第55話 ユキ
「ともかく、ここで話すのも何なので、うちの館に移動しましょう。えーと、鍵はどこだろ」
「あるじ様、わっちが全部開けるですよ」
「うん、よろしく」
口をぱくぱくしながら、子ウサギが倉庫内を歩くと、檻の鍵や人々の手枷足枷が次々に消えていった。
「ぅおええええええっ。まっ不味いですぅ……口直しするです。もぐもぐもぐ」
ノエルがお饅頭をモグりだすと、檻から出た子供達の視線が饅頭に集中する。
それに気付いたノエルが指輪型魔法珠から、ぽこぽこと饅頭を出して配ってゆく。子供達が笑顔で頬を膨らませ、大人達も甘いものを口にし、ほっとした表情になった。盲目の女の子には、手に持たせてあげる。ノエル優しいなぁ。
ギスギスしてた私の心がほっこりとした。
その後すぐ、全員をキキョウの館に転移させた。成人男性もいるが緊急時なので今回は特別措置である。
着替えと食事、そしてお風呂を提供し、団体向けの大きな客間でゆっくりと休んでもらう。明日から聞き取り調査をして、彼らの身の振り方を決める事になるだろう。
メイド達が皆を部屋に案内しようといすると、傷顔隻腕の伯爵令嬢が切羽詰まった様子で、私に近寄ってきた。
「あっあのう! 私……私を落札した黒ドレスの女性の元に送っていただけませんか? 私には、あのお金が必要なのです」
「ああ、そうね。あなたは家の為にオークションに出たのよね」
「はい……ですので、私はあの女性に買っていただかないと……」
「その黒ドレスの娘、私だから。ほら」
「えええええっ」
魔法珠から黒ゴス服を出して見せると、令嬢が目を丸くし、私の顔と服を何度も繰り返し見た。
右目が潰れ顔の傷が痛々しいけど、淡く緑がかった銀髪と神秘的なオパールの瞳。そしてエルフ族のようにスラリと胴が細いのに、一部がぽゆんと自己主張する体躯。
人族の要素がおっぱい以外見受けられない、ミステリアスな美少女だ。
「大丈夫よ。あなたのご実家にはきちんと落札額を払うわ」
「あ……あっありがとうございます。魔王様」
今回、オークションを潰しちゃったけど、中には彼女のように、自分の意志で商品になった人もいるようだ。そういう人達は、必要であれば相応の額で買い取るつもりでいる。
偽善ではなく、彼ら彼女らの覚悟に水を差したのだから、そのお詫びだ。
「ん~明日にするつもりだったけれど……あなた、ちょっと裸になってくれる?」
「ふへ?」
そばに居たクイントがクスリと笑った。
翌日、文官達と手分けして、被害者達へ聞き取り調査を行った。
私が担当したのは、黒豹族のお姉さん、兎人族の母娘、伯爵令嬢、そして盲目の女の子だ。
小人族のお姫様については、前日のうちに、リトルパレスに連絡を入れた。
「もうひと月か、あのアホ姫……カンナギがおるから問題ないとは思うのじゃが」
「小人族にとって外界は、酷な世界ですからな。私でさえ珍獣扱い。我が種族は人買共の獲物扱いです」
「タスマニアン。そなた、わらわから見ても、ぬいぐるみの様で愛らしいからのう」
「ぬぬぅ……ん? なんだあれはっ、女王陛下をお護りせよ!」
女王の間に、まるで水晶製の蕾のような物体が浮いている。
近衛騎士達が剣や槍を構え取り囲むと、その場に見知った娘の立体映像が現れた。
『緊急時ゆえ、無礼をお許しください』
「なんと、キキョウ殿ではないか……それは魔導の映像かえ? わらわ達と同じ背丈とは、なんとも面白いのう」
「それで魔王陛下、緊急の用向きとは?」
『本日、非合法な闇のオークションにて、プリセアナ姫とカンナギ殿の身柄を保護いたしました』
「「なっなんとぉ!?」」
『どうも、国を抜け出した姫がはしゃぎすぎて、人さらいに捕らえられ、カンナギ殿もどうする事も出来なかったようです』
「かぁ~あんのアホ姫めぇ。キキョウ殿よ、心より感謝する。して、今姫は?」
『ケガも無くご無事ですよ。今は陛下に合わせる顔がないと、海より深く反省しております』
「嘘じゃな」
『ふふ、さすがお母さんですね』
三日後に女王とそのご家族を館に招く事になった。
まぁ姫が、もんどり打って「まだ帰りたくない」アピールするので、仕方なく少し時間を置いたのだ。やれやれ、少しは反省しなさいよ。
実は姫の件以外にも、重要な話があるので、主だった臣下達とその家族の同行もお願いしたので、準備にそのぐらいの時間は必要だろう。
次に兎人族の母娘とも、前日のうちに面談している。
夫が先にどこかへ売られてしまったというので、お姫様同様の緊急案件だ。
幸いな事に、押収したオークション関連資料に販売先が記載されてたので、すぐ対処できた。
売り先は、ザイドリッツ王国。昨年の世界会議で仲裁した大国だ。
そこの美男好きで有名な侯爵夫人が購入者だという。
早速、ヘルヴィ陛下にチクってやったわ。
それはもう、こうかはばつぐんで、明日にも引き取りに行けそうである。
元々この家族は、ラビットピアの噂を聞き、郷魔国に向かっていた所を拉致されたそうだ。
三人そろったら早速移住してもらおう。昨年秋ぐらいから一気に住民が増えたので、新たな区画を整地して家をたくさん用意してあるからね。
次は黒豹族のお姉さんだ。名をハズキという。
凛とした黒豹の頭に、なめらかで美しい筋肉ムキムキな女性冒険者だ。
当人が知らぬうちに、パーティーリーダーの男性を巡る三角関係が勃発してたようで、泥酔した所を罠にはめられ、悪徳奴隷商に売られたという。その時、不覚にも利き腕を切断されたそうだ。
「ひょわわわわっ!」
さっそく治療してあげたら、とても良いリアクションをしてくれた。
もう自由なので、復讐に行くのもいいし、何かしたい事があれば協力すると告げると……
「あの……メイドになりたい……です。出来れば雇っていただきたいのです」
「ほほう、じゃあちょっとやってみる?」
「ええっ?」
実は彼女、館に来てからメイドばかり見ていたのだ。成程、そういう事ね。
昔からメイドになる事に憧れていたが、種族とその体躯のせいで、メイドでなく護衛の間違いではと揶揄され続け、仕方なく恵まれた体を生かし冒険者を続けてたら、益々筋肉が育ってしまったという。
だが、我が国は鬼人族の国だ。筋骨隆々のメイドさんなど普通に存在しているのだ。勿論、この館にもいる。
「うわぁ~似合ってるね、めっちゃ可愛いっ!」
「嬉しい……ずっと着てみたかった」
「じゃあ、お茶を淹れてくれる?」
「はっはい」
彼女の淹れた紅茶は、とても美味しかった。
総メイド長マリーメイの採点は、八十点と思った以上に高得点。冒険者をしながら独学で勉強していたのだという。まだ館メイドは無理だが、物腰や佇まいなど総合的に見て、城メイドの採用試験なら文句なしの合格だそうな。
そう伝えると、彼女は城メイドになる事を強く希望した。
城メイドの仕事は、柱城と魔王の間の管理である。(4話の豆知識参照)
最近、キキョウのお宿も城メイドの業務に追加され「お宿番」として定期的に仕事が回ってくるようになった。だが、仕事が増えた~と文句を言うメイドはおらず、むしろイケメン兎人との出会いの場になってるので、人気の職場になっているらしい。
「じゃあ、がんばってね」
「はいっ!」
うん、いい笑顔だ。
黒豹族のお姉さんと言ってたけど、実は二つも年下だったわ。
次は、私が落札した伯爵令嬢だ。
彼女の名は、ロレッタ・エスコット。十六歳。人類帝国に国境を接する、エンデルバ王国の伯爵家の令嬢である。彼女は大変美しく優秀で、王太子の婚約者だったそうだ。
昨年の夏までキキョウ学園に通っていたが、夏季休暇で実家へ帰る途中、魔物に襲われ、右腕と美貌を失った。そのせいで王太子との婚約も解消され、更に追い打ちをかけるように、実家が詐欺に遭い、多額の借金を背負ってしまったそうだ。そこで彼女は、いくばくかの金銭を得る為、偶然知った闇のオークションに身を売ったのだという。
体の傷をすべて治療し、美しい姿を取り戻したロレッタの前に、金貨千枚入りの袋をゴスンと置いた。
「私としては、落札を無かった事にして、あなたを実家へ帰してもよいのだけれど」
「いえ、それでは我が家を没落から救えません……」
「エンデルバの国王には貸しがあるから、私の口添えで王子の婚約者に戻れると思うし、借金も王家が何とかしてくれると思うわよ?」
「婚約は……アントニー様の事はもういいのです。傷だらけの私を前にした彼の表情を見た時、すべて冷めましたので……」
「そか……わかった。今日からあなたは私のものよ。お金は実家に送ってあげる」
「ありがとうございます。魔王様」
「後ほど、ご両親に無事な姿を見せに行きましょう。魔法で一瞬よ?」
「はっはいっ」
「それと私の事は、お姉ちゃんって呼んでね。今日から私の妹になるのだから」
「えー……」
なんだか、すごく不満そうなロレッタ。ハーレム入りの方がよかった?
最後は、盲目の女の子だ。
何故、名前を呼ばずにいるかというと……昨日の会場にて――
「あなたのお名前は?」
「メラです」
「メラちゃんね」
「はい、メ●ラのメラです」
「は……?」
そんなの名前じゃぁない!
思わず、絶句した。孤児院では、ずっとそう呼ばれていたという。
そして本日。
「えーと、私が新しいお名前を付けたいのだけれど、いいかな」
「はい、かまいません」
「うん、じゃあ可愛い名前を付けるね」
「姉ぇちん……」
「なに、その疑いの視線は! 大丈夫よ。雪のような髪だから、ユキちゃんはどうかな?」
「ユキ……」
「ほっ……普通で良かった」
「あなたは今日から、ユキちゃんね」
「ユキとは、空から降ってくる冷たい雪のユキ?」
「そう、あなたの髪と同じ、真っ白で綺麗な雪のユキよ」
実は昨日からずっと考えていたのだ。
安堵のため息をつくシルヴィアには、少々解せぬところがあるが、安直だけどいい名前だと思う……あ。うちの子になったら、ユキ・ユキノになっちゃうけど。
まぁいい、まずは視力回復をしよう。眼球の修復は問題ないと、しらふじが言ってるので、瞳の色をどうするかが重要だ。
「ユキちゃん、あなたの瞳は何色だったか覚えている?」
「いえ……赤子の時から、こうだったと孤児院の先生が言ってました」
「そっか。じゃああなたの好きな色にしましょうか」
「あの……色ってよくわからないんです。何も見えないので」
「うわ、しくった。ごめんね。そうね、暖かい色とか涼しい色って言い方がわかりやすいのかな」
「あのう、お姉さんは何色ですか?」
「私は紫色……暖かい色と冷たい色を混ぜ合わせた色ね」
「じゃあ同じ色がいいです」
「えっ……(この容姿で紫だと、いらぬトラブルを招くのではなかろうか)」
「だめ……でしょうか」
「うん。いいよ~(まぁ変更できるし大丈夫でしょう)しらふじ、お願い」
「じゃあ、キキョウちゃん色のコピーでいいよね、はいどうぞ」
「セイクリッドヒール!」
白く濁っていた瞳が紫水晶のような輝きを取り戻すと、まるでユキだけ時が止まったかのように、呼吸を止め、じっと動かなくなった。
やがて大きく息を吸って、吐いて、私の顔を見るユキ。
「お姉さんは、女神様ですか?」
そう言うと、光を取り戻した瞳から、ぽろぽろと涙が溢れ出した。
「ふふふ、魔王ですよ」
私はそっと、ユキを抱きしめた。
いつも読んでいただき、ありがとうです。(ノエル)
奴隷達の拘束具は魔術具です。拘束者の身体能力を低下させ、魔法を封じるですよ。そして、渋い系のえぐみが酷いので、なめたり食べたりするのは、お薦めしないです。特に勇者専用の拘束具は味も含め更に酷いですよ。常人レベルまで力を奪い、魔装もゴーレムも召喚出来なくなるですからね。
ちなみに、わっちみたいな龍王や神クラスを拘束するには、ずっと上位の神の作った拘束具でもないと、能力を封じられないです。食べた事ないので、どんな味かは知らないです。わっちが狂乱した時、それを使えればよかったのにと思ったですが、入手が間に合わなかったようですよ。




