第66話 インセクティアにゆこう 後編
「帝国解放軍のテロだ!」
銃声と共に誰かの叫びが聞こえた後、大きな爆発が起こった。
それによる地下鉄駅崩落に巻き込まれて、私は死んだのだと思う。
はっ……月明りの中、私はふかふかの藁の上にいた。何これ、ここどこ?
周囲を見ると「ひぃっ!」一メートルはあろう大きな芋虫が何匹も身を寄せ、丸まって眠っている。うそ、まさか……近くにある水桶を覗くと、そこにはグロテスクな芋虫の顔が映っているではないか。私はショックで、水桶に顔を突っ込んだまま気絶した。
目覚めると……どうやら夢ではなかったみたい。
更に驚いたのは、どう見ても宇宙人か昆虫人間にしかみえない人々が私を、芋虫達を世話している。まさかここは異世界……しかも虫の世界? 私はそんな世界に、芋虫の家畜として転生してしまったらしい。私、前世でそんなに悪い事したのかなぁ。子供の頃にアリの巣を水没させた罰かなぁ。
私達を世話する昆虫人間達はとても親切だった。寝床はいつも清潔だし、新鮮で美味しい果物や瑞々しいトウモロコシのような穀物を与えてくれる。不思議な事に昆虫人間の言葉が解るけど、私はキュウキュウしか話せないのがもどかしい。
他の芋虫もフレンドリーで、挨拶するようにすりすりしてきます。
気持ち悪いけれど、さすがにもう慣れたわ。
私は他の芋虫と違い、昆虫人間が掃除しやすい場所をトイレと決めてるので、頭がいいねと褒められます。いやいや、どこでもぷりぷりは、人として無理。あああ~キミキミ、そんな場所にぷりぷりしないの! こっちでしなさい。
私……なんで異世界で、芋虫にトイレの躾してるのかしら。
私達より大きな芋虫が藁や餌を積んだ荷馬車を曳いて畜舎に入ってきた。なるほど、芋虫達は馬みたいな使役動物だから大切にされているんだわ。あっちの世界でも馬はとても大切にされていたもの。
少なくともこの世界で、私が無体に扱われる事はなさそう。
ちょっぴりほっとした。
二年ほどが過ぎ、私は二メートルを超える大きさへと成長していた。
「大きくなれよぉ~」時々、優しそうに声をかける身なりの良い昆虫人間が私に会いに来た。きっと私の飼い主になる人なのだろう。そして――
「いよいよ、お前がパーティの主役になる日が決まったぞぉ~」
ああ……いよいよ私は、ここを出ていくのね。どんな仕事をするのかな。
「美味そうな肉質だ。龍王様も絶対お気に召してくれるだろう」
え…………私……食肉用の家畜だったの?
その後、私は絶食させられ、十六本ある手足を切断され、お城に納品された。
痛いよぉ……死にたくないよぉ……あれ……幻覚かなぁ……
目の前に、白い女神様がいるよ。なんて綺麗なんだろう。
「あなたは蟲人族? それともそういう種族なの?」
「キュウキュウゥン(違うよ、私は人間なの)」
「じゃあ……転生者かな?」
「キュ……キュウ~ン(え……なんでわかったの?)」
「辛かったね……怖かったね……もう大丈夫よ。私がいるから」
「キュウゥゥ……」
珍しい種族の国を観光するだけのはずが、また一国併合するわ、新しい種族を発見するわで、とんでもない事になってしまった。
保護した芋虫っ子が、翌日昼過ぎに目を覚ました。余程疲れていたのだろう。
パーティーで肉にされる為、数日間絶食させられていたそうなので、たくさんの果実を用意してもらった。ムシャムシャすごい勢いで食べている。
ノエルはさっき昼食済ませたばかりでしょ。なに競ってるの。
「私は郷魔国の魔王キキョウです。あなたの事を色々教えてくれる?」
「キュッ、キュウゥン?(えっ魔王?)」
「あ、今のはなんて言ったかわったかも」
お腹いっぱいになった芋虫っ子に色々訊ねてみた。
喋る事が出来ないので、こちらの質問に頷いてもらい、前世の年齢は十四歳の女性。転生して二年って事までは判った。だがこれ以上訊くのは難しい。ペンを持たせ字を……その手じゃ無理そう。あ……そうだ、念話。
私の国民になってもらえばいいんじゃない。早速、郷魔国民になってもらった。魔国民カードはどうしよう。
『今、念話で話してるのだけれど、私の声が聞こえる?』
『ふあっ聞こえます。通じてます。晴朗なれど波高し! ふええええん!』
『あー泣かない泣かないの。早速だけれど、あなたのお名前は?』
『とっ鳥嶋かりんです』『じゃあ、カリンって呼んでいい?』
『ひいいいいん』『あ~もう、可愛いなぁ』
思わず猫の額のような、カリンのオデコにキスをした。
カリンは大日本世界帝国という国の出身で、十四歳の時に無差別テロで死亡し、気付くと芋虫になっていたという。
私の住んでた日本とは違う日本から転生したって事ね。国名からして世界大戦で勝利した世界線の日本っぽいわ。
結局、イモルーという種族が何なのかを彼女は全く知らないようだ。
それは仕方ない。ずっと畜舎で暮らしてたのだから。
ただ、同族と意思の疎通がある程度出来るらしい。彼女はそれに気付くと、トイレの場所を教えるような、簡単なやり取りをしていたという。
それを通して、彼らの知能の高さを強く感じたそうだ。
例えば、カリンが尻を振って歩いてると、いつのまにかみんな尻を振り、円を作って踊り続けた事があったという。好奇心旺盛で、何か興味を引く事があると夢中になり、楽しい事を仲間と共有する。遊ぶ事が大好きで、子供のようによく笑うという。鬼ごっこやかくれんぼのような遊びも、教えるとすぐ覚えたそうだ。
ネロ様にも訊いてみたが、この世界が始まった頃から女神をしてるのに、この種族の存在を知らなかったようだ。なので世界神に問い合わせ中だという。
「クロちゃん、理力石出してくれる?」「どうぞ」「ありがと」
【個体名】カリン・トリシマ(女)
【年 齢】3歳 誕生日8/1
【種 族】龍蟲族(未覚醒)
【職 業】お肉
【理力値】360
【スキル】魔王の卵、勇者の卵、龍の卵、同族伝心
【加 護】メトロノウトの寵愛、健康の加護(大)
【称 号】異世界転生者、イモルーの姫
【備 考】この世界で龍蟲族の覚醒は、これまで一例も確認されていません。
卵系スキルは、いずれかが発動すると他は消滅します。
発動したい卵を任意に選ぶ事は出来ません。
イモルーの姫は、王族を意味する称号ではなく、オタサーの姫的なもので
す。
「職業お肉って……やっぱりただの芋虫じゃなかったね。龍蟲族……龍…なの?」
「龍種ではありませんね。同族や眷属であれば、龍王の私が気付かぬはずありません」
「なるる。ふむ……卵のスキルも気になるけど、やっぱり一番気になるのは、未覚醒って所だよね」
「そうですね。覚醒すると龍にまつわる種族になるのか……ただ一例もないとありますし、条件が難しいのでしょう」
皆一様に眉間にしわを寄せていると、突然、得体のしれない何かが忽然と現れた。
それは白く無機質な仮面だった。
とても荒いポリゴンのような、女性の仮面が宙に浮いている。
光の女神のような、死を予感させる気持ち悪さは感じられない。
そんな仮面の前に、美しい所作でクロとネロ様が跪いた。
「皆様、こちらは世界神ラヴィンティリス様です」
「ええっ!?」
みんな驚きを隠せないまま跪いた。
世界神が降臨するなど、この世界創生以来、数える程しかないという。
『ワレは生命の塔、第4423階層管理AI、通称ラヴィンティリス。魔王キキョウよ、ワガ管理世界への多大なる貢献を感謝する』
「え? あ、はい。恐縮です」
なんか褒められた。世界神ってAIだったんだ。しかも「恥を知れ、俗物!」そんなセリフの似合いそうな女性の声色。それに生命の塔……階層?
この世界って一体……
『重要案件ゆえ、女神ネロの問い合わせに直接解答する。ワレは龍蟲族を認識していない。この世界にとって、イレギュラーな存在である』
「では、この子達はどうなるのですか? まさか処分なんて事は……」
『自由にしてよい。国土に余裕のある郷魔国の民として迎え入れるのが妥当であろう』
よかった。もっと機械的に物事を判断し、冷徹に決定を下すのかもと危惧したけど、そんな感じは全くないので、ほっとした。
「そうします。ところで、龍蟲族は覚醒すると、どうなるのでしょう」
『しばし待て。データベースにアクセスする…………龍蟲族の情報……該当なし。スパムフォルダに一件「あとはヨロピクね」……』
「は?」
『メトロノウトめ……一言あれば、一種族の家畜化などという悲劇を避けられたものを』
「世界神様?」
『覚醒方法は不明。しかし龍蟲族に関する全てを許可する。回答保留中のゴーレム解放の件も自由にしてよい』
「よろしいのですか? 私が言うのも何ですが、とんでもない事だと思うのですけど」
『構わない。魔王キキョウの裁量に任せる』
「ありがとうございます。なんだか……投げやりになってません?」
『なってません! では、頼みましたよ』
「あ、世界神様。いつでも私の館に遊びにいらしてくださいね。女子会しましょう」
『女子会……検索。そうさせてもらおう。ワレの事はラヴィちゃんと呼ぶがいい』
そう言い残し、白い仮面は消えた。
ラヴィちゃんか。声のギャップがすごいね。
「よしっ、世界神様のお墨付きもらったぞ。うぇーい!」
「キキョウ様……すごいですね」
「え、なにが? というか、みんな顔が強張ってるよ」
「あのように平然と世界神様とお話する事がですよ。龍王の私でも委縮してしまう高位の存在なのに……しかも女子会に誘うって……」
「え……まぁ最初に褒められたし。それにAIっていう割りに、結構人間っぽかったしね。イノゥバみたいに自我を持ってるのかも」
「はぁ、そういうものですか」
「そういうものですよ。じゃあカリン、今日から私の家族ですよ。一緒に暮らしましょうね」
『え……私、なんとか族ですけど、芋虫ですよ?』
「中身が私達と同じなんだから、いいのよ。それに覚醒したら人型になれるかもしれないしね」
「キュウウウウン(ふいいいいん)」
「はい、みんな注目。この転生者の芋虫っ子、龍蟲族のカリンが今日からうちの家族になります。中身の年齢は……えーと前世と併せて十七歳? みんな仲良くしてね」
「キュキューッ(皆さん、よろしくお願いします)」
「よっ……よろしくお願いします……」
うむう、みんなの反応が微妙だ。中身が人だと頭で理解出来ても、見た目が大迫力の大芋虫だものね。
特に顔が引きつり気味のベルテとセーラが、それでもカリンに触れようと、震えながらも手を伸ばした。
「キュキュッ、キュウキュウン」
「無理しなくていいよ、私も自分の顔見た時にショックで気絶したから。だって」
私が通訳をすると、二人は目を見開き、ためらう事なくカリンに抱き着いた。優しい子達だわ。そして、ベルテ達に続けとばかりに、ユキ達が次々にカリンへ抱き着いてゆく。あらら、カリンが嬉しくて大泣きしているわ。
よかった、どうやら一緒に暮らしても大丈夫そうね。
お祭りの二日目は、露店で名物料理や果物を買い込んで、海の見える静かな原っぱで遅めの昼食だ。もちろんカリンも一緒である。ああ、風が気持ちいい。
龍王祭三日目。実は最終日が祭の本番だ。
突如、暗雲が垂れ込めた王都上空。その雲間から大気を震わせ、長く優美なヒレをたゆたわせながら、ゆっくりと龍王リヴァイアサンがその姿を現した。
すると暗雲が吹き飛ぶように消え去り、その巨体が陽光を浴び、キラキラと瑠璃色の龍鱗を煌めかせた。王都に集まった民達は、その神々しい光景を前に跪き、こうべを垂れた。
この場にいる誰もがその絶対的な存在を前に畏怖し、その庇護下にある事を心より感謝するのであった。二十年ぶりの降臨ゆえ、龍王の姿を初めて見る者も多く、特に子供達は目を輝かせ、さかんに手を振っている。
実はうちの子達も大半がクロの真の姿を目にしたのが初めてで、まぁ案の定、みんな言葉を失い硬直していたよ。
全長千メートルもの巨体が大気を震わせながら、王都低空をゆっくりゆっくりと旋回してゆく。そして、王城のバルコニーへと降下しながら光輝き、龍人に変化し私の隣へと降り立った。大人クロが優美な四枚のヒレを天の羽衣のように揺らめかせながら姿を見せると、民達はまるで祈るように跪き、再びこうべを垂れるのだった。
『我は龍王リヴァイアサンである。蟲人族よ、我が庇護の元、繁栄せよ』
クロが民達にそう告げる事で、この祭りは終了するのだった。
読んでくださり、ありがとうございます。(カリン)
はううう、お肉にならず助かりました……
キキョウ様……素敵です。こんな大きな芋虫なのに、何のためらいもなくキスしてくれるなんて。
覚醒して人になるのか成虫になるのか分からないけど、もし人になれたら私、キキョウ様のハーレムに入りたいですぅ。
でも……覚醒して、さらに大きな芋虫になったらどうしよう。
そして大帝都タワーにマユ作って、おっきな蛾の怪獣に……




