第96話 天高く……
「うわああああん、ボクの腕ぇぇぇっ!」
うぞうぞと粘菌が獲物を食すように、しらふじの腕を覆い内部へ侵入し、中身を食べるラミーリュ。しらふじのバイオクリスタライン装甲はカニの甲羅と同じキチン質の一種らしいので、カニカマ味と言われると少し納得してしまう。実際は装甲を自己再生させる為のたんぱく質やミネラルを含む層を消化しているそうだ。
目の前で自分の腕が食われているというのに、懇切丁寧に説明してくれるしらふじ。
マジで難儀な性分である。
正直、打つ手なしになってしまった。こちらの火力は圧倒的なはずなのに、ラミーリュが倒せない。このスライムに弱点はあるのだろうか。可食部を食い尽くされた腕が宙を舞い、艦砲で焼き尽くされた元大都市に転がった。
「ん~カニカマ味はもういいわぁ。メインディッシュにキキョウさんを食べたいわねぇ~……あらぁ? ひょっとしてぇ万策尽きた感じぃ~?」
「うぐ」
確かにどこかのアニメ監督みたいに叫びたい気分だけれど、そうもいかない。
どこへ逃げても彼女は追ってくる。なら宇宙は……たぶん逃げる事は出来るけど、地球が死の惑星なってしまう。今からキョウカやひいらぎ達を連れ、ラヴィンティリスに戻っても追ってくるだろう。それも地球人類を食い尽くしてからだ。
「いい事教えてあけるぅ。キキョウさんの攻撃ぃ、あたしのコアを狙ってたみたいだけれどぉ、ざぁんねぇん。あたし、とにかくコアがいっぱいあるのよぉ。たとえばこれぇ。一網打尽にしないとぉ、倒せなわよぉ~」
コロリとした小さな金の球を見せるラミーリュ。
それが本当ならば厄介すぎる。現在、彼女の体は最初に現れた時と同じ、巨大な姿をしており、地面にはそこかしこに金色のドロドロがうごめいている。先程しらふじを襲ったように、地中にも隠れているのだろう。地球へのダメージを考慮しなければ、ハイペリオン砲で一掃できるだろうが……さすがの私でも、それを実行しようとは思えない。
一旦撤退するか。
そんな心の内を見透かすように、ラミーリュはとんでもなものを私に見せつけた。
「うわぁぁぁぁん」
その光景を前に、私は息が止まり思考が停止した。
五~六歳の裸ん坊の幼女が片足を触手に掴まれ宙吊りにされていたのだ。
「キキョウさぁん、逃げてもぉいいわよぉ。今日の食事はこの子で最後にするからぁ~」
「おっ……おま…えぇぇ……」
怒りが一気に沸点へ達し、我を忘れそうになる私。ラミーリュの悪辣さを前に、逃げる選択肢を失ってしまった。正にこうかはばつぐんである。
これみよがしに幼女をプラプラさせるラミーリュ。
何が何でもあの幼女を助ける。頭が沸騰した私は、突撃を敢行しようと――
『キキョウちゃん、冷静になって。あの子供は本当に人間なの?』
「はっ!」
そうだった。相手はラミーリュだ、擬態の可能性が高い。だが……涙と鼻水をまき散らしながら泣き叫ぶ幼女の姿は、どう見ても黒髪の中央ユーラシア人にしか見えな……ん?
「おかぁさぁぁぁん!」
幼女に妙な違和感を覚えた時、私が絶対に無視出来ない叫びをあげた。
「えぇ~この餌に食い付かないのぉ~? じゃあいいわ、食べちゃいましょぉ~」
二千メートル近い高さから、触手が幼女を放した。叫びながら落ちてゆくその先に、ラミーリュの足元がぐにゃりと変化して、巨大でグロテスクな口が現れた。
「ああああああ、おかぁさぁぁぁん!」
体が勝手に動いてしまった。
私は落ちてゆく幼女に向け、操縦レバーをいっぱいに押し込み、フットペダルを踏み込んでいた。
だが、まさにその瞬間を狙われ、触手が白鬼の頭や腕に絡みついてきた。
私は咄嗟に上半身を強制パージし、飛行モードに移行。
幼女に向け加速しながら、コックピットハッチを開く。
「あらあらあら」
『うわぁぁっ、キキョウちゃん、無謀だよぉぉっ!』
「ごめんっ、私はあの叫びを無視できないぃぃっ!」
落ちてゆく幼女の腕を掴み、冷え切った小さな体を抱き寄せ、ハッチを閉じた。
よしっ離脱! できない! つかまった!
ラミーリュは私の行動を完全に先読みし、触手を配置し罠を張っていたのだ。
ならば久々の転移魔法だ。だが――
「うそ、魔法が発動しない!?」
「うふふふふぅ~」
『なっ、転送ゲートも何かに阻害されてるよ! 魔法じゃないのに、いったいどうやってぇ!?』
「獲物を逃がさないぃ転移の妨害はぁ、上位捕食者の基本よぉ~じゃぁいただきますぅ」
「くっそ」
アクセルペダルをベタ踏みする。しらふじの巨体さえ捕らえて放さないような力の前には、スラスター全開も焼け石。至近で撃ち込むカノン砲も全く効果がない。
巨大な黄金の体にずぶずぶと白鬼が飲み込まれてゆくき、モニター画面が真っ暗になった。私は白鬼ごとラミーリュの体内へ取り込まれてしまったのだ。しらふじとも通信できない。普通に考えて、もはやお手上げ状態。ゲームオーバーである。
「ごめんね……助けてあげられなくて」
腕の中で小さく頭をふる幼女をぎゅっと抱きしめた。温かい。少し体温が戻ってきたようだ。ああ、カイくんをろくに抱っこしてないよ。卵っ子なんて触れてもいない。
「こんちくしょう」
白鬼の機体がミシミシと音を立てる。機体の全てがクリアメタル製で、かなり頑強に作られてると、しらふじが自慢してたが、この様子では私が食われるのも時間の問題だろう。複数のアラートが鳴り響き、システムがダウンすると、静寂と共にオレンジ色の非常灯が点った。
『あらあらぁ、けっこう頑丈ねぇ。ねぇねぇ、食べられるってぇどんな気持ちぃ?』
「まだ諦めてないので、そういう気持ちにはなってないよ」(メキメキ)
『この状況下でぇ~? もう万策尽きてるのにぃ~?』(ギギギ)
「まだ尽きてないかな」
そう、万策はまだ尽きていない。尽きてはいないのだが、最後の手札に効果があるのか、正直わからない……一か八か、運を天に任せるか。だが、迷っているうちに(ビシィッ)全方位モニターが盛大にヒビ割れ、コンソールなどの隙間から黄金の液体がコックピット内へドロドロと侵入してきた。そして、ぐにゃりとラミーリュの顔が現れ出る。ホラーだ。
「うふふふぅ~あたしの勝ちよぉ~」
ニチャァと勝ち誇るように笑うラミーリュ。絶体絶命、万事休すだ。
だが――そのドヤ顔が突然ゆがみ、そして叫んだ。
「どぉぉしてぇぇ、あなたがここに居るのよぉぉっ!」
「え、誰?」
「やめっやめてぇぇっ、あたしをちゅるちゅる食べるなぁぁっ! あっああっ、隠してたコアまでぇぇっ!」
「何が……起きているの……」
「食べるのは大好きだけどぉぉぉ、食べられるのはぁ大嫌いぃぃぃっ!!」
「そりゃそうだぁぁぁぁっ!」
ラミーリュの絶叫と共に、まるで洗濯機に放り込まれたかの如く、白鬼がぐるんぐりんと回転する。そしてジェットコースターのように右へ左へGがかかり――
ふわり。突然の浮遊感。
白鬼が水平を保ち浮いているのを感じる。いつの間にかシステムが復旧していたようだが、モニターが死亡してるので、外は見えない。
いつの間にか金のドロドロもラミーリュの姿もない。
突然コックピットハッチが開き、冷たい風が吹き込む。
私は幼女を連れ、おそるおそる外へ出ると、目の前に――壁?
私は不思議なその壁を見上げ……更に見上げ……そして……絶句した。
ペン高くギン肥ゆる秋……その光景を前に、そんなことわざが頭をよぎった。
私が何を見ているかって?
ペンギンだよ。超ぉ巨大なハァリボテェ~ではなく、ペンギン。
雲を突き抜け、全高十キロ以上はあろう皇帝ペンギンが山の如く、そびえ立っているのだ。
「もしや……ペンペラー様?」
どうしてここに龍王ペンペラーがいるんだろう……
なるほど、ペンペラーは別格だとクロが恐れるわけだ。確かにこれが相手では、龍王リヴァイアサンもシロウオの如く、ちゅるんと踊り食いされるだろう。
『うわぁぁぁん、キキョウちゃん無事だぁぁぁ!』
「うん、また心配かけちゃったね」
じぃーっ。龍王ペンペラーの視線から、彼女の言いたい事が伝わってくる。
「助けてくれてありがとうございます。ええ……大丈夫ですよ。あとは私が何とかします。今度、美味しい海鮮料理を御馳走させてくださいね」
すると、ペンペラーは視線を正面に向けると――
ズゴゴゴゴゴ……足元からロケット噴射しながら飛び立ち、頭上の空をガラスの如く割って、その中へと消えていった。
「うわーとんでもないなぁ、龍王ペンペラー様…………さてと」
私にしがみ付き、震える幼女の背中を優しくさすった。
「もう大丈夫よ、お嬢ちゃん。怖かったね、がんばったねぇ」
「うんっ、お姉ちゃん。ありが(ガッチョン)と……ぅえ?」
なんぴとたりともこの状況で、私の行動を予測回避するのは不能であろう。
九死に一生を得て、生ある事を心から喜び抱き合う感動の場面。
ごく自然な素振りと絶妙なタイミングで、私は幼女の首に心地よい金属音を響かせた。
「なっ何かなこれ……重いよ? 取って?」
今、幼女の首には分厚く重厚な金属の首輪が付いている。
私は困惑する幼女の両肩をガシッとつかみながら膝をついた。
そして、幼女と視線を合わせ、にっこりと笑った。
幼女の瞳をじぃぃっと見つめながら、瞬きする事無く、愉快そうに笑った。
幼女の視線から恐怖が滲み出すのを感じながら、狂ったように笑った。
狂笑が突然ピタリと止み、それまでの狂気をまったく感じさせない真顔で告げた。
「ラミーリュゥゥゥ、つぅかまえたぁぁぁぁっ!」
幼女が息を飲み、そして恐怖に顔を引きつらせる。
「なななっ何の事? あたしは……」
「擬態、解けてるよぉ?」
いつの間にか、幼女の黒髪と黒い瞳が黄金のように輝いていた。
黄金細工のような、煌めく金髪が腰ほどまであり、なんと瞳孔が÷の形をしてる。
「うぇぇっ、なんでぇ?」
「それは封印の首輪。ネロ様が封印の女神様より頂戴した、超高位の神具よ」
封印の女神とは、武器の神と同列の最上位神の一柱。大昔、ネロ様が持て余した過剰な能力を封印し、ラヴィンティリスへ導いてくれた大恩ある女神様だ。
「その首輪がある限り、あなたはスライム化をはじめ、全ての能力を封印されてしまうの。そして私に絶対服従。嘘も付けないわ。今のあなたは、見た目通りのただの金色幼女よ」
「うええええっ!」
ラミーリュは必死に何やら能力を使おうとするも、そのたびに首輪に刻まれた紋様が発光し、なんの効果も現れなかった。今気付いたが、視線からの感情も読み取れるようになっている。今読み取れるのは、まぁお察しの通りの感情だ。
やがて観念したのか、苦虫を噛み潰したような表情で、キキョウに質問をした。
「なんでぇ……あたしがコアってバレたのよぉ~」
「ねぇ、後ろを向いた状態で私の事が見える?」
「もちろん見えるわよぉ、これはスキルじゃぁないからぁ」
「それが敗因よ。私はね、相手の視線の出所を正確に感じ取る事が出来るの」
「どういうことぉ?」
「つまり、頭が明後日の方角向いてるのに、私を見てる幼女なんて普通いないのよ」
「ぅあ……」
そう、吊り下げられた幼女の視線が違和感の元がこれだ。
「じゃぁ、なんで保護した時ぃ、すぐ首輪を使わなかったのよぉ」
「だって、コアはたくさんあるのが本当なら、その一つに首輪を付けて封印できるのか考えちゃったのよ。ペンペラー様が来なかったら、マジヤバかったわ」
「うんぐぐぐぐ……あたしぃ、これからどうなるのぉぉぉ?」
「さぁ。とりあえずラヴィンティリスに連行かなぁ。その先は知らない」
「今なら簡単だしぃ……殺処分しなくていいのぉ?」
「私はあなたにボロ負けだったし、そういう趣味はないわ。さて……ここに放置も出来ないから、ラヴィンティリスへ戻るまで、しばらく私と一緒に暮らそっか」
「えぇぇぇ……」
私は白鬼壱式へ乗り換え、ちびっ子ラミーリュを膝に乗せ、日本皇国ユーラシア連邦大使館へ向かい、しらふじは右腕を回収し、修理の為にケージ艦しらゆりのいる衛星軌道へ向かった。
☆魔王キキョウちゃん@Shirafuji 1時間 …
ボクの右腕、スライムの邪神に食われて、カニカマ味って言われた。修理中なう。
初お披露目当日に白鬼参式もボロッボロ。ロボだけに。ちくしょーめぇ。
返信720万 リポッポ2億2000万 いいね3億
閑話
「いつまでも裸ん坊じゃ困るから……この白と黒のワンピ、どっちがいい?」
「えぇ~服ぐらいぃ、自分で作れるしぃ~あ、スキル封印中だったわぁ」
「ほらほら、どっちも可愛いよ?」
「ん~キラキラ金色じゃないとぉ、着なぁい」
「そんな色の子供服なんてある訳ないでしょ」
「じゃあ、全裸でいぃー」
「うっちの痴女はノエル一人で十分っ! 着・ろ!」
「はひぃ……」
その頃、キキョウの館。
「ユキ、何描いてるです?」
「私の考えた、さいきょー痴女ドレス」
「やーめーてー」
いつも読んでくれて、ありがとうです。(ノエル)
んん~なんだか、あるじ様がとんでもない事になってる気がするですが……
あ、よかった。念話が通じるですね。あるじ様、お変わりないです?
『うん、大丈夫よ。出産した子を攫われたり、恋人を殺されたけどね』
は? 全然大丈夫じゃないですけど?
『あと、光の女神が私を食おうと襲ってきたのよね』
えええっ? それでどうなったですか?
『食われたけど、ペンペラー様に助けてもらったわ。危機一髪、いやーやばかった』
んが…………それでラミーリュはどうなったんです?
『仲良く一緒に暮らしてるよ。時々私と寝てるし』
あ…あの……まさか、ハーレムに入れるです?
『うーん、吝かではないとだけ、言っておこう』
さて……これをみんなにどう報告したらいいものやら。超困ったです。




