第6話 魔道銃しらふじ
ゆっくりと回転する魔法陣から現れたのは、SFチックなのにどこかファンタジー感のある白いアサルトライフルだった。紫の飾り模様が優雅で美しい銃だ。
少し戸惑いながらグリップを握る。そして銃床を肩に押し付け、それっぽく構えてみる。ちなみに今はローブ姿ではなく、防御力が高い悪の女幹部みたいな魔王服姿だ。
「これが魔導銃……」
「不思議な形状ですが美しい武器ですね……なんでしょう、杖の一種でしょうか」
ちょっとグリップが手に合わず握りづらいけど、重さは丁度いいかも。
クロが銃口を覗こうとしたので危険だからと制したが、先端には縦長の十字スリット奥で黄緑色のクリスタルがほわほわと明滅しており「これが銃口?」私が首を傾げていると、突然あの時のように頭に声が響いた。
『こーんにっちわ~っ! ボクはこの魔導銃のスーパー魔導AIしらふじでーす! キキョウちゃん、よ・ろ・し・く・ねっ!』
「ふおっ!?」
「キキョウ様?」
「突然ボクっ娘の念話が……この銃のAIだって」
『そう! ボクは超高性能オペレーターAIなんだよ。しらふじって呼んでね!』
「ああ、魔導知能ですね。武器魔装に備わってる便利な機能ですよ」
『そうそう、便利にたっくさんみっちりとボクを使いこんでね』
「ただ必要な事以外話さないので、知性はあまり感じられませんが」
『ボクはおしゃべり大好きなので、コイバナでもムフフな猥談でもウエルカムだよ』
「それとカタコトなので、時々オウムと話してる気分になります」
『ピーチャン、オハヨ、オハヨ』
「…………へぇ~」
ちなみに念話なので、クロにしらふじの声は聞こえていない。
『あれれっ、ひょっとしてドン引かれてる? ごめんなさい。はしゃぎすぎましたぁ!』
「……しらふじって、中に人がいるの?」
『ナッナカニ ヒトナド オリマセン』
『今、息遣い聞こえたけど。あと、その常套句使うの確実に人間だから』
『ぐはっ調子に乗りすぎてもうばれた! だってボク、誰かと話すの数万年ぶりなんだもん。あのデブ神、メールでしか返事しないし』
数万年? あのデブ神って武器の神様かな。正直なところ人なのか半信半疑だけれど、なんか面白い娘だわ。声の感じから私と同い年ぐらいかな。うーん色々気になるけど、でもまず先に。
『とりあえず、仕事しようか』
『……はい。ではまず、キキョウちゃんと魔導銃のアクティベート、およびフィッティングをするので銃を構えてちょうだい』
『了解、こうかな』
銃を構えると、握りづらかったグリップと左手で銃身を支えるフロントグリップ、肩に当てたストックがしっくりと体に馴染むように変形した。同時に付与魔術の時のように、何かが頭に流れ込んでくる。そして視界の中にリストが浮かんだ。
『魔法のリストを網膜投影してるけど、きちんと読めるかな。ピンぼけしてない?』
『うん、大丈夫。すごい……こんなにたくさんの魔法を使えるんだ』
『おふこ~す。この世界の人族が使用可能な魔法はすべてインストール済みだよ。網膜にターゲットスコープの映像やレティクルも表示されるから、その感覚に早いうちに慣れてね』
この魔導銃は使うたびに召喚せず、常時身に着けて欲しいとの事で、普段はハンドガンモードで右腰に装着する。瞬時に変形して拳銃程のサイズになり、シュルリとベルトが伸び腰に巻き付いた。格好いいな。
次に水晶星の召喚をした。現れたのはクリスタルガラスで作られたような、チカチカと内部が輝く蕾状の透明な物体だ。ラグビーボールサイズのそれは宙に静止し、まるでそこに固定されたかの如く、触れても押してもびくともしない。
『じゃあこの魔装の全権管理をボクに委譲してちょうだいな』
『これって、私も使っちゃだめなのかな』
『このサテライトクリスタルはね、ボクがキキョウちゃんの魔装に選ばれた時に、武器の神様に頼んで追加してもらったんだよ。ちなみに全部で五百十二機セット』
『へ……そんなに?』
『うん、一度にたくさん思考できるマルチタスクな頭脳体を持たない人だと、運用も単調で数の利を生かせず、宝の持ち腐れになっちゃうんだ。なのでボク専用なんだよ。キキョウちゃんは魔導銃に専念し、ボクはそれを攻守両面でサポートする事になるね』
『そっか、じゃあよろしくね』
『はーい』
網膜投影された『水晶星を魔導銃しらふじに委譲しますか? Y/N』というポップに、私はYを念じた。
『エマジェンシー トウキハ ナニモノカニ ハッキングヲウケテイマス スベテノファイヤーウォール ヲ トッパサレマシタ』
『何これ、水晶星のAI?』
『そそ、この世界では標準的な魔装用AIだけど、ゴミ。この程度で防壁突破されるとは両腹痛いわ。滅ぶがいい!』
『トウキハ ノットラレマシタ マタノゴリヨウヲ オマチシテオリマス……(蛍の光♪)』
『おおぅ……なんか斬新な断末魔だね』
『こんなのでも育て方次第で稀に自我を持つらしいけど、キキョウちゃんにはボクがいるから一生不要だよん』
『ははは……』
『じゃあ次はねぇ――』
魔導銃の性能を十全に発揮させる為に精巧な世界地図が必須だというので、水晶星による地図作成許可を出した。しばらく水晶星運用で保有魔力の三~四割程度を常時消費するという。
「うひゃぁ」ぞわわっと大量の魔力が体から持っていかれ背筋をプルプルさせていると、クロと目が合う。
「あ、ほっといてごめんね。退屈だったよね」
「いえ、キキョウ様の表情がコロコロと変わるのを、とても楽く拝見しておりました」
「あはは、なんかね、AIなのか人なのか判別できないぐらい、すごい子がオペレーターしてくれるので驚いたよ。私は人だと思うんだけど」
「それは興味深いですね。私も話してみたいです」
『しらふじ、クロちゃんと三人で念話できる?』
『え。それは……ボクとキキョウちゃんだけの世界なのに……ギリリ』
まるで別人みたいな低い声……今の歯ぎしり?
これって二人きりのデートだと思ったらお邪魔虫が付いてきた、みたいな?
『じゃっじゃあ、普通に会話に参加できるかな。念話は私達二人専用ね』
『うん、それならいいよ』
水晶星がクルクルと回り、蕾をひらき花の姿になってクロの前で静止する。
そして。
「こんにちは、ボ・ク・が、キキョウちゃんのパートナーのしらふじ、だよ」
「え」
「おや、道具の分際で私のキキョウ様を気安くちゃん付けですか?」
「ちょ」
「ボクがキキョウちゃんをどう呼ぼうと、赤・の・他人のあなたには、関係ないよね」
「ふっ、キキョウ様と全裸で同衾する私が赤の他人なわけ、ないでしょう?」
「ふっふ~んだ。ボクなんてキキョウちゃんに一晩中、ヘンリー8世君歌ってあげられるもんね!」
「それはマジ勘弁して」
この二人、なんで最初からクライマックスみたいに険悪なのよ。
これ以上仲が拗れる前に止めないと――どうする。
私の為に~あらそ~わないで~♪的なのは有効だろうか。
それとも最初が肝心だから、ビシッと言うべきか。
ぱんぱん。手をたたくと、にらみ合う近所の猫みたいな二人がこちらを向いた。
「ケンカする二人なんて……大っ嫌いっ!」
キキョウのこうげき。
キキョウは二人に冷ややかな視線を向け、拒絶の言葉を投げかけた。
しらふじの声らしき甲高いノイズ音と共に、水晶星がゴトリと落下した。
クロのジト目すまし顔が絶望へと染まり、生まれたての小鹿のようになった。
こうかはばつぐんだ!
私をめぐる争いの終止符は早々に打たれた。
しかし、二人の心的ダメージは思いのほか大きかったようで、ぷるぷる震えるクロは土下座したまま動かないし、脳内ではごめんなさいを連呼するしらふじのガン泣きが響いている。二人を止める為とはいえ、考えなしの軽々な発言だったと強く反省する……
え、これって私が悪いの?
それにしても、クロが私を強く慕ってくれてるのは、この身をもって理解してるが、しらふじは先程召喚したばかりなのに、私へ対するこの執着はなんなのだろうか。
ともかく私は地面から引き離したクロを強く抱きしめ、たくさん頬やおでこにキスをし、同時に泣きじゃくるしらふじに謝罪し優しく慰めた。念話で。
『ボクにもキスして!』『そうしてあげたいのは山々なんだけど』とりあえず水晶星にキスしてみる。
やっとこさっとこ、二人が落ち着きを取り戻したところで、私はゴーレム召喚を行う事にした。ふう。やれやれだぜ。
やっほう、読んでくれてありがとう。(しらふじ)
やっと、六話目にして「ボク、登場っ!」
でも……ボクの可愛いキキョウちゃんに触れられないのがツライ。
あのクロっ子は、まるでそこが自分の場所みたいに隣にいるけどさ、ボクなんて一万年も前から、キキョウちゃんの魔装AIをする事が決まってたんだからね!
ずっと彼女が生まれるのを待ってたんだよ。




