第34話 勇者オークション
結果から言うと、キキョウれいでぃおは、大成功を収めた。
ひと月に一度と言わず、毎週、いや毎日やって欲しいと、数多くの要望が押し寄せたのだ。
他にも、あの童話の書籍化や舞台化の希望や、私が歌ったアニソンの楽譜が欲しいなど、ものすごい反響だった。なんと外国の王族からの問い合わせもあったのだが……属国になったら聴けるよとは、流石に言えない。
「ほらほら……更に仕事が増えましたよ。今はただでさえ忙しいのに」
「ん~れいでぃおは、仕事というより趣味だし、無理はしないよ」
「極秘開発中の魔道具は苦戦してる様ですが、秋には完成すると報告がきてます」
「ああ、あれか。各地にお店も準備しないとね。あと同盟国にアンテナショップ……」
「それもありますが、来月は八月ですよ。世界会議がありますからね」
「あーあれか、楽しみではあるけど、不安も……」
世界会議とは、年に一度、世界各国から代表が一堂に集まって、文字通り会議をするのだ。知名度的にも私は注目の的だろうな。二か月ほど前、会議最終日パーティ用ドレスの採寸をしたっけ。
「それと……」
「まだあるの?」
「勇者オークションが、三日後に開催されます」
「おおっ! で、いた?」
「はい、キキョウ様が切望されてた能力の勇者が出るようです」
「やったぁ~」
「その前にお仕事です。書類にハンコ押しましょう」
「はい……」
という訳で三日後。クロとノエルの三人で、地図で見ると右上の大陸。カリマー様の魔王連邦にある、オークション都市“メイ・ルフーヤ”へと、ゲートで瞬時にやって来た。
世界の中心にある“世界の柱”と呼ばれ、空の果てまでそびえる超巨大な塔のふもとにあるこの都市は、世界中からありとあらゆる品が集まる商業都市で、名品珍品玉石混交な好事家羨望の聖地だ。
今回は時間が無くて、勇者オークションのみ参加だが、そのうち家族を連れ、ゆっくり遊びに来たい。十二月に魔王連邦への公式訪問も決まったし、連邦の首都である美食の魔都“クイレダーオ”へ行くのも楽しみだ。
フードを目深にかぶり、お気に入りの白ローブ姿で、会場へと続く道を三人が行く。しらふじの水晶星も当然一緒だ。
たくさん並ぶ屋台の中から、食いしん坊ノエルのチョイスしたチェロスに似た揚げ菓子、チョリースをモグりながら、巨大な柱を見上げ、オークション会場へと向かった。会場は大きなコロシアムなので、街のどこからでもよく見える。
「ノエル、そんなに買い込んで、このお菓子気に入った?」
「トントローへのおみやげです」
「へぇ、彼の事気に入ってるんだね」
「最近、隙あらば痩せようとするので、いっぱい食べさせないと肉質が落ちます」
「ねぇ……私、知ってる人の部位が食卓に並ぶのは、ちょっと嫌だなぁ」
「昨夜、すごく美味しと絶賛していましたが?」
「こんちくしょう!」
コロシアムは満員御礼だった。立ち見も大勢おり、ワイワイと凄い熱気だ。
私達はクロが予約していた貴賓席に悠々と座った。ちょっと注目されてる。
『ボクは、周囲を警戒しておくね』
『うん、ありがと』
勇者オークションは、いわば勇者の就職活動の場だ。
客の前で自分をアピールし、己が求める最低落札価格(年収)を提示し、一番高値で落札した客が一年間雇用主となる。
つまり、勇者という超常の存在を雇えるという夢のオークションでもあるのだ。
だが……勇者達の現実は厳しい。
アブリコ王国戦で、十九名の勇者を雇った時の事を覚えているだろうか。
このオークションに参加する大半の勇者は、仕官したくとも貴族や富豪に見向きもされない。俗にいう食い詰め勇者だ。
勇者達がオークションに出る理由は様々だが、出演料が出るので、バイト感覚で参加する者も多い。
ならば今回も大勢勇者を落札すればいいと思うかもしれないが、全くそのつもりはない。彼らは人類帝国と繋がってない事。それと、ぼんぼやーじゅを三度も食わらせた事で、二度と私の敵に回らないであろう事から、打算と、やり過ぎたお詫びも込めて雇ったのだ。それに勇者契約はしていない。私がお風呂やエッチ中に死に戻られると困るもの。
勇者オークションが始まった。
トップバッターのワンレンヒョロガリ眼鏡勇者が石舞台に上がり、魔装を召喚し勇者の名乗りを上げる。そして、用意された複数の標的を七色の斬撃で次々に粉砕。勇者の力を披露し、会場を沸かせた。
そして最後に、客に向けアピールする。
「僕の力は、世界中の幼女の為にある! さぁ、美幼女の契約主をキボンヌ!!」
『妖剣の勇者リロタークの入札は、金貨百枚からだぁ! 勇者オークショォォンGOォォ!』
テンション激高で隻眼の進行役が熱く叫ぶ!
……だが、誰一人、そして幼女の入札もなかった。
『んん~残念っ! お帰りはぁっ! あちらですぅぅっ!』
爆笑の湖の中……彼は肩を落とし、トボトボと寂し気に舞台を後にした。
「今の勇者は、会場を盛り上げるサクラの一人ですね」
「今のわっちが入札すれば、あの勇者手に入るです?」
「やめて」
その後、何人もの勇者が舞台に立ったが、誰も落札されなかった。
勇者目当てらしい金持ちと思しき者達の反応が鈍い。
「どうやらランキング三十八位の高位勇者が出るみたいですよ」
「なるほど、本命一択で、他はスルーなのね。本気で参加してる勇者が不憫だわ」
次に現れたのは、スーパーマッチョな人族勇者だった。
我が国が誇るムキムキ鬼人族近衛騎士を超えており、まるで超人バルクだ。
彼がランキング三十八位なのかと思ったが、どうも違うらしい。
魔装姿が……なんというか山賊っぽい。武器も小さな手斧なので、残念な事に全く勇者感がないのだ。
そのせいで会場からは「山賊かよ」「いや蛮族だろう」と、茶化す笑い声が。
そんなヤジの中、彼は黙々と演武を披露し、最後の一撃で巨大な石舞台を放射状にブチ砕いて、観客の度肝を抜いた。
「ねぇ、クロちゃん。彼、落札してもいいかな? 今の演武もすごかったし」
「はい。よいと思いますよ」
少々競ったが、勇者ストロガーノを金貨110枚で落札した。
落札されても毅然とし、威風堂々と佇む、雄々しい勇者だ。
赤いマントを羽織ったらすごく似合いそうなので贈ろうかな。
こちらを見上げる彼の視線からは、私への強い感謝が伝わってくる。
そんな彼に手を振ると、突然オイオイと泣き出した。おいおい。
次に舞台に上がったのは、地味な黒ローブの小柄な女性だ。
変身しても似たような黒ローブ姿だったので、会場から笑いがこぼれる。
彼女の名は、勇者マンマネッテ。私の大本命、土魔法使いの勇者だ。
「ふっ……会場の愚民共は、見る目がないのう」
「キキョウ様?」
彼女の変身時、私は見逃さなかった。
あのローブの中は……肌がうっすらと透けて見える、黒い極薄ぴっちりスーツだ!
おどおどしながら彼女は観客に一礼し、真っ赤な宝玉が埋め込まれた魔杖を振い、舞台上に大きな魔法陣を展開させると歓声が上がった。そしてストロガーノが演武で派手に割った舞台のヒビを瞬時に修復して見せると、更に歓声が上がった。
なるほど、彼女の為に舞台は割られたのだろう。
私が土から岩を作れるかと質問すると、こくりと頷き、舞台横の地面から石像を生やして見せた。
独特なセンスすぎて、人なのかクリーチャーなのか判別できないけれど、ともかく私の求める能力を見せてくれた。
そしてオークション開始。なんと彼女の最低落札価格は、わずか金貨25枚。
落札手数料を差し引かれたら、普通に働いた方がマシな額だ。
私が入札しても、今度は誰も競ってこなかった。どう見ても素晴らしく優秀なのにね。
クロが言うに、勇者に限らず土魔法は、民の仕事を奪うからと忌避されているという。それがこの反応なのだろう。マジ勇者に厳しい世界だわ。何とかならんものか。
「さっ、二人に会いに行きましょ」
「もうオークションはよろしいのですか?」
「うん。今日はもういかな」
オークションスタッフに豪華な部屋へ案内され、ふかふかソファーに座って待つと、程なく二人の勇者が現れた。こうして直に会うと大きいな。
そして、ちっちゃいなぁ。
「はじめまして、郷魔国魔王のキキョウです」
「「ええええっ!」」
フードを取り、素顔を見せ自己紹介すると、案の定、おもいっきり驚かれた。
担当スタッフが転げながら部屋を飛び出すと、ほどなく会場の総支配人がペコペコと現れた。
私が彼女達を落札したが、二人はまだ私の勇者にはなってはいない。
こちらがどのような仕事内容と条件で雇いたいかを提示し、それを勇者が承諾し、落札額を支払う事で、ようやく私が雇い主になれるのだ。あくまで雇用なので、勇者契約する場合は条件が変わる。
私が求めるのは、マンマネッテに土魔法を用いた整地や街の基礎工事。ストロガーノには、開拓と開拓民の護衛。二人に住居を用意するので、家族と郷魔国に移住してほしい旨を伝えた。
「あの、街の基礎工事なんて、それは勇者が民の仕事を奪う行為に当たるのではないでしょうか……」
「そうです。開拓も民の仕事です。勇者が平民の仕事を奪うなと、勇バレして職を失った事があります」
「よそはよそ、うちはうち」
「「はい?」」
「うちの国はね、世界一広大なのに、全然人手が足りず空き地だらけなの。だから勇者だ民だと言ってる暇などないのよ」
「「はぁ……」」
「それと落札価格の他に、二人とも年収に金貨五百枚を約束するからね。何百年でもうちの国に居てちょうだい。はいこれ、前金で三百枚渡しておくから、引っ越し前に身辺整理しておいてくださいな」
「「えええええええええーっ!?」」
仲介役の支配人と落札代金のやり取りがなされ、手続きが全て終わった。
ちなみに勇者が落札された場合は、オークション出演料は出ないそうだ。ケチめ。
ひと月後、勇者ストロガーノは、ハーフリングの奥さんとそのご両親を連れ、勇者マンマネッテは、養女の幼女二人と共に、ゲートをくぐって郷魔国に移住した。
生まれは、ラヴィアル大陸の南部。人族の国、ザイドリッツ王国。
大昔、金髪碧眼の勇者が興したそうで、異常な金髪信仰のある国だ。
そのせいだろうか。
黒に近い髪と瞳の私は、金髪碧眼の妹が生まれた途端、孤児院に捨てられた。
ちょっと信じられない話だと思うでしょうけど、孤児院には金髪の子はおらず、私と同じような境遇の子も数人いた。
そんな私が成人間近、神より勇者の称号を授かった。
なんて幸運だろうと神に感謝したが、すぐ過酷な現実に打ちのめされた。
土魔法しか使えない勇者なんて、生きるのに足枷にしかならなかったのだ。
だから、勇者である事を隠した。貧相な体にぴっちりスーツも恥ずかしいし。
体もサッパリ成長しないので、あきらめて二十歳で姿を固定した。
ひっそり、こっそり、世界各地を転々と五百年。山から金やミスリルを抽出し、宝石の原石を掘り出し、それを換金して暮らした。
もう土魔法なら世界一かもしれない。世間では無価値扱いだけど、私はとても気に入っている。
名乗りがまだだった……はて、本当の名前は何だったか。
今はマンマネッテと名乗っている。由来も忘れた。
昨年、違法な奴隷商から逃げ出した子供を保護し、育てる事にした。
キキとリン。幼い狐人族の姉妹だ。鬼人族じゃないけど、鬼可愛い。
私は寂しかったのだと思う。そんな感情がまだある事を子供達に気付かされた。
はうはう。お金が無い。
突然、貴金属が採れる山と、宝石が拾える河川が国の管理下に置かれてしまった。
おかげで、ひと月銀貨一枚の格安家賃がもう三か月もたまってる。
背に腹は代えられない。もうすぐ開催される勇者オークションに出れば、出演料で金貨一枚もらえる。
どうせ土魔法の勇者なんて落札されず、笑われて終わりだ。
でも、そんな事どうでもいい。あの子達のお腹をいっぱいに出来るのだから。
ううう、人前で変身なんて恥ずかしすぎる。
私の勇者服、なんでこんなにぴっちりなの。マントで隠れるけど恥ずかしいよ。
土から岩が作れるかと、貴賓席から要望があったので、最近有名な魔王の像を作って見せた。中々いい出来栄えだ。
落札された。
すごく高級そうなローブを着た女性だ。魔法使いかな。
貴賓席にいるから、貴族か大富豪だろう。でもなんで……私、土魔法使いだよ?
うそ……私の落札者は、郷魔国の魔王キキョウ陛下だった。
そうか、あの石像が気に入られたんだ。
なんと金貨五百枚の年収で雇うと言われ、大きくて優しいストロガーノさんと叫びがハモった。
その後、ゲート魔法という、とんでもない移動魔法で、開拓中の現地を見学した。
そこでストロガーノさんが、瞬く間に数十本の木々を斬り飛ばし「フンフンフンフン!」まるで雑草のように切り株を引っこ抜いて歩くと、魔王様が「金貨二千枚で採用! 私と勇者契約する?」その言葉に、ストロガーノさんが男泣きした。
私も頑張って、土魔法を披露した。
魔王様の魔装から送られてきた情報を元に“魔杖ゼーガ”を天にかかげ、一帯の邪魔な岩を分解し、地面を慣らし、いくつも建物の基礎を作って見せた。
「マンマネッテさん……一日にどのぐらいの面積、作業できそう?」
「そうですね、この十倍ぐらいは余裕です」
「そっか……年収金貨二千枚で私と勇者契約しましょう」
ぎゅううっと、魔王様に抱きしめられると、すごくいい匂いがした。おっぱいでか。こうして私は、あれよあれよという間に、郷魔国魔王陛下の勇者となりましたとさ。
【個体名】マンマネッテ(女)
【年齢】501歳(20歳成長停止中)誕生日1/14
【種族】人族
【職業】郷魔国勇者
【理力値】1498
【魔装】天藍石の指輪、暗がりの外套、魔杖ゼーガ、魔法珠
【ゴーレム】タルピーダ(未解放)
【勇者ランキング】110位
【スキル】勇者、魔法(土、宝石※)、鉱物探査
【加護】山神の加護
【称号】鉱物マスター、暗黒ロリ勇者
※土魔法の派生である宝石魔法は、宝石に込めた魔力で属性魔法を使用できる。
ルビーは炎魔法、アクアマリンは水魔法。使用のたびに宝石内のインクルージョンを消費し、やがて無色の石コロへと変わる。マンマネッテは高価な宝石を購入し、嬉々と魔法を放ち、そして悲鳴を上げた。
正直、勇者オークションはあまり気分のいいものではなかったが、優秀な二人の勇者を得る事ができた。
特にマンマネッテの土魔法は、質、量共に驚嘆に値する技術だった。
そして、ストロガーノが木の根を引っこ抜いて歩く姿は、本気で驚いた。
ランキングトップのヴァルバロッテ達でさえ、あそこまでポンポン引っこ抜けない。
彼の膂力は、ランキングトップの勇者より、はるかに上なのだ。
「いやぁ、マンマちゃんは、私の望み以上の凄いものだったけど、なんなの、あの凄いクマ作ったオカッパロリは……キュートすぎるでしょう!」
「はぁ……まぁお気に召したのならなによりです。それにしても、男性と勇者契約したのは、正直意外です」
「ああ、ストロガーノさんはね、視線から誠実さが伝わってくるの。そしてすごい紳士なのよ。あんな男性は初めてね。ソウイチさんでさえ、普通に私の胸やお尻に目が行くのよ?」
「ソウイチの目玉。くり抜きますか?」
「その手つきやめて。前にも言ったでしょ、自然現象だって」
「はあ。それにしても、彼は中々の拾い物でしたね」
「うん、びっくりだったねぇ」
なんとストロガーノと勇者契約した途端、彼のゴーレムが解放されたのだ。
解放条件は、「魔王と勇者契約をする」だった。
彼のゴーレムは大型ダブルトマホークが大迫力の『アルデバラン』だ。
牡牛を彷彿とさせる、雄々しく屈強な鎧型ゴーレムである。
彼はこれにより、勇者ランキング八十八位から一気に十三位へとアップした。
今なら彼を欲しがらぬ国など、どこにもあるまい。
彼、欲しい? ……あげない。
閑話
「「こんにちは、ノエルちゃん」」
「あたし、キキ」
「あたしは、リン」
「ああ、キキリンちゃん。今日引っ越してきた……たしかマン…マンドリルさんのお子さんでしたね」
「「なまえまじってるー」」
「ママのなまえまちがってるー」
「マンはあってるー」
「ごめんなさい。じゃあマンさんで」
「あるじ様、先程、マンさんのお子様に会いました」
「ぶふぅっ! ちょっノエル、女性をそんなネットスラングみたいな呼び方しちゃダメ!」
「ねっとすら? えーと……マン…マンマユートさんでしたか」
「それは空賊」
いつも読んでくれて、ありがとうございます。(キキョウ)
ああ~マンマネッテちゃんかわいいっ! めっちゃかわいいっ!
あのオカッパヘアーも、二十歳のボディなのに超スレンダーな肢体も、目の下のクマもキュートすぐるぅ。でもね……あの子、同性愛者じゃないのよね。残念無念。
私は基本的に、ノンケに手を出す気はないから。とりあえず、抱きしめてクンクンスリスリ出来るだけでも、十分満足よ。ああ……女の子の匂いは素晴らしい。




