第26話 お芝居をしよう
最初の外遊先は、郷魔国の西隣にある同盟国、アスラン王国だ。
この国の王家には、私の血が流れており、今も親戚のようにお付き合いしている国で、アルス王国とのいざこざの際には、随分助けてもらったという。
そんな準備であわただしい時期、私に求婚したいという国から先ぶれが来た。
やって来るのは、右隣の大陸にあるアドコック王国の第三王子。水晶の産地であるカベルカ王国の南に位置する国だ。
実はこのアドコック王国。建国以来ずっと郷魔国の魔王にしつこく求婚しているのだという。理由は不明だが、キョウカも在位中に何度も求婚されたそうだ。
「陛下、どういたしますか。かの国は抗議しても絶対にやって来ます。三十年程前には、結婚するまで動かないと、うら若き姫が大扉前で寝泊まりする事件がございました」
ソウイチが記憶に残ってる迷惑な求婚エピソードを話してくれたが、ほぼ全てが嫌がらせに等しい酷いものだった。
「私への求婚は、宣戦布告と同じだって世界中に知らせたよね?」
「はい、それはもう間違いなく」
「ん~じゃあ、こっちも嫌がらせしていいよね。戦争よりいいでしょ」
三日後。
「アドコック王国、ハンフリー第三王子殿。ご到着ぅ~っ!」
おお、ここが郷魔国、魔王の間か。なんと荘厳な。
そしてあれに御座すのが我が妻となる魔王キキョウ陛下……
ああ、なんと美しいのだろう。正に女神。そう、あなたは私の女神だ。
私は誇り高きアドコック王国第三王子ハンフリーである。そう、あなたの夫だ。
む。精強な鬼人の国であると聞いていたが、臣下達がうなだれ精気が感じられないな。
「よくぞ参られた、ハンズフリー殿。歓迎するぞ」
おおお、なんと美しい声色か。小鳥も悲鳴をあげ、地を転げ回りそうではないか。名前が微妙に間違っているが、いきなり愛称での出迎え。もうそこまで私は愛されている!
それに陛下を囲む娘達は、素晴らしい美姫ばかり。
護衛に連れてきた耳なしウサギも見目はよいのだが、心が壊れている勇者故、極上の乳房や尻なのに危険すぎて触る事叶わぬからな。
あの美姫達は私の愛妾にしてやろう。
「それで、ハンズフリー殿は我との婚姻を望むと聞いたが?」
「はい、私以外に陛下の夫たりうる者などこの世に居らずと確信しております」
「ほほう、すごい自信であるな。皆、どう思うか」
「「はっ、陛下のお心のままに」」
「うむ、そうか。我の心も決まった」
おおっ! あの美貌も、乳も、尻も、美脚も腰のくびれも私だけのモノに――
「祝事である。皆、笑え」
わははははは! うはははははは! うひひひひひひ! でゅふふふふ! おほほほほ! がばばばばば! おほっおほおおっ! ナハッナハッナハッ!
なっなんだ……突然臣下達や近衛騎士達までが、狂ったように笑い始めた。
狂気じみた長い長い笑いが続き、陛下が制止すると、すっと笑いが止まる。
よくよく臣下達を見ると、目が死んでいるかのように濁っているではないか。
「笑え」
あはははははははは…げほごほぉっ!
「……郷魔国にうまく笑えぬ男は不要だ」
「おっお赦しおおおおぉぉぉぉ~…」
笑いを中断させた文官の足元に穴が開き――ドボン。
そして絶叫と共にバシャバシャと恐ろしげな水音が響き渡る。
やがて静寂が訪れ穴が閉じた。
なっ何だこれは……一体何が起きたんだ。
「つまらぬものをお見せした、婿殿」
「これはいったい……」
あの美しかった魔王陛下がどこか異形の如く目に映る……
「我が生まれ育った世界では、笑う門には福来るという諺があってのう、笑いはとても神聖なもので、笑うと健康になり幸せが近寄ってくるのだ。故に皆には愉快に笑ってもらっておる」
えぇぇ……どう見ても、みんな不幸のどん底のような顔をしているのだが。
「笑え」
あははははは……いひひひひひ……うほほほほほ……
「こんなの間違ってるっ! 俺の家族を返せぇぇっ!」
「ならば、慈悲である。家族に逢わせてやろう」
剣を振りかぶり魔王陛下に斬りかかろうとした近衛騎士に雷が落ち「無念……」黒焦げになって動かなくなった。
私は叫びそうになるのを必死に抑え込んだ。無理だ、こんな化け物の夫なんて絶対に無理だ。下手したら我が国にまでこの女の狂気が及ぶかもしれない。
「のう、ハンズフリー殿。そなたも我の夫になるからには、夫らしく立派に笑ってもらわぬと、困る…ぞぉ?」
笑顔の魔王陛下が……もはや化け物にしか見えない。
怖い…怖い…この女の夫になったら、いつ足元に穴が開くかわからないぞ。
はっ早く、ここから逃げないと。
「へっ陛下っ、実は私、持病があるのをうっかり忘れておりまして、おそらく陛下のご期待に副えそうもありませぬ。ここは断腸の思いで、婚姻を辞退させていただきたく……」
「ふむ。我の健康の加護があれば、病などすぐに治るから心配いらぬぞ?」
「わわ私にも男のメンツがござりますゆえ、どうかご容赦願いたい!ゲホッゴホッ!」
「ふむぅぅー……ん? ところで、そちの隣の娘は何者であるか。先程からピクリともせぬのう」
「こやつは、壊れ勇者で……そっそうです! この勇者をお詫びに差し上げましょう! 壁役ぐらいにはなりましょうから!」
「うむー……あいわかった。そこまで申すなら仕方あるまい。その勇者と引き換えに、そなたの婿入りを諦めよう」
「はっ! ありがたき幸せにござります。でっでは失礼いたします!」
「うむ、達者でな。皆、ハンズフリー殿の無事を祈り、笑え」
わはははははははは…………ぎゃぁぁぁぁ……
うわぁぁ……まだ笑いが続いている。ひっ悲鳴? 怖い、怖いぃぃっ!
まさかあんな壊れ勇者が役に立つとは思わなかった。今はとにかく逃げるんだ。
逃げろ。逃げろ。逃げろ。あの魔王の気が変わる前に逃げろおおおおっ!
「陛下、ハンフリー殿の搭乗された、旅客竜が帰路に就きました」
私は深くうなずきながら立ち上がり、臣下や近衛騎士達を見回す。そして――
「大・成・功~っ!!」
拍手と大きな笑いがどっと溢れた。先程の芝居の笑いでなく、心からの笑いだ。
シルヴィアもアスフィーもベルテも大笑いしている。まさに大爆笑だ。
武官の列で、ヴァルバロッテが隣の屈強な武官を激しく揺さぶりながら笑っている。
爆笑の渦の中、先程ゲートの穴から落ちたはずの文官青年が現れ、黒こげの近衛騎士がむくりと起き上がった。
「はい、迫真の演技を披露してくれた二人に、惜しみない拍手~っ!」
パチパチパチパチ。
と――いう感じで、かの国の者に、目には目をの対応をさせてもらいました。
おや、なにやらクロの様子がおかしい。
「ぷははははははははは」
クロが腹を抱えて笑い出した。そして床をドンドン叩く。
こんなクロ初めて見たわ。あ、大理石にヒビが。
涙目でひーひー言ってるクロは、なんともエロい。
そのままベッドに連れ込みたいぐらい超エロい。
「こんな愉快な制裁は初めてです……ぷぷぷ」
「うん、楽しかったねぇ」
ワインのボトルやビールの樽が運び込まれ、様々な料理がテーブルに並べられてゆく。メイド達によって、魔王の間があっという間にパーティ会場と化した。
そんな中、ノエルが無表情で立ち尽くす女勇者の手を引き、私の元へ連れてきた。
私と同じぐらいの歳頃で、背は大人クロぐらいだろうか。
切断された両耳が痛々しいが、へそ出しホットパンツが挑発的すぎる魔装姿の兎人族の勇者だ。透明感のある水色の髪にルビーのように真っ赤な瞳が美しい娘だ。
兎人の勇者……?
あ、ひょっとしてヘンタイ男爵が言ってた、敵軍に捕らわれて、心を壊された勇者っていうのは、この子の事かも。
とりあえず彼女を保護する為、その場で勇者契約を済ませた。
打ち上げパーティーの準備が整い、酒がなみなみに注がれたジョッキやグラスを持ち、みんなが私の挨拶を待っている。
「皆さん。アスラン訪問の準備で忙しい中、お芝居に付き合ってくれてありがとう。無事、かの国の王子をビビらせて追い返した上に、美人の勇者までゲット出来ました」
皆から歓声が上がる。
「皆さんお疲れさま。今日はいっぱい飲んで、いっぱい食べましょう。かーんぱーいっ!」
皆が勢いよくゴクゴク、ガブガブと杯を飲み干すと、拍手と大歓声が上がった。
その後、会場を回りながら酒を注ぎ注がれ歓談し、酔っ払いゾンビが現れだした頃、私達は兎人勇者を連れ、館に戻った。
「そこに座ってちょうだい。私は魔王のキキョウ。あなたのお名前は?」
「リリィメレル……です」
「素敵な名前ね。リリィって呼んでもいいかな」
「はい」
彼女は二十年ほど前、戦で無理な殿をさせられ敵国に捕まり、淫惨な責め苦により心が壊れてしまったという。確かに視線からは感情らしいものを全く感じない。いや、薄っすらと感じるかな。体に触れようとすると、ビクリと拒絶の反応を示した。
「大丈夫よ。酷い事、絶対にしないから」
そう告げ、ゆっくりと腕に触れる。今度は拒まなかったので、そのまま彼女を包むように優しく抱きしめた。
「ずっと辛い目に遭っていたんだね。だけれどもう大丈夫。ここで私達と静かに暮らしましょう」
小さく頷くリリィのおでこに、優しくキスを落とした。
『ねぇマスター、三年ぶりに契約主が代わったわよ……現状維持? ……了解』
「えっ何? 私はあの魔王から逃げるのに忙しいんだっ!
でも、いつも読んでくれてありがとうっ! じゃっ!」
「ああ……逃げる為とはいえ、リリィを人身御供にしてしまった……壊れてるとはいえ、女性を盾に逃げたなんて……人として最低だぁぁぁっ!」
けっこう真面な人物であった。ハンフリーに幸あれ。




