第33話 貨幣の女神とキキョウれいでぃお
魔国とは、魔王が治める国の総称だ。
そして、国名の前後どちらかに“魔国”と入れる必要がある。
つまり郷魔国の国名は“郷”なのだ。
国を持たぬ鬼人族の故郷となる国。そう願って“鬼郷魔国”と名付けたが、さすがに読み方が自分と同名なのは、身に余るというか、キツイとの事で、郷魔国となったそうだ。
うん、よくやった、昔の私。
魔国の王は、魔王の称号を持つ者だけが王となる。
そして、魔王を我が王と崇め、忠誠を誓った者だけが国民になれるのだ。
ただし赤子や幼児は忠誠を誓えないので、親やそれに類する者が誓うと、自動的に子も魔国に民となれる。
ちなみに一国の王が魔王に忠誠を誓った場合、その国民が自動的に魔国民になる。
魔国は自身が忠誠を誓った魔王が定めた法律を遵守する為、普通の国家よりも犯罪が少なく安心して暮らせる。これだけでも十分なメリットだが、更に神によって、いくつかの優遇措置が取られている。
その一つが加護だ。
現在郷魔国の民は、キキョウがチョイスした健康の加護により、病気に罹らない。正確には、罹るけれどすぐ治るのだ。ただし加護の種類は、魔王の資質により変わるので、魔王ならだれでも健康の加護を与えられる訳ではない。
そして“魔国民カード”と呼ばれる神の力を付与されたカードの存在だ。
魔国の民になると世界神からカードが贈られ、ふわりと目の前に現れるのだ。
うっかり紛失したり、盗まれても、いつの間にが自分の元に戻るという、勇者や魔王の証と同じ機能が備わっている、優れた魔道具だ。
カードには持ち主の住所氏名年齢に職業、所持金額が記載され身分証明書にもなる。給料を受け取る事や、国民同士なら貨幣使わず、キャッシュレスで金銭のやり取りが可能で、納税も自動で国庫に納付される。魔国民は脱税不能なのである。
もし現金が必要な場合、カードに念じると一日に金貨十枚まで、その場にチャリンと現れる仕様である。残高が無い場合も、無利子で一日に銀貨一枚借りられるのだが、一定期間内に返済しないと、金額に見合わない神罰が下るので要注意。
一国の王として、私も「神様ありがとう」と感謝したくなる程の高性能なカードだけれど、実はこのカード、神様側の都合によるものだと、本日知った。
兎人族の村も完成し、まったりとお茶を楽しんでいた午後。
名を呼ばれたので、お茶を飲みながら振り向くと、思わず噴き出しそうになった。
そこには、ショッキングピンクのアフロをふわふわさせ、髪と同色のヒョウ柄ジャージを着こなした、妙に格好いいお姉さんが黒一色のネロ様と一緒に立っていたのだ。
「紹介しますね。こちら、貨幣の女神コイントスです。キキョウにお願いがあるそうですよ」
「どうも、魔王キキョウ。あんたの転生をずっと待っていたんだわ」
「あ、はい。はじめまして……貨幣の女神様が、私にどんなご用でしょう」
「両替してくれ」
「は?」
「金貨が足りねぇんだよ。あんたの魔法珠に入ってる金貨をさ、がっつりと両替させて欲しいんだわ」
「はぁ……それは構いませんが、意味がサッパリなので説明をお願いできますか?」
コイントス様か。名前的には運命の女神や、賭け事の女神って感じだね。
ネロ様とコイントス様に席をご用意して、お茶をしながら説明 が始まった。
この世界では、慢性的に金貨が不足しているという。なのに造幣する金資源が無い。
そこで世界神が苦肉の策として、キャッシュレスで取引ができるカードシステムを導入したのだ。ところが、それを悪用する人族があまりに多く、最終的に魔国のみに限定する事になったそうだ。
ちなみに運用当初は紛失防止機能などは付いてなかったという。
「キキョウは、どんな風に悪用したか想像できるかい?」
「ん~…カードを取り上げて、給料日に収入を引き出させ、奪うみたいな?」
「おう、真っ先に領主がやりやがった。そのせいで紛失防止機能を付けた。他に家族やその代理のフリして老人を騙したりするんで、一日の取引限度額を設定したりな。だが色々対策しても悪用が一向に止まらねぇ」
「オレオレ詐欺かい……」
「度重なる仕様変更のせいで、使い勝手が悪くなっちまってな。最終的にどうなったと思う?」
「え、どうしたんです?」
「あいつら……入金のたびに全額引き出して、現金取引始めたんだよぉぉっ!」
「うわー、カードの意味ないなー」
「あの時の脱力感と言ったらもう……」
「それで魔国限定になったんですね」
「ああ、魔国の民はよ、基本的に奴隷気質だしな。あと狂信的」
「否定できない」
ところが、昔は十国以上あった魔国が次第に減り、キャッシュレス利用者がどんどん減ってしまった。それでも魔王連邦という商業大国のおかげで、ギリギリやっていたのだが……近年、アルス王国が金貨での支払いを強制した事が発端となり、直接取引のない世界中の国々までもが金貨を出し渋るようになってしまった。おかげで市場で動く金貨が極端に減ってしまい、銀貨の枚数も限界があり、民の生活に支障が出始めている。
幸いな事に、アルス王国が郷魔国に併合され、魔国民が一気に増えた事で、多少は持ち直した。しかし依然として満足な流通量には程遠い。
しかも輸入より輸出が格段に多い農業大国になった郷魔国に、世界中の金貨が集まる流れは変わらない。しかし他国より税率が低いので、重税から解放された元アルスの民の購買力も上がるはず。そうすれば輸入も増え、やがて金貨の流通も正常に戻るだろう。
だがそれを悠長に待っている訳にはいかず、ごっそりと貯め込んでる国に放出してもらうのが手っ取り早いのだ。
そういう訳で「キキョウと郷魔国が保有する大量の金貨を両替してくれ」というのが、コイントス様のお願いなのだった。
「そこの龍リバな。前世のお前から預かった金貨を大量に持ってたからよ、両替を頼んだのに、頑に拒否るんで困ってたんだわ」
「龍リバって……クロちゃんかい」
「キキョウ様の金貨には、貴重な記念金貨や歴史的価値のある旧金貨も混じってましたから、私の一存では両替できません」
「え、そんな金貨混じってるの?」
魔法珠より金貨を出してみると、私の顔が彫刻された金貨の袋が混じっていた。
クロが手に取り、その金貨をみんなに見せながら説明をしてくれた。
「前世のキキョウ様が在位していた当時に発行された、キキョウ貨と呼ばれる記念金貨です。通常は丸いですが、御覧の通り八角形、額面は二十万スフィアです。わずか三万枚のみ発行された幻の金貨で、好事家の間で額面の十倍以上で取引されてますよ」
「うわっ、姉ぇちん、両替して! 僕それ欲しいかも」
「おっお姉さま、わたしも欲しいです!」
うおっ。みんな食いついてきたので、全員に十枚ずつ手渡した。記念硬貨って記念品みたいで、お金感がないんだよね。ほら、案の定みんなが「家宝にする」「お守りにする」だって。ちなみにこれ、三千枚も持ってた。更に一万枚も持ってる人が隣に……。
「ビット……ええと、コイントス様。普通の金貨でしたら両替しますよ。水晶貨何枚分両替します?」
水晶貨の額面は、金貨千枚分の一億スフィア。
世界一高額な貨幣で、主に大商いや国家間の取引で使用されている。
美しく繊細な彫刻が施され、周囲を白金で縁どられた直径十センチ程の水晶製の貨幣だ。
「いや、新たに造幣した紫水晶貨で頼むわ。額面は百億。これを百枚持ってきた」
「百億って。うわぁ~きれいなお金ですね。え、この絵柄って私?」
「ああ、お前と取引きする為に作った特別な貨幣なんだわ」
「これって、どなたが作ったんです?」
「あたいだ」
「おお!」
さすが超高額貨幣。しかも女神様お手製。
一枚ごとに豪華な漆塗りの小箱に収められた紫水晶貨が、どんどん私の前に並べられてゆく。
しゅっと手袋をしたクロが、貨幣を手に取り眉間にしわを寄せている。
この紫水晶貨、鮮やかな濃淡二色の紫水晶に縁どられた水晶をキャンバスに、色鮮やかな数々の宝石で人物と背景が緻密に表現されており、まさに宝石で作られた美術品だ。しかも百枚全ての絵柄が違う徹底ぶり。お皿みたいに大きいし、玄関に飾ると運気が上がりそう。
「一兆スフィア、金貨一千万枚ですね。今出します」
「助かる」
額面で一兆スフィア。私は魔法珠に念じ、クロの言う歴史的価値のある金貨とやらは外して、普通に出回ってる金貨のみをその場に出した。
限りなく積まれた例のあれの如く、まず一生お目に掛かる事はないであろう黄金の山を前に、みんな目を丸くしている。メイド達も集まり大盛り上がりだ。持ち主の私でさえ驚いてるもの。ちなみに残金を調べると、まだ五百万枚ぐらい残ってた。前世の私、お金持ち過ぎるでしょう。まさか守銭奴だったのだろうか。
その後、更に国庫からも大量の金貨を両替した。こちらは黒曜石製の小さな黒曜貨一枚で、額面は十兆スフィア。これに関しては、金貨の流通が安定したら再両替してくれるそうだ。私達の目の前で、女神様が額面をカービングした貨幣だ。財務大臣が、プルプルくねり緊張しながら黒曜貨を受け取った。
黒曜石は天然ガラスだから、落とさないようにね。
両替を終えたコイントス様は、ニコニコ笑顔で手を振りながら転移し消えた。
あっ……ジャージの事を訊くの忘れてた! ファスナー付いてたのに。
さて、話題が脱線した訳ではないが、カードの話が長引いたので先に進もう。
先に『加護』『魔国民カード』の話をしたが、次は“念話”だ。
自国民と国を訪れている外国人に向けて、魔王は念話を送る事が出来る。
しかも念話を送る相手は、個人から全国民、男女や年齢、職業別など自在に選べるのだ。通常、スキルを持つ者同士しか念話はできないので、魔王の念話は、破格の性能である。ただし、グループ通話のような事は出来ない。魔王と全国民の念話中、そこで国民同士は会話できないのだ。
ちなみに国民が念話を聞きたくない時に拒否できるモードと、絶対聞かせる強制モードがある。
さて、他国の魔王達は、こんな便利なのに年始の挨拶や税の上げ下げを伝えるぐらいしか使用していないらしい。
だが私は、この念話を頻繁に利用している。例えば、国民生活に直結する法改正、公共事業の労働者募集。先日のゴミ収集の件もそう。アスラン王国外遊中も、国の雰囲気とか文化や料理の情報、旅行中にあった小話なんかを空いてる時間に念話していたのだ。
これが中々好評だったようで、街を散歩していると、もっと念話して欲しい、私の声が聴きたいとねだられる程だ。各地の代官からも同様の要望が挙がっている。
そこで、あっちの世界のラジオ放送的なノリで、情報バラエティ念話放送を企画してみた。
とりあえず一度試して、好評なら月一ぐらいでやれたらいいなぁと考えている。
クロには仕事を増やすなと、苦言を呈されたけど。
ごめんね。今まで病気でやりたい事がほとんど出来なかったから、やってみたいと思った事は、可能な限り挑戦してみたいんだ。
さて……やる気はあるけど、さすがに私一人で原稿書いたり、情報集めたりは無理。なので城勤めの人達から、興味のある人を募り、情報収集や番組作りのサポートをしてもらう事にした。
中でも自薦でグイグイ来た眼鏡っ子が妙に多才で驚いた。ラジオ番組なんて無い世界なのに、本質を理解し、的確に私の意図を汲んで手伝ってくれるのだ。しかも情報をまとめるのも、台本を書くのも上手い。異世界からの転生者か転移者なのかと思った程の文才がある。どうして文官じゃないのかも不思議な程の才能だ。あと、私への視線が超熱い。
彼女の名はヒマリ。赤鬼人故に肌も真っ赤で、よく動く鮮やかな緑の三つ編みワンテールがとても可愛い、私より三つ年上の城メイドだ。
番組の構成は、オープニング、国内外のニュース、雑談、子供向け物語の朗読、歌、雑談、エンディング。という感じで、放送時間は一時間程を予定。
告知もしたし、リハーサルも無事終わったし、あとは本番のみ。
翌日、土曜日の正午。いよいよ本番開始だ。
『国民の皆さん。仕事や観光で、我が国を訪れている皆さん。魔王キキョウです。本日、これから念話を利用した、世界初の情報バラエティ番組を試験的に放送します。もし好評でしたら、今後は定期的に放送する予定です。お昼どきですので、ご飯を食べながらリラックスして聴いてくださいね』
クロ達に見守られながら、原稿を読む私の向かいで、メイドのヒマリが進行役をしている。
本来、巨躯の多い赤鬼人族でありながら、ちっちゃくて可愛いヒマリがGOサインを出した。
『それではいくよぉ~っ、土曜のお昼はぁ~キキョウれいでぃお!』
パチパチパチパチ。
『みんな拍手ありがとう。さぁ始まりました、世界初の試み、念話による情報バラエティ番組“キキョウれいでぃお”です。れいでぃおとは、異世界の言葉で、情報を伝達する手段を意味するもの。この世界では、私が念話を使って様々な情報を皆さんにお届けしちゃいますよ』
『まずは、国民の皆さんの生活に直結する情報をお知らせします。魔都ミモリから各都市への主要道全ての拡張工事が決定しました。大型馬車がすれ違える幅に広げながら、曲がりくねった道を修正し、利便性を向上させます。これに合わせて労働者を募集します。これは労役ではないので、強制ではありません。きちんと食事やお給料が出ます。全て国費で賄いますので増税もありません。詳しくは後日、最寄りの役所で発表しますので、ご興味のある方は、ぜひご検討くださいね。長期雇用もありますよ。外国の方も採用しますので、出稼ぎ歓迎です。次は――』
『さて皆さん、七月と言えば郷魔国恒例のあれがやってきます。あれとは? そう、アリゲー祭です! 来週末、魔都ミモリをはじめ、各地でアリゲー祭が開催されます。知らない人の為に説明しましょう。獰猛で毎年何人もの犠牲者を出す、厄介な水棲魔物アリゲーの事はご存じでしょう。特に封印城のお堀に生息する白アリゲーは巨大で、なんと二十メートルにもなるんですよ。それを大勢で釣り上げ、その場でお肉にして食べちゃうのがこのお祭りです。私もゴーレムに乗ってアリゲー釣りに挑戦しますよ~っ、誰が一番大物を釣るか競争しましょう!』
ヒマリが次の原稿を、すっと渡してくれる。
ちなみにこの念話、口に出して普通に喋っている。その方が間違えにくいし、うっかり心の副音声みたいなのが念話に流れるとヤバい。放送事故だけは要注意。
次は、子供向けの童話朗読コーナー。桃太郎をラヴィンティリス風に、ヒマリにアレンジしてもらったものだ。
『むかぁしむかし、あるところに、鬼人族と人族のお爺さんカップルが暮らしていました。
声の渋い鬼人族のイケボお爺さんは、山に盗賊狩りに。
ムキムキマッチョの人族お爺さんは、川にアリゲー釣りに行きました。
うっかり竿を握り潰したムキムキお爺さんが「惰弱惰弱ゥ!」と、川でアリゲーの手掴み漁をしていると、たくさんのアリゲーに食いつかれた、大きなドンブラーコが流れてきたので、それをアリゲーごとすくい上げ、イケボお爺さんと一緒に食べる為に持ち帰りました。
イケボお爺さんがドンブラーコを一刀両断すると、あらびっくり。中から、内側に引っ付いて、刀を避けプルプルしている可愛らしい幼女が現れ、鈴の音のような声で言いました。
「じじい、わたちを殺ちゅ気か」ゾクリとするいい声でお爺さんは言いました「魔の気配を感じたのでな……」
まさか、この老人達と幼女の邂逅が世界を揺るがす大事件に発展するとは、今はまだ、誰も知らなかった……後半へつづく』
『それでは、ここで一曲』
閑話
「前世の私って、なんでこんに金貨持ってたの? さすがに多すぎでしょう」
「あなたが晩節『金貨いっぱいあるし、もうお給料いらない。これだけあれば来世も十分』なんて言ったせいですよ」
「それがなんで千五百万枚にもなるのよ」
「あなたを慕う国民や世界中の人々から寄進されたのです」
「寄進?」
「キキョウ様の来世に、自分の代わりに金貨をお供させて欲しいと」
「そっか……そんなに慕ってくれてたんだ。心して使うわ。なんかロマンだね」
「ロマンというか、狂信的ですよね」
「色々鑑みて、クロちゃんがそれ言っちゃいけない気がする……」
「でもそんな狂――熱心な人達がいたのに、私の銅像とか全然見ないけど。普通、広場に王の像とかありそうなのに」
「ああ……とても美しく精巧なキキョウ像が城下に建てられたのですけど……」
「ですけど?」
「子宝のご利益があるかもと、皆がこぞってお腹に触るのです」
「お地蔵様とかもそういうのあるし、いいんじゃない?」
「でもなぜか胸とお尻もツヤツヤになって……どうやら不埒者がペロペロと……」
「ぎゃあぁぁぁ」
「時々、ドロッとした白い液体まで……」
「やめてぇぇぇ」
「それを真似る子供も現れ、性癖が歪んだら困るからと、民が自主撤去しました」
「はうぅぅぅぅ」
「そのペロペロピュッピュ像は、私が買い取りましたけど、見…」
「…ません!!」
その後、磨き直されたペロ……銅像は、ラビットピアの広場に設置され、皆に愛されるのだった。性的な意味ではなく。多分。
(注)銅は健康に欠かせないミネラルですが、過剰摂取は中毒を引き起こしますので、銅像ペロペロは、皆さんも程々にしましょう。
この物語、読んでくれてありがとな。(コイントス)
いいか、貨幣に悪さすんなよ。きっつい神罰いくからな?
どんな神罰かって? そーだな……ちんこもげるとか?
あとは、タマキン死ぬほど腫れ上がるのがいいか。
「あの、それ……わたしが潰してもいいですか?」
んじゃ、貨幣に悪さしたやつは、アスフィーリンクにタマキン潰されるつー事で。
「は~い、無慈悲に金玉潰させていただきます」




