見比べ、ようやく理解する。

「……Queen」

「だから、間違えたのか」

「すみません」

 クルスが頭を下げる。

「髪の色も似てて、名前まで同じで……」

「ただの偶然です」

 クインが柔らかくフォローする。

「こちらこそ、混乱させてしまって」

 筋肉男は深く息を吐き、ようやく手を離した。

「……まあいい」

「この子の顔を立ててやる」

 クルスは心底ほっとする。

「でもな」

 男はクインを見て言った。

「その髪の色、本当に珍しい」

「彼女以外で、初めて見た」

 女性は豪快に笑い、クインの肩を叩く。

「双子の妹みたいだね!」

「間違えるのも無理ないよ」

 レオは内心、鼻で笑う。

(体重クラスが違うだけだろ)

 二人が去ったあと――

「クイン!!」

 クルスが思いきり抱きついた。

「元気だったか!? 会いたかったぞ!」

「はい」

 クインは軽く背中を叩く。

「兄さんも、お元気そうで」

 レオは露骨に顔をしかめる。

「間違えたくせに、感動再会ごっこかよ」

「……大丈夫ですか?」

 クインは、紙を詰められてもがいているレオを見る。

 そっと紙を外す。

「今すぐ放せ、このク――」

 バキッ。

「言葉遣いに気をつけろって言っただろ!!」

「痛ぇんだよ!!」

 反射で暴れそうになるレオ。

「素直に協力すりゃ、こんなことしねぇよ」

「あ、そうだ」

 クルスが思い出したように言う。

「今回は初対面だよな」

 レオの肩を抱く。

「紹介するよ。こいつがレオ」

「これから三ヶ月間、君のボディガードだ」

「……え?」

「おい!」

「勝手に決めるな! なんで俺が――」

 バキッ。

「だから言葉!」

 クインは少し驚きながらも、静かに尋ねた。

「……どういう意味ですか?」

「そのまんま」

 クルスはあっさり言う。

「彼は君のそばに付く」

「待て! ちゃんと説明しろ!」

「十分だろ」

「お前、ここにいる」

「……受けるとは言ってない」

「考えるって言っただけだ」

「結果は同じだ」

 クインは慌てて手を振る。

「私、ボディガードなんて必要ありません」

「自分で大丈夫です」

「ダメだ」

 クルスの声が、急に低くなる。

「今回は、君の意思の問題じゃない」

 クインが言葉を失う。

「君、家に戻るつもりはないだろ?」

「……!」

「なぜ俺がフライトを知ってたと思う?」

「なぜ、ここにいる?」

「……父、ですか」

 クルスは否定しない。

「レオが付くのは、最低条件だ」

「三ヶ月、君が自分の人生を選ぶための」

 レオは顔を背け、黙ったまま。

「それに」

 クルスは少し声を和らげる。

「俺は……心配なんだ」

「外は安全じゃない」

「特に、君みたいな子には」

 危険だの、罠だの、社会は甘くないだの。

 クルスの説教が始まる。

 クインは困ったように微笑み、

 レオは盛大にため息をついた。

 しばらくして――

 クインはレオの方を向いた。

「ちゃんと自己紹介、してませんでしたね」

 穏やかに微笑み、手を差し出す。

「私は、シンフィエロ・クインです」

「しばらくの間、よろしくお願いします」

 レオは差し出された手を見つめ、

 顔を上げ、渋々握り返す。

「……ああ」

「仕事だからな」

 クルスは大きく息を吐いた。

「よし! 決まりだ!」

「じゃあ飯だ」

「クイン、荷物は?」

「荷物、ですか」

 クインは少し考える。

「……お土産を、少し」

「少し?」

 二人が同時に首を傾げる。

 ――ギギギ。

 背後から、キャスター音。

 振り返ると、

 視界を塞ぐほどのスーツケースの山。

 押してきたスタッフは、汗だくだ。

「お嬢様の荷物、すべてこちらです」

「外注なので、料金は別になります」

 クインはQR決済を済ませる。

「ありがとうございます」

「お疲れさまでした」

「……あれ?」

 スタッフが画面を見て固まる。

「金額、間違ってますよ」

「合ってます」

 クインは微笑む。

「残りは、お二人の食事代です」

 二人は何度も頭を下げた。

 クインは振り返る。

「それじゃ……」

「荷物、お願いしますね」

 クルスは完全に固まった。

 レオも、顔色が引く。

「……ロンドン、丸ごと持って帰ってきたのか?」

 今まで、何人もの人間のボディガードをしてきた。

 誰一人として、同じタイプはいなかった。

 ただ一つだけ、共通点があるとすれば――

 全員、彼を本気で苛立たせる才能だけは一流だった。

 レオの怒声が、空港に響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ