第97話 雪野家の食卓
ユーラシア連邦大使館に到着すると、職員が卵っ子の入ったトランクをワゴンに載せ現れた。顔色がかなり悪い。しらふじのライブ配信で大京が滅ぶ様を観てたのだろう。
トランクを開けると、ふわふわクッションに薄灰色の卵が埋もれていた。
私は卵をそっと持ち上げ、優しく胸に抱く。太陽光があたると、薄桃色にも見える。大きさはダチョウの卵より少し小さいぐらいだろうか。
「ああ……やっとだっこ出来たよ。ごめんねぇ、私の宝物……あ」
この子……女の子だわ。お腹にいた時は判らなかったのに不思議ね。女だった場合の名前は随分前に決めてある。もちろん男だった場合の名前も考えてあるが、内緒。
「あなたの名前は、茉莉花」
大使館職員達の様々な視線をあえて無視し、私は茉莉花を抱っこしてコックピットへ戻ると、ナビ任せの自動操縦で帰路に就いた。膝上にはラミーリュが卵と向き合うように対面状態で座ってる。
「あらあらぁ、超位龍の卵ねぇ、すごい力を秘めてるのを感じるわぁ」
「わかるの?」
「えぇ、でもぉ……卵の状態でしばらく育てる事になるからぁ、孵化は数百年後かもぉ。それと、育てるのには膨大な魔力が必要よぉ」
「マジか」
「この魔力の希薄な惑星上だとぉ厳しいわねぇ……カニカマの子に乗せてぇ、宇宙で育てるのがぁいいと思うわぁ。宇宙の方が魔力がずぅっと濃いからぁ」
「へぇ……どうしてそんなに詳しいの?」
「むかしぃ、宇宙を移動中に偶然入れた超位龍の卵を二百年ぐらい育てた事があるのぉ。孵化させて食べようと思ってぇ」
「おおぅ、宇宙も移動できるのね……その卵はどうなったの?」
「いつのまにか……無くなってたわぁ」
そう話すラミーリュの表情は、妙に寂しげで、獲物を失い残念がっているようには見えなかった。
「抱っこしてみる?」
「……いいの?」
「もちろんよ、名前は茉莉花。仲良くしてね」
キョトンとするラミーリュに茉莉花を渡すと、邪神は思えない、花のような笑顔を咲かせて見せた。あまりにも愛らしいので、衝動的に抱き寄せてしまったよ。
少し前まで、食うか殺すかの命の奪い合いをしていた仲なのにね。
それに私の前世を大きく狂わせた、ラヴィンティリスの諸悪の根源でもある。
「はぁい、新しい家族を紹介します。カイくんの妹で卵っ子の茉莉花ちゃんと、異世界から私を食べにやって来た、邪神ラミーリュちゃんでーす。みんなよろしくねぇ~」
「はーい、よろしくぅ~!」
「ちょっとまてキキョウ」
「キキョウちゃぁん」
雪野家に到着すると、予定よりひとり増えてしまったけれど、二人を紹介した。
茉莉花を抱っこしたラミーリュが明らかに緊張している。いや、困惑の方が大きいか。正面を向いてるが、こちらにチラチラ視線が向けてくる。
ひいらぎちゃんは歓迎してくれたが、キョウカも一足先に戻っていたしらふじも、ラミーリュを警戒しまくりだ。
ひいらぎのそばで星那があわあわして可愛い。先生は挨拶すると台所へ戻ってしまった。いい匂い、今夜は揚げ物だわ。
「(雪野家、家族会議ぃーっ!)」
赤ちゃんが二人いるので、抑え気味にキョウカが宣言し、リビングのソファーにドスンと座ると、その左右にひいらぎと星那がストンと座った。私は茉莉花をベビーベッドで眠る那由多とカイのあいだに静かに置いた。するとカイがモソモソと手を伸ばし、茉莉花にペタリと抱くように寄り添うのであった。まだ目が見えないのに、なんとも不思議ね。
キョウカ達の向かいに私がラミーリュと座ると、しらふじは警戒しながら私の隣に座った。
先生は揚げ物の音を立てながら、家族会議開始である。
「キキョウ、ここには子供達がいるのに、なぜそれを連れてきた。しかも大切な卵を抱かせてたな。そいつは邪神だ。ラミーリュのせいで何千万人も死んだ。そしてお前は前世も含め最大の被害者だ。なんでそんな平気な顔して一緒にいられる」
ちなみに大京での一連のやり取りは、雪野家へのみ音声付きで配信していた。
多くの郷魔国民を殺されているキョウカの怒りも理解できる。
そして、彼女は子育て中の母熊状態だ。
だが、私は不思議とラミーリュに怒りをぶつけたいと思わなかった。
ラミーリュはうつむく事なく、じっと前を向いている。視線は私に向いてるが。
「赦したわけじゃないよ。今は御覧の通りの幼女でしかないから、急いで殺……排除する事もないでしょう? それにこの首輪、付けた者へ対し絶対服従の機能付きだよ。嘘も付けない。はい、ラミーリュ。両手を上げて背伸びの運動」
ラミーリュが言われた通り、両手を上げ背伸びした。
すると、ひいらぎちゃんも真似をした。ダブルかわゆす。
「力を奪ったなら、排除しない理由がない。命令を聞くなら自害させたらどうだ」
「彼女は自分の立場を理解してるよ。既に死も覚悟している」
「なら私が代わりに引導を渡そうか?」
「ママ……おこってるの? あのこ、きらい?」
「うぐっ……」
内容が命のやり取りだ。三歳児にどう説明したらいいのか、言葉に詰まるキョウカ。
こいつは悪い奴だから殺すんだよ~では、さすがに教育上よろしくない。
「ひいらぎちゃん、ママはひいらぎちゃん達の事を心配してるのよ」
「にゅーん?」(めっちゃかわええ!)
「キョウカの怒りも当然だけれど、とりあえず私の話を聞いてちょうだいな」
「……いいだろう、聞かせてもらおうか」
私はお茶をくぴりとやって、秘策でもなんでもない事を話し始めた。
「このスライムっ子はね、私達と全く異なる価値観で生きているの。だから私達にとってすごく悪い事でも、なぜ私達が怒ってるのかさえ理解できないの。スライムだからね」
「だったら魔物と同じように駆除でいいだろ」
「まぁまぁ。でも今は見た目通りの幼女だから、このまま私達と一緒に暮らして、人間ってものを学んでもらおうと思うのよ」
「価値観の違いはどうすんだ」
「人として暮らせば、嫌でも自分との違いに気付くでしょ? そしていずれは……」
「いずれは?」
「なんて自分は酷い事をしたんだ、生きててごめんなさぁ~いって、盛大に後悔してもらうのよ!」
ぐっと握った右手を掲げ、ドヤってみせた。ふっふ~ん。
あれ、みんなの視線が痛い……いや、痛々しいんだけれど。
「キキョウさぁん……それぇ、あたしの前で言っちゃダメでしょぉ?」
「え、私の言ってる事理解できたの?」
「でーきーまーすぅ」
とても不満げな表情のラミーリュ。
この反応なら遠くない将来、人間ってものを理解してくれるに違いない。
私は大いに満足し、キョウカとしらふじにサムズアップして見せた。
「ねっ☆」
「ねっ☆じゃ、ねーよ!」「ないから!」
しらふじにまでツッコミ入れられたでござる。
「まぁまぁ、とりあえず夕ご飯にしようよ。お姫様たち、手伝ってくれるかい?」
「「はーい」」
パタパタと台所へ向かう二人の姿は、もう完全に姉妹だ。ダイニングテーブルに料理が並び、私達も席に着く。いつもユリが座っていた隣の椅子にラミーリュを座らせた。
大丈夫、寂しいけど悲しくはない。絶対ユリは蘇生するのだから。
蘇ったらいっぱい愛してあげるからね。ひぃひぃ泣き叫ぶ程たっぷりと。
夕食は先生の揚げた山盛りのから揚げとヒレカツ、秋野菜の天ぷらだ。
紅ショウガ入りのかき揚げは最高だよ。から揚げのレシピは私のお母さんの料理ノートが元なので、懐かしく嬉しい味なのだ。それをプロ並の腕前を誇る先生が料理してるのである。ん~うまいっ。みんな嬉しそうに頬を膨らませている。
だが、この場でまったく料理に手を付けない者が私の隣にいた。
「あ、今日のヒレカツは一人ひとつだよ。ソースが定番だけど、天つゆでも美味しいよ」
「「はーい」」
ヒレカツに大根おろしも素晴らしい。うん、お肉やわらかぁ。
「ラミーリュ様、なんで食べないの?」
「ラミちゃん、これおいしーよ?」
「いや……」
「ほらほら、ひいらぎちゃんも絶賛してるのに」
「人族の餌は食べた事ぉ、ないのでぇ……」
「マジか……いい匂いするでしょ? 食べてみ?」
「確かに……この体だとぉ、とってもいい匂いがするけどぉ……これってぇ」
「これって?」
「ウンコの素よねぇ」
みんな噴き出しかけ、なんとか我慢した。
「うんこ、うんこ、うん――」
ひいらぎちゃんだけが、無邪気にうんこを連呼し、それを星那がやんわり止めた。
「ラミぃリュぅぅ。それを言ったらぁ、私もお前が食った人間も全員ウンコが詰まったウンコ袋だぞぉ。つべこべ言わず……食・え!」
「はひぃ……」
「おかぁさん、うんこぶくろー!」
「ぶふぅーっ!」今度は我慢できず、みんな噴き出した。
そんな中、ためらいながらもから揚げを口に運ぶラミーリュ。
咀嚼する顔は正面を向いたまま、驚きの視線が私へ向けられた。
うん、これ気持ち悪いのでやめさせよう。
「びっくりしたわ(もぐもぐ)人族よりずっと美味しい(もぐもぐもぐもぐもぐ)」
どうやら語尾が伸びないぐらい驚いてるようだ。比較対象が人間と言うのがにんともかんともだが。
「そうでしょそうでしょ。この鶏肉も豚肉も、この星の人々が長い年月かけて品種改良した、食肉用の家畜なんだから。ちなみにこの野菜も同様。天ぷらもサクサクして美味しいわよ」
「品種改良……食肉家畜……(サクリ)むお、なにこれ草なのに美味しいぃ」
「そんな手間暇かけて生み出された食材の数々を、最適な方法で調理したものよ。ただの人族を生で食べるより美味しいに決まってるわ」
「だったらぁ、人族を品種改良して料理すれば更に美味しくなるのかしらぁ」
「キキョウ……藪蛇になってないか」
「私達は同族を食べないから、肉質の改良なんて誰もしないわよ。魔王が命令しても国民が激怒して国家が崩壊するわ。そもそも他にいくらでも美味しい物があるんだから」
「……確かにぃ(もぐもぐもぐもぐ)」
「ほっ……」
「そうそう、郷魔国でも畜産に力を入れてて、肉質の研究も行われてるのよ」
「キキョウ、そんな事してるのか」「うん」
とはいえ、こっちの世界の牛や豚を何種類か持ち帰るつもりなので、研究は無駄になっちゃうかもしれないけれどね。
「それにね、料理って人間だけのスキルよ。一体誰が人間を料理するのよ」
「スキル所有者を確保しておけばぁ――(むしゃむしゃ)」
「何言ってるの、同族を料理するなんて出来るはずないでしょ。そんな事強要したら、精神病んで、自殺しちゃうわよ」
「そうなのぉ?(もぐもぐごくん)」
「はは……これからゆっくり人間って生き物を理解しよっか。それと料理の事もね。料理ってね、ただ食材を美味しくするだけじゃないのよ。奥が深くて、とっても広大なの。例えば家庭の味は、家庭の数だけ存在するのよ」
「もごぉっ!?」
「雪野家を代表する味なら、このから揚げね。私のお母さんが家族を喜ばせる為、試行錯誤して作り上げたのよ。あとは……カレーかな。隠し味はヨーグルトで、玉ねぎはみじん切りなのよね」
「これがぁ(もぐ)家庭の味…………今日、あたしが食べた人族にも家庭の味があったのかしらぁ……」
「もちろんよ」
「……」
「それだけじゃないわ。あなたが滅ぼした大京は、世界一の美食の都、美食の聖地と呼ばれた都市よ。何千年も受け継がれてきた、あの地でしか味わう事のできない芸術的な料理がたっくさんあったのに……今日、優秀な料理人と共にすべて消えてしまったわ」
「…………」
「そして失われたのは料理人だけじゃない。将来、優秀な料理人や、食に携わる職に就く子供もいたかもしれない。そんな未来の可能性ごと、あなたはヒナの段階で食べてしまったのよ」
「………………あ」
「ラミーリュ様?」
「あ…あたしはぁ……なんてもったいない事をしてたの……」
閑話
およそ三万年前。とある宇宙のとある惑星。
その惑星の文明を支える、万能エネルギー物質を精製するオメガ炉。
それは通称スライム炉と呼ばれ、工業廃棄物や生活廃棄物、汚物に死刑囚。
社会から排出される、ありとあらゆるゴミを特殊なスライムに食わせてエネルギーを得るという、究極のリサイクルシステムである。
「うわーすごい量だけど、今日クリスチーネに食わせる廃棄物ってなんだ?」
「以前、配給食が全部カニカマになった事があったろ?」
「あ~あれは酷かったね。食料生産プラントの誤作動だかで、ひたすらカニカマ生産したんだよな」
「実はまた誤作動起こしたらしくてよぉ……」
「えええっ、また一週間カニカマ食うのかぁ?」
「いや、お偉いさんが激怒して、今回のは全部スライムに食わせるんだとさ」
「そいつは助かった。でもクリスチーネには御馳走だなぁ。そぉら、カニカマだよ~」
「ところで、なんだよそのクリスチーネって……」
とある雪野家の食卓。
「ねぇ、料理を食べた事ないくせに、なんでカニカマの味は知ってるのよ」
「あらぁ……確かに、なんでかしらぁ」
いつも読んでくれて、ありがとニャンワン。(ねこ&いぬ)
この物語は犬猫に厳しいニャ。
さらりと同胞が酷い目に遭ってるワン。
幸いな事に犬猫が食われるシーンはニャイけど、ニャンであの邪神は犬猫を避けて人間だけを食べたんだろうニャァ。
さっき料理の美味しさに驚いてたから、きっと食わず嫌いなんだワン!
……まつニャ。その言動はヤバくニャイか? 藪蛇になったら最悪ニャ。
古来より犬は人類の友とよばれてる、唯一の動物だワン!
ならばともに歩むべきだと思うワン。一緒に食われてこその友!
猫も一緒に食われようワン!
アホニャーッ! この犬畜生、めったな事言うニャーッ!




