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小さな合い言葉

作者: けろよん

 年始の朝、僕の家に一通の年賀状が届いた。

 その葉書の裏には、見慣れた彼女の字で「また来年もよろしく」とだけ書かれていた。シンプルで素っ気ないその一言が、なぜか心に響いた。幼い頃、自転車に乗ってその年賀状を持ってきた彼女の姿が、まだ鮮明に思い出される。


 僕はその日、雨が降る前に家を出た。自転車を漕ぎながら、風鈴の音を思い出す。去年の夏、二人で過ごした昼下がりに聞いた、あの涼しげな音。あれは確か、君の家の軒先で鳴っていたものだった。


 雨宿りをしながら、オルゴールの音色がどこからか流れてきた。忘れかけていた記憶が、突然蘇る。あの時も、僕たちは雨宿りをしていた。そして、君が無理やり僕の耳に「合い言葉」として囁いた言葉を、今でも覚えている。


「どんな嵐でも、一緒に乗り越えよう」


 あれが君の言った言葉だということを、僕はずっと心の中で大切にしていた。


 でも、あの瞬間を最後に、君は姿を消した。理由はわからなかった。何も言わずに、ただ突然。木枯らしが吹き抜ける季節、君は僕を残して、どこかへ消えてしまった。


 あの日から、僕は一人でサバイバルをしているような気持ちで過ごしてきた。君のことを思い出しながらも、前に進むしかなかった。でも、年賀状が届いたことで、少しだけ心が温かくなった気がした。


「また来年もよろしく」――その言葉の中には、君なりの約束が込められている気がしてならない。どこかで元気にしているのだろうか、僕のことを思い出してくれているのだろうか。


 冬の寒さが、静かに心にしみる。部屋の隅には、ホットケーキの香りが漂う。自分を励ますように焼いたそれは、君と一緒に食べたあの日の味を少しだけ思い出させてくれた。


 そして、舞踏会のような夜が訪れる。外の風が強く、空が暗くなり始める。僕たちはその時、心の中で小さな約束をする。


「来年も、きっと君に会える」と。


 その時は僕からも年賀状を用意しよう。

 オルゴールが静かに鳴り響き、私は微笑んだ。

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