第64話 インセクティアにゆこう 前編
前世の夫である王達の国、エルフの国と獣王の国に二月、三月と続けて招かれた。
帰郷して二年も経ったのに、忙しくて全然行けなかったからね。
本来の予定では、魔王連邦の後に順次向かう予定だったけれど、スカイランドと戦争したのが運命の分かれ道。
蝶の左前翅ラヴィエル大陸の七割を占める広大な原始の森。そんな森の奥にエルフェイム王国は静かに栄えていた。他の大陸にはない特殊な植生の木々と共生するように、彼らの王都ファルフェルは存在する。うねりくねった巨大な木々と共存する都市は、これぞまさに異世界。そんな驚きの光景が広がっていた。ちなみにこの広大な森の中には、龍の里ドラゴヘイムと巨人族の国ジャイアントフットがあり、ぽつんと開けた場所に翼人族の国だったスカイランド領がある。こうしてみると、周囲が秘境すぎてスカイランドを観光地化しても陸路は無理ね。
この訪問で龍王エメラルドフォレストにも逢えた。エメラルド超好きドラゴンで、エメラルドの瞳と大鎌と蜘蛛ゴーレムを持つ、エメラルド尽くしのベルテを譲ってと困らされたわ。
そして蝶の右後翅南部の大国、獣王国マギニス。
王都ガモアを一言で言い表すならば、正にケモナーの聖地であろう。
イメージ的に弱肉強食な国なのだろうと思っていたが、全然そんな事はなく、大小様々な種族の獣人達が助け合って暮らしていた。
だがここに兎人族の姿はない。見目麗しすぎて、同じ獣人族にも攫われ売られた時代があったためだ。
そうそう、獣人と言えば麒麟族。人寄りの麒麟族も首がとても長くて、正直ビビった。でも女性はとても優雅で美しい種族だなぁと感じたよ。
キリンの頸椎、首の骨の数が私達と同じって知識があったので、みんなに話すと博識だと驚かれた。あっちの世界じゃ子供でも知ってる雑学だよ。
そんな王都で凄い出逢いがあった。
街中で突然袖を引っ張られたので振り返ると、ペンギンの着ぐるみ姿の幼女が私を見上げていた。
この幼女……なんと龍王ペンペラー様だったのだ!
クロの顔がみるみるうちに真っ青になってゆく。どうやらご本人に間違いない。
まさかクロが恐れる最強の龍王がこんなに可愛らしい子だったとはね。
「お……お腹空いた、である」
「あら可愛い。これはいかがですか?」
ちょうど魔法珠に海鮮丼を入れていたので、それを御馳走した。
公務で視察した港で良い地魚が水揚げされ、それを丼ものにしてもらったのだけれど、うちの年少組は、生で魚を食べる習慣がなかったので、手付かずで残ってしまったのだ。
どうやらとても喜んでもらえたようで、おかわりを三度もした彼女は、私に黒い玉を渡すと、ひょこひょこ人ごみの中へと消えていった。
不思議な感じのするオニキスに似た黒い玉は鑑定不能で、いったい何なのか全く不明の物体だった。付与魔術も弾いてしまうし、何に使うんだろう。
ちなみにクロへ近付けると、ぷるぷると産まれたての小鹿のように震えるので、クロプル石と名付けた。
そして四月。この世界に来て、三度目の春。
今度はクロの庇護下にある蟲人族の国、インセクティアへ向う事となった。
ちょうどこの時期、蟲人族が龍王リヴァイアサンに感謝する祭が開催される。しかも今年は二十年に一度、龍王リヴァイアサンが降臨する特別な年だという。
クロがどうしてもと言うので、私も同行する事になり、非常に珍しい国に行けるというので、館のメンバーとユキ専属メイドのルネ、ローズ専属メイドのディーナを含むメイド七人も同行する大所帯での旅行となった。
すると、しらふじが妙に気になる事を言った。
「女の子達には、ちょ~っとショッキングな国かもしれないよ」
「どういう事? 虫がいっぱいとか?」
「実際に見た方が楽しいから内緒ね……にゅふ」
「ほほう」
インセクティアは世界会議には参加しておらず、場所も存在も秘匿された国だ。
実は封印城の天辺から眺めると、水平線の彼方に薄っすらと見えるのがインセクティア島だったりする。
そして世界で唯一、郷魔国とのみ国交を持ち、取引をしているのだ。
インセクティアからの主な輸入品は、砂糖や蜂蜜、南国果実とその加工品。そしてミスリル鉱石。少量だがコーヒーやカカオもあり、超貴重なチョコレートが食べれるのである。
我が国からの輸出品は、ドワーフの鉄製品や装飾品と木材。そして近年、ガラス製品とガラスの原料の輸出が増えている。トバード砂漠のおかげだね。
ちなみに超高級なインセクティア産の上白糖は、世界市場をほぼ独占しており、我が国が窓口となり魔王連邦に卸している。はっきり言って、ウハウハというやつだ。まぁ儲けさせてもらってる分、輸出品で充分還元しているよ。
この世界で初めて船に乗った。というか、あちらの世界も含め初めてだわ。
しかも全長が六十メートルもある、立派な木造船だ。
帆船ではなく、これをクロ配下の上位海龍インビクタ嬢に曳いてもらう。
全長百メートルはあろうプレシオサウルスっぽい海龍のお嬢さんに曳かれながらの、およそ二時間ほどの船旅だ。
甲板を見回すと、ムキムキマッチョの鬼人や人族に交じり、蟲人族の船員の姿がある。甲虫のような外骨格の肌をしており、闇のオークションで保護した蟲人族よりもずっと蟲寄りな姿をしていた。頭の角と触角がカブトムシっぽい。
虫嫌いな人が見れば、そこそこショッキングかもしれないが、強そうでなかなか格好いいと思う。時々人差し指を空に向けて「おばあちゃんが言っていた……」何やらブツブツ言ってるけど、何してるんだろう。
インセクティア島周辺海域は、クロの配下により徹底して護られている。
今も護衛してくれているのか、美しいターコイズブルーの海竜達が海中を楽し気に並泳してるのが見える。
「うわぁ、鱗が宝石みたいで綺麗な海竜ねぇ」
「うわぁ、脂が乗って美味しそうな海竜ですぇ」
今あの海竜達、ギョッとしてたよ。
ノエルの誰でも彼でも最初に食べ物として見る性分、何とかならんものか……
春とはいえ、まだ肌寒い郷魔国を出航すると、どんどん気温が上昇してゆく。インセクティア島がはっきり見える頃には、もう夏のような気候になっていた。
事前にクロから常夏の島だと教えられてたので、夏服の準備も万端である。
水深が浅くなり、急激に海の色が鮮やかなマリンブルーへと変わる。トロピカルですごく綺麗。多くの海竜に護られているおかげで、島の周囲には水棲魔物が近寄らず、美しいサンゴの森と宝石のような魚達がたくさん泳いでいるのが見える。
そんな風景をキャッキャと楽しみながら、もうすぐ入港だ。
ちらりと皆に目をやると、クロはいつもの宝石キラキラのギリギリ感満載の踊り子服。今日のパレオは、いつもより高品質なものに見える。よそゆき用かな。
ユキ達学園組やキキリンは、薄手のチュニックやワンピが涼し気で可愛らしい。
着慣れないワンピース姿のマンマネッテが照れ笑いしている。目の下の濃いクマも消えて、普通のオカッパ少女にしかみえない。
私の隣で海を眺めてるアスフィーの修道服は、半袖の夏バージョンだ。うん、よいねぇ。
青いタイのセーラー服と白いショートパンツ姿のティメル王子。めっちゃ可愛くて、ベルテも大興奮だ。砲塔や魚雷のコスプレ小物持たせたら、すごく似合いそう。
シルヴィアの服装は、何の事はない白のタンクトップに灰のショートパンツ。そこにサーベルを佩いている。普段着に関しては無頓着でずぼらなのに、美人は何を着ても様になるという代表選手である。
ヴァルバロッテは、薄着になるとギリギリ感が凄まじい。今日はノースリーブの浴衣に似た服を着てるので、多少は大きさを誤魔化せて……ないない。本人は全く気付いていないが、脇からの光景が破壊力抜群だ。船員達の熱い視線が側面に集中しておる。
「キキョウ様、これ快適にゃぁ」
「うん、よかったよかったにゃん」
猫同様、汗腺のない全身体毛のマレーニャは暑さがとても苦手だ。
なので冷却と最適化を合成したクーラーの腕輪を装備させた。まだ春で夏毛になってないしね。薄着にエプロンの組み合わせは、前から見ると裸エプロンに見えるにゃん。
赤い肌に緑髪のヒマリは、北欧風の大花柄ワンピがとても可愛い。まるで髪や肌の色も服のデザインの一部のようだ。この娘、見た目はとっても可愛い赤鬼娘なのに、夜は淫獣である。
古代ローマっぽい青のチュニックにサンダル姿がよく似合ってるクイント。いつでも翼が出せるよう背中が開いており、とってもセクシーだ。
ネロ様はいつもの夜空のドレスかと思いきや、涼し気な麦わら帽子とモノトーンの花柄ムームーワンピで、思い切りハワイアンだった。ギャップが凄い。
「ネロ様……そんな服持ってたんだ」
「むかし、よその世界旅してた時、うちなーの神様にもらったの」
「マジか」
ところで、なんでローズとイノゥバとノエルはビキニなのかな。気が早くない? パレオを巻いてるので、クロと大差ないけれど。む、ちょっと待て。
桃色のパレオをペロっ……(デデーン)ノエル、アウト~!!
私の格好はというと、アリアンと仲良くいつものローブ姿だったりする。このローブ、温度調整機能が付与されてて夏涼しく、冬暖かいのだけれど……
はいはい、私も中にビキニを着てるので脱ぎますよ。
あらら。みんなの服装をチェックしてるうちに、南国情緒溢れるヤシの木々と華やかなオレンジの鱗屋根の建物が目立つ、大きな港が見えてきた。小さな舟が多く係留され、浅瀬では子供達がカニや貝を獲ってる。
おや、桟橋に誰かいる。蟲人族の女王達が私達の到着を待っていたようだ。
「ようこそお越し下さいました。龍王陛下。そして魔王キキョウ陛下。今代のインセクティア女王アクティアスにございます」
「出迎えごくろう」
「お世話になります。アクティアス様」
「初代様は現在南方におり、本日夕刻には戻るとの事です」
「例の件か?」
「はい」
「クロちゃん、何かあったの?」
「島の南部で伝染病が発生してるのです」
「そんな大変な時に、私達がお邪魔してよかったの?」
「大丈夫ですよ。間もなく解決しますので」
「それはよかった」
大きな蛾の顔を見た事があるだろうか。優美で繊細な触覚とつぶらな瞳がとても可愛いのだが、まさに女王がそんな容姿の少し幼げな女性だった。
彼女は少し露度高めの華やかな柄のドレスを纏っている。どうやらこの国の民族衣装らしい。
おや。そのエスニック調の模様って、クロのパレオによく似ている。
なるほど、この国の品なのね。
ファッションに聡い子達は、早速この国の服に興味津々のようだ。
服や生地を郷魔国に輸入してもらってもいいかもしれない。
女王が胸に両手を当て、最初とは違う所作でクロにお辞儀をした。
不思議に思い訊ねてみると、今のは先祖への挨拶だという。
「この服の宝石は、蟲翡翠。蟲人族の瞳なのですよ」
「まさかクロちゃん……いくら綺麗だからって、くり抜いちゃダメでしょ」
私がたこ焼きをひっくり返す手振りをすると「してません」否定された。
「三千年ほど前、蟲人族が魔物扱いされていた頃の事です。彼らの瞳が薄毛の特効薬になるという流言飛語により、大勢の蟲人族が殺害され目玉をくり抜かれました。見かねた私が彼らを保護し、この島へと移住させたのですよ」
激怒した龍王リヴァイアサンは、当時いくつかの国を滅ぼし、殺された蟲人族を弔う為に、奪われた瞳を回収したという。蟲人族は龍王に感謝し、取り戻された同胞の瞳を加工して、クロが好む服を仕立て捧げたそうだ。
今着てるクロの踊り子服は、蟲人族の感謝と忠誠の証なのだという。
蟲翡翠の服をまとう者こそが、大恩ある龍王リヴァイアサンだと、蟲人族は幼い頃から教わるそうで、この格好でインセクティアを歩くと、即身バレするらしい。
「女王よ、これを」「心よりの感謝を」
クロが小箱を女王に渡した。中身は蟲翡翠だ。
蟲人族の瞳は乾燥すると、鮮やかさを保ったまま硬化し、高品質な翡翠そっくりになる。当時回収し損ねた蟲翡翠が、今も時々翡翠として市場に出回るそうだ。
今日から三日間、龍王感謝祭が続く王都は人々でいっぱいだ。
城へ続く大通りに大歓声があがる。道の両脇を埋めつくす国民達の熱気の中、郷魔国魔王キキョウ御一行パレードが始まった。
私と女王が前席、クロとユキとノエルが後席に乗ったカブリオレ馬車を中心に、隊列がゆっくりと進んでゆく。ツノゼミのような魔物に騎乗した騎士達に護衛されながら、私達はインセクティアの民達の声援に手を振って応えた。
ちなみに馬車は、五月人形の馬の如く飾りつけられた、大きな芋虫に曳かれている。
民衆を見てギョッとしたのだけど、毒々しい色や模様の赤子程ある芋虫を抱える人や、立ち上がると腰の高さ程まである大きな芋虫が器用にインセクティアや郷魔国の旗を振っているではないか。
『しらふじが言ってたショッキングって、これの事なのね。馬車曳いてる芋虫もすごい迫力だわ』
『うん。ベルテちゃんやセーラちゃん達、顔真っ青だよ。もち撮影中』
『やめたれ』
まぁ確かに、女の子には衝撃的な光景よね。芋虫毛虫は性別関係なく苦手な人は多い。私のよく知る人物は幼い頃、長靴の中に大きな毛虫が入り込み、びっちりと刺されて以来、大人になってからも毛虫を見ると悲鳴をあげるって言ってたし。
「あの芋虫達って、ひょっとして……」
「はい、われら蟲人族の幼体ですよ。およそ五歳で蛹になり、羽化し人型となります」
私のつぶやきに、女王が答えてくれた。
「マジか。さすが異世界。抱っこしてみたい」
「われらの容姿を外界の者達は忌避すると聞きましたが……キキョウ陛下は気にならぬのですか?」
「びっくりしたけど、こうやって会話のできる人達を、見た目で嫌う事はないわ。国旗振ってる子達も可愛いし。それに世の中には、同族であっても会話の成り立たない珍妙な生き物もいるもの。私としては、そんな連中にこそ関わりたくないわ」
「外界には、そんな生き物がいるのですね」
「もし女王陛下も世界会議に参加されたら、確実に目を付けられるかも」
「う……それは、ご勘弁願いたいです」
◇とある識者のインセクティアうんちく◇
蟲人族という種族は、あまりにも我ら人族と異なる部分が多い。
外見もそうだが、最も異なるのは幼少期の姿だろう。なにせ芋虫なのだ。
蟲人は卵胎生で、胎内で卵から孵り芋虫の姿で産まれてくる。出産数は人族と同様で一人。二人以上は稀だ。
幼体は年に一度脱皮し、五歳程で前蛹を経て蛹になる。蛹は蛹室と呼ばれる国の施設に集められ、病気やカビに犯されないよう清潔に管理しているそうだ。
そして、およそ半年から八か月程で人型へと羽化する。その後は人族と同様に成長し、十二~十五歳で繁殖可能な成体となる。
いくつか気になる事を話しておこう。
蟲人族は昆虫と違い、赤血球があるので血液は赤く、肺呼吸をする。ただし、水中に適応した種の蟲人は、尻から呼吸できるらしい。マジか?
バッタのように蛹にならない昆虫を不完全変態昆虫というが、バッタの特徴を持つ蟲人も蛹から羽化する。そして、蝶や甲虫などの親の特徴は遺伝せず、子はランダムに産まれてくるらしい。ただし顔付きや背格好などは、親に似るようだ。
一見外骨格に見えても、彼らは人族と同様に内骨格を持つ脊椎動物だ。しかし芋虫の時は無脊椎なので、蛹の中で全く別の生き物へと変態する、非常に不思議な種族なのである。
種類の多さも興味深い。蝶や蜂、蟻や甲虫、トンボやカゲロウなど様々な身体的特徴を持ち、身体能力も特徴に応じたものを持っている。だが翅は退化し空を飛べる者は、ごく少数らしい。
一体どのような過程を経て、このような種族が生まれたのか謎である。
こと多様性に関して、蟲人族と双璧を成すのは龍族ぐらいであろう。
最後に一番気になるであろう、人族との間に子を成せるのかだが……
実はなんと……不明だ。
こんな重要な情報がどこにもないのだ! ふんぬうううう!
何度も郷魔国政府にインセクティア島への渡航申請をしたが、梨の礫である。
行ってどうするんだって? 美人蟲人とフォーリンラブして子作りをするに決ま。ているだろう!
ああ助手よ、そんな蔑むような視線を私に向けるなぁーっ! 君は美人過ぎて、その冷たい視線がゾクゾクするんだよおおっ! あああ、何かが私の中で羽化するぅぅぅっ!
読んでくださり、ありがとうございます。(キキョウ)
インセクティア編に突入です。珍しく前中後編になります。
このインセクティアは、クロの庇護下にある蟲人族の島。特産品は砂糖と蜂蜜と果物。クロの服は●●の瞳。この三つの初期設定で書いたエピソードらしいです。登場人物が出てくるたびに名前と設定を考えて書くという、これまでで最も行き当たりばったりな物語をお楽しみください。は?
って事は、あの子も思い付きで登場したの?




