第88話 惑星エデン 後編
「しらふじ様、リストにあるクリアメタルとは何でしょう。しらふじ様が選んだという事は、かなり重要な物質のようですが」
「うん、クリアメタルは恒星間文明に必須の超硬度結晶金属だよ。宇宙船のワープ機関やキャノピーの材料だからね。あと宝飾品にもなるよ。ただし加工が難しいから、まず技術の研鑽が必須かも」
「なんと……そのような貴重な情報までいただけるとは……」
「うん、がんばってね。プラチナやタングステンなんかより遥かに重要だから、さすがのボクも自重したよ」
「自重して十万トンなの?」
「うん、超自重した。これで最強の白鬼参式を作れる! あと簡単にパリーンとならない水晶星も作れるよ」
「マジか」
その後、しらふじがプラネットイーター外殻利用の注意事項をエデンに伝え終わるのを待ち、芦田総理とドワイト国王を紹介した。
「地球はエデンのように意思統一されず、大国同士が覇権を競っている段階よ。もしエデンがワープ航法を自在に操れるようになって地球へ来た時、交流する価値無しと判断すれば、植民惑星にされるかもしれないわね。見たでしょう? あの精強な大艦隊を」
どんどん顔色が悪くなってゆく二人。エテルナ議長も私の言葉に驚きを隠せないでいる。
「そうなりたくなければ、地球人類の主導権を握りなさい。そして、エデンと友誼を結べるよう努力なさい。二万光年お隣の良き隣人であるとアピールなさい」
「「ええ~っ」」
「や・れ!」
「「はい……」」
「キキョウ殿は、やはりただの艦長ではないのですね」
「私はラヴィンティリスという剣と魔法とドラゴンの世界の魔王ですよ。しらふじとは、とても偉い神様に引き合わせてもらったの。魔法見ます?」
「魔王に魔法……物語の中のような世界から来られたのですか……」
少し話題が逸れたが、私はエデンの弱点を発見していたので、この美しく品のあるおば様議長閣下に対して攻勢を仕掛ける事にした。だって、大国の為政者が二人もそろっていながら、この体たらくなんだもの。まぁ突然の事だし、仕方のない事だけれど。
「議長閣下……この度のエデン観光、大変楽しく過ごさせていただいております」
「それは何よりでございます」
「ですが……とても残念な事がひとつだけございました……」
「それは……皆様のご様子から、私も気付いておりました」
ざわりとするエデン陣営。何があったのか知らぬ者が大半のようだ。
議長が気付いていたので話しが早そう。
「とりあえず、これをご賞味ください。私が調理したカレーという地球の料理です」
実はこの会議の数時間前、キッチンを借りてカレーを作ったのだ。
どこでも買える市販のカレールーで作ったやつだ。
「こっこれは……なんと食欲をそそる香しい匂いでしょうか」
「この色、とろみ……まるで腹を下した時の……」
とんでもない事を口走った議員のおかげで、みんなスプーンが震えている。しかし、意を決し議長がドロリとした茶色い物体を口に運んだ。
「こっこれはなんと美味な……とても複雑で鮮烈な味わいの料理ですね」
「うっ美味い! たしか南国ブロックに似た郷土料理があったはずだが、これに較べたら何もかもが物足りない!」
「おおお、飲める! 飲めるように食べれるぞ!」
「飲むな!」
思わずツッコミを入れてしまった。
小皿に盛ったカレーをあっという間に食し、物足りなさそうな視線を向けるので、私は別の料理をいくつも振舞った。有名ステーキ店のタレたっぷりの肉汁溢れるステーキや、トロットロに煮込まれた豚の角煮は大好評だ。クセのあるマトンも、おかわりをせがまれる程の人気だった。どうやらこの星に羊は存在しないらしい。それにしてもこの星の人達って、マジで肉好きね。祖先が爬虫類だからだろうか。でもイグアナは野菜や果物を食べるよね。
「この星の弱点がおわかりいただけましたか? 食文化が貧弱なのです」
「はい……確かに、この素晴らしい料理を知ってる者がエデンの料理を食べたら、大いに物足りなさを感じるでしょうね」
「調理方法に関しては、地球と大差のないものでしたよ。これは私の推測なのですが、海面上昇と共に香辛料などの多くの食材を失ったのではないでしょうか」
「それは……心当たりがあります。二世紀前、種の保存を目的とした人工大陸ノアーと農業プラント島が突然沈んでしまい、多くの農産物や貴重な動植物が失われたのです」
「なるほど、そんな事があったのですか……ならば地球の存在は、その補填に大いに役立つかもですね」
そう、エデンの欲する食材や動植物を提供するのだ。なんとかハザードとか細かい事は専門家に丸投げするとして、ここで一番重要なのはエデンと地球の友好関係である。私が仲介した今世代が良くとも、交流が途絶えた後、再び出逢う遠くない未来、両惑星間に不幸が起きないよう関係を築いておきたい。
「芦田さんとドワイトさん。私としらふじが橋渡しするから、地球の未来の為にエデンと友誼を結ぶのよ。そして地球で主導権を握りなさい」
神妙に頷く二人の為政者。幸いエデン側も私のお料理プレゼンのおかげで、地球との交流に大いに乗り気だ。
急ではあるが、地球へ帰る時にエデンの専門家を何人か連れてゆく事となった。
これは本日、キキョウ陛下が調理し、皆様にご賞味みいただいたカレーの素にございます。我が国の商品でございますゆえ、お近付きの印にどうぞお持ちください」
うおおおおおおおおおっ!!
帰り際、エデンの皆さんへ芦田総理が市販のカレールーや菓子を配ると、いい歳のおっさん達が子供のように喜んでくれた。彼に私の持ってた品々配ってもらい、地球のアピールに利用してもらったのだ。元は郷魔国へ持ち帰るつもりで大量に箱買いしておいたものなので、帰ったらまた補充しておかないと。
「キキョウ陛下……私達、宇宙旅行に浮かれすぎておりました」
「カレーといい、ここまで深慮遠謀な御考えの上で行動されていたとは……我ら汗顔の至りにございます」
「深慮って程じゃないけど、エデンがワープ機関完成間近なの知ったからね」
実は宇宙旅行前に、地球とエデンのありうる未来について、しらふじに助言されていたのだ。
「大きな軍事力を持つ異星人の行動範囲に地球が入っちゃう事を、二人に知っておいて欲しかったのよ。それにこういうのって、SF映画やアニメでよくあるパターンでしょ?」
「確かに……ですが陛下のおかげで、お互いを知る機会がもたらされた事は僥倖です」
「こうなると、地球は国家間で争いなどしてる場合ではありませんね。特に我が王国は当事者ですから」
「最大の障害はユーラシア連邦よね」
ため息をつく総理と国王。
ユーラシア連邦とは、世界最大の国土と人口を持つ大国だ。
近年、覇権主義に走る傾向が強く見られ、周辺諸国とのトラブルが絶えない。軍事大国メアリカ王国へ追い付け追い越せと、凄まじい勢いで軍備を増強し、近年の横暴な海洋進出に日本皇国も頭を悩ませているのだ。
ラヴィンティリスでいうと人類帝国に近いだろうか。
そういえば、ノエルからあのヘドロが生きてると、念話で知らされたわ。
翌日、私達は真空チューブ列車、エデンハイパーループに乗車して大いに興奮した。
ほぼ無音で振動も無いのに時速千六百キロという超音速を実現しており、兎にも角にも速いとしか表現しようのない素晴らしい乗り物であった。惑星上に点在する海上都市と海底都市、そして宇宙へと向かう軌道エレベーターを登りターミナルコロニーを繋ぐ、この世界の大動脈だという。およそ一日で世界を一周し、さらに低公害、低コストなので、非効率な旅客機は大昔に廃止されたそうだ。現在、この惑星の空を飛ぶのは軍用機と観光用飛行艇ぐらいらしい。
私達を乗せたハイパーループが海上を飛ぶように走り、アナウンスが流れ海中ルートへ潜ると、おっさんが叫んだ。
「マリンエクスプレスだぁーっ!」
「「おっさん……」」
「同じ顔しておっさんゆーな!」
「パパ、おっしゃん」
崩れ落ちる夫をニヤニヤ笑う、妻と魔王の図。
さて、この星のお土産事情について話しておこう。この星の通貨を持っていない私達は議長閣下から、買い物もできる腕時計やペンダント型の通信デバイスを渡された。お金の事は気にせず自由に買い物をしていいというので、甘えさせてもらう事にした。
滞在中、何度も感じたのだけれど、エデン人の感性は日本人とよく似ている。
観光地や駅などで売られてる土産物は、ゆるキャラご当地ストラップなど、不思議なくらい日本で見掛ける物と似通っていたのだ。思わず、道の駅かよとツッコミを入れたくなる品揃えである。
特に菓子類は海洋惑星らしく、海藻を主原料にしたスナックやゼリーなどが多いようで、特にゼリーは色鮮やかな宝石のよう。夏を感じさせる涼し気な和菓子っぽい物も多く、興味深く買い物させてもらった。
子供達が買ったトカゲの骸骨キーホルダーって……こういうの惑星関係なく万国共通なのだろうか。
初めは遠慮がちだったみんなも、遠慮なく次々と購入する私を見習い、買い物を楽しみ始めたようだ。え、私はもう少し遠慮しろって?
いやいや、メインディッシュはこれからだよ。この星の服やアクセサリーを見たいと伝えると、多層構造の超巨大デパートへ案内された。
中央吹き抜けにそびえ立つ巨大水槽には、全長数百メートルもある水草が青青と茂っており、見た事もない魚がたくさん泳ぎまわっていた。
この建物だけでも充分観光する価値がありそう。子供達が目を輝かしている。
議長閣下はろくな観光地がないと言っていたが、いやいやいや。
そして、お目当てのドレスや服飾品の並ぶ高級ブティック、そして宝飾店を発見。
お恥ずかしながら小躍りしてしまったが、女性陣と目が合うと、みんなそろってサムズアップしてくた。
ニッコリ笑顔で子供達を夫達に任せ、獲物を狙う肉食獣の如く、瞳をギラギラさせながら女性達は宝飾店へと向かうのであった。
「アイオライトあるかなぁ……なん……だと」
「キキョウ?」
「魔王様、どうされました?」
「キョウカ、王妃様……ここにある宝石、どれも天然石じゃないわ」
「え。全然気付かなかった」
「そうなのですか? 本物にしか見えませんよ?」
付与魔術師ゆえの職業病というか、宝石を見ると真っ先に品質をチェックしてしまうのだ。本来なら、この石は美の加護が付与できる~とか、これはイッヌのうんこを踏まない加護までしか付与できないなーとか、宝石に手をかざすと直感的に伝わってくる。
しかし、この店の美しい石達から伝わってくるのは、ガラス玉のような気配だ。これなんてどう見ても極上のパパラチアサファイアなのにね。
解せぬ……という表情の私に気付いた店員が、私の疑問に答えてくれた。
「エデンの主だった宝石の産地は、今や海の底です。宝飾品の為に多大なリソースを消費して採掘する事を軍が反対したのが発端となり、民間で人造宝石の技術が磨き上げられたのです」
「なるほど、それで本物はあのネックレスだけなのね」
「よくおわかりで! 数少ない四百年前の逸品ですので大変高価になっております」
厳重なケースに飾られていたのは、見事なロイヤルブルーサファイアのネックレスだった。このお店の看板商品で、お値段は……売る気のなさそうな、凄まじい価格らしい。
「お……お買い求めになりますか?」
目の前の店員だけでなく、隅っこからこちらを窺う店長らしき人物の視線から緊張と不安が伝わってくる。うん、わかるよ、その気持ち。いくら私が恩人でも、安易に欲しがっていい物かの区別はしてるからね。それにこのクラスのサファイアは数個持っているので購入は丁重に断った。
「この星の宝物を持って帰っちゃうのは、流石に気が引けるから、別のにするわ」
「へー、キキョウに自重する心があったんだ」
「超あるから。それに付与できなくても人造宝石にはすごく興味あるし、デザインもラヴィンティリスと随分違うしね」
そう言いながら、私は恋人達と家族のお土産用に、自重せず大量のアクセサリーを選ぶのであった。付与できずとも、自発光したり、ランダムに色変わりしたり、虹色に輝く宝石たちはとっても魅力的だものね。これらの美しい人工宝石のルースを異世界へ持って帰りたいとお願いすると、滞在中に製造メーカーから在庫が大量に届いた。虹色のルースは在庫がなかったので、次に来る時までに用意してくれるそうな。
その頃、芦田総理とドワイト国王は、地球より数百年進んだ品々が並ぶ家電量販店の前でプルプルと震えていた。
「こっ……これらを、地球に持ち帰っていいのでしょうか……」
「文明レベルが違い過ぎて、我が王国や日本でも解析できぬのでは……」
「お二人とも、とりあえず買えるだけ買いましょう。そして中古や骨董品を扱う店で、もっと旧式の家電を探すのですよ」
キキョウに魔法の鞄を持たされてる太田の提案に、二人の為政者が深く頷いた。
読んでくださり、ありがとうございます。(太田)
私は今、別の惑星で我が国の総理大臣と同盟国の国王陛下と共にお買い物中だ。
どうしてこうなった。それは私の可愛い姪が魔王陛下の恋人だからだ。
キキョウ陛下が元の世界へ帰る時、ユリを妻のひとりにするから連れてゆくという。まぁそれは、今はいい。今は目の前の買い物に集中だ。
このショッピングに人類の繁栄が掛かっているのだから!
例えばこのケトル。見たところ、ただの電気ケトルだが、なんと空気中から水分を集めてお湯を沸かず、とんでもない技術の塊だった。しかも除湿器としての役目もあるという。ここは海上都市だから湿気対策がかなり重要らしい。我が家で使ってる除湿器の水は飲めないが、ここの物は衛生面も全く問題ないようだ。普通に欲しいな。
そして、家電と言えばまずテレビだが、店内にそれらしいものが見当たらない。
店員によると、白物家電と呼ばれる電化製品はモジュール化され家に組み込まれており、単体で買う時代は終わったとの事。
ただし、昔のような形状の家電は少なからずファンがおり、レトロ家電として趣味系の店舗で扱われているというので、ここで一通り購入後、そちらの店に行き買い漁った。あと自動車も買った。エアカーだよ! すげぇぇぇっ!
私達は未来の世界を体験してるかのようで、驚きの連続だったが、むしろこちらの方が店員達に驚愕された。それはそうだよな。陛下にお借りしたこの小さな魔法のバッグ。生き物以外なら車でも何でも、どんどん、驚愕するほど入るんだもの。




