第70話 偽装神名契約
十二月もあと少しで終わる。
大晦日で二十四歳。もうすぐラヴィンティリスに来て、いや、戻って四年になる。
そんな年の瀬のある日、館の三階を歩いてると、突然ドアが開き、何者かに部屋の中へと連れ込まれてしまった。こういう狩りをする蜘蛛がいるよね。
確かトタテグモだったか。
そんな蜘蛛の如く、私を捕獲したのは、なんとアスフィーリンクだった。
私は連れ込まれた勢いのまま、壁に押し付けられ、荒々しく唇を吸われ、舌をねじ込まれた。
妹にしたあの日、抱きしめたアスフィーの顔は私の胸元ぐらいだったのに、今はもう私を押さえつけて、唇を奪う程まで成長しているとは、何とも感慨深い。
なにせ彼女の勇者ランキングは現在三位。その膂力は男性勇者ストロガーノに匹敵し、瞬発力もすさまじく、ツートップのヴァルバロッテとシルヴィアの地位を脅かす程の存在へと育っていた。
そして、体の方も女性らしさが微妙に溢れる凹凸に育ち、透明感のある金髪と美貌も輝かんばかりの美しさである。学園でもユキと並んで絶大な人気を誇り、名のある王侯貴族からの求婚もかなり来ている。だが、その全てをけんもほろろに断っているそうだ。
ちなみにベルテも素晴らしい美人さんだが、昨年ティメル王子と正式に婚約したので、求婚される事はないという。ティメルの美貌に勝てる男性など、そうそう居ないであろう。
強い自信の中にちょっぴりだけ不安の残ったアスフィーの碧眼が、じぃっと私を見つめる。
「お姉さま。わたし、来年二月で十五になります。成人しますよ。そしたら妹を辞めますから。いいですか? いいですね?」
「はひ……」
圧がすさまじい。アスフィーリンクが私のハーレムに入る気満々なのは知っていたので、驚きはしなかったけれど、ここまで直球で来るとは思わなかったよ。
私は彼女の細い腰を優しく抱き寄せた。
「ふふ、じゃあちょっと早いけど、アスフィーには今……妹を辞めてもらおうかな」
「え……はい」
なが~い時間を掛け、私達は熱くとろけるような大人のキスをした。
最近、城の外に出ると肌がひりつく感覚がある。気のせいだとは思うのだけれど……そんな年の瀬の冷たい風の吹き抜ける中、城下広場が殺気立っていた。
冒険者らしき風体の屈強そうな男達が、大階段の入口で騎士達と揉めていたのだ。なにやらチラシを掲げ、私の招きに応じて来たのだと騒いでいる。
「この騒ぎは何事かしら」
クロとノエルと三人で大階段に現れると、男達の野太い歓声が上がった。
五十人ほどいるだろうか。私の体への不躾な視線がすさまじいのなんの。
「あんたが子作りの相手を求めてるっていうんで、来てやったんだ。ほら」
「はい?」
そう意味不明の事を言いながら、私にチラシを見せてくれた。
そのチラシには、微妙にいかがわしいイラストと共に、とんでもない事が書かれていた。
『求む、屈強でナニの素敵な殿方。
このわたくし、郷魔国魔王キキョウは、現在子作り相手を募集中よ。
体とナニに自信のある殿方を募集するわ。募集人数は十名。
お相手は、わたくしとの夜の実技試験の上で決定するわよ。
さぁわたくしと子作りしたい殿方は。十二月某日に封印城へいらっしゃい!』
「なんじゃこりゃぁ!」
そのとんでもない内容に、私はお腹に銃弾を受けたような気分になった。
「どうもこうも、魔王様が作ったチラシだろ?」
「いやいや、これ嘘っぱちよ。あなた達、誰かに騙されたわね」
そんなバカなぁーっ!? と、驚愕する男達の群れ。
「だって私、結婚式は上げてないけど、旦那様がいるのよ? 龍王リヴァイアサン様」
更に驚愕する男達の群れ。この世界で龍王の名を前に異を唱える命知らずなどいない。
純粋に肩を落としガッカリする者。よくよく考えればこんな事ありえんだろうと、騙された事に赤面する者。俺、こいつらとは関係ないからと第三者のふりをする者。様々な人間模様が見て取れて中々に面白い。
ただ、彼らが言うには、このチラシを見たとたん、郷魔国へ行かねばならないという衝動に駆られたという。チラシに何か付与されていたのだろうか。特に何も感じないが。
だが動機はどうであれ、こんな遠方まで来てくれたのに、このまま手ぶらで帰すのは少々不憫な気もする。彼らが何者なのか尋ねてみると、ほとんどの者が郷魔国の東隣にあるハイビリアル都市国から来た冒険者だった。
たしか世界最大のダンジョンがある国よね。
肩を落とす彼ら全員に、折角なので我が国で骨休めして、美味しい物を食べて、桔梗屋で冒険に有用な加護石を買って帰りなさいと、けっこうな額のお小遣いを渡してあげた。
「魔王様、こんなにもらっていいんですかい?」
「いいのいいの、折角だから魔都を観光して、楽しんでいってちょうだい。それに私を慕って来てくれてたんだもの、嬉しいわ(ぎゅ~っ)」
「きょっきょうしゅくでありまするぅ!」
ついでに全員とガッチリ握手をしてあげると、みんな照れながら笑顔で城下に散っていった。あの様子なら、荒れて騒ぎを起こす事もないだろう。
それにしても、悪質で低俗な嫌がらせだ。犯人は人族至上主義者だろうか。
だが、騙されたのは、今日来た彼らだけではなかった。
それから毎日のように多くの者達が魔都を訪れ、最終的に四百人近い男達と握手するはめになったのだ。
「おかしいです。私の配下からは、このチラシの情報が全く上がってないのです」
「クロちゃんの配下って、世界中のあらゆる場所にいるんだよね?」
「はい。各国の王侯貴族や、館メイドや兎人族の中にもにもおりますよ。もちろん世界中の冒険者の中にも紛れております。それなのに……」
「確かにおかしいね。それにみんな言ってたよね、気付いたらチラシが荷物に紛れていたって……」
何やら嫌な胸騒ぎがする。この程度でこの件が終わるとは、とても思えなかった。
その翌日、私の嫌な予感は見事に的中してしまう。
突然、堰を切ったように国外から、とんでもない情報がもたらされたのだ。
「魔王キキョウ杯? いったい……どうなってるの」
「チラシの時と同様に、全く存在を感知できませんでしたね」
なんと、郷魔国のあるティリエル大陸を除く三大陸で、私の子作り相手を選ぶという、とんでもない武闘大会が開催されていたのだ。
各大陸の優勝者は、魔王キキョウと子作りする権利。もしくは十億スフィアの賞金のいずれかを得る事が出来るという。
現在は予戦段階であるが、各会場は白熱しており、既に死者も出ているようだ。
水晶星で各大陸の会場を映し出してもらうと、多くの参加者が血を流し戦っていた。予選は三十人のバトルロイヤル形式を何度か行い、最終的に残った強者達が本戦に進めるらしい。
参加資格に制限はなく、未成年らしき姿もある。勇者が混じっている組は一方的すぎて、とてもではないが見ていられない。うわ、誰かの腕が転がった。
「こんな事……早くやめさせないと……」
「キキョウ、ダメですよ」
「ネロ様……何がダメなの?」
突然、神妙な表情のネロが現れ、魔導銃を手にした私を制止した。
「この大会、キキョウが神名契約で開催している事になってる」
「え、どういう事? 私、こんな大会知らないよ」
「神名契約とは……厄介ですね」
「クロちゃん、神命契約って、アルス王国併合時に代官させる貴族に誓わせたやつだよね?」
「はい、それです。キキョウ様が神に誓い、この大会を開催した事になっているのです。勝者を決めず勝手に大会を止めると、契約不履行となり神罰が下るという事です」
「そう、この規模の不履行だと……キキョウは多分、石像か塩像にされる」
「なにそれ……あ、ラヴィちゃんなら、世界神様なら何とかしてくれるんじゃ……」
「もう確認した。契約はキキョウの宣誓により正式に受理されて、既に死者も出ているから契約破棄は無理」
「……どうしてこんな事に」
いったいどこの誰がどんな方法で私に成り代わり、神名契約を偽装したのだろうか。
「こんな事……可能なのは、アレしかいない」
「そうですね、証拠はありませんが、間違いなくアレの仕業でしょう」
すでに犯人が誰か知っている口ぶりのネロとクロ。
「アレって?」
「邪神……」
「光の女神ラミーリュですよ」
「は……?」
以前、クロが光の女神を邪神だと口にした事を覚えている。
当時はクロとの仲が険悪ぐらいにしか思っていなかったけれど……
確かにこんな事が可能なのは、神ぐらいだろう。しかし何故こんな事を……あ。
「今思えば、あのチラシもこの大会の発覚を遅らせる為だったとか?」
「ありえますね……まだ予選ですが開会してしまえば、簡単には止められませんから」
既に各会場の周囲には、予選待ちの屈強な男達が大勢集まっていた。成人してなさそうな少年の姿も多い。
「光の女神が犯人だとして、動機はなんなんだろ。私、何かしたかなぁ」
「キキョウ……邪神のする事、常人に理解は無理」
「それより、この事態をどうすべきか考えましょう」
「そうだね、そうしよう」
「……わっちが全ての会場を吹き飛ばすですよ。第三者が邪魔したなら問題ないです?」
「ノエルがキキョウと赤の他人なら、それもアリと思うけど……」
「そうですね。死の契約を結んでいるから、キキョウ様の命令と受け取られるでしょう」
「むう……ダメですか……なら契約解除するです?」
「ありがとうノエル。でもあなたはずっと私の物だから、それはダメよ」
「にゅふう」
はふぅ、ノエルは私の癒しだわ。可愛いノエルをぎゅ~っと抱きしめた。
仕方ない、みんなに心配をかけてしまうけれど、今のノエルみたいな提案を期待できる。家族達や主だった面子に集合してもらい、状況を伝え、意見を求める事にした。
このままでは、見ず知らずの男達と子作りしなければならない。
それを拒めば、神罰で石像や塩像にされてしまう。
私の置かれたとんでもない状況を知り、最も怒りを露にしたのは、ハーレム入りしたばかりのアスフィーだった。どうどう。
だが、そんな怒り心頭のアスフィーが打開案を即答した。
「そんなの簡単です。各会場に乗り込んで、わたし達が全部優勝すればいいんです」
クロもネロもハイベルも、この場のみんな目からウロコのような表情で、アスフィーに称賛の拍手を贈った。確かにその通りだ。この大会、誰でも自由に参加できるのだから。
その上、三会場全てで優勝できる実力を持つメンバーがそろっている。
そうとなれば話は早い。三つの会場のどこに誰が参加するかの検討を開始した。
第一会場は、エルフの国のすぐ隣、人族の民主国家ジェハーク国の首都リーン。
第二会場は、なんと魔王連邦デーヤネンのオークション都市メイ・ルフーヤ。
そして第三会場は、人類帝国の帝都ベイオールだ。最も参加人数が多い。
「初めに言っておくけれど、ベルテとアリアンの二人は参加禁止ね」
「「ええーっ!?」」
「えーじゃありませんっ。勇者が平然と参加し、人死にの出てる大会に魔王のあなた達を参加させるわけないでしょう。ベルテは学園卒業後に結婚を控えてる身だし、アリアンは私に何かあったら次の魔王になるんだからね?」
「お姉様、不安になるような事言わないでください。フラグ、とやらが立ちますから」
「いやぁ、突然退位して、自分探しの旅に出る事もあるかもだし」
「まぎらわしいです!!」
「時と場合を考えてください!!」
「ごめんなさい」
いつも読んでくれて、ありがとうです。(ノエル)
何やら雲行きが怪しいです。どうやらやっと、物語が大きく動く予感です。
「お姉さまに手を出す奴は、根こそぎ潰してあげます!」
アスフィーステイ、落ち着くです。
「わたしも大会に出ますから。潰して潰して、すり潰しまくります!」
おおう、アスフィーがいつもより凶暴です。ハーレム入りして間もないのに、この事態だから仕方ないですね。
「わたしの拳が黄金に輝くっ! キンタマ潰せと轟き叫ぶぅっ! 抹殺のぉラストブ――(チョップっ!)ふごっ」
やれやれ、この子が一番暴走しそうな予感ですね。ほらほら、誰がどの会場に殴り込むか決めるですよ~。




