第20話 セドリック王国
我が国の東側に位置する大国、セドリック王国は大昔に勇者が起こした国だ。
仮に国土の広さを郷魔国が本州とすると、セドリック王国の国土は北海道ぐらいであろうか。ちなみに元の郷魔国は南関東より小さいぐらいである。
さて、郷魔国侵攻がオレンジ公爵による独断だったとしても、セドリック王国の罪は変わらない。喜々とするクロに、私は深いため息をつきながら脱力する。
とはいえ、二万もの騎士を殺害し、可愛いくて貴重な勇者も手に入れたので、十分制裁になっているでしょう。と、うりうり詰め寄った結果、同盟国にするなら見逃す。そうクロから言質を取った。
セドリック王国グロリア城、国王の寝室。
「……何者だ」
「こんばんは、魔王キキョウです」
「なっ……こんな夜更けに、夜這いでもあるまいな」
「はい、夜這いじゃぁないですね……あ、王妃様狸寝入りしてる」
「ビクッ」
「セディ陛下と密談しに来ました」
「密談、とは?」
「ご紹介します。こちら、龍王リヴァイアサン様。それと可愛いノエル」
あわてて跪こうとするセディ王をクロが止めた。
彼の右膝は昔負った怪我で曲がらないのだ。
「単刀直入に言いますね。我が国と同盟を結びましょう。そうしないとクロちゃ……龍王様にセドリック王国は滅ぼされます」
「なっなんですと」
「我が宝に手を出した愚か者が身内におろう。滅ぼすの至極当然」
「お隣がヘドロの海に沈むのは避けたいので、ご協力お願いできませんか?」
「ヘドロ……ぜっ是非、貴国と同盟を結ばせていただきたい」
「即決ありがとうございます。あーよかった。じゃあ即決のお礼をしましょう」
「いや、お礼など、むしろこちらが……」
「ちょっと下半身出してもらえます?」
「はいいいっ!?」
「キキョウ様、言い方」
「あ。両足を出してください。この右足を魔法で治療しますから」
「え、いや、これは古い怪我ゆえ、もはや治癒は無理では……」
「まぁ見ていてください。そのまま動かないでね」
『しらふじ、よろしく』
『はーい。まずこのオッサンの脚をスキャンするね』
「いや、オッサンって、結構若いよ。まだ三十代半ばでしょ?」
「は?」
「あ、こっちの話。じゃあ右足を切断しますね」
「へえっ!?」
「わっちが食います?」
「えええええ!?」
「ノエル、ステイ」
まず水晶星でセディの脚部をスキャン。そして、動かない右足を大腿部を魔力に変換し消した。次に無事な左足の情報を左右反転させ、部位欠損を再生できるセイクリッドヒールを使用。彼の右足を再生させた。
「右足の様子はいかがですか?」
「すごいっ! 全く痛くないっ! 曲がるっ! 歩けるっ! おっとっと」
「あわてずゆっくりと時間を掛けて、筋肉のバランスを整えてください」
「キキョウ殿、ありがとう。心から感謝する!」
「ありがとうございます、キキョウ陛下!」
おや、王妃様がやっと話してくれた。童顔で可愛いぞ。
「ではもう一つ。陛下は毒に侵されてますね。まだ弱毒ですが、このままだと危険ですよ」
「確かに最近調子が良くないが、毒無効の加護を身に着けておるのにか?」
そう言いながら、インペリアルトパーズの指輪を見せてくれた。
「オッサ…王を侵しているのは鉛毒だよ。この世界、なんでか重金属は毒のカテゴリーに入ってないんだよ。結構多いのにね。でもこの場合、状態異常無効が有効かな」
「こっこの声は一体……」
「私の魔装のしらふじですよ。ねぇ、原因は突き止められる?」
「もう特定してる。食器保管庫にある金模様の黒い食器だね。鉛がたっぷり塗り込まれているよ」
「まさか……あれは昨年、オレンジ公から贈られた食器だ」
オレンジぃ! みんなでハモった。
一週間後。本日はセドリック王国セディ国王の在位十年の記念式典だ。
「郷魔国、魔王キキョウ陛下、ご到着ぅ~っ!」
おおう。大注目だ。
大国の名に恥じぬ豪華で煌びやかな大広間には、既に多くのご婦人方が色とりどりの美しい花を咲かせていた。私も同盟を結ぶ国の式典に、特別なドレスを纏い出席した。
衣装選びはクロやメイド達の意見を取り入れ、紫水晶のビーズがグラデーションを成す清楚かつ豪華なAラインの白いドレスを選んだ。
そしてパートナー兼護衛は、銀の軍服と軍帽にサーベルを佩く男装の麗人シルヴィア。地球の軍服の礼装がモチーフで、ため息が出る程に美しく凛々しい。メイド達も大絶賛だった。
そして、贈り物の箱を持ったちびっ子ノエルが、後ろからトコトコトついてくる。今日はさすがに正装だ、しかも可愛い男性執事風、靴も履き、パンツもきちんと穿いている。多分。
「セディ国王陛下。在位十年、お祝い申し上げます」
「ありがとう、魔王キキョウ陛下」
玉座の国王セイディは杖を手にし座っている。まだ右足が完治した事は秘密だ。
「本日は、この国と王家の繁栄と陛下のご健勝を祈り、こちらの品を用意しました。どうかお納めください」
ノエルが桐箱を王の側使えに渡す。
「こちらは健康の加護の宝珠、御身を守護する各種加護石。そして王妃様には、十代のピチピチお肌を維持できる“美肌の加護”です」
美肌の加護を殊更強調すると、御婦人方の食い付きが物凄かった。視線が集中し、私でさえ背筋がゾクゾクしたもの。そのあと、郷魔国とセドリック王国の同盟とセディ国王の右足が私の魔法で完治した事が告げられると、大広間は大歓声に湧いた。
そこを狙って、私に向け何者かが槍で突撃してきた。
犯人は周囲の貴族をなぎ倒しながら突進し、槍はこちらの死角を狙うように運悪く居合わせた令嬢を貫きながら私を襲った。
ガギィィィンッッ!
穂先が何かによって遮られる。
それは白くメカメカしいゴーレムの腕だった。
明らかに白鬼壱式のか細い腕とは違う、重厚な装甲をまとった腕だ。
必殺の一撃を防がれた刺客が狼狽えた刹那、首が舞う。
シルヴィアの鋭い剣戟だ。
刺客が光の粒になって消え、勇者の犯行だと皆が驚愕しているうちに、大広間の隅で光の柱が立ち、勇者が復活した。
その側に立っているのは変装はしているが、明らかにオレンジ公爵であった。
「オレンジ公だ、逆賊を捕えよ!」
王の声が響き、公爵に向け近衛騎士が殺到する中、悔しそうな顔を見せオレンジ公爵は、その場から消えてしまった。どうやら転移魔道具を使ったようだ。
槍に突かれ、無残に命を落とした令嬢にすがり泣く両親。
そのそばで宙に浮かぶ異形の白い腕に注目が集まる。
すると腕の主が、まるで光学迷彩を解くように出現した。
会場に驚きの声が上がる。そこには、全高八メートルの白い巨人が、私を護るように跪いていたのだ
そのフェイスマスクは女性的な顔立ちで、無骨な装甲を纏いながらも諸所に女性らしさを感じさせる曲線をもつ純白の人型ゴーレムだった。名を“白鬼弐式”という。
飛行型の壱式と違い、地上砲戦と防御力重視で格闘性能は低い、魔導師型のゴーレムだという。なるほど、フードを被ってるようなデザインは、そういう事か。
【機体名】白鬼弐式
【搭乗者】キキョウ・ユキノ
【寸 法】全高8.2m、全幅3.6m、乾燥重量7.8t
【装 甲】60~120mm複合バイオクリスタライン装甲
【主動力】魔力式ハイペリオンドライブ(亜空ケージ収納)
【推進機】86式反重力スラスター×3
【武 装】魔導ガンランチャーライフル×1、20mm物理式バルカン×2
ヴァリオメタルソード×2、ヴァリオメタルシールド×2
75mm物理徹甲弾、他各種弾頭。
【追加兵装】専用飛行ユニット魔導スクランダー
2連装120mm魔導キャノンユニット
120mm24連装魔導ミサイルファランクスユニット
突然出現した、見た事もない大型ゴーレムに貴族達が驚き、距離を置く。
本来なら「本邦初公開だぜひゃっほう」と、自慢したいところだけど、すぐ傍で可憐なご令嬢が死亡しているので喜んでもいられない。
私は周囲の視線などおかまいなしにドレスの裾をめくり上げ、太ももに装着していた魔導銃をアサルトライフルモードに変形させ、血まみれの令嬢に向け構える。
「リザレクション!」
金色の光が降り注ぎ、無事令嬢が蘇生した。みんな驚愕するも、私はやんやと喝采を浴びた。しかし、すぐ歓声が止む。自国の公爵が隣国の魔王を殺そうとしたのだ。
しかも凄まじい戦闘力を持ち、瞬く間に大国を併合した魔王をだ。
同盟を結ぶ矢先にこれは不味い。しかも恐ろし気なゴーレムも目の前に……
実は、何かが起きるだろうと一応示し合わせていたが、流石のセディ国王も、この状況には真っ青である。
護衛に王国勇者を忍ばせてていたのに、私に賊の攻撃が届いてしまったのが特に不味い。
これをセドリック王国侵攻の正当な口実に出来るからだ。
この場にクロが居なくて、本当に良かった。
私は事を荒立てる気は更々ないので、大丈夫だよ~と、目配せし、王も安堵した。しかし――。
「魔王陛下! 申し訳ございません!」
突然、王の側にいた第二王女が、美しいカーテシーで頭を下げた。
「わたくしをお連れください!」
「はい?」
「わたくしが人質となって、我が国に敵意のない事の証とさせていただきたいのです」
「え、ちょ……」
「本来、第一王子が同盟の証に郷魔国へ留学するとのお話でしたが、まだ十歳と幼いので、ここはどうか、わたくしでお赦し願いませんでしょうか!」
彼女はセドリック王国第二王女セーラ。ホワイトブロンドとダークブルーの瞳が印象的な十三歳の美少女だ。チラリと国王を見ると「あちゃー」という顔をしている。
すると今度は――
「姫さまぁ~っ! ぶへぇっ!」
セーラ王女に駆け寄ろうとした令嬢が、自分のスカートに足を取られ盛大に顔面ダイブした。顔はすり剥け、前歯がごっそり折れ、鼻血ダラダラで大惨事だ。
「い~だぁい~うえええ」
「ああベッキー、どっどうしましょう」
歯が折れたのは部位欠損なので、セイクリッドヒールを使用する。
「あへ?」怪我を治してあげると、ポカンとした顔がとても可愛らしい。二人に深々と感謝された。
「姫さまが郷魔国にゆかれるのでしたら、私もついて参ります。私は姫さまの侍女ですから。お願いいたします! 魔王様!」
「えぇー……」
もう断れる雰囲気でもないので、セーラ第二王女とレベッカ子爵令嬢(愛称ベッキー)を預かる事にした。
我が国のキキョウ総合学園貴族科は、各国王侯貴族の子女が交流できる重要な社交の場だ。
アルス王国の件がなければ、セーラ王女もとっくに入学していたはずだった。
当然、第一王子も人質などではなく、むしろ入学は当人の希望なのだけれどね。
そう、このお姫様の完全な早とちり。とはいえオレンジ領の件もあり、第一王子の留学となれば、人質だと邪推する者も多いだろう。
この王女が真っ先に勘違いしたのだが。
私の館への引っ越しと入学の準備をするよう二人に告げ、同盟調印式で会いましょうと、今日は早々にゲートで消えた。
しかし、この場のざわつきは静まらなかった。
そう、大広間には、まだ白鬼弐式がどーんと置きっぱなしだったのだから。
「な……なぜこのゴーレムは消えないんだ?」
「なんと美しいゴーレムだ。角もあるし、これが噂の鬼神なのか?」
『否。ワレは白鬼弐式。鬼の名を冠する魔導師型ゴーレムであル』
「しゃっしゃべった!」
「誰か中にいるぞ」
『中ニ人ヒトナド、オリマセン』
胸部装甲とハッチカバーを開き、コックピットが無人である事を見せた。
驚く人々を前に立ち上がり、壱式が装備していた物と似た魔導ガンランチャーライフルを構える。
『この場にてワレが大規模破壊魔法を放てば、お前達の国は終わりだナ』
ライフルのバレルが複雑な魔法陣をまとい、ギラギラと輝き始める。
「そんな……そんなバカな! ありえない!」
魔王キキョウがそんな事をするはずがない。そう信じ、叫ぶ国王。
だが……この場の者達すべてが光に飲み込まれ、すべての命が消え――なかった。
『なんちゃっテ、今のは広域ヒールだヨ』
国王セディが玉座から勢いよくずり落ちた。
『まだケガ人が残っていたので、マスターが治療を命じたのだヨ。びっくりしタ? じゃあまたネ』
悪びれた様子もなく、白鬼弐式は飛行ユニットを召喚し、ギゴガゴゴと音を立てる事もなく変形合体すると『開けテ~』大扉から飛び去って行った。
なんとも人騒がせなゴーレムである。無論操っているのは、しらふじだが。
いつも読んでくれてありがとう。(しらふじ)
白鬼弐式は壱式が壊れた後に作った訳じゃなく、もうずいぶん前から開発済みだったんだよ。ボク個人としては断然壱式推しなんだけど、力不足を感じたから、現在大幅にマイチェン中なんだ。今回初お披露目の弐式は完全な人型。ローブを着た女性をモチーフにした、つまり魔導師型なんだ。残念ながらボクの所有する駆動系部品はあまり格闘には向かなくてね。代わりに防御性能は大幅アップだよ。シルヴィアちゃんのランスは……たぶん弾くよ。実は参式もあるんだけど、丁度いい装甲素材が無くて開発が止まってるんだ。え、ネタばらし禁止?




