第77話 魔王キキョウ消失
山を飛び谷を越え、誰かの町を無慈悲に踏み潰してゆくファフニール。
その脚部を狙った両腕ライフルの75mmと魔導レールガンによる155mm徹甲弾の一点集中攻撃をものともせず、ファフニールは郷魔国へ向け爆走していた。まるで旅館の中で女の子を追いかける、顔の無い化け物のような走りっぷりである。
「ちぃぃっ! あんな細いのに、なんて頑丈な脚なのよ」
「ごめんね、威力不足で……」
「でもどうやって止めよう。近寄ってもガン無視で走ってるし……でも口を狙った攻撃は絶対避けて、衝撃波撃ってくるから間違いなく弱点よね。いっそあの口へ特攻してみよっか?」
「毎晩耳元でヘンリー8世くん歌ってほしいなら、どうぞ」
「そのネタ懐かしいな……」
決定打のないまま、とうとう海に潜られてしまった。相手が海中ではこちらに攻撃手段がない。仮に魚雷があったとしても、効くかは甚だ疑問だ。このままではセドリック王国に上陸されてしまう。とにかくセドリック王国へ状況を伝えた。幸いな事に進路上に町がほとんど無いのが救いだ。
「キキョウちゃん、魔力は大丈夫? 随分ゲート使ったでしょ」
「うん、三割切ってる。ちょっと心もとないね」
「じゃあ魔力石出して、さっさと吸う!」
「はい……」
魔力石とは、魔力の電池のような物だ。約四年前、シルヴィアを死者蘇生するために、体の一部を魔力に変換した事を教訓に、自分の魔力を溜めた魔力石を持ち歩くようになった。ちなみに翡翠製で、十五センチ程のキューブひとつが私の魔力保有量の一割ぐらいだろうか。並の勇者ならこれ一つでお腹いっぱいのはず。
今日はゲートやゴーレムの稼働で、驚くほど魔力を使っている。自分の魔力容量の2.5倍、およそ十万ポイント分、二十五個の魔力石を持ち歩いてたのに、もう残りわずかだ。
魔法珠より取り出してはひざの上に置き、魔力を体内へどんどん吸収してゆく。一個目、二個目……実はあまり気持ちいい物ではない。クロのディープキスによる魔力注入は、とっても気持ちいいのにね。持ち合わせてた最後の一個の魔力を少し残し、吸うのをやめた。概ね満タン状態である。
ファフニールがセドリック王国内を通過し、いよいよ郷魔国に入った。流石にお隣さんの庭でドカーンってのはしたくない。
我が国は未開発地が多いので、侵攻ルート上で人がほとんど住んでない平原を決戦の地に定めた。さぁ魔力も回復したし、作戦も立案したし、最終決戦だ。
「しらふじ、本当にアレを止められるのね?」
「うん。ただし五秒が限界だよ。それと対価にキキョウちゃんの魔力を根こそぎもらうから、残りの魔力石を膝に載せて、魔力枯渇で気を失うのだけは避けてね。ヘルメトロン砲弾発射のトリガーは、キキョウちゃんしか引けないんだから」
「うん、わかった」
対ゴーレム戦を想定した白鬼の火力では、龍王ファフニールの足止めにもならない。そこで、しらふじの提案した奥の手とやらで、ファフニールを止めるのだ。
私は彼女を信用し、その提案に賭ける事にした。やる事はとても単純、しらふじの奥の手で動きを止めたファフニールのポッカリ開いてる口に、ヘルメトロン砲弾を撃ち込んでゲートで退避するのだ。
退避にはゲート一回分の魔力を残すのが必須である。
幸い、嫌な予感はあまりしない。ただ、しらふじがどんな手を使うか、お楽しみにね~と勿体ぶるのがニントモカントモ。
「じゃあ、やろうか」
「了解。ボクの奥の手を見て、ビビッて失敗しないでね」
「ははは、既にこの作戦自体にビビってるよ。失敗したら後が無いんだもん」
『ファフニールの動きが止まった時、正面から顔面にズドンとやる。ファフニールの動きが止まった時――』
私は作戦を反すうしながら深呼吸して、操縦グリップを握りしめた。
「しらふじっ、よろしくっ!」
「はーいっ!」
瞬時に体内の魔力が失われ意識を失いかけたが、活を入れる為にヘルメット越しに、ガツンと顔を殴った。魔力枯渇にギリギリ耐え、膝上の魔力石から残り少ない魔力を吸う。よし大丈夫。
私はしらふじが止める前提でファフニールの口に向け突撃した――次の瞬間、目を疑う光景に息を飲む。
ズドゴォォォォンッ!!
それは腕だった。例えようもない、巨大なロボの腕だった。
全長千メートルはあろう、龍王リヴァイアサン並の巨大な機械の腕が宙より振り下ろされ、鋭い五本の爪がファフニールを鷲掴みにしながら地面に抑え付けたのだ。
「何の腕だぁぁぁぁっ!!」
私は叫びながらも、イソギンチャク顔の至近に突撃し、レールガンの砲口をヤツメウナギのような口に向け――しまった。閉じられる!
ぬかった。これまで一度も閉じてるのを見た事がないので、てっきり閉じられない構造だと思っていたのに!
「こんちくしょう!」私は砲身を突っ込むように、ファフニールの口へ突撃した。
そして砲身が噛み砕かれる直前に「ドンッ!」ヘルメトロン砲弾を撃ち込んでやった。
「やったっ! キキョウちゃん、ゲート!」
「ごめん、無理」
「えええっ!?」
目的は達成したものの、イソギンチャクのような大量の触手に雁字搦めにされ、白鬼は完全に捕獲されてしまっていた。凄まじい力で巻き付かれ、ビキビキと白鬼の至る所から破壊音が響く。
「残った魔力を白鬼の自動防御に吸われちゃった。魔力石も品切れ」(ビキリ)
死の契約により、ノエルからの魔力供給を薄っすら感じるが、ゲート使用量には程遠い。
最後の手段と思ってた、ノエルのいる場所へ向けての転移は――しまった、今妊娠中だからゲート以外の転移はできないようにしてた。
「うわあああああっ! コックピットパージしてぇぇぇっ!」
「あ~ダメ、うんともすんとも言わないわ」(バキバキ)
「キキョウちゃぁぁぁんっ!!」
「ありがとうね、しらふじ。とっても楽しかったよ。愛してる」(バリン)
「往生際が良すぎるよぉっ、ボクも愛してるぅぅぅっ!!」
ああ、お腹の子、産んであげられなくてゴメンね……今世も母親失格かぁ。
その時、黒く巨大なものがファフニールの首に喰らい付いた。
龍王リヴァイアサンだ。
「クロちゃんっ!?」
「キキョウを放せぇぇぇっ! それは私のだぁぁぁっ!!」
「この辺全部消滅するから、クロちゃん離れてぇぇっ!!」
「ずっと待ち続けるのは、もう嫌なのですよ……」
「わかった。ずっと……一緒だよ」
私達は一緒に消える事にした。
ああ、私が死ぬとノエルまで道連れだ。ごめんね、私の可愛いノエル。
ヘルメトロン弾が起爆し、ファフニールの胴が輝いた。
眩い光が私達を飲み込み、辺りが真っ白な闇へと覆われてゆく。
――しかし、光は一定まで広がると、急激に収縮しファフニールの内部へと収まってしまった。同時に真っ黒だった体が急速に灰化してゆく。
やがて全身にヒビが入りポロポロと崩れ始め……白鬼をガッチリと拘束してた触手も燃えカスのように、ほろほろと崩れ落ちていった。
解放されたボロボロの白鬼が辛うじて浮力を保ち、ゆっくりと降下を始める。
「え…………私達、助かった?」
「やったっ、助かったよ、キキョウちゃん!」
「うんっ!」
「キキョォォォォォ……」
皆が安堵したその刹那。ファフニールが私に向け黒い塊を吐き出した。
それは全く光を寄せ付けない、真なる黒。まるで闇を凝縮したかのような何か。
それが何なのかは不明だが、私への攻撃に違いないはず。
虚を突かれたタイミング、私は何も出来ぬまま、その黒い塊に白鬼ごと飲み込まれてしまった。
黒い塊が消えると、そこには何も残っていなかった。
「え……キキョウ?」
目の前で起きた事が信じられず、クロはキョロキョロと周囲を見回し、必至に最愛の存在を捜し始めた。魔力感知スキルをフルに使い、世界中に巡らせた。
しかしキキョウはどこにもいない。
「キキョウ……キキョウ……」
そして、キキョウがこの世界から消えた現実を受け入れられないクロは、狂乱――
「すんな、です!」
白龍の強烈な飛び蹴りで、全長千メートルもある巨体が森の木々をバキバキなぎ倒し、ゴロンゴロンと盛大に転がってゆく。
「あるじ様に何かあれば、死の契約を結んでるわっちも一緒に死ぬです。わっちが無事なのだから、あとは言わなくとも理解できるですよね?」
「…………」
「きっとそのうち、ケロッとした顔で帰ってくるですよ」
「ノエル……」
「なんです?」
「お前が私に飛び蹴りをするのは、二度目ですね」
チカ……チカ……
暗闇の中、白鬼の機体異常を知らせる警告灯がいくつも点灯している。
なにやらとても長い夢を見ていたような……
明滅する赤やオレンジの光をぼぉっと眺めていると、次第に意識が鮮明になってきた。
「あ……生きてる。いたたた……」
確かファフニールの最後っ屁を見事に食らって……よかった、私生きてた。
でもここはどこだろう、モニターが死んでて外の様子がわからない。呼びかけても、しらふじの返事もない。電源は生きているようなので、ハッチの開閉スイッチを押してみた。ボディが歪んでおり軋み音がする。天井を蹴とばすと、頭部装甲とキャノピーがなんとか開いてくれた。
「どうやら夜みたいね。うわ、寒っ。ここは何処だろう、ラヴィンティリスの匂いじゃない……え」
眼下には眩い光が溢れる巨大都市がどこまでも広がっている。
「あれってスカイタワー? うそ……この世界ってまさか」
ゆっくりと降下している白鬼壱式の着陸先は……渋谷の交差点?
ニュースやドラマでよく見るあの交差点だ。大勢の歩行者がこちらに気付き、指を差し騒いでる。
白鬼は操縦不能。私にはどうする事も出来ず、そのまま交差点中央にゆっくりと着陸した。
歩行者達はまったく警戒する事なく、白鬼の周囲に集まってスマホを向けている。
ともかく一番最初に確認すべき事がある。大量のスマホが向けられるのを無視して、私はコックピットから飛び降りた。うわ、男達の視線が凄い。今の私、ぴっちりなパイロットスーツ姿だものね。更にヘルメットを脱ぐとどよめきが起こる。
こういうのは慣れっ子なので無視。あ、額から血が……
これ自分で殴ったやつだわ。まさか流血してたとは気付かなかった。
大した傷じゃないし治療はあとまわし。私は目の前でスマホを構えてる青年に尋ねた。
「ねぇ、あなた。今、何年何月何日?」
「え……ええっ? ぼぼぼくちん?」
「キョドらないで、早く答える!」
「はっはいでし、20XX年12月31日でし」
「じゃあこの国の名前。正確に教えてちょうだい」
「にっ日本皇国でし!」
「ありがとうでし」
日本皇国……間違いない、私が生まれ育った元の世界だ。
まさか、またこの世界に戻ってこれたなんて。
『ゴメン、キキョウちゃん。色々あって連絡遅れちゃった』
『うん、大丈夫よ。それより、この世界……』
『EG06惑星、地球。ひょっとしてキキョウちゃんが生まれ育った星?』
『うん、キョウカがいると思うから、まずは自宅に帰ろうと思うんだけど……』
『ごめん、白鬼も魔装も仕様変更しないと、すぐには動けないんだ……どうしよう』
『まぁこっちで何とかするよ。電車で帰ればいいんだしね。交番でお金借りれるかも』
『じゃあ、壱式の送還の準備するね』
お金借りるのは身分証明書無いしダメかな。などと考えていると、近所の交番から二人の警官がやって来た。
白鬼壱式と私の姿を見て滅茶苦茶驚いている。ロボも本物だし、ツノも白い髪も自前だよ。
「これはもしや……あの……公安関係の方ですか?」
「公安? いえ、違いますよ。白鬼はすぐ移動しますね。あああっ腕落ちた!」
改めて見ると、白鬼はボロッボロだ。無理もない、ファフニールの熱烈触手ハグを食らったのだから。格好良かったエックス翼もバキバキだし、右腕もないし、左腕は今落ちたし、装甲も歪んだり脱落しておりヒビだらけだ。着陸時に装甲や破片が落ちたようで、路上に散らばっている。大勢の前で晒し者状態は可哀想だし、通行の邪魔なので、さっさとしらふじに送還してもらおう。
魔法陣が現れ、白鬼が消えるのを目の当たりにした人達が大騒ぎしてる。警察官のお兄さんも目が点だ。あ、そうだ。
「お巡りさん、すみません。電話貸してもらえません? 実家に連絡したいので」
「じっ実家……それってどこの星ですか?」
「私宇宙人じゃないので。今はツノ生えてるけど、生まれも育ちもこの国ですよ」
すぐそばの発出所に案内され、早速自宅に電話してみた。いるかな、キョウカ。
「あ、もしもし、キョウカ? わたし~」
『え……キキョウ? キキョウなの?』
「うん、狂乱した龍王ファフニールとやりあって、時空転移させられちった」
『マジか……今どこ? すぐ行く』
「皇都の渋谷交差点の交番かな」
私の状況を説明すると、キョウカが迎えに来てくれる事になった。
その間に、新米っぽいお巡りさんが震える手で、私の額に絆創膏を貼ってくれた。そしてベテランっぽいお巡りさんは、おしるこ缶をおごってくれた。
懐かしい味だわ。でも普通こういう時ってコーヒーじゃない?
程なくキョウカがゴーレムで上空から現れた。これが鬼神羅雪……前世の私のゴーレム。ヴァルバロッテの朱羅に全然似てないなぁ。見た目はアニメに出てきそうな主人公メカっぽくて、とても格好いい。
っていうか、キョウカは普段コレで飛び回っているの?
胸部ハッチが開き、見知った顔が現れた。
「キキョウぅ~っ!」「キョウカぁ~っ!」
ひしりと抱き合う、色とツノ以外に差異のない私達。
「キョウカ、こっちの世界でも勇者なの?」
「うん」
「ディープキスしていい?」
「無理」
こうして触れ合うのは初めてなのに、他人のような感じが全くない。
そりゃそうか。
キョウカの髪の一部と左目がルビー色になっているが、懐かしき私の体だもの。
お巡りさん達が私達の顔を交互に見て、ぷるっている。
今の私達、格ゲーの同キャラ対戦みたいな感じだものね。
「雪野です。彼女の件は公安の太田さんに、私から連絡しておきますね」
「はっ」
キョウカが何やら手帳らしき物を見せると、二人の警官がビシっと敬礼した。
キョウカ、何者?
どう見ても妖しい異形の私に対し、親切に対応してくれたお巡りさん達にお礼を言って、ギャラリーに手を振り、羅雪に抱えられ渋谷を飛び立った。向うは北関東最北の那塩市、懐かしき我が家だ。
飛行中、雪が降り始めた。実家の方は雪のようね。
めっちゃ寒いので、パイロットスーツから、いつもの白ローブにパッと着替え……られないぃっ! ぎゃーっ! 全裸になってしまった。
『瞬間お着替えは明日まで待ってね。魔法珠は使えるし、そのスーツの着脱は出来るよ』
「うー」
空飛びながらのお着替えは無理なので、仕方なくスーツを着直して、魔法珠からブランケットを取り出し包まった。これ、クロの匂いがする。
今頃、すごく心配してるだろうなぁ。
いつも読んでくれて、ありがとう。(キョウカ)
こっちの世界に来て、四度目の大晦日だ。この日はキキョウの誕生日。
実は私も12月31日が誕生日なのだ。すっごい偶然だね。
そんな平和な年末を
居間でぬいぐるみと一緒にひいらぎがテレビを観て、夫がキッチンで年越しそばの準備をしてると、電話が鳴った。はいはい。え……キキョウ? キキョウなの?
なんと、キキョウからの電話だった。マジか! なんでお前が渋谷にいるの!
ともかく迎えに行こう。ちょうど雪が止んでる。
鬼神羅雪に乗り込み、おっと飛行申請しないと。空飛ぶときは連絡するよう、空軍にお願いされているのだ。軍の敵味方識別装置を取り付けた事があるんだけど、再召喚したら装置が消えてたんだよね。
「あら、こんな時間にお出かけ?」
「うん、親戚が来たので迎えにいってくるの。うるさくしてゴメンね」
「気を付けていってらっしゃいね」
「はーい」
お隣のおばさんとは、仲良くさせてもらっている。ひいらぎの子育てで、色々アドバイスしてもらい助かってるよ。
さぁ、皇都にむけフルスロットルだ。




