第62話 薔薇の公爵夫人
十月。
姿見写真集の売れ行きは順調で、毎月十二億近い利益が出ている。
今回、諸々の準備が完了したので、女性向けの企画物を発売した。
その名も『美ノススメ』だ。
読みやすいB5サイズの冊子とセット販売で画像数も普段の三倍と多く、価格も五倍の大銅貨五枚の五千スフィアだ。だがこれがすごい勢いで売れており、冊子の印刷もフル回転状態である。
魔道具、姿見水晶。
私の姿見が入っているので、はじめは魔国民の義務だと勘違いして購入する者が多かったようだ。もちろん義務などではない。それは周知させている。
水着のおかげでに個人的に買う者が増えたが大半が男性客であった。今回の企画で一気に女性層の支持を得られたのは非常に大きい。発売から九ヵ月、国内販売が落ち着きつつあった姿見水晶本体も、再び売れ出している。
この世界に来てからずっと気になっていた事がある。
それは……ノーブラ率の高さだ。
この世界、胸の豊かな女性がとても多いように感じる。
ブラは成長期の少女達にも重要だし、激しい動きをする職業の女性にも必須だ。実際、冒険者などしてる女性は、さらしを巻いているらしい。ブラの存在自体を知らない女性が圧倒的に多く、知っていても王侯貴族や富豪向けの高級下着という認識なのだ。
そこで今回の『美ノススメ-下着編-』である。
第一号の内容は、ずばり下着。下着の重要性や正しい下着の選び方、着け方、そして着けないデメリットを丁寧に説明している。
当然、私の体でね。もちろん下着姿だよ。
この企画と並行して、服飾企業に女性下着の普及に尽力せよと魔王として号令した。安価な女性下着の開発と生産の為に、私の知識と私財をたっぷり投入している。
さて、下着の企画なのだから当然の如く、私も下着姿で登場する。
当初、水着の時と同様に猛反対されたけれど、国民の美と健康に直結する事に、私が体を張らずどうすると説得したのだ。そもそも女性向けの企画なのだから、男が口を出すなと言ってやったわ。えっへん。
今回、姿見水晶の動画再生機能を使用しての、正しいブラの着け方講座が目玉のひとつだ。そして、安価な一般向けから高価な富裕層向けのブラとショーツ。スポーツブラやキャミソールなどの様々なタイプの下着。今回の企画用に作った私専用の華やかな下着。それらを身に着けた姿見写真集付きで、商品の宣伝も兼ね備えた一石二鳥の作品集なのである。ちなみにノエルも貧乳担当として、モデルとして参加している。これがまた小悪魔のようで、めっちゃ可愛いくて美しいのだ。
おかげさまで『美ノススメ』も下着も売れ行き好調である。
専門知識を学んだ女性店員オンリーの下着店を各地に立ち上げ、店員立ち合いで、適切なサイズを選べるようにしてる。間違えた選び方をすると健康を害するので、恥ずかしがらず店員に相談せよ。そして何より、美しい下着を身に着けられるのは女性の特権である! キキョウれいでぃおで、思いっきり力説した。
この私の下着姿が合法的に拝めるこの商品を、世の男性が放っておくであろうか。否。断じて否である。女性向けと謳っている『美ノススメ』を「妻に頼まれたので」と、こそこそと買ってゆく男達の多い事よ。
元々企画立案時から、女性のみの限定販売する気は無かった。こういうのは、パートナーである男性の理解も必要だからね。
今後のシリーズ展開として、お化粧やファッションの提案を予定しているので、お楽しみに。
十月。秋の香が漂いはじめた、そんなある日。とんでもない来訪者が現れた。
「オーッホホホホッ! わたくしがザイドリッツ王国で、もっとも美しい……いえ、世界三大美女に名を連ねるのに相応しい美女。ローズ・アルトマイヤー公爵夫人、その人でしてよ!」
魔王の間で高々と笑う公爵夫人を前に、皆ドン引きである。
「何をしに来たんだ、この女……」という視線で、みんな大いに困惑中だ。
しかし、自画自賛するだけあって、薔薇色の豪奢な髪と清流のような翡翠の瞳が目を引く、驚くほどの美女である。年齢は三十五らしいが、どう見ても二十代半ばで……なんと、ほうれい線が無いのだ。
間違いなく世界最高レベルの美女だと、私も太鼓判を押したい。
だがそんな彼女が、メイドと子悪党っぽい三人の男を従え、郷魔国に何をしにやってきたのだろうか。
ちなみに世界三大美女とは、エルフ国の王妃ヴィリラッテ。
龍の里ドラゴヘイムの鹿角姫エフロシャーサ。
そして、私。郷魔国の魔王キキョウである。てへっ。
「それで、ローズ夫人。Youは何しに郷魔国へ?」
「ホッホッホッ、決まっておりますわ。わたくしを差し置いて美を語る不届きな魔王に、天誅を下しに来たのですわ!」
「は?」
「この痴女魔王! 男達の視線を独り占めにする為に、あのような破廉恥な姿見を売り出すとは言語道断ですわ。恥を知りなさい!」
うーわ、命知らずキター! でも、すごい美人。名前の通りの薔薇のような夫人だわ。見た所、化粧もドレスの着こなしも完璧に見える。マジで先生と呼びたい。
「美を語るのでしたら、美貌で語りなさいな! 体で男に媚を売るなんて女として、魔王としてのプライドが無いのかしら? ああ、前世はずいぶんとお盛んでしたわね。転生しても男の味が忘れられないのかしら。浅ましい事!」
次第に彼女の非難は、事実に則した中傷から完全な誹謗中傷、更には罵詈雑言へと変わってゆく。どんな内容かはご想像に任せるが、聞くに堪えない酷さだ。クロもノエルも怒りで冷気出しまくっており、挟まれてる私、凍えそう。ぺくちん。
「あら、身に覚えがありすぎて反論できないのかしら? 悔しいなら力に訴えてもいいのよ? さぁ、わたくしを殺してみせなさいな。それは敗北を認めるのと同じよ。オーッホホホホホッ!」
私は彼女の瞳をじっと見つめながら魔導銃を構えた。
多くの臣下達が、護衛として側に立つシルヴィアまでもが、氷のような表情の私に顔を強張らせる。
「言いたい事は、それだけかしら。では、公爵夫人。ごきげんよう」
「オーッホホホホホッ!」
皆が息を飲む中、引き金を引くと、公爵夫人がふっと消えた。
そして私は勝ち誇るかのように、狂ったような高笑いをして見せた。
「きゃははははははは!!」
「公爵夫人に何をした!」
「たか~い所に転移させてあげたわ。今頃、悲鳴をあげながら落下してるんじゃないかしら。きゃはははっ!」
「おっ奥様ぁぁぁっ!!」
同行してた貴族の質問に丁寧に答えてあげると、メイドが血相を変え、外に向け走り出した。
「こっこの事は、我が国王に報告させていただきますぞ!」
「は? お前達も夫人の後を追うべきじゃないのかしら?」
そう言って、魔導銃を向けると、男達は悲鳴を上げ、転げながら逃げていった。
「あっはっはっはっ!」
大笑いする私の姿を見る臣下達の視線は、何とも言えない微妙なものだった。
料理した本人の前で、不味い物の感想を述べる時のような感じといったら分かりやすいだろうか。
「姉ぇちん……確かに夫人は無礼討ち必至だったけど、今のって、さすがに姉ぇちんぽくないよ……」
皆の気持ちを代弁するかのように、シルヴィアが不満げに、苦言を呈した。
私らしくない、か。
クロとノエルは当然という顔をしてるけど、この場の皆もシルヴィアと同じ意見の者が多いように見える。
「そりゃそうよ。今のぜぇ~んぶ、私と公爵夫人のお芝居だもの」
ええええええええええ!? この場の全員がハモった。
「ふふん。私達の迫真の演技に、みんな騙されたみたいね」
「キキョウ様、今のがお芝居だったのですか?」
「クロちゃんも気付かないとはね。あは」
「どーいう事? 姉ぇちん説明して!」
「わっちも詳しく知りたいです!」
この場の全員が、説明プリーズって表情で、私を見つめてる。
ヴァルバロッテが長い耳をピクピク、大きな胸をプルプルさせている。
よろしい、説明しましょ。なぜなに郷魔国~♪
「あの公爵夫人はね、私を怒らせて死ぬつもりだったのよ。それを察した私が無礼討ちのフリをして、転移させたの。行き先は私の部屋ね」
「姉ぇちん、あの夫人とは今さっき初めて会ったはずだよね。どうやって示し合わせたの?」
「それはまぁ企業秘密ね。私には『助けて、死にたくない、酷い事言ってごめんなさい、でも殺してください』って、彼女から伝わって来たの。夫人を消したら、後ろの男達からは、大喜びするのが伝わってきたわよ」
「それって……」
「多分だけど、私を怒らせ殺されるよう、あの男達に命令されてたんでしょうね。何故そんな事をさせたのかまでは、わからないけど」
「ふぁ~姉ぇちん、すごすぎだよ」
「ともかく、どうしてこんな事したのか夫人に訊いてみましょうか」
ぽすんっ!
「ぴゃぁぁぁっ! あ…あれ……ここは……」
今、間違いなく殺されたと思った。魔王様にゾッとするような冷たい瞳と、武器を向けられたのですもの。なのに、どうしてベッドの上?
ポカ~ンとしながら、あれよあれよとメイドに連行されたその先……美しい庭園のガゼボで、笑顔の魔王様がわたくしを待っておりました。
現在、わたくしを囲む美しい女性達に睨まれ……し……心臓止まりそうです。
「大丈夫よ。あなたがお芝居してた事は承知してるから、安心してね」
「え……魔王様、お気付きだったのですか」
「うん。だから無礼討ちにしたフリをして、あなたを保護したの。あの男達から脅迫されて、無理強いされてたのでしょう?」
「……どうして、そこまで知っておられるのですか」
「ん~察したの。どうしてあんな事をしたのか教えてくれる?」
私が相手の視線から感情を感じる事が出来るのは、基本的に内緒だ。
深呼吸すると、夫人はゆっくりと語り始めた。
「はい……わたくしは、あの場にいた小太りな男、ジェガンダ伯爵の娘です……母は元メイドで、私を身籠ると伯爵は母を屋敷から追い出しました」
「クソっぽい男だったけど、本当にクソだったのね」
「はい、わたくしもそう思います。母に育てられたわたくしは、魔導師の才能があったので、十七歳で冒険者になったのですが……」
突然、父である伯爵に呼び出され、伯爵令嬢として七十過ぎのアルトマイヤー公爵の後妻として嫁がされたという。家族も親戚もいない年老いた公爵は、彼女の事を孫娘のように可愛がり、彼女も祖父のように慕った。
そして十年後、夫は静かに天寿を全うしたという。
自分を看取ってくれる者を捜していた老公爵へ、伯爵は結婚支度金と財産目当てに彼女を嫁がせ、いずれ全て手に入れようと考えていたが、その当ては外れた。
公爵家の財産は、もうわずかな金銭と大きいだけの古い屋敷しかなかったのだ。
「しばらくして、父……いえ、伯爵は、わたくしに慈善事業を薦めてきました。この美貌を利用し、貴族や富豪達に孤児院や母子家庭支援の寄付を募るようにと。わたくしも良い事だと思い、パーティーを開き資金を集めたのですが……」
「ところがギッチョン、伯爵がそのお金を横領でもした?」
「御明察にございます。横領が公になりかけた伯爵は、全てわたくしに罪を擦り付ける事にしたのです」
「なんとまぁ……」
「しかし、そんな事をしても嘘が露見するのは時間の問題。そこで全てをわたくしの罪にしたまま、誰も文句の言えない者に殺させてしまえば、それ以上追及されないと考えたのです。言う通りにしないと母を殺すと脅され……拒めませんでした」
「なるほど、それで私を利用したのね。確かにお母さんを人質にされたら拒否出来ないわ」
公爵夫人が席から立ち上がると一歩下がり、深々と頭を下げた。
「魔王陛下を巻き込んでしまい、誠に申し訳ございませんでした。そして陛下への侮辱、万死に値します。どうかお気の済むようにご処分ください」
「え、いやそんな事は……」
「良い心がけです。あれだけの罵詈雑言を聞くのも何時ぶりでしょうか。あの時の男はどう処刑したのだったか……ああ、深海に沈めました」
「薔薇ジャムみたい美味しそうな匂いがするので、わっちが食うです」
「二人ともステイ」
公爵夫人は覚悟を決めているのだろう。
強い殺気の籠った二人の言葉に全く動じない。
「覚悟は出来てるようね。ならばその命、私の物としましょう。ローズ」
「はい……わたくしは魔王陛下の物にございます」
「じゃあ、私のハーレムに入ってね。よろしく、私の紅薔薇さん」
薔薇の香りのするローズを抱き寄せ、その薔薇色の唇にキスした。
あ。ノンケの女性にキスするのは、初めてだったわ。
でもローズの様子を見る限り、満更でもなさそう。
「キ…キス……初めてしました」
「え。あなた未亡人でしょう?」
「夫には、孫娘のように可愛がられてたので、その……この歳で男性経験もございません」
「おおう、百戦錬磨みたいな雰囲気なのに……」
「申し訳ございません。夫を看取った後、言い寄ってくる男性が怖くて、お金の掛かりそうな高飛車な女を演じておりました」
「そっか、もうその心配はないわよ。とりあえず、ローズのお母さんを保護しちゃいましょうか。折角だし、ここで一緒に住んでもらいましょう」
「えっ、よろしいのですか?」
「ねぇ、キキョウちゃん。ローズちゃんのメイドさんが大変だよ」
「ディーナが?」
どうやらローズを捜す為、街中を駆けずり回り、転んでは走りを繰り返し、そして馬車に撥ねられたようだ。治癒すると彼女は目覚め、ローズの無事を知り大泣きするのだった。
「おぐざまぁぁぁぁっ! よがっただぁぁぁぁっ!」
「ああもう、こんなにボロボロになって……」
その後、ローズのお母さんを無事保護した。
特に監禁されていた訳でもなく、普通に街で暮らしていたが、今後の事を考え、キキョウの館に引っ越してもらう事になった。
久しぶりの再会だそうで、これからは親子仲良く暮らしてもらいたい。
閑話
死ぬつもりだったのに、伝説の魔王様の恋人になってしまいました。
あんなに酷い事を言ったのに、笑顔でわたくしと母を救ってくれた魔王様。
ああ……わたくし、キキョウ様の為なら、なんでもできます。
胸にナイフを突き立て死ぬ事も、人前で脱ぐ事も、何であろうと厭いません。
わたくしが姿見水晶のモデルですか? わかりました……脱ぎます!
え。脱ぐのは、お風呂とベッドの上だけですか……
わかりました……でも、脱ぎます!
実はわたくし……裸族なのです。全裸でいる事が嬉しくて仕方ない、万年思春期みたいなアラサー処女なのです。
ああっ、みな様方、ドン引きしないでくださいまし。
えっ? ノエルお嬢様も同族なのですか?
でもわたくし……龍族ではございませんよ?
読んでくださり、ありがとうございます。(ローズ)
元メイドで接客業が大好きな母は、現在キキョウのお宿を紹介され嬉々と働いてます。好きな事をするのが一番だよと、母の自由にさせてもらっております。
ではわたくしも、好きな事をしましょうか……という訳で、脱ぎます!
ああ……全裸最高! ビバ、全裸! クロお嬢様方が龍王だと知り、はじめは少々恐かったですが、今ではノエルお嬢様とも全裸仲間です。
皆様には、残念そうな視線を向けられますが気にしません。
時々、キキョウ様も全裸になって、全裸お茶会をしておりますよ。




