第92話 太陽系クルーズ 中編
「宇宙……行きたかった……」
子供を閉じ込める為の鍵。
そんな非常識なものがある家の小さな窓から、空を見つめる少女がいた。
「星那ちゃん」
「ふぇ……雪野先生がどうしてここに? お腹おっきい!」
「これから宇宙旅行へ行くから、四十秒で支度しておいで」
「あたし、旅行に持っていくもの、何も準備できてなくて……」
「そっか、じゃあそのままでいいから、さぁ行くよ」
この子の名は、石橋星那。ぽっちゃりした八歳の女の子で、私の魔力病患者だ。
星那の両親は既に亡く、現在の保護者というのが、この子の親の遺産目的で引き取ったという、絵に描いたようなクズの親戚一家だ。
その点では雪野家の親戚も大差ないか。
なにせ熱を出し倒れた星那を何日も放置し続け、無断欠席を不審に思ったクラス担任が訪問し発覚。渋りながら病院へ連れてゆき、死に至る病と呼ばれてた魔力病と診断されると、周囲に憚る事なく手を叩いて喜んだのだ。
その後、定期的に私の元へ魔力を吸わせに星那を連れてこいと、何度電話した事か。
とうとう、超の付く温和な私も堪忍袋の緒がブチ切れ、鬼神羅雪で乗り込んで、物理的に脅してやった程である。
その後、魔力病治療魔法陣がキキョウよりもたらされ、患者から魔力を吸い出す私の仕事は終了。妊娠した事もあり、星那とは疎遠になっていた。
今回の太陽系クルーズ無料招待で、石橋家のクズ共は星那を軟禁して、かわりに知人の子供を連れ参加したのだ。そこまでこの子が嫌いか。やはり無理にでも私の子にしてしまうんだった。
私は悔みながら、青あざが痛々しい小さな手を握り転送ゲートをくぐった。
「うわぁぁぁっ! 宇宙船だぁーっ!」
巨大宇宙船を前に感激の声を上げる星那。そばに居るキキョウ達に気付くと、緊張しながらもきちんと挨拶をした。
「まっ魔王さま、みなさま、こんにちは!」
「こんにちあ~」
「はい、こんにちは、星那ちゃんね。良い子にはこれをプレゼント」
キキョウが星那の胸にルビーのブローチを付けた。健康と護りの加護が付与されたブローチだ。ひいらぎも同様のピンクルビーのブローチを身に着けている。
「きれい……」
「キキョウ、ありがとう」
「この子は魔力持ちだから、自前で私の加護を活かせるからね」
そう、魔力病患者なら魔道具を使えるのだ。持っていればだけれど……
「ちょ、なんで星那に魔導銃向けてるのよ」
「この子のぽっちゃりは病気。セイクリッドヒール」
「病気っ!?」
「ふわ?」
キラキラと輝きながら、星那の全身に光りの粒が吸い込まれてゆく。
大病を完治させ、部位欠損まで再生するという最上位治癒魔法によって、星那の体がみるみるうちに細り、同時に頬や手足の青あざが消えてゆく。
ほっそりとした両手のひらを交互に見ながら、鳩が豆鉄砲な星那。服もぶかぶかだ。
不自然なぽっちゃりだとは思っていたけれど、まさか病気だったとは。しかも命に関わる難病らしい。
「よかった……」
私は膝をつき、星那をぎゅ~っと抱きしめた。
「先生?」
「ねぇ星那ちゃん、この子覚えてる?」
「うん、ひいらぎちゃん。大きくなったね」
「うん、おっきくなった。せなちゃん、いまちっちゃくなった?」
「実は星那ちゃんにお願いがあるの。私のお腹がこんなだから、宇宙旅行のあいだ、この子のお姉ちゃんになって、私達と一緒に居てほしいの」
「お姉ちゃん……やります!」
「うん、ありがとう。助かるわ。星那お姉ちゃん」
「せなおねーちゃん!」
「えへへ」
照れ照れしながら笑う星那。かわいい……ひいらぎの次に超かわいい。
するとキキョウが耳元で「外堀埋めるのね」私も「ざっつらいと」そう答えた。
「キョウカちゃん、石橋ファミリーはどうする?」
「旅行中、最高に盛り上がったところで自宅に転送してちょうだい」
「ぶはっ、おっけ~!」
『宇宙船さざんか、離陸します』
招待客が全員乗り込むと、さざんかが宇宙へ向け発進した。
ゆっくりと上昇を始めると船内に大歓声が上がる。大人も子供もみんな大興奮だ。
大地がどんどん遠ざかり、宇宙がどんどん近付いて、星の海が現れはじめる。
大気圏を越えると、そこには憧れの大宇宙が広がっていた。
自然と感嘆の声が上がる。
そして、なにげなく振り返ると、青く青く輝く、大きな大きな地球が……
写真や映像で知っていても、肉眼で見るのは誰もが始めてだ。
船内に静寂が訪れる。その圧倒的な光景を前に、みんな言葉を失ってしまった。
しばらくすると、大きな画面がいたる場所にポップし、ここにいる者なら誰もが知る顔が映った。
『みなさんこんにちは、私は国際魔力病患者支援協会、会長の雪野桔梗です。みんな、魔法陣は身に着けているかな? 発熱に怯えず暮らせるようになって、本当に良かったです。さて今回の宇宙旅行は、異世界からやって来た、私そっくりの魔王キキョウ陛下と、宇宙人のしらふじちゃんの協力によって実現しました。みんな拍手~っ!』
手を振るキキョウとしらふじちゃんの姿がポップすると、割れんばかりの拍手が沸き起こった。
『でもみんな、とっても楽しい宇宙旅行だけれど、興奮しすぎると熱が出ちゃうから注意しましょうね。魔法陣があっても油断は禁物です。発熱した時は慌てず、配布した端末の緊急ボタンで私に連絡してくださいね。ではみなさん、この旅行で素晴らしい体験と、素敵な思い出をいっぱい作りましょう!』
『こんにちは、魔王キキョウです。異世界人でありますが、生まれと育ちは日本皇国という謎の魔王です。ひと月前に配布した旅行の案内はキチンと読みましたか? みなさんに配った専用端末に入ってる十万ポイントで、ツアー中の食事やお土産を買う事が出来ます。でも今回は特別に食事は全部私のおごりでーす。全部お買い物に使ってくださいね。でも、いくら食事が無料でも、食べすぎてお腹を壊したら、途中で地球へ帰ってもらうので、みんな注意しましょう』
『はーい!』
おおぅ、うちの娘が天使すぎる件について。
船内では現金を使用せず、お金はポイント化して専用端末で会計する仕組みになっている。世界各国の人々が参加しているからだ。今回は全員招待客なので、約二十万人分の旅費や専用端末代、十万ポイント分のお小遣いをキキョウが全額負担しているのだ。さすが本物の魔王はお金の使い方が豪快である。
私のわがままで魔力病の子達を招待してもらったのに、こちとら一円も負担してないよ。
今回、キキョウは四百億円以上の旅費を負担している。
キキョウ曰く「一回分のツアー益で回収できるから誤差の範囲内だよ~」との事。
さて、船内に出店しているブランド各社は、限定品や新作の先行販売品を宣伝目的で、ごっそりと投入してる。
子供の買い物ならともかく、ブランド品目当てでは、十万ではとても足りないだろう。ちなみに日本人の場合は一ポイント一円でチャージ可能だ。私もいくつか狙ってる限定品があるので、ごっそりチャージ済みである。くふふ。
『はいはーい。またまたしらふじだよ~っ。早速だけれど、みんなには体内時間の調整にタンクベッドで一時間睡眠をとってもらうよ。このベッドで一時間寝ると十時間分の睡眠効果があるんだ。今日この旅行に参加してるのは世界中の人達。普段ならとっくに寝てる子、これからおやすみする子達もいるよね。起きたばかりの子達にも、昨夜は興奮して眠れない子もいたかも。せっかくの宇宙なのに、途中で寝ちゃったら勿体ないよね? だからみんな一緒にこの旅行を楽しむ為の睡眠をとりま~す。起きたら月に向かうよ。今回はサプライズもあるから、おっ楽しみにね』
すばらしき何とかラルドさんみたいに、しらふじちゃんが両手で指パッチンしてゆくと、通路や壁が開きカプセル型のベッドが客達のそばにヒュンヒュン現れてゆく。家族の人数に合わせ、サイズも大小あるようだ。指定のカプセルに入り横になるとカバーが閉じ、数秒後にはみんな夢の世界へ直行である。
「じゃあ、ひいらぎちゃん、星那お姉ちゃん。二人も寝よっか」
「はーい、ねむくないけどねるー」
「はいっ」
「その前に二人とも、これを着ようかな」
「しらふじちゃん、これなぁに?」
「ボクと同じ宇宙服だよ。二人ともおそろいの、かわいいピンク色だよ」
「わわわっ、すごいです」
「ぴっちりー」
二人が金色のブローチを胸元に押し当てると、瞬時にしらふじちゃんと同じスーツ姿になった。ピンクと白のスーツ姿が二人とも最高にかわいい。思わずスマホで激写した。
星那の服は、ヨレヨレダボダボだったので、丁度良かった。
しらふじちゃんの気遣いかな。
――え、私は着ないよ。この大きなお腹でぴっちりスーツは、見た目的にヤバいでしょ。
うぐ、不意の衝撃からお腹を護るためだと言われたら、断れないじゃない。鬼神羅雪に乗る時のスーツと似てるけど、流石に妊娠中だと恥ずかしいなぁ。ちなみにキキョウはこの手の羞恥はまったく気にしなよのね。ヨウくんの前でも平気で脱ぐし。家の中も裸で歩くし。なのにちゃっかり自分だけローブ羽織っておる。ああ、魔導師だから医師が白衣を羽織る的なノリなのか。え、それ温度調整機能付き?
マジか、超欲しいんですけど。え、紺色ならある? やったぁ。早速着てみた。メッチャおしゃれ!
ひいらぎと星那がカプセルの中で抱き合いながら眠っている。まるで本当の姉妹のようだ。隣でスヤるおっさんは見なかった事にしよう。
目の下に何頭ものクマを飼ってるユリちゃんを無理やりカプセルに押し込んでキキョウを横目に、私はしらふじちゃんに提案した。
「ねぇ、石橋一家の事だけど」
「ああ、どのタイミングで転送しよっか」
「このままツアーの最後まで眠ってもらうのはどう?」
「それいい。採用っ!」
みんな寝静まった船内に、私達の馬鹿笑いが響き渡る。
一時間後、船内におはようの声がそこかしらから聞こえてくる。まだ眠そうな顔の子が、ぼーっと宇宙を眺めていると、突然、白く巨大な宇宙船が現れた。それは猛スピードでキレッキレなターンをキメながら、さざんかの周囲を一周し、船首と艦首、鼻面を合わせるように、ド派手に停止した。
そして突如『トランスフォーメーション!』妖精のような人型に変形し、みんなの寝ぼけ眼をしゃっきりとさせるのであった。
『やっほ~、みんなおはよう。サイボーグ妖精戦艦しらふじちゃんだよ~っ!』
長さ千メートルはあろう巨大な腕を振りながら挨拶する巨大な猫耳妖精ロボを前に、みんな驚き、目を輝かせながら「おはよ~っ!」手を振り返した。
『サプラーイズ! 今回のツアーは特別にボクがみんなの護衛をするね。それじゃあ、ぐるっと地球を一周したら月に向かうよ~っ!』
本来は六百メートル級の重駆逐艦二隻が護衛に就く予定だったが、今回はキキョウもツアーに参加しているので、しらふじちゃんが護衛をするそうだ。しかし凄いな、しらふじちゃんの妖精戦艦は何度見ても驚きだ。巨大ロボが並走する姿に、子供達は宇宙そっちのけで大はしゃぎである。
月へ向かう途中、私達が常駐してる運営本部に、カプセルで寝たままの家族がいると、客から通報が入った。
『ツアー運営本部です。現在カプセルで寝ている家族は、規約違反を犯したので、ペナルティとして本旅行中眠ってもらいます。トラブルではありませんのでご心配なく(ぶふぅ)ちなみに主役である魔力病の子を家に軟禁し、自分達だけでツアーに参加した、人間性を疑う違反行為です』
ちなみに石橋一家の眠るカプセルは、お買い物フロアの一角に晒さ…配置され、ちょっとした観光スポットになるのであった……
閑話
私の魔力病患者の保護者に、信じられないクズがいる。
『今日はこれから外せない用事がありましてぇ』
「いい加減にしろ、病の娘より重要な用事などあるか。さっさと診察に来なさい!」
『星那は熱も大した事ないようだし、大丈夫ですよぉ。そんな簡単に死にませんてぇ』
「あ゛?」
その一言は私の逆鱗に触れ、堪忍袋の緒が瞬時にブッチリと断裂した。
それが保護者の言うセリフか。事故で両親を失った星那を引き取ったこの親戚は、人として最悪の部類だった。先月、魔力を吸った時も何度も電話をしてやっと来たのだ。
その時の星那には顔に青あざがあった。
星那は必死に転んだと言っていたが、絶対家庭内暴力だろう。
「これから私が行くから、そこで待っていろ!」
『え~今から家族で映画に行くので、明日にして――』
は、熱を出した星那を放置で映画かよ。ざけんなよ。
「三分間待っていろっ!」
星那の住む石橋家は、うちから車で一時間半程。私は怒り心頭で鬼神羅雪を駆り、空をぶっ飛ばした。そして、納車したてらしきピカピカの高級ミニバンをぶっ潰すように石橋家の庭に激しく着地。ちなみに三分も経っていない。あ、このミニバン潰すの二度目だ。
メキメキ音に驚いて出てきた石橋夫婦を羅雪の両腕でむんずと捕まえ、私は怒鳴り散らした。
「てめぇら、ふざけんなぁぁぁっ!」
「うぎゃぁぁぁぁっ!」
「星那の親権を渡せぇぇっ!!」
「絶対いやだぁぁぁっ!」
「だったら、きちんと保護者しろぉっ! もし星那が成人までに死んだら、死因に関係なく、てめぇらブチ殺してミンチ肉にして那須山の熊に喰わせてやる。わかったよなぁぁぁっ!!」
「はんぎぃぃぃ~っ!」
ぐったりした夫婦を放置し、部屋に入ると、そこには星那がぐったりと横たわっていた。こんちくしょうめ。
すぐさま駆け寄り、彼女の額と胸に触れ、念入りに魔力を吸い出す。
すると程なくして、星那が目を覚ました。
「雪野…先生……?」
「どう、星那ちゃん……苦しくない?」
「うん、すごく楽になったよ。ありがとう先生」
ああ……どうかこの子に幸あらん事を……
私は星那を優しく、包み込むように抱きしめた。
読んでくれて、ありがとう。(キョウカ)
はぁ~星那かわいい。かわいいよ星那ぁ。もう絶対に離さないから。
この子は私の娘にする。とはいえ、どうしたらいい? あきらかに児童虐待されてるけど、それだけじゃ赤の他人の私が星那を奪い取る事はできないだろう。
すると、私の気持ちを察したキキョウが、いい笑顔でサムズアップした。
スマホを取り出し、どこかへ電話するキキョウがすごく頼もしい。
「あ、マルゲリータとペスカトーレのハーフを一枚お願い」
「ピザの出前かよ!」




