第29話 ベルテの恋
お米の種類は違うが、郷魔国と同じ米食文化のアスラン王国の晩餐は、異国文化溢れる郷土料理中心のとても素晴らしいものだった。特に羊の丸焼きのせご飯は、見た目もすごいし、味も絶品だ。おそらくアラブ料理に近いものだと思う。あれもこれもと勧められるまま、ノエルと並んでもくもくと食べてしまった。
「お姉様、よろしいでしょうか」
晩餐が終り、案内された部屋でくつろいでいると、神妙な面持ちのベルテが現れた。
相談に乗って欲しいと言うのだが、なかなか話し出せずにモジモジしている。
「ひょっとして、ティメル王子に惚れちゃった件かな?」
「おっおっお姉様っ……どうしてそれを!?」
「可愛い妹の事だもの。ちょっと見てればね」
「そ…そんなに判りやすかったですか……」
「王子に会ってから、ベルテはずっと挙動不審でしたね」
「うわぁ……クロ様にまで、お恥ずかしいかぎりです」
「鼻血の匂いが、実に香しかったです」
「ノエルちゃん……」
「ベルテちゃんの変顔。いっぱい撮影したけど、観る?」
乙女にあるまじき画像が、ぽぽぽっと宙に映し出されてゆく。
「ぎゃーっ! しらふじちゃん消してぇーっ!!」
百年の恋も瞬時に冷めそうな、ヤバげなお顔も混じっており、それらを必死に隠そうと慌てふためくベルテの姿がとても微笑ましい。
「王子様の『あ・の・シーン』もあるよ」
「それは(真顔)観たいです。姿見のデータにしてください」
こんな歳相応のベルテを見るのは初めてかもしれない。
魔王キキョウの妹になって以来、いつも緊張感を漂わせていたので、砕けた姿を見れて少しほっとした。
が――突然、床に頭をこすり付ける勢いで、ベルテが土下座をした。
「ちょっと、ベルテ。お姉ちゃんに土下座なんてしないの。王子様と結婚したいとか、あの美少年の肢体をペロペロしたいとか、そういうお願いでしょう?」
「はい、お姉様のお察しの通りです。お恥ずかしながら私、ティメル様が欲しいという気持ちが抑えられません。どうしたらよいのか相談に乗って欲しいのです。あと、最終的にペロペロしたいです」
「相談だけでいいの? 私の権力を使えば、簡単に結婚できるかもしれないわよ」
「いえ。お姉様のお力を頼り、ティメル様のお気持ちを無視して伴侶にしようなど、そんな恥知らずな事はできません」
そういえば、彼女の母親は婚約者が居たにも関わらず、無理やりアルス王の側妃にされたのだった。やはりベルテは真面目な良い娘だ。
私も姉として、彼女の恋路を応援してあげたい。
「そうね。なら……同盟国の友好の証としての婚姻を申し込むのはどう?」
「そっそれなら、とても自然ですけど……」
「いえ、それもダメです」
クロが否定した。
「ダメ……なんですか……」
「王子だし、もう婚約者がいたり?」
「彼に婚約者はおりませんよ。ダメな理由は他にあります」
「どういう事?」
「少し長い話になりますので、ナルサス王を交え、お話しましょうか」
すぐナルサス王に使いを出し、部屋を用意してもらった。
王を前に、ベルテが緊張でガチガチだ。
私が王子の婚姻状況につてい訊ねると、王はベルテの様子からすぐ察してくれた。
「ベルテ姫。ティメルを好いてくれてありうがとう。ですが、大変ありがたいお話なのですが……余には、息子の婚姻の決定権がないのです」
そう言いながら、ナルサス王がちらりとクロを見る。
「王様に決定権がないとは、どういう事です?」
「我が王家で生まれたキキョウ様似の子には、自由恋愛が定められており、なんぴとたりとも婚姻に口出し厳禁なのです。無論、王であり父である余もです」
「なぜそんな事が……」
「それは私が説明しましょう。私が定めた取り決めなので」
「クロちゃんが?」
「まず皆様。キキョウ様の髪が淡いピンク色、瞳と角が鮮やかなピンクルビーになったと想像してください」
皆の視線が私に集まった。
うおう、なんかむず痒い。思わずちびっ子ノエルを抱き寄せた。
「今から四百年と少し前、そんな色合いのキキョウ様そっくりな姫君がアスラン王家に誕生しました。名はアイシャ。私が作ったルゲマート(揚げ団子)を美味しそうに食べる姿が、なんとも可愛らしい子でしたよ」
「え。なんでそこにクロちゃんが出てくるの?」
「それは、当時のアスラン王を脅…交渉して、私が姫の専属世話係になったからです」
「クロちゃんって、そんな事もしてたんだ」
「他にも色々しておりましたが、まぁそのお話はまたいずれ。時は流れ、美しく成長されたアイシャ姫は、郷魔国に勉学と社交の為、留学されました」
「ああ、キキョウ学園ね」
「古今、魔国立キキョウ総合学園の貴族科は、世界各国の王侯貴族の子女が通う社交の場でしたからね。ちなみに私もメイド服を着て同行しましたよ」
「ほほう、いいね」
思わずサムズアップした。
ナルサス王も興味津々という面持ちで、クロの話に聞き入っている。なにせアスラン王家にまつわる龍王様のお話だ。クロが懐かしそうに、姫の楽しいエピソードをいくつか披露した後、急に声色が低くなった。
「まだ経験浅き学生達に、アイシャ姫の美しさは……猛毒でした」
学園に通う各国の王侯貴族達が、競うように姫に求婚したのだ。
学生だけではない、姫の存在を知った世界中の有力者達までもが、こぞって求婚してきたのだ。その中には、アスラン王国へ圧力をかけ、無理やり婚姻を迫る大国の為政者もいた。
だが、想い人のいる彼女は、全ての求婚を断った。しかし求婚者達は、全く諦めようとせず、血気盛んな若い王族間で起きた決闘騒ぎで死者が出た事が切っ掛けで、アスラン王国を巻き込む、大きな大戦へと発展しつつあった。
『クロ……私が皆の前で自害すれば、戦争を止められるでしょうか』
『もし姫様に国を捨て、身分を捨てる覚悟がおありなら、私がお助けしましょう』
『それで戦争が止められるのなら……でも、クロにそんな事ができるの?』
『私、実は龍王リヴァイアサンですので、大概の事は可能ですよ』
『マ……マジですか』
『はい、マジですよ』
「ちょ、お姫様がマジなんて言葉使う?」
「どこで覚えたのか、いつの間にか使ってましたよ。キキョウ様もよく使いますよね」
「マジか……あ」
その後、姫の名で婚姻を望む者達を郷魔国の城下広場に集めた。
その人数は軽く二百を超え、大階段の踊り場にアイシャ姫が現れると、求婚者達から大歓声が上がった。
すると突然、封印城上空に暗雲が立ち込め、大気を震わせながら雲間より巨大な龍が現れた。龍王リヴァイアサンである。
全長千メートルはあろう瑠璃色の巨大な龍が、優美なヒレをゆらめかせ、ゆっくりと広場へと降下してゆく。
そして、酷寒の海のような瞳で求婚者達を睨みつけ、細いヒレを伸ばし器用にアイシャ姫を絡め取ると、鋭い牙がびっしりと並んだ大きな口を開いた。
『龍王の宝に手を出す愚者は名乗るがよい。国もろとも死を与えよう』
まるで心臓を鷲掴みされたかのような凄まじい重圧の中、ある王子は嘔吐し、ある大国の皇帝は失禁し、ある大貴族は脱糞し、異臭をまき散らした。
求婚者達は、ガクガクと震えながら頭を垂れ、無言を貫いた事で、戦争に至る騒ぎの全てが収まるのであった。
そして、龍王と共に雲間に消えたアイシャ姫は、二度と人々の前に姿を現わす事はなかったという。
『アスラン王家より生まれし魔王キキョウ似の姫と王子の婚姻は、必ず自由恋愛である事。これに反する者には国と共に死を与える』
後日、龍王リヴァイアサンが全世界へ向け布告するのであった。
「つまり……ティメル王子と結婚したくば、彼のハートを射止めるしかないのね」
「はい、こればかりはキキョウ様のお願いでも駄目ですよ」
「そういう事なら仕方ないわね……ベルテ、役に立てずごめんね」
「いっいえ、いいんです。むしろ私の為に前例を作ってしまう訳にはゆきません。皆様、お骨折りありがとうございました」
「まぁベルテなら、私が何かせずとも、王子様を射止める大きな強味もあるし、大丈夫よ」
「え……? 私にそんな強味なんて無いと思うのですけど」
どうやら本人は気付いていないようだ。あの王子が相手なら結構な強味だと思うけど。
「まずは、その容姿。その正統派美少女っぷりは大きな武器よ」
「私……アルスのお城では地味姫って、スワールがガーダックを産んだって影で笑われてたんですよ。地味な栗毛に顔も平凡で……私、あきらかに見劣るし」
ベルテが自分と比べてるのは、歳の近いアスフィーだろう。確かにあの子は驚く程の美少女だけれど、ベルテとはベクトルが違う美しさなので、単純な比較は無意味だ。
「あらら、ベルテは自己評価低すぎでしょう」
「そんな事は……」
「じゃあ二つ目の強味。それはベルテが魔王である事。あの王子様、勇者に憧れてるから、魔王なら申し分ないでしょ。そして三つ目は、ゴーレムを未開放な事ね」
「魔王なのはともかく、ゴーレム未開放のどこが強味なんですか?」
クロを抱き寄せると、私は甘々な小芝居をしてみせた。
「ああっ愛しい王子様。私……まだゴーレムが使えないダメダメ魔王なの。手取り足取り腰を取って、一緒にゴーレムを開放するお手伝いをお願いできませんか? お礼に私を差し上げます……的な状況を演出できるのが強味ね。どう?」
少々刺激的な姉魔王の小芝居を自分と王子に置き換え想像し、耳まで真っ赤にしたベルテが奇声をあげながら、ソファーの後ろに隠れた。あらら可愛い。
「ねぇ、クロちゃん。さっきの続きだけど、その後のお姫様はどうなったの?」
「相思相愛だった護衛騎士と結婚して、キキョウの館で末永く幸せに暮らしましたよ。年に数度、こっそり帰省したり、家族を招いたりもしてました」
「へぇ、そうだったんだ。よかった」
「本当は、元の生活に戻してもよかったのですが、いくら龍王の庇護下であろうと、愚か者は必ず現れますから」
「確かに……」
その後、アイシャ姫は三人の子を産み、上の二人は成人すると郷魔国の文官と武官になったそうだ。そして歳の離れた末娘は、十四歳の時に勇者になったという。
「その末娘がキョウカです」
全員が驚きの声を上げた。先程、こっそり入室していたヴァルバロッテもだ。
「なぜヴァルまで驚くのですか」
「なんとなく……」
勇者となったキョウカは、両親と暮らしながら、ヴァルバロッテに剣術を学び、クロの命令で五代目魔王となった。三代目魔王が即位中に龍王バハムートは死亡したので、もはや魔王を玉座に就かせる必要はなかったのだが、キキョウが転生し戻ってくるまで魔国を存続させておきたい為、魔王の存在は必須。ちなみに、なり手の無かった四代目魔王をクロが変装し演じていたという。そのうち魔王クロだった頃の事を語ってもらおうかな。
翌日、アスラン武舞祭が開催された。
騎士団や王族、王国に所属する勇者達など、国中から集まった腕自慢、踊り自慢の者達が、日頃研鑽した剣技や舞踏を披露する祭典だ。既に満員御礼のコロシアム。そんな中、王族専用の観覧席にキキョウが現れると大歓声が巻きおこった。
今回の祭、なんとヴァルバロッテも演武者として参加している。鬼刀による二刀流剣舞とゴーレムによる剣舞を披露し、なり手の少ないサムライ職を宣伝する為だ。世界最強と謳われるサムライマスターの剣舞は、とってもぽゆんぽゆんで会場を大いに沸かせてくれた。
一般参加枠の子供達によるアスラン童話が題材の演舞はとても可愛らしく、宮殿騎士と王国騎士による本番さながらの模擬戦は、迫力満点だった。そんな中、栗毛色の髪をふわりとさせた少女が一人、舞台に上がった。飛び入り参加したベルテだ。
「魔装!」
ニチアサ魔法少女ばりの派手なキラキラエフェクトの中、ちょっぴり大胆なへそ出しスーツに変身してゆくベルテ。栗毛ショートボブが金色に変化しながら一気に伸び、ふわわんとなびく。そして、エメラルドの大鎌をくるんと回し、キュートなポーズを取った。
「郷魔国、妹魔王ベルテ。デスサイズの舞、まいります」
トンと軽く撥ねると、靴裏にスケートブレードのようなエメラルドの刃が現れ、そのまますぅっと石舞台を氷上のように滑り始めた。速度を上げ、くるりくるりと優雅に前後の向きを変え、ふわりと華麗に回転跳躍しながら滑る姿は、まさにフィギュアスケートそのものだ。
更に会場全体にスピーカーとして水晶星が配され、バッハの小フーガに似た曲が流れる。これ、私が気分のいい時、鼻歌ふんふんしてたクラシックだ。まさかこんなアレンジするとは驚きだ。
「陛下……ベルテ姫は、魔王だったのですね」
「ええ、我が国の次期魔王候補ですよ。あの子、とっても綺麗でしょう?」
「はい……とてもお美しいです。変身で髪型と色が変わるなんて驚きです!」
ティメル王子が頬を赤らめ、ベルテの舞を熱心に見つめている。
これは脈ありだろうか。それとも新たな魔王の登場に興味津々なだけなのか。
「実はあの子、ゴーレムを開放出来ず悩んでるの。よろしければ王子が相談相手になっていただけません?」
「えっ、僕がですか?」
「はい、ベルテもきっと喜びますよ。そうだ、勇者ヘイワードにも面会できるよう手配しましょうか」
「ベルテ姫の相談相手になります!」
そんな魔王と王子のやり取りを耳にしながら、ナルサス王は思った。
『お…王子の外堀がどんどん埋められておる……今思えば、余の王妃もそんな感じであったわ。おなごは怖いのう……』
ベルテの舞は、次第にダイナミックになってゆく。体をひねりながらの高度跳躍、そこからの連続ムーンサルト。着地すると大鎌を回転させながら、舞台上を踊るように大きく螺旋を描き、次第に中心へと収縮してゆく。そしてクライマックスは、変幻自在に姿勢を変えながらのコンビネーションスピン。大鎌が回転しながら上空へと舞い、最後はイナバウアー似のポーズで、落下する大鎌をキャッチしながらのフィニッシュ。
大歓声と拍手を浴びながら、カーテシーでお辞儀するベルテ。
私達もやんやと拍手し、手を振った。
種明かしをすると、この舞は魔装のAIに体を操られたものだ。
しかし、このフィギュアスケートに似た舞を考案したのは彼女なので、その発想力は大変目を見張るものがある。それにベルテならば、少し練習すれば自力で舞えるだろう。
おや? ベルテの視線から強烈な驚きが伝わってくる。
何かあったのだろうか、悪い事ではなさそうだけれど。
するとベルテが舞台から観客席を飛び越え、王族観覧席まで一気に跳躍してきた。
「おっお姉様っ!」
「うおっ、何があったの?」
「今、ゴーレム開放しました!」
「マジか!」
これはさすがに予想外だった。
この場の全員が驚きの声を上げ、そしてベルテを祝福した。王子も大興奮だ。
「おめでとう、ベルテ。それで、何が解放条件だったの?」
「ひょわ……」
「ひょわ?」
突然プルプルと震えだし、目を泳がせ、顔どころか首元まで赤く染めるベルテ。
今、ベルテがした事と言えば、舞を披露しただけ。乙女の尊厳に関わるような、センシティブな条件ではないはずだ。
私はピンと来て、彼女の幸せの為に問い詰める事にした。
「これはとても重要な案件だから、教えてちょうだい。姉の命令です」
「はい…………けっ……」
「け?」
「結婚したいほど大好きな人の前で、舞う事です……」
皆がそろって王子に視線を向けた後、全員ニンマリ笑顔で、ベルテに祝福の拍手を贈った。
既に自分の好きな人が身内全員にバレバレだったという驚愕の事実を知り、ベルテは座り込み、両手で顔を隠した。ちなみに一連の様子を目の当たりにしたにも関わらず、何の事やらサッパリという表情の王子。
「それで、ベルテが結婚したいほど大好きなのは、誰かな?」
追い打ちではない、後押しです。
両手で顔を隠しながら立ち上がったベルテが、指の隙間からティメルを見つめながら、意を決し告白した。
「ティ……ティメル様……です」
「ぼ……僕?」
うるうると指の隙間から、上目遣いで王子を熱く見つめるベルテに、ぽんっと顔を赤くするティメル王子。勇者とゴーレム大好きお子ちゃま王子が、どうやら生まれて初めて、異性からの好意を意識したようだ。
さて、ベルテの恋は実るのだろうか。
【機体名】暴王エメラルド・タランテラ
【装着者】ベルテ・ユキノ
【寸 法】全長3.6m、全幅3.8m、乾燥重量1.4t
【装 甲】45mm複合ミスリル魔導装甲
【主動力】ゴーレムコアユニット・ベータ5
【推進機】魔導式空中元素固定アンカーシステム、スパイダーユニット
【武 装】スパイダークロー×8、魔導レーザー×4、
アブノーマルガン×2、他
召喚された大蜘蛛ゴーレムは、まるでエメラルド細工のようで、驚くほど美しい造形をしていた。クロもこんなに美しいゴーレムを見たのは初めてだと大絶賛である。
どうやらこのゴーレム。シルヴィアのシルフィードと同様、アラクネモードに変形合体可能で、さらに部分召喚で脚部のみを背部に展開させる事もできるようだ。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
変な話をしますが、自分が書き手なのに、実はキョウカのルーツを知らなかったんです。どんな生まれ育ちなのか、どこでクロに知り合い、魔王のフリをしてたのか。一話で消えちゃったけれど、のちに登場するメインキャラなのにね。
なので、アイシャの娘だとクロが教えてくれた事に「え、そうだったの?」って、マジで驚きました。今回、物語を書きながら、こういう驚きが何度かありました。
なんか不思議ですよね。他にも最終回のネタバレを途中で二度暴露されましたし。
その時は「え、ここでそれ言っちゃうんかい」と、マジで焦りましたわ。でも結局修正せず、そのまま書き続けました。そしたらなんか、最終回で蛇足感がなくなった気がします。
そんな感じで、結構行き当たりばったりで書いてる物語ですが、続きもお付き合いいただければ幸いです。




