第32話 兎人族の移住
隣の大陸にある郷魔国へ移住にするにあたり、一瞬で移動できるゲート魔法を見せると、全員の目が点になった。
老人や赤子を連れた、命がけの過酷な旅を覚悟していたのだから、それはもう拍子抜けだろう。
移住先はキキョウの館のダンジョン。湖の対岸を予定している。ここならもう何かに怯える事なく、平和に暮らせるはずだ。夜中に幼児が出歩いても、何の危険もない場所なのだから。
兎に角、今は勇者がいつ襲ってくるかもしれないので、すぐに引っ越し準備をしてもらい、翌日の昼には家財と家畜ごと移動を完了させた。住民は二百八十六人。男性百三十六人、女性百五十人だ。
念の為、村を出て行った者が帰ってきた時の事を考え、郷魔国魔王の元へ引っ越すという言伝を掘った石板を広場に残しておく。勇者に行き先を知られても問題ない。敵対するなら、ぼんぼやーじゅするのみである。
前日のうちに、クロによるダンジョンコア操作で、移住予定地の木々を伐採し、長屋のような仮設住宅を用意してもらった。しばらくそこで我慢してもらうけど、兎人達の表情はとても明るかった。様々な果実が周囲の森に実ってるし、食料や生活用品も十分提供するつもりだ。まず何が必要か訊ねると、服の生地と靴が欲しいと要望され、早速、服屋と靴屋を派遣した。
新たな村をつくるにあたり、ただ空き地に家を並べていくだけでは芸がない。
折角なのでドワーフの職人などの専門家を交え、見た目や使い勝手、拡張性を考慮した村をデザインしてもらう。ダンジョンなので、好きな場所に井戸を設置したり、小川を通したりも可能だ。ちなみに私が白川郷のような合掌造りの家を提案したら、とても気に入られ即採用されてしまった。
こうして、新たな兎人族の村つくりが始まるのだった。
さて、私はてっきりダンジョンの機能を使えば、家も簡単に建てられるから、村ぐらいすぐに完成するだろうと思っていたのだけれど……
「いえ、そう簡単な話ではないですよ」
「ムーレイの屋敷をあっという間に建てたのに?」
以前、ダンジョンの機能で設計図を読み込ませ、屋敷を建てたのを覚えているだろうか。あの機能を使うとすさまじい速度で建築出来るのだ。しかも建物だけでなく、木材や窓ガラスといった建材など、様々な物を生産できる。これならあっという間に村ぐらい……と思ったが、そう簡単な事ではなかった。ダンジョンが膨大な魔力を要求するのだ。
家を建てる場合、魔力豊富な私でさえ、ほったて小屋レベルがギリギリという、とんでもない魔力量を要求されてしまい、魔力のみの建築は現実的ではなかった。三階建ての合掌造りの家など、とてもではないが建てられない。
だが、簡単に魔力消費を抑える方法があった。木や石など、家の材料になる物質をダンジョンに取り込ませるのだ。必要なのは類似する物質なので、木材の場合、必要量さえ確保できれば、その辺に落ちてる枝や落ち葉でもいいらしい。
「なるほど、あの時の屋敷や、今回の仮設住宅は、元から生えてた木を利用したのね」
「はい。そうすると驚くほど少量の魔力で建築できますよ」
幸いな事に、ここは見渡す限り森だらけのダンジョンだ。
村の一つぐらい簡単に……と思ったが、クロがすごく嫌そうな顔をしたので、断念した。このダンジョンに生い茂る森の大半は、クロが世界中から集めた種や苗木を大切に育て、それが千二百年かけて自然に増えたものらしい。
ふと、いい事を思い付いた。
材木が葉や枝でもいいなら、廃屋や家具などの粗大ごみでもいいのではないか。
さっそく念話を使って、国民に廃材や解体処分予定の不要な建物の提供を呼びかけてみた。
すると連絡がどんどん来る来る。無料で不要な建物が撤去出来るのだから。
その中で、まだ十分使えそうな建物は、ダンジョンに吸収させるのは勿体ないので、洪水被害から復興中の土地で再利用する事になった。
とはいえ、流石に私だけで作業するのは、あまりに数が多いし時間もないので、各地の勇者達にも手伝ってもらう事にした。
ついでに各地の代官に通達して、廃品回収と分別を行うよう命じる。
鉄クズやガラスなどは、金物屋などを通じて鍛冶ギルドが回収していたが、それ以外は薪代わりに燃やしたり埋めていたのだ。
更に目を付けたのは、河川の至る所に残る洪水の爪痕。流木や瓦礫、建物の残骸が復興の邪魔をしているので、それらを積極的に回収してゆく。しらふじに頼み、水晶星でびゅんびゅん魔都近くの空き地に転移させ集積していった。
ふおおお、魔力がガンガン吸い出されてゆくぅ。
おかげで村を造る必要量は、あっという間に集まってしまった。
しかし、想定外に大事業へと発展し、新たな雇用も生まれたので、もういいよ~と簡単には止められない。国民にゴミを分別する習慣も身に付きそうだしね。
なので、どんどん集まる資源ゴミをダンジョンにばんばん吸わせ、建材に加工し、復興中の町や村にどんどん送る。おかげで復興の速度が一気に上がった。
村の材料を得て、各地のごみ問題を解消し、更に復興の役に立つ。
まさに一石三鳥だね。兎人族ばかり贔屓している訳ではなのだよ。結果論だけど。
こうして、ダンジョンによるリサイクル業が確立した。
まぁダンジョンマスターのクロに丸投げなんですけれどね。
きちんと労っておりますよ。性的な意味で。
ちなみに、砂漠砂のおかげでガラスも簡単に低コストで量産可能になったけれど、軽々に国民の仕事を奪ってはいけないとクロに注意されたので、村の分と個人的に使う量にとどめた。こういう所は常識的だなぁ。
住む者達の意見を取り入れた合掌造りの設計図が完成し、ダンジョンが村の各所に住宅を生み出してゆく。
一般の家は三階、村長の家のみ四階建てだ。合掌造りの家は、正面から見ると綺麗な三角形をしており、豪雪地帯で生まれた生活の知恵の結晶で、機能と美しさを兼ね備えている。
住宅は村民達の要望で、そこに住む各々が壁材やドアや窓のデザインを選び、自由にカスタマイズ出来るよう、半完成品状態で生み出した。内装をログハウス風にしたり、壁にレンガを積んだり、ドアの木材にこだわったりと、大人も子供も楽しそうに作業している。特にガラスを自由に好きなだけ使える事に、みんな感動していた。どうやら壁やドアにガラスの小窓を作るのが流行ってるらしい。細かい部分は木工職人やガラス職人が手を貸しているので、職人の仕事が増えて大いに結構である。ちなみに費用は全て私持ちです。
他にも生活に必要な施設として、共同浴場や商店、公園なども同時に建築してゆく。こうして、移住からわずか二か月程で兎人族の村“ラビットピア”は完成した。
いい名前でしょう? 命名主は私だ。
ねぇ、シルヴィアよ……姉ぇちん渾身の命名をなぜに笑う?
村を見渡した雰囲気は、白川郷と大内宿を併せたような感じだろうか。
ノスタルジックなのに、なぜか妙な異世界感がある。
メインストリートは、宿場町の大内宿のように、道を挟んで向かい合うように家々が並んでいる。そして一番奥のひと際大きな村長の家は、まるでこの村のシンボルのように目立っている
家は完成したが、それだけでは暮らせない。まだまだ足りないものがとても多い。
商業ギルドに協力してもらい、市を開催した。
広場には、所狭しと家具や雑貨、服や下着、アクセサリーまで様々な商品が並んでいる。どうやら広場だけでは足りず、大通りの方まで店が並んでいる。色鮮やかに染められた布生地がずらりと並び、とても華やかだ。
ここに来たばかりの頃、結構な量の生地を提供したが、もっと欲しいと要望があったので、様々な生地を用意してもらった。
秘境で暮らしていた兎人族は、ほとんどお金を持たず、大半の者達が買い物の経験が無い。生活必需品をイノゥバが買い込んで、村に運んでいたからだ。
郷魔国の民になった彼らは、魔国民カードという身分証明とキャッシュカードを併せたような魔道具を持っているが、残高はゼロだ。(次回のお話で説明)
元々足りない物は、全てこちらで用意する予定だったが、お金の使い方を学ぶ為と、何より買い物の楽しさを味わって欲しいので、全員にお小遣いを渡した。
家具に寝具に衣類、食器や調理器具など、彼らの生活には、足りないものばかりなので、遠慮せず全て揃えるようにと、大人達には結構な額を渡している。子供達には小銭だ。
初めて見る品や、欲しくとも手に入らなかった品、様々な商品が並ぶ様子に、大人も子供も、みんな目を輝かせ、初めてのお買い物に夢中だ。
特にドワーフ製のナイフや鉈、鍋や農具などの鉄製品は、飛ぶように売れた。
そして女性達は、年齢を問わず、服や生地、裁縫道具、アクセサリーを買い求めている。
手頃な価格帯の様々なアクセを用意するようギルドに頼んでおいたので、広場の一角がドワーフ街のアクセサリー横丁のような品揃えになっている。
女の子達よ、いっぱい悩んで、いっぱいオシャレを楽しんで欲しい。
ふわりと食欲をそそる、香ばしい匂いが広場全体に漂ってきた。
城下の飲み屋や串焼きの屋台、甘味の露天商にも参加してもらっているのだ。
子供達が大きなお婆さんの露店で買ったお饅頭を頬張り、飴で頬を膨らませ、きゃっきゃと笑っている。
よく見ると、その中にノエルも混じっていた。
あれは……トントローさんかな。いやネギトローさんだっけ?
太った龍族のお兄さんが焼き饅頭を売ってる。美味しそうなので買いに行こう。
ちょ、そのカブトムシの幼虫って誰が買うの……まさか食用?
「あれは土臭くて、美味しくないです」と、ノエル談。食ったんかい!
「あ~終わった、終わったぁ」
「キキョウ様、まだ終わってませんよ」
「そうだった!」
このダンジョン中央にある直径に二キロ程の湖を時計盤に見立てると、私の館は六時、ラビットピアは十二時の位置にある。
そして現在、二時の辺りに、城勤めの人達向けの福利厚生施設を建設している。
キキョウの館に住み始めてから、この風光明媚な世界を私だけで独り占めするのは勿体ないと感じていたが、丁度良い機会なので保養所を建設する事にしたのだ。
保養所の規模は、三階建て三十室程の貴族の屋敷風のホテルだ。
部屋から湖が一望でき、遠浅の湖で湖水浴を楽しめるのが目玉の一つになると思う。
この世界、水辺は落命に直結する危険な場所だ。特に郷魔国の水辺はアリゲーが多く生息している。そのせいで水遊びという概念が存在しないのだ。当然、水着も存在しないので、ノノに頼んで試作品を制作中である。
もう一つの目玉は、すぐ近所にあるラビットピアだ。
あの村は観光地として申し分ない場所だ。多種族へ不信感を持つ兎人族にとって、交流のかけ橋になればとも考えている。今回、商人達とは問題なく接していたしね。
この保養所の利用者は、城勤めが長く信頼のおける者に限定するので、おかしな事にはならないはずだ。
「魔王様、村の特産品が完成したので、よろしければご賞味ください」
「これは?」
「これが森で採った果実のジャム、こちらはリングォとナッシーの木蜜煮です。砂糖がたくさん手に入るようになったので、村娘達が作りました」
コトコトリ。楽し気な音をたて、リリィがテーブルに小瓶を並べてゆく。
どれも美味しそうだ。並べられた中にあった、琥珀色の液体の入った瓶が気になり、手に取って眺める。これってもしや……
「それは木蜜です。樹液を煮詰めて作るんですよ。森にメプルの群生地があって、みんな大喜びです。まぁ砂糖の代用品なんですが」
「ああ、メープルシロップね」
「おや、これは貴重品ですね。まさかこの地で採れるとは知りませんでした」
クロが琥珀色の瓶を手に取り驚いている。
木蜜と呼んでいるのは兎人族だけで、一般的には貴婦人の蜜と呼ばれているそうだ。
原料も製法も秘匿され、流通量も少ない貴重品で、こんな小瓶でもいいお値段だという。
それが秘境に住んでいた彼らにとっては、ごくありふれた甘味だった。
ミネラルやポリフェノールが豊富なメープルシロップは、とても美容に良いらしいので、兎人族のお肌や毛並みの美しさの秘密は、これかもしれない。
これらは彼らにとって、とても良い収入源になるだろう。
早速、お茶の時間に、みんなで美味しくいただきました。
木蜜で煮たリンゴや梨のコンポートは、香りも良く絶品でしたよ。
ところで、この木蜜を売り出す場合、このままの名称では原料が即バレだ。
だからって貴婦人の蜜なんて名前、ちょっと微妙すぎる。
郷魔国産だから、キキョウの蜜? とんでもねぇ。
なので、私ががんばって命名してあげましたよ。
その名も……うさ蜜!(デデーン♪)
噴き出したシルヴィアを、思わず小突いた。
読んでくださり、ありがとうございます。(イノゥバ)
さて、兎人族の置かれた状況は予想以上に悪いようです。
なにせ総人口が千人にも満たないようで、もはや絶滅に瀕してると言って過言ではないのです。現在、世界中をしらふじ様が捜し回って、把握してる兎人は、耳を隠してひっそりと暮らしてるようです。かなり巧妙に隠れ住んでる為、見つけるのはかなり困難らしいですよ。
なんと、中には命と同義である耳を切り落としてる者もいるようです。
これからしばらく、発見した兎人族の元へ向かい、ラビットピアへの移住を打診するのが、マスターと私のお仕事になりそうですね。




