第30話 イノゥバ
なんと私、作品タイトルを間違えて、古いバージョンでアップしてました。
訂正させていただきます。タイトルの最後に「語りますね」を付け足しただけなのですけどね。
先程、なんかこのタイトル変だなぁと違和感を覚え……お恥ずかしい限りです。
私が兎人の勇者リリィメレルに成り代わり、かれこれ二十年になる。
大義の無い戦争にて、無茶な殿を押し付けられ捕らわれたマスターが、口に出すのも憚られる酷い目に遭わされた。精神崩壊しかけた時、魔装“魔弓イノゥバ”のAIである私が入れ替わったのだ。
本来、マスターの許可を得て体を操る機能はあるが、マスターの意識が無くとも行動できるような機能は無い。現在、どういう訳かマスターの体を乗っ取った状態にあるのだ。何故そうなったのか不明ではあるが、原状回復できたし、早速マスターを目覚めさせ、体を返そう。
ユーハブコントロール。
「もういやだ、死にたい」
マスターに体の返還を強く拒否された。
おそらく一番の原因は、純白の美しい耳を切断されたせいであろう。
兎人は耳を貴ぶ。翼人の翼同様、兎人の長い耳は誇りであり命そのものだ。
その耳を切断され、ご丁寧に状態固定化させるイモビライドヒールをかけられた為、最高位の回復魔法であっても再生不能だ。その事実に絶望したマスターは、生きる事さえ放棄しかけたので、仕方なく私がリリィメレルとして暮らしている。
種族的に容姿の優れた兎人族の中でも、マスターは際立って美しい個体だ。
アクアマリンの髪にサファイアの瞳。
ちなみに、私が体を操る時は、瞳がルビーのように赤くなる。
すらりと背が高く、形の良いぽゆんとした胸と尻のサイズの割に、きゅっと細くくびれた胴。それを纏うのは、ヘソ出しホットパンツという、非常に露出度の高い勇者服だ。
そのせいで、盛ったオス共が繁殖目的で、頻繁に寄ってくる。困ったものだ。
先端がドリル状の螺旋矢を使用し、盛ったオス共の生殖器を撃ち抜くのがベストだと私は判断したが、大半が身分の高い者なので、心が壊れた演技をするという穏便な方法を選択した。
オスに触れられそうになると、私は狂気の如く暴れた。
勿論、怪我人が出ないよう配慮している。当時の王太子に迫られた時などは、部屋ごと城の一角をゴーレム“トーラス”で半壊させた事もあり、おかげで腫れ物の如く扱われ、私と交尾したがる男は激減した。
戦で捕らわれはしたが、マスターの勇者としての能力は非常に高い。
弓術士という後衛職でありながら、勇者ランキングは十五位前後をキープしている。
その順位が災いし、多少壊れていようと放逐される事はなかった。
時は流れ、王族との契約もハンフリー王子で六度目。
マスターの体を凝視しながら自慰する、気持ち悪さ歴代一位の自意識過剰の自慰王子。気持ち悪いプリンス、略してキモプリ。もしくはオナプリだ。
本日、そのキモプリの護衛で郷魔国へ出向く事となったが、そこには運命の邂逅が私を待っていた。
そして、全く表情には出さなかったが、今日ほど笑った日はない。
魔王キキョウ。
現在、わずかしか存在しない国持ちの魔王だ。
マスターの美しさにも劣らない、この宝石のように美しい個体が新たな私の契約主だ。
自己紹介後、彼女は私を包み込むように優しく抱きしめてくれた……いい匂い。
他者に抱かれる事が、大きな安心感を与えてくれる事を初めて知った。
額にキスされた時、全身に電流が走った。ログに残っていないが。
キキョウ様が私へ命じた内容は、以下の通り。
館の一室を与えるので、そこに住む事。
館のあるダンジョン空間内では自由に過ごして構わない事。
可能な範囲で食事を一緒に摂取する事。
風呂も同様。時々一緒に就寝する事。
そして、日に一度はハグする事。
とても勇者に下すような命令ではない。つまり私を勇者として扱う気は全く無いようだ。壊れ勇者だからだろうか。
ちなみに就寝時に同衾するが、性的な行為は求められなかった。
それは当然だろう。多少スキンシップが過度でも同性だし……と、思っていたら、彼女は同性愛者で、ハーレムまで築いていた。
館には多くの美女、美少女が住んでいるが、全員がハーレムメンバーではなく、その点はきちんと線引きされているようだった。
驚いた事に、龍王が二体、女神が一体、勇者が三体、魔王が一体、王族が一体、ここで暮らしているのだ。メイドにも勇者が数体いるし、AIの私が思わず素っ頓狂な声を発してしまった。
ここに来てからの私は、朝から晩まで湖畔で流れる雲を眺めたり、森を散策し、見た事もない果実をもいで食べたり、ぱちゃぱちゃと小川や遠浅の湖を裸足で歩いたりしている。
木陰や原っぱで寝転んでいると、いつの間にかキキョウ様が側に居て、一緒にお弁当やおやつを食べたり、ハグをして静かな時間を過ごした。
ここに来て数日後、キキョウ様が隣国へ外遊に出掛けた。私はお留守番だ。
真夜中、湖畔の草むらで寝転がり星空を眺めていると、キキョウ様が私の顔を覗き込んできた。
彼女は移動魔法で毎夜のように現れ、私を抱きしめ、その日あった事を話してくれた。
そして、その夜も星空の下、いつものように私達は抱き合っていた。
「明日の昼頃に帰国するね」
「無事のお帰りを、お待ちしております」
「うん、ところで……」
「はい、なんでしょうか」
「あなた、リリィ本人じゃないよね」
ドクンと心音が跳ね上がり、血の気が引くのを感じた。
「……はい、私は魔弓イノゥバのAIです。騙して申し訳ありません」
「リリィを護ってたんでしょう? 騙されたなんて思ってないよ」
そう言いながら強く抱きしめてくれるキキョウ様に、心の底から安堵し、私も抱きしめ返した。
「まさか私の視線で露見していたとは……珍しい感知スキルをお持ちだったのですね、驚きです」
「それで……リリィは、まだお休み中?」
「はい、契約主変更を伝えたのですが、現状維持せよと……」
「そっか、待つしかないのかもね」
「そうかもしれません」
「うん。じゃあこれからは、あなたの事をイノゥバと呼んだ方がいいかな?」
心音が再び跳ね上がるのを感じた。先程のとは全く違う。ドキドキが止まらない。
「よろしいの……でしょうか」
「もちろんよ、イノゥバ」
「はうぅっ」
「イノゥバ? どうし…むごっ!」
キキョウ様に名前を呼ばれた瞬間、私は制御不能に陥り、衝動のまま彼女の唇に吸い付いた。キキョウ様は私を拒む事なく、逆に咥内へ舌を侵攻させてきたので、私も必死に応戦した。
どれ程の時間が過ぎただろうか。自然に唇が離れても、体は一つに融合したかのように離れる事はなかった。
「このままマスターが目覚めなければいい。そう思っている私は、AI失格でしょうか」
「ん~そんな事を考えちゃうのは、もうAIじゃないよ」
「……私は壊れてしまったのですね」
「イノゥバ。あなた、人間になったのよ」
「私が…人間……」
……今、自覚した。
いつの日からだろうか、決断の際に迷いが生じるようになった。
当初、エラーやバグの類だと判断し、再起動を繰り返した。
そうか……あれは、私に自我が芽生えたせいなのか。
今思えば、マスターの体を権限なく動かせるのは、自我を得た為かもしれない。
あ…あれ…自我を自覚したら、以前のように客観的な演算がうまく出来ない。
演算とは、多岐に渡る選択肢から最適解を導きだす過程だ。
人間は答えを導く時どうしてる? 幾つもの選択肢から何をどう選ぶ?
客観的事実。主観的欲望。いや、難しく考える必要はない。
今の私が、何をどうしたいか、それだけでいいのだ。
なんだ、ならばもう回答は出ているじゃないか。
私はこのままずっと、キキョウ様と暮らしたい。
だが、この体の持ち主はマスターだ。私のものではない。
私はただの魔装AI。元は1と0の二進法。マスターあっての存在。
人間の心を持ったとしても、本来の私にキキョウ様と触れ合える体など、ない。
突然、不可解な感情が湧きあがり、同時に涙が溢れ、キキョウ様に縋り号泣した。
何故、自分が泣いているのか、すぐ明文化できない。でも、これが人間になったという事なのだろうか。
これまで感じなかった、悲しい、寂しい、辛い、苦しい、怖い。様々な感情が溢れ出てくる。
私は、初めての感情に惑いながら、赤子のようにわんわん泣いた。
今やっとマスターの気持ちを、本当の意味で知った気がする。
同時に肉体を持ちながら引き籠るマスターに対し、ずるいと感じている事にも気付いた。これは嫉妬?
「あらら、泣き疲れて寝ちゃったわ」
「まさか、あのポンコツAIが、ここまで成長してる実例に出逢えるなんてね」
「それで、例の情報は確保できたの?」
「うん、今さっき寝込みをスキャンして、最適化したから直ぐ実行できるよ」
「よしよし、じゃあやっちゃおうか」
「了解」
「セイクリッドヒール!」
『マスター起きてください』
『ん……あれから何年経った?』
『前回から半月程です』
『寝るわ』
『後悔しますよ。私としては、一生マスターが寝てる方が都合いいのですけど』
『なっ何、その言い方っ。後悔って何?』
『自分の目で確かめてください。でないと寝てる分だけ後悔が増えてゆきますよ』
『わっ、わーったよ。起きればいいんだろ!』
何年ぶりだろう、久しぶりに五感が働き始める。
ああ、暖かい。いい匂い。雲のように柔らかなベッド……なんて素敵な肌触りの布団……何これ、とんでもない高級寝具では?
ゆっくり瞼を開けると、そこには白い髪の美女が寝ていた。鬼人だ。誰……?
あーしが狼狽えていると、美女と目が合った。紫水晶みたいな瞳だな。
「おやおや、おやおやおやおや。おはよう、はじめましてね」
「え……あ、はい。おはようございます」
「やっと起きたねぇ。リリィちゃん。ここがどこで、私が誰かわかる?」
「いえ……ここは……あ、あなた…様は新たな契約主様ですか?」
起き上がると、あーしも彼女も全裸だった。どど、どういう事?
「私はキキョウ。郷魔国の魔王キキョウです。ふふ、あなた瞳が青いのね」
驚いた。滅茶くちゃ驚いた。
子供の頃、寝物語で聞かされた、誰でも知ってる大英雄の魔王だ。
あーしが勇者になった頃、もうすぐ転生するって噂を聞いた覚えがある。
その魔王が、なぜあーしの契約主に? 何やった、イノゥバ。
「先に断っておくね。あなたの体を管理していたイノゥバは、私の恋人になって、ハーレムメンバーになりました」
「は」
『なにやってんだぁーっ!!』
『えっへんっ』
『えっへんじゃねーよ! どういう事だよ!?』
『私に自我が芽生え、キキョウ様と恋仲になりました』
『はぁっ!?』
『なので、あなた邪魔です。もう、一生、寝ててください』
『お前……本気で言ってるのか?』
『半分嘘ですよ』
『半分本気かよっ!!』
「すっごい顔してるけど、イノゥバとお話中?」
「……心臓が止まりそうな事、言われました」
ひきつった頬を指で均し、無意識に「あるはずのない」耳を動かした。
ぴょこり。
え……うそ……耳がある。なんで、なんであるんだ?
恐る恐る触れると、間違いなくそこに耳がある。
魔王様が差し出した手鏡で確認すると……ああ、本当にあーしの耳だ。
震えながら魔王様を見ると、にっこりと笑った。
その笑顔を見た瞬間、涙がぽろぽろ溢れ出して止まらなくなった。
あーしは魔王様にしがみ付き、子供のようにわんわんと泣いた……
『そして……泣き疲れ、そのまま眠りに就き、彼女は二度と目覚める事はなかった』
『変なナレーションすんなっ! すっげぇ悪意感じるんだけど!』
『それはそうでしょう? マスターのせいで、キキョウ様とのイチャラブ時間が減るんですから。既にマスターもキキョウ様にメロメロっぽいし。独り占め出来たのが半分になっちゃう』
『メロメロじゃねーし! あと、おやつ半分こにするみたいにゆーな!』
『はい、アイハブコントロール』
『いや、貸さねーし!』
『じゃあ、アイフォースコントロール』
「あら、瞳が赤い…って事は、イノゥバ?」
「えへへ、マスターが強情なので、強制的に乗っ取りました」
『えへへじゃねぇーっ! ふわぁぁあーしの体で魔王様とキスすんなぁーっ!』
読んでいただき、ありがとうございます。(イノゥバ)
ああ……マスターがようやく復活してくれました。
なんだかとても残念です。
『お前、結構いい性格してるよな』
いえいえ、それ程でもありませんよ。
『褒めてねーし!』
あ、今夜はキキョウ様とくんずほぐれつするので、マスターは寝ててください。
ですが、ギャラリーしててもいいですし、途中で交代してあげるのも吝かではありませんよ?
『そういうのは、あーしが寝てる時にやってくれ……絶対に起こすなよ、絶対に!』
あぁ、それは熱湯風呂芸人的な?
『ちがうしっ!』




