第3話 生産職の魔王
先ほどの卓上鏡同様、どこから出したのか、クロが黒い板をゴトリと置いた。
見た感じ材質は、オニキスか黒曜石だろうか。
周囲に魔法文字のような金細工が施されているB4サイズ程の石板だ。
「これは理力石といい、触れた者の能力や装備、加護などが表示されます」
「触れたらステータスオープンって言うの?」
「いえ、触れるだけでかまいませんよ」
ちょっとガッカリしながら、ひんやりとした感触を手のひらに感じる。
すると石板にふわりと金色の文字が浮かび上がったので、皆そろって覗き込んだ。
「これは最重要国家機密ですから、そのつもりで」
クロが告げると四人が頷く。
【個体名】キキョウ・ユキノ(女)
【年 齢】20歳(20歳固定中)誕生日12/31
【種 族】鬼人族(紫)
【職 業】郷魔国魔王、付与魔術師
【理力値】28096(世界貢献度)
【魔 装】紫水晶の角飾、魔導銃しらふじ、水晶星、紫雪花の魔装、魔法珠
【ゴーレム】白鬼壱式(解放済)
【スキル】魔王、付与魔術、特殊感知
【加 護】世界神の加護、女神の加護(闇)、聖女の加護、龍王の寵愛
【称 号】郷魔国魔王、大英雄、絶世の美女、淫乱魔王、子宝魔王
【備 考】可能なかぎり早急に魔導銃とゴーレムを神の武器庫より召喚し
アクティベートしてください。その後、水晶星の全運用権限を
魔導銃AIしらふじちゃんに委譲してください。
てっきり数値的なステータスが見れるのかと思ったけれど、攻撃力や防御力といったスペックを示す数値はどこにも表示されていなかった。
身に覚えのない称号も、魔導銃という武器らしき魔装やゴーレムも気になるけれど、やはり一番気になったのは職業……
付与魔術師?
「クロちゃん、この身に覚えのない内容の客観的な説明をお願い」
「はい、いくつか私にも不明な点がございますが、今世のキキョウ様は生産職ですね」
「うん、そだねー」
「戦闘職でないからと気を落とす必要はありませんよ。前世では常々付与魔術が使いたいと溢しておいででしたから、神が聞き届けてくれたのかもしれません」
「ふむぅ……」
「あと割らないでくださいね。現在これを作れる職人がおらず、結構貴重なんですから」
眉間にしわを寄せ、じっと理力石を睨んでたのは、叩き割りたいからじゃないよ。
「それにあるのは、前世のお主の生き様じゃ。それが今のお主を形作っておる。納得出来ぬなら努力せい」
「そうします」
ハイベルの言葉にうなずき、深く息を吸って強く返事を返した。
フードに隠れ顔は見えないけれど、歳を重ねたお婆さんっぽいハイベルの言葉は、人生の重みを感じる。すっごいロリ声だけど。
「折角ですので、ヴァルも見せて差し上げなさい」
「え、はい……」
【個体名】ヴァルバロッテ・エルフェイム(女)
【年 齢】1160歳(300歳固定中)誕生日4/4
【種 族】エルフ族×鬼人族(赤)
【職 業】郷魔国勇者、郷魔国将軍
【理力値】2450(世界貢献度)
【魔 装】紅珊瑚のピアス、鬼神刀朱雀、鬼神刀玄武、紅蓮華の甲冑、魔法珠
【ゴーレム】鬼神肆番鬼“朱羅”(解放済)
【勇者ランキング】1位
【スキル】勇者、鬼神刀術、双刀術他、縮地他
【加 護】英雄の加護
【称 号】エルフェイム王国第一王女、サムライマスター
紅の勇者、勇者ランキング一位、ロリ巨乳侍
なんと、ヴァルバロッテはエルフの国のお姫様だった。
彼女の香ばしい称号に思わず親指を立てウィンクすると、とても良いリアクションを見せてくれた。成人にはとても見えない容姿なのに千歳オーバーとは、さすがエルフ族。
エルフの寿命は三千年ほどだが、彼女は混血のせいで純血より長い寿命があり、勇者補正で更にその数倍の寿命があるらしい。ちなみに鬼人族の平均寿命は百三十歳ほど。私は魔王のスキルで四千年前後生きるが、理力値の高さと、神の加護や寵愛が複数あり、おそらく数万年は生きるだろうとの事。は……?
「ねぇ、この年齢の成長固定中って何?」
「今のお姿で成長が止まり、不老になってるのですよ」
「マジか……私そんな事決めた覚えがないけど……」
「前世の称号も受け継いでますし、前世と同じ設定なのかもしれませんよ。成長したい場合は解除すればいいのです」
「そっか、とりあえずこのままでいいわ」
なんかもう情報量が過多すぎて思考が追い付かず、深くため息をついた。
ほんのちょっと前までベッドの上で死に掛けていたのにね。
「キキョウ様、お疲れですか? 続きは明日にしましょうか」
「ん~大丈夫。私って色々学ぶべき事が多いでしょ? さっきまでただの小娘だったのに、今じゃ一国の魔王だもの。それにキョウカの案件も引き継ぐと決めたし、まず何が出来るのか自分の事を把握しないとね」
「素晴らしい心がけです。では少しだけ能力の確認をして、今日はおひらきにしましょう」
そう言ってクロは、まるで南国の海を結晶化させたようなサファイアのルースを私の手のひらに載せた。ずしりと重たい。こっこれ……おいくら万円? きっと軽く億いくよね。素手で触っていいのかな。
ゴクリ……ちょっと手が震える。
「これに付与魔術を使って、加護を付与してください」
「え……そんな事いきなり出来るのかな」
「大丈夫です。職業欄に付与魔術師とありますから、サファイアに付与をすると念じてみてください」
「うん……うわっすごい数並んでる」
クロに言われるまま念じると、視界にぶわっとリストが浮かび上がった。先程の勇者ランキングと同じで、目の前に情報が映し出されてる。ヘッドアップディスプレイ的な感じだろうか。
凄い数の加護が項目ごとに並んでおり、リストをスクロールさせ適当に読んでみると――イッヌの糞を踏まない加護……パンツの紐が肝心な時に切れない加護……悪役令嬢に転生しない加護……なんぞこれ。
「キキョウ様、その中に魔王、もしくは魔王化というものはありますか?」
「魔王…ま……ま……魔王。あるけど今の私にはまだ付与は無理みたい。でもこれは人に直接付与する類のものみたいよ」
「なるほど……では健康の加護はどうでしょう」
「けん……健康……健康の加護(大)と(小)があるわ」
「では(大)の方を付与していただけますか?」
「了解」
リストから“健康の加護(大)”を選び、サファイアを指定して付与開始と念じると、まるでダウンロードのゲージのような表示が視界に現れた。どこからか加護の情報が私に流れ込んでくるみたい。そのゲージがいっぱいになると、今度はインストールのゲージがサファイアに表示され、付与終了時間のカウントダウンが始まった。
「キキョウ様、付与魔術が使えると判りましたから今日はこの辺にしましょう健康の加護は完成にかなり時間が必要ですから、手の空いた時に少しずつ進めま――」
「はい、完成」
は?
私がサファイアをクロに手渡すと、この場の全員が驚愕の表情で、驚きの声をハモらせた。ハイベルの表情は見えないけれど。
「完成まで約五分かな。初めてだったけど、上手くできたと思うわ……って、なんでみんな、鳩が豆鉄砲自殺を失敗したみたいな顔してるの?」
「クロ鑑定!」
「はいっ――“健康の加護(大)”……間違いなく付与されてます」
ハイベルが声を荒げ、クロがサファイアをじっと見つめ、付与の有無を確認すると改めて皆が驚きの声を上げた。
「あの……そんなに驚く事なの? 付与魔術師が普通に付与しただけだよ」
「キキョウ様……この“健康の加護(大)”は、過去最も優秀だった付与魔術師でさえ、付与に半年以上の時を要する特級の加護なのですよ。それをわずか五分だなんて……」
「えーと付与時間は正味三分かな? 最初に加護の情報を得るのに二分必要だったから」
「知識の柱アカシックレコードじゃな。付与魔術とはのう、そこへ魂をつなげ知識を受け取るところから始めると聞いたことがあるぞい」
「これは……キキョウ様を中心に世界が変わるかもしれませんね」
クロがサファイアごしに窓の外を眺めながら不穏な事をつぶやくと、皆も神妙な面持ちで同意した。
「私の付与魔術って、キョウカから託された案件を何とか出来ると思う?」
「さぁ……どうでしょうか。不可能ではないとは思いますが……」
こてんと首をひねるクロはとても可愛い。そもそもキョウカの案件がどんな内容なのか、私はまだ知らないのだけれどね。
それを訊く事もなく、今日はおひらきとなった。後日改めて話し合いや勉強の場を用意してもらえる事となったので、ありがたく学ばせてもらおう。
さて、まだ夕食まで時間があるので、クロが館を案内してくれる事になった。
この建物、やはり城ではなかった。
ここは前世の私が住んでいた“キキョウの館”と呼ばれる西洋風の館で、最上階の四階が丸ごと私の部屋だという。今いるここは三階のキョウカの部屋だそうな。四階には誰も上がらせず、すべてクロが管理しているとの事。
キョウカの部屋から外廊下に出ると驚くような光景が目に飛び込んできた。
この館は大きな中庭のある口の字の構造で、中庭の中央に巨木がそびえ立っている。
そして、巨木を守るように巨大淡水魚ピラルクーに似た大きな魚の魔物が、鮮やかなオレンジの鱗を煌めかせながら、ぽわぽわと宙にたゆたう水玉のあいだをゆったりと泳いでる。いや、浮遊している。
とても幻想的な光景で、一日中眺めていられそう。目の前で魔物が大あくびをすると鋭い牙がびっしり並んでおり、思わずクロにしがみ付いた。
「あれ。私の部屋に行くんじゃないの?」
「先にお風呂でさっぱりとしましょう。とても風光明媚な露天風呂があるんです。前世のあなたも大好きだったお風呂ですよ」
にこりと笑うクロの視線から仄かにエロスなものを感じ取ったが、むしろ私もウエルカムである。階段を降てゆくと大きな玄関ホールが広がり、そこには二十名の様々な種族の美しいメイド達が並び、一糸乱れぬカーテシーで私を出迎えてくれた。とても華やかだ。
「お帰りなさいませ、魔王様」
「ただいま。皆さん、お世話になりますね」
玄関を出ると、色鮮やかな草花が咲き誇る自然豊かな英国風の庭園が広がっていた。
幾重ものフラワーアーチをくぐり、館の右手にある緑豊かな森へ入る。涼し気な湧水の流れに架かる木道をコツコツペタペタと歩きながら、意を決しクロに質問した。
「ねぇクロちゃん……魂も姿も同じだとしても、今の私は前世の記憶もなく、別世界で生まれ育った別人だよ。あなたが私を慕ってくれるのは本当に嬉しいし、私も出逢って間もないけれど、クロちゃんの事がすごく好きだよ」
ペタリ……クロの歩みが止まった。
「クロちゃんさ、私を……前世の私に重ねて見ているよね。そんな視線を何度も感じたもの」
すぐ横を歩くクロがペタタっと素足でステップを踏み、私の歩みを遮るように目の前でくるりと舞うと、私の胸に顔を押し付けてきた。そして――
「前世のキキョウ様と違う」
その言葉にドクンと心音が跳ね上がり、一瞬、胸の奥がヒュっと凍えた。
「私に――そう言われたら、つらいですか?」
「そう……言われてもいいように、まだダメージが少ないうちに、今伝えたの」
そのか細い両手が私の背中へとのび、ギュッと抱きしめながら、瞳を覗き込むように見つめてくるクロ。
「その視線も、その仕草も、その口調も、その歩き方も、その考え方も」
アイオライトの瞳に私だけが映っている。
「そしてキスの仕方も……」
優しく唇と唇が触れ……そしてゆっくりと離れる。
「あなたを構成するすべてが、私の記憶に住まうキキョウと一致しています。今、私が抱きしめているあなたは、昔の記憶が無いだけのキキョウ様ですよ……」
「ですから……また最初から始めましょう」
胸の奥が驚くほど熱く高鳴り、今度はとびきり熱く濃厚なキスをした。
「ひとつ……訂正します。私、今嘘を付きました」
「そうなの?」
「実は私、前世のキキョウ様と“こういう”関係になった事はないので、キスの仕方だけは知りません」
……へ……は?
「ちょっと待って。前世の私達って、てっきり恋人同士だとばかり……ちょっとクロちゃん?」
してやったりな笑顔でペタペタと木道を走ってゆくクロを、私は笑顔で追った。
◇――◇――◇
読んでくれて、ありがとうございます。(キキョウ)
ステータス表記に力や魔力の数値が出ない仕様ってどうなの?
せめてアルファベットとかでランク表記するとかさぁ。
せっかくヴァルバロッテちゃんも見せてくれたのに、比較にならないよね。
ところで、あの称号って誰が付けてるの? 明らかにふざけたのがあるよね。
神様の加護があると、結構すごい効果とかもらえてそうだけれど、称号には何か付与効果あるのかなぁ。ちょっと、書いてる人、答えてよ。逃げんな。
え……ニュアンス?




