第39話 化け物
世界会議は、各国代表が集まって会議をするだけではない。
同様に各国の武官文官が集まり外交を行うのだ。
隣国同士ならまだしも、遠方との外交はコストも移動のリスクも大きい。そこで、龍の里ドラゴヘイムの上位龍達が各国の要人文官の移動を受け持ち、迅速かつ安全に集まり、およそ一週間から十日に及ぶ世界会議を行うのである。
初日の午前中は、大いに荒れた。午後も各国文官達が悲鳴を上げている。
元アルス国土の共同統治書に署名をした為に、郷魔国に穀物取引契約を破棄された国々の文官達は、大パニックだ。
この件に関し会議期間中、魔王キキョウは一切の交渉に応じない。
そう、改めて宣言したおかげで……パニックは、お通夜へと変わった。
午前中と打って変わり、ウキウキ鼻歌混じりの私。
これから小人族の国『リトルパレス』の女王との会談である。
これまで全く交流のない我が国からの突然の申し出を、リトルパレス側は快諾してくれたのだ。
「女王ティタティト陛下、お逢いくださり感謝いたします」
「いやいや、魔王キキョウ陛下。先程の啖呵、ゾクゾクしたのじゃ」
「ふふ、お恥ずかしい限りです」
リトルパレスの部屋は、身長差が六~七倍ある私達と視線を合わせ対話ができるよう、舞台のような構造になっていた。装飾も豪華で、他の部屋と見劣るような部分はない。
小さなソファーに座るのは、ふくよかで凛とした女王ティタティトと、スミレの花が似合いそうな第二王女のプリセアナ。その後ろにぬいぐるみの様なファニー型袋猫族、宰相のタスマニアン。そして護衛は小人族唯一の勇者であるカンナギ。小さくとも勇者ランキング二十位前後を誇る女傑だ。
会談は和やかに始まった。
これまで小人族は、世界会議にあまり参加していなかったが、プリセアナ姫が外の世界に憧れ、このままだと勝手に国を飛び出しかねないので、二十数年ぶりに世界会議に参加したのだという。可憐な見た目に反し、なかなかヤンチャなお姫様のようだ。
実は先程から気になっていた、女王の胸元に輝くアクセサリーの事を質問してみると、なんとダイヤモンド!
この世界では、アレキサンドライトと並び、ほとんど流通してない宝石の一つだ。
おかげで今すごく興奮してる。落ち着け私。自然に自然に交渉するぞ。
だが、それ以上に気になる事がある。
女王の視線だ。ずっと妙な焦りや不安が伝わってくる。
彼女も我が国に、何か欲する物があるのだと思う。
「あのう、単刀直入にお伺いしますね。私が貴国に協力できる事はありませんか?」
「え……」
「私、光の女神様に世界の繁栄に手を貸す様、お言葉を頂いてるのですよ。なので安心してご相談ください。なにより数少ない、女性の王同士ですから」
「なんと女神様から……では、その……食料支援をお願いしたいのじゃ」
「はい、我が国は食料なら沢山あるので、お任せください」
「おおっ! では、コケサンゴの実を頼みたい」
「……え、コケ…サンゴ?」
コケサンゴって、花屋やホムセで売ってる、赤やオレンジの実がびっちり生る観葉植物の?
あの実って美味しそうに見えるけど、たしか毒だったような。
いや、こっちの世界のは食べれるのかな。それとも同名の別種なのか。
話によると、小人族にとって大変重要なコケサンゴの収穫量が、近年目に見えて減っているという。しかし残念ながら、我が国の文官にはその存在を知る者がおらず、即答できないので保留とさせてもらい、サンプルの苗をもらう約束をした。ダンジョンの機能で増やせないか調べる為だ。
他に不足してる物は、問題なく提供可能な食料や物資ばかりだった。
特にガラス製品や原料が欲しいという。それなら幸いな事に我が国の砂漠に山のようにある。こちらから申し出ておいて、やっぱりダメでしたでは、恥ずかしすぎるものね。
しかしティタティト陛下には、申し訳ないぐらい感謝され、ダイヤモンドの取引もしてもらえる事になった!
私は友好の証にと、二人のアクセサリーに健康や美の加護を付与した。
とても喜んでもらえたよ。
通常、健康の加護クラスの付与は、相応のサイズと品質のルースでないと付与できず割れてしまう。今回、極小サイズであっても、ダイヤモンドなら付与できるという発見は、大きな可能性につながるはずだ。
一応言っておくが、付与魔術の能力が更に上がって、付与が可能かを判別できるようになったからね。
無責任に付与して「パキッ」ゴメンね~てへぺろって事はないから。
今後は小人族用のアクセの展開も考えよう。
リトルパレスとの有意義な時間が終ると、待っていたのは、無意義な時間だった。
部屋に戻ると、扉の前でスーツ姿の男と女神教の若い司祭、そして教徒らしき服装の男女が待っていた。
「お待ちしておりましたよ、キキョウ陛下。郷魔国では、けんもほろろな扱いでしたから、今日こそは、お話を聞き入れてもらいたく存じます」
「私には全く利がないんですけど。まぁいいでしょう、いつまでも付きまとわれても困るので」
「そうですね、こう見えて私も暇ではありませんから」
これまで何度も郷魔国に来たようだが、私は会わずお帰り頂いていたのだ。
彼の名は、サイトウ。人類帝国所属の優秀な交渉人だ。名前から分かると思うが、異世界転移者だ。
さっさとお帰り頂く為に、彼ら四人を部屋に招いた。同行する教徒の男女は勇者のようだ。
「既に何度もお伝えしてますが、現在の慈愛の勇者アスフィーリンクさんの身分は、女神教会勇者です。即刻解放してください。あなたは不当に未成年の人権を侵害しています」
「既に何度も言ってますが、お断りします。それと、この世界に未成年の人権なんてものは存在しませんからね。『そういう世界』ですよ。ここは」
そう、彼らの目的は、アスフィーリンクの身柄だ。
前契約主であったオレンジ公爵と教会との取り決めで、既にアスフィー身分のは女神教会勇者になっているから、解放しろと言っているのだ。
「人権はともかく、このように契約書もあるのですよ」
「そもそも私は関係ないですよね。それって、オレンジ公爵が女神教との契約を履行出来なかっただけの話でしょう?」
「あなたは不当な方法でアスフィーリンクさんの勇者契約を破棄し、無理やり奪い取ったと聞いております。ならば本来の所有者である女神教会が、あなたからアスフィーリンクさんを解放する。至極真っ当な流れではないですか」
「不正な方法って……どうやって解除したか知ってて、言ってるのかしら」
「この勇者契約は、アスフィーリンクさんから忠誠を受け取った公爵にしか解除できません。それを他者が解除したのなら不正でしかありませんよ」
「光の女神ラミーリュ様が解除したんですけど?」
「「はぁっ!?」」
やはり知らなかったのね。
「め……女神の名を騙るとは、神罰が下りますぞ!」
「その神罰を受けてないって事は、正しいって事でしょう? ねぇ、司祭様」
「うっ……確かに」
私は司祭と斎藤に、アスフィーが契約解除に至る状況を説明した。
あの日、アスフィーが私のものとなった事で、オレンジ公爵は多くの民と共に救われた。だが、公爵相手の契約解除が難航するであろう事は想像に難くない。
そこで私は光の女神にお願いして、神のお力で契約を解除した。
私とアスフィーの取引が真っ当であるという神のお墨付きである。
つまり今回の件は、教会に引き渡す前にアスフィーを失った、オレンジ公爵の契約不履行でしかないのだ。
ちなみに契約内容は、アスフィーが十五歳になったら、女神教会に勇者契約を譲渡する事。オレンジ公爵は、金貨三万枚とアスフィーの貞操をいただく事。だそうな。あのクズ。
「女神様絡みであれば仕方ありません。この件、ここで終わりにしましょう」
「うん、よかった」
「では改めて、勇者アスフィーリンクさんの勇者契約を女神教会に譲渡するお話を始めましょう」
「は?」
「女神教会は、アスフィーリンクさんの代わりに、金貨五万枚と、こちらの勇者二名を郷魔国へ差し出します。郷魔国にとても有意義な条件だと思いませんか?」
「はぁ?」
司教達の後ろに立つ勇者二人を睨むと、表情を強張らせた。可哀想に、本人達は納得していないのが伝わってくる。
まったく、この斎藤さん。私の事を侮り過ぎじゃなかろうか。
「あなた、異世界転移者なんですってね。だったら、見た目は綺麗だけど、実は化け物だった。そんなのがこの世界には、けっこう居る事を、少しは知っておくべきですよ」
「ははは、ひょっとして脅しています?」
「ちょっと喉が渇きました……お茶にしましょうか」
皆の前にコトリとケーキの載った小皿が置かれた。
「おおっ、これは……ショートケーキですか?」
「はい、この世界では珍しいでしょう?」
魔王連邦の魔都クイレダーオの有名菓子店『ジャンバルジャン』で、こっそり購入したケーキである。
この世界、モウの牛乳は貴重品だ。そして生クリームの製法を知るのは、郷魔国と魔王連邦だけである。
「人権の事もそうですが『この世界では』という言い方……もしやあなたも――」
「わぁ~おいしそぉ~っ、これなぁに?」
「これはね、ケーキっていう甘くて美味しいお菓子よ、さぁ召し上がれ」
「うんっ! うわぁっ、あまぁ~い!」
ケーキを頬張り目を輝かす幼女の姿に、私は目を疑った。
なっ……何が起きてる……
なぜ帝国にいるはずの娘が、魔王の膝の上でケーキを食べているんだ。
顔の半分が無残に焼けただれ、それを隠す痛々しい包帯……
間違いなく私の最愛の娘だ。
私は……必死に動揺を抑えながら、魔王の顔を見……「ヒィッ!」
娘を膝に乗せ、ニタリとする魔王の笑顔が化け物に見えた……
「あぁっ、パパだぁ!」
「ふふふ、パパとお姉ちゃんはお仕事中なの。パパを応援してあげようよ」
「パパ、お仕事がんばって~っ!」
「はい、これケーキのお土産よ。ママとお兄ちゃんにも食べてもらってね」
「うんっ、お姉ちゃんありがとう! パパまたね~っ!」
「あ…ああ……」
魔王のすぐそばに開いた穴に、娘は消えていった。
穴の向こうは、間違いなく自宅の居間だった。
「可愛い娘さんねぇ」
「ええ……まぁ」
「ねぇ、想像してみて?」
「なにを……でしょうか」
「会議が終って、帰宅したらさぁ……家の中は、ガラーンと静かなの。どこを捜しても、家族の姿が無いの」
「なっ何が言いたいっ!」
「そう、ならないと……いいよねぇ(ニタァ)」
なんて恐ろしい笑顔をするんだ、この娘は……
化け物だ……目の前の娘が、もう化け物にしか見えない。
いや、魔王だ。シューベルトの魔王が脳内で再生される。
私は……恐怖でこれ以上、言葉を発する事が出来なかった……
「ねぇ、司祭様?」
「なっなんですか、私に脅迫など通用しませんよ」
「あなたのお母さん、病気でもう長くないようだけれど、帰らなくていいのかしら」
「そっそんな筈はない! ここ数年里帰りしていないが……」
「早く帰った方がいいですよ。さて、交渉は終わりです。皆様、お帰りください」
力なく立ち上がり、脚を震わせながら出ていく四人。
「あ、司祭様だけお残りください」
「ひいいいいいっ!」
司祭が悲鳴を上げると、他の三人は、逃げるように部屋から出て行った。
「女神よ、お助けをっ!」
「今からお母さんの所に転移します。まだ間に合いますから、治療に行きますよ」
「……え」
私は斎藤尚仁。この世界に迷い込んで、八年になる。
勇者でも何でもなし、チートスキルもないが、保護された人類帝国で、弁が立つ事を生かした仕事に就く事が出来た。おかげで美しい妻と二人の子供に恵まれた。
ははは、完全に勝ち組だろう?
しかし昨年末、暖炉の事故で、娘が顔に酷い火傷を負った。
しかも悪質な治癒詐欺に引っかかり、もう娘の傷は魔法でも治らないという。
妻も娘を救おうと腕に酷い火傷を負った。事故は自分のせいだ、娘が不憫だ、そう自分を責め治療を拒否し、時間が経ちすぎてもう治癒魔法も効果がないそうだ。
噂ではエリクサーがあれば治るという。だが、どれだけ金があっても手に入るとは限らない希少品らしい。
そんなある日、魔王との交渉の仕事が入った。
郷魔国へ行っても面会叶わず、仕方なく世界会議で上手く交渉の席に着かせた。
ははは、パパすごいだろう?
だが、甘かった。化け物だ。あんなのと交渉なんて絶対に無理だ。
もう家族が心配で仕事どころじゃない。早く帰って家族の無事を確認しないと!
「ただいまっ! パパ帰ったぞぉーっ!」
翌日、私は帰宅した。高価な旅客竜を使ったので、素晴らしい速さで着いた。
「おかえりなさーい!」
元気な愛らしい声と、パタパタと近付いてくる可愛い足音。
ははは、無事じゃないか。なんだよ、脅かしやがって!
「え……」
うそだろ。娘の顔が……あんなにも酷かった火傷跡がない。
妻の腕の火傷跡も、きれいに消えてる。
「昨夜、魔王様がいらして、この子と私を治療してくださったの」
私は泣いた。妻と娘を抱きしめ、オンオンと泣き続けた。
「少しで魔王陛下に恩返しするため、郷魔国に移住しようと思うんだ。みんな、どうかな」
「ええ、わたしも賛成よ。この子の未来を救っていただいたのですから」
「しろいおねえちゃんの、おくににすむの?」
「またあのケーキってお菓子、食べれるかなぁ」
「でも、渡航許可下りるかしら。帝国と郷魔国は仲が悪いでしょう?」
「そこは弁の立つ私のスキルで、なんとかするさ」
「そうよね……私も結婚後しばらくして、うまく騙されたわって思ったもの」
「え……」




