第43話 キョウカ編 第2話 妊娠した
「まさか異世界転移して早々、おっさんに孕まされるとは思わなかった」
「言い方!」
「でもさ、いいの? こっちの世界じゃ夫の苗字を名乗るのが慣例だって言ってたのに」
「いいんだよ、僕は次男坊だし。雪野って苗字はすごく好きだから」
「雪野 耀って、とても綺麗な名前だよね」
「だろ? すごく気に入ってるんだ」
「現実は、おっさんのよう。だけどね」
「だからおっさん言うな!」
今、この異世界で、私は雪野桔梗として暮らしている。
キキョウの主治医だった耀と結婚して、来年二~三月頃出産予定だ。
ちなみに、病は完治したが高熱により記憶喪失になってしまい、自分の事をきれいに忘れたという設定で暮らしている。そのせいで、キキョウの親友だという娘を悲しませてしまった。
ごめんよ。でも仕方ないだろ、もう中身は別人なんだもの。
そういえば、もうすぐ退院って時に、父方の親戚だという連中が来た。
妙にガラの悪い、頭の悪そうな連中だ。当然、見舞いなどではない。
キキョウの家族が亡くなって、更にキキョウも病で長くないと知って来たようだ。
雪野家の家財や預金、不慮の事故で亡くなられたご両親の莫大な保険金と雪野家の家財丸ごと得ようって魂胆が見え見えだったよ。
そんなクズ共には、私が完治した上に耀と結婚した事が気に入らず逆上して、病院内だというのに騒ぎを起こしたのだ。
なので、圧倒的な膂力でブチのめし追い払ってやった。連中のお高そうな馬なし馬車を素手で潰して見せたので、もう来ないだろう。ざんくれ? 変な名前の馬車だな。
こっちの世界でも勇者の力は問題なく使えるし、魔装もゴーレム鬼神羅雪も召喚できる。私はヴァル姉とクロに剣術と戦い方を習ったけど、強くなりすぎて力を振るう事に躊躇するようになっていた。人って簡単に死んじゃうんだもの。
でも、自分の中の何かが変わったようで、クズをボッコボコ半殺しにしても何とも思わなかった。
むしろ私の大切な家族を傷つけようとするものには、容赦してはいけないのだと感じるようになった。
きっと、心から愛しいと思える夫を得たからだろう。
それはお腹に子を宿した事で、更に強く感じるようになった。
早く生まれておいで、私の宝物。
そうだ、キキョウの死に至る病の事を話しておこう。
あれは魔導師特性をもつ子供の病だ。不安定な魔力発生器官が急激に魔力を生成し体内で飽和させてしまい、うまく体外に放出できないと発熱が続き、最悪死亡する。
だが魔力発生器官が安定する二十歳前後を過ぎれば、自然に完治するのだ。
ラヴィンティリスでの病名は、魔力過多症候群。通称は魔力病。
向こうの世界では余程の事が無い限り、死に至る事はない。治療魔道具もあるし、大気中の魔力濃度が高い為、飽和した体内魔力が大気中魔力と結びつき、少しずつではあるが自然放出しやすい。
ところが地球の場合、魔力濃度はゼロに近い。おかげでキキョウの魔力は外に出てゆかず、魔力飽和が持続し続ける。しかも飽和分の魔力は自然消滅時に体温を上昇させるのだ。
このせいで高熱が体を蝕み、キキョウは死に掛けていたのだ。
これがキキョウが患っていた不治の病の正体だ。
しかもあいつ、並みの魔導師勇者何人分もの魔力を内包していた。
あの魔力量、化け物だよ。マジでよく生きていたと感心する。
これまで発熱性多臓器不全症や小児性発熱症候群と呼ばれていたが、これからは魔力症候群、もしくは魔力病と呼ぶべきだと思う。だが魔力の存在をこの世界では証明できないので、難しいだろうな。
近年、この魔力病に罹る子供が増えていると、夫が言っていた。
発症するのは、魔力器官が成長を始める七~八歳からで、ことごとく成人までに重傷化して命を落としている。
ああ、あれがあれば治療できるのに……あれとは、アリゲーではないからな。
ラヴィンティリスでは、魔力病に罹った子供から強制的に魔力を吸い出す魔道具があるのだが、残念な事に今の私は持っていないし、製造方法もわからない。
だが……私ならば、魔力病の子に触れる事が出来れば、魔力を吸い出してやれる。
手に届く所にいる子供達だけでも救えればと思うのだが、耀に相談してみるか。
でも今の私は、お腹の子が最優先だけれどね。
実はもう女の子だと判明してるので、柊と命名するつもりだ。
こっちの世界の医療技術ってすごいよな。裂かずに腹ん中を見れるんだもの。
【個体名】雪野桔梗(女)
【年 齢】20歳(成長停止中)誕生日12/31
【種 族】人族(妊娠中)
【職 業】勇者主婦
【魔 装】金緑石の指輪、双剣紅華・蒼華、紅炎花の魔装、魔法珠
【ゴーレム】鬼神弐番鬼“羅雪”(解放済)
【スキル】勇者、双剣術、魔法(炎)
【加 護】英雄の加護、龍王の加護
【称 号】ラヴィンティリス界最強、異世界転移者
【備 考】各種情報と装備を科法世界仕様へ更新終了しました。
現在EG06惑星管理AIは機能しておりません。
「キョウカの荷物にあったんだけど、この水晶メダルって何?」
「それは魔力過多症候群の治療魔道具ですよ。キョウカが孤児院へ寄付してた残りでしょう」
「孤児院……ひょっとして、魔法珠に入ってる大量の食事って」
「それはスラムのお腹を空かせてる子に与える為の物でしょうね」
ごめんキョウカ。てっきり食いしん坊キャラなのだと思ってたよ。
数か月前、魔都ミモリのスラムを調べたところ、アルス王国の民を中心に、外国人不法入国者がかなり多かった。彼らには衣食住を保証し、開拓村へ移ってもらった。
元アルス側の主だった都市にもスラムがあり、そちらも解体した。
現在は手付かずの肥沃な土地を開拓し、どんどん村が増えてる。
このように、スラムのほとんどを解体したんだけれど、どうも他大陸からの難民が今も不法入国してるようだ。
彼らに、私の国民になるよう、念話で呼び掛けてみようかな。
読んでくださり、ありがとうございます。(キョウカ)
赤ちゃんできたーっ! もう四百年以上生きてるけど、妊娠は初めての経験だ。
そんなに生きてて、出逢いは無かったのかって? うん、無かった。
とはいえ、私だって人並の性欲はあるので……
ひとりでこっそりと……ごにょごにょ。
そこをクロに見つかって……はうううう。
あの時のクロ……すんごい、いい笑顔だった。




