第53話 宮廷画家
「にゃ~ここが封印城……なんて高さにゃ。本当にここで、あのお客さんに逢えるのかにゃぁ」
「にゃ~ひさしぶりにゃ」
「にゃっ! 本当に逢えたにゃ! あっあの、絵の事……」
「うん。それは後でいいから、長旅疲れたでしょう?」
お客さんに付いて行くと、え……お城に続く大階段を上って、更に大扉の奥へ入って行くけど、いいのかにゃ。ああ、お客さんの正体ってやっぱり……
あっあれは、初代魔王様の肖像画にゃ! あの絵を見る事が出来たなら、大嫌いな犬畜生と一緒に凍死してもいいと思える程、憧れていた絵にゃ。
「私の城へようこそ。可愛い子猫ちゃん」
「にゃ……」
お客さんが魔王の玉座に座ると、フードをおろし素顔を見せたにゃ。
なんと、憧れの魔王キキョウ様だったのにゃ。
「うにゃ。さすがに途中から気付いてたにゃ」
「だよねー」
旅の疲れを癒すため、マレーニャを露天風呂に連れて行った。他意はないから。
脱いだマレーニャは、うん、すごかった。
ヴァルバロッテ程ではないか、小柄な体に似つかわしくない夢とロマンの塊が二つ、お湯にぷっかりと浮いた。
顔立ちも美しく、人寄りの猫人族だ。しかし珍しい事に顔以外ほぼ体毛で覆われており、とても毛深い娘さんだった。ちなみに毛色は、髪と尻尾以外全て白のレッドタビー&ホワイトのバンカラーだ。一応言っておくが、下駄もマントも身に着けてないよ。
「ごめんにゃさい……お金もバッグも画材も全部、絵画協会に取られてしまったにゃ……」
しらふじに詳細を報告されていたけれど、随分と理不尽な目に遭ったようだ。
あの日、彼女は絵画協会に売上の報告をし、注文を受けた私の絵を描く為に、女性会員のみ割高な価格設定の画材を買ったそうだ。
高価な紫絵具を多く購入した事で、協会に目を付けられ、パトロンを得て資金援助をされた事を申請しなかった咎で、クロが贈ったバッグごと、お金も画材も全て取り上げられたという。
勿論マレーニャは、個人的にもらった物だと反論したが、聞き入れられなかった。そして、重大な規約違反をした咎により絵画協会から除名されたという。
愕然とする彼女の様子をニヤニヤ見物する協会理事長の息子も居たようで、間違いなく卑劣な嫌がらせだ。というか、もはや犯罪でしょう。
息子の愛人になれば、絵を描き放題にしてやる。
そんな協会理事長の提案をマレーニャは、断固拒否したという。
無一文になり、途方に暮れてたマレーニャ。
しかし、絵の依頼をした私に謝罪しなくてはと決意したその時、天より金貨がチャリリンと降ってきて、目の前に小さくて丸っこい竜のようなギザ歯の神様が現れたという。
その神様は「郷魔国、封印城にゆくのぢゃよ」そう告げて消えたという。
それ、しらふじだよね。
彼女は、複数掛け持ちしてたアルバイトの引継ぎをして、下宿先を引き払い、乗合馬車で何日も揺られ、本日、やっとこさ魔都ミモリに到着したという。
「あの……一生かけてでもお金はお返ししますので――」
「いや、お金も鞄も取り戻すし、協会には相応の報いを受けてもらうから、気にしなくていいよ。よくここまで、絵を諦めず頑張ったね」
彼女を抱き寄せ、頭をなでなでしてあげると、にゃーにゃー泣き出してしまった。
お風呂から上がって、豪快にお腹を鳴らせたマレーニャと昼食を済ませると、クロに連れられ、森の中にひっとりと佇む建物へと向かった。
ここは魔王の間に飾られてる肖像画を描いた画家、ヴィンセントのアトリエだという。大正ロマンを感じさせる、橙色の屋根が良く似合う素敵な洋館だ。
両開きの扉を開くと、ふわりと絵具の香りが漂ってくる。
そして笑顔の私の肖像画が出迎えてくれた。勿論前世の私だ。
館の中には私の肖像画が多いが、風景画もあれば、クロの肖像画もある。
画材が置かれた所に目をやると、パレット上の鮮やかな油絵具達は、瑞々しいままだった。
「彼の没後は、この館の時間を止めておりましたから」
マレーニャは目を丸くし、そしてひそめ、猫のようにアトリエの中を散策中だ。
「マレーニャ、こちらに来なさい」
「はいにゃ!」
「ここにある画材を自由に使って、キキョウ様の肖像画を描きなさい」
「え、よろしいのですかにゃ……かのヴィンセント様の遺品で、今では手に入らない貴重なマリーメの青絵の具もありますにょ?」
「かまいません。私が選んだ画家に、このアトリエの全てを譲るようにと、ヴィンセントに頼まれてましたから。存分にお使いなさい」
「あ、あのう……失礼ですが、お嬢様はいったいどういう御方にゃ?」
「クロちゃんは、龍王リヴァイアサン様ですよ」
「にゃ…………んっ」
ギリギリ気を失わず耐えたマレーニャ。えらいえらい。
「にゃんばります」
「うん、気負わず楽しく描いてちょうだいね」
本番を描く前に、しばらく私の事を自由にデッサンしたいというので許可した。
せっかく可愛い娘なので、画家っぽくベレー帽をプレゼント。あとは似合いそうなダッフルコートなどでコーディネートすると、抱き着きたくなる程可愛くなった。
マレーニャは猫の如くの自由奔放さを披露した。まぁ猫人族なんですけどね。
例えば、御前会議の魔王の間。議論白熱する武官文官の中、中央の紫絨毯に寝転がりながら私を描き、お腹が空くとおにぎりを食べ、眠くなると周囲に誰がいようとお構いなしに丸まった。
天才肌っぽいし、絵にまつわる事なら何をしようと窘める事なく、全て彼女の自由にさせた。
私を描く時の彼女の視線は真剣そのもの。自身の全てを賭しているかのような、凄まじい熱を感じる。
そんな視線で彼女に見られてると、なんだか体が熱くなって困るわ。
満足行くまで私をデッサンすると、マレーニャがアトリエに籠り一週間。
二枚の絵を完成させた。
その絵の構図は一般的なバストショットだが、自然で絶妙な躍動感がある。
まるで自分が魔王キキョウにじっと見られてるような、当事者になったような錯覚を起こす。そんな絵なのだ。
とりあえず、館のみんなやメイド達、ラビットピアやキキョウのお宿で公開してみよう。
一枚目は、私が優し気な眼差しを向け、こちらをじっと見つめてる絵だ。
この絵を見てると、まるで自分が魔王キキョウに愛されているような、そんな気分になる。皆が口々に評した。
そして二枚絵。これすごくヤヴァイ。
見た者が、まるで私に蔑まれているような気分になる。
そんな、とんでもない絵だった。
実際に臣下達にも鑑賞してもらったが、概ね同様の感想を持たれた。
特に二枚目に関しては、是非売ってくれと奇声をあげる者も……誰とは言わないが。
だが、あまりにも要望が多く、結局この二枚を複製して販売する事となった。
作品名は『お慕います』と『死ねばいいのに』って、これ命名したの誰だ?
桔梗屋での売れ行きは好調で、他の絵もあれば欲しいという要望が多く、現在検討中だ。
しかしなぜか『死ねばいいのに』は、一人で何枚も買うお客が結構いるそうで、すぐ完売になるという。なぜに?
「マレーニャ、この丸っこいのは、何の絵?」
「この地へ導いてくださった、神様ですにゃ」
小さなキャンバスに描いた神の絵を自室に飾り、彼女は朝晩感謝の祈りを捧げてるそうだ。
あれからマレーニャは、精力的に絵を描いた。
これまでの鬱積から解放され、好きな絵を好きなだけ自由に描けるようになった彼女の絵は、大胆かつ繊細で鮮やかな色使いと斬新な構図。今にも動き出しそうな躍動感に溢れた描写で、見る者をその独特な世界に引き込んだ。
描く対象は、魔王キキョウだけに留まらず、気になれば物でも風景でも何でも描いてゆく。クロも彼女の絵にご満悦である。
龍王リヴァイアサンの薦めもあり、私はマレーニャを宮廷画家として迎える事にした。
臣下達にも異を唱える者は誰一人おらず、満場一致で決定だ。
だが、マレーニャが郷魔国で宮廷画家になった事を知った世界絵画協会が、異を唱えてきた。
実は絵画協会からは、これまで再三にわたり宮廷画家を雇うよう打診があったのだが、全て断っていたのだ。
理由は単純明快明明白白、人選がクソだったから。協会が推薦してきた画家達の、私を見る視線がどいつもこいつも最低最悪な上に、彼らの絵も私の体をイヤらしく誇張した作風で、辟易していたのだ。
女性の画家はいないのかと尋ねると、女にその資格はないという。
「その女は、我が世界絵画協会を除名された者です。そのような者は解雇して、こちらの優秀な三名の画家達からお選びなさい。どうです? どれも素晴らしい絵でしょう」
「お断りします。お帰りください」
あ、なんかこのやり取り、最近もしたような。
三人の画家は、自分の絵を自慢気に見せニチャァと笑う。
だからその私の体を舐め回すような視線をやめろって言うの。この偉そうな協会幹部とやらも同様だ。
「絵画協会画家でない者は、絵を描く事を許されておりません。資格の無い、しかも女を宮廷画家にするとは、一国の王がなんと嘆かわしい。陛下は世界中の笑い者になりますぞ!」
「笑い者になるのは別にいいけれど、私も女だし、そこまで女性蔑視されるのは、かなり気分悪いんだけれど?」
「こればかりは仕方ありませんな。女性の芸術的センスは男性に劣りますから」
「は? ケンカ売ってるの?」
「事実ですから」
「ほう……事実ねぇ」
私はマレーニャの絵をその場にずらりと並べた。誰もが感嘆した素晴らしい出来の絵画の数々である。どれも複製画の生産が追い付かず、大量のバックオーダーを抱える絵画ばかりだ。
三人の画家達も彼女の絵を見て、驚きを隠せないでいる。
「なっ……いや、現在の主流から大きく逸脱した構図ですな。全く評価できません」
「あのさ、良い物を良いと言えない人は、芸術のお仕事辞めた方がいいわよ」
「わっ私を侮辱する気ですか!」
「先に侮辱したのはそっちでしょう。そもそも、その芸術的センスとやらの劣る女性を絵のモチーフにしないでほしいわね」
「陛下は絵に描かれる事を名誉と思わぬのか」
「趣味で描いてくれるなら文句はないわ。でもね、私の姿で金儲けするなら、話は別よ」
「あなたは、自分の姿で金儲けするおつもりか!」
「他人の姿で金儲けしてる人よりも、随分真っ当じゃないかしら?」
魔法珠から姿見水晶を取り出し、手の平で起動して見せた。
「つまり現在の世界絵画協会は、私の肖像権を侵害し商売を邪魔し、不当な利益を得ているのよ」
「しょっ肖像権などという権利は、この世に存在しない!」
「ならば魔王キキョウが全世界に向け主張する。今後、私の許可を得ず、私の姿を描く事も販売する事も禁止する。私の死後千年分の販売益も協会に請求しようかしら……」
「そんな横暴を世界が許すはずがない!」
「私の権利を侵害するならば戦争よね。私と世界絵画協会との!」
「せっ戦争……」
「わずか一年で四ヵ国を滅ぼし併合した、私に勝てると思うなよ(ニタァ)」
「キキョウ様、お顔」
「はっ」
「それと、協会がマレーニャから取り上げた鞄とお金は、龍王リヴァイアサン様が、彼女の才能に惚れ、下賜した物よ」
絵画協会の幹部と画家達は、真っ青なお顔で帰っていった。
「へ……陛下、本気で絵画協会と戦争なさるのですか?」
「ソウイチさん、何も戦争は武力だけで戦うとは限らないわよ」
「では、なにで戦うのです?」
「女性の芸術的センスが劣ると侮辱されたんだから、その分野でぶっちめます」
「そ……そうですね、ごもっともです」
「でもまず、魔王が宣言した事は、有言実行しないとね」
早速『魔王キキョウの姿を描く事と絵の販売を禁じる。ただし、世界絵画協会に所属しない者は、これまで通り描くも売るも自由とする』そう全世界に向け宣言した。
それを聞いたキキョウを知る王達は思った。協会は猛獣の尾を踏んだな、と。
後日、鞄とお金が丁寧に返却されてきた。それとマレーニャの画材もね。
ひとまず協会に対し、これ以上の事はしなかった。
私もそんなに暇ではないのだ。
それに弱い者いじめみたいで、連中がマレーニャにした事と同じみたいで、嫌じゃない? いずれ、女性の芸術的センスすげぇと全世界に知らしめてあげるからね。
読んでくれて、ありがとうにゃ。(マレーニャ)
キキョウ様の裸婦画を描きたいのですにゃ……
「いいよ~」
ありがとうにゃ!
「ただし、描く時はマレーニャも全裸ね」
にゃにゃ……わかったにゃ。等価交換にゃ。
キキョウ様……そこまで、お股を開かなくてもいいにゃ……
「えー、マレーニャもお股開いてほしいなぁ」
にゃー……じゃあ、こうするから、ああしてほしいにゃ(ドキドキ)。
「うふふふ、いいよ~」
「姉ぇちん達……そんなはしたない恰好で、なにやってるの……」
「「等価交換にゃ」」




