第19話 魔王、外交を始める
アスフィーに続き、ベルテを妹に迎え入れられたのは、とても嬉しい誤算だ。
一応言っておくが、成人したら恋人にしようなんて下心は、ちょっとしかないから、勘違いしないように。誰に向けて言い訳しているんだ、私。
コーン。甲高い音が魔王の間に響き渡る。
龍王リヴァイアサンが、槍の石突で床を突くと、皆がビクつき注目した。
「元アルスの貴族達よ、身分も財産も全て奪われ不満そうだな。理不尽とでも思ったか? 龍王の布告を無視し、龍王の宝に手を出しておきながら、命を奪われず済んでいるのに不満か?」
クロの低い声の問いに誰も答えない。いや、答えられない。誰もが身じろぎも出来ず、恐怖で呼吸さえ忘れかけていた。床にへたり込み、失神寸前の夫人もいる。
「本来、お前達の国は私の結界に囲まれ、誰一人逃げられぬまま、生きながら腐り、ぐずぐずに崩れ落ち、国土ごとヘドロの海に沈んでゆくはずだった」
再び床を突く音が響く。
「では何故、お前達は生きてここに居る。それは先王キョウカが私に助命を乞うたからだ。敵国人であるお前達の為にだ。私に猶予を与えられたキョウカは奔走した。アルスに謝罪させ、相応の賠償をさせねば三年後、問答無用で私がお前達を滅ぼすからだ。ここに居る者達が、必死に足掻くあの子の様を誰がどれだけ嘲笑っていたか、私は全て知っているぞ」
心当たりのある者達が、くるりと見渡すだけでも三割は居そうだ。そろってだらだらと脂汗をかいており、我が国の文官にも真っ青なのが何人もいる。
「期限が迫った年明け、訳あってキョウカはキキョウに全てを託し旅立った。その意志を継いだキキョウは、可能な限り犠牲者の少ない方法でアルスを併合した。アルスが国土ごと消えれば農業大国消滅に世界も混乱しただろう。そこまで見越し、キョウカとキキョウはお前達を救ったのだ。そこで今一度問おう。お前達は一体何に対し不満を抱いているのか。答えよ」
もはや元貴族達は、平伏する事しか出来なかった。
もう心臓が止まりそうな感じの人もいるし、私は助け舟を出した。
「まぁそれでも、文句の一つも言いたくなるのは仕方ないわ。ねぇ、私の民になると、お金だけじゃ解決出来ない事が叶うかもしれないわよ? どうやらご婦人方は、噂を聞いて、我が国の女性文官をチラ見しているようだけれど……」
怪訝そうに私を見る不平男性貴族達。
「たとえば……ほうれい線を消せたり」
くわっと目を見開く女性陣。気絶してた夫人も瞬時に覚醒した。
「十代のお肌を取り戻せたり、傷んだ髪を若々しく保ったり、長男を授かったり、夫のセンシティブな悩みを、私ならば同じ女性目線で解決できるかもしれないわよ?」
ふさふさなのにギクリとする男性。そんな彼の頭を見る周囲の人々。
「どれだけ財貨を積み上げても得られない幸せを、私の元で手に入れてみない?」
女性陣の視線から敵意がどんどん消えてゆく。
こういうのは女性を味方に付けるのが手っ取り早いのだ。
今日、婦人方も呼んだのは、まさにこの為である。
「納得できない殿方の事は、もうノエルに任せるわ。食べていいわよ」
「あーい。踊り食い楽しそうですぅ。さぁ一列に並ぶです。納得できない者は順番に食うですよ」
よだれをボタボタ落とすノエルの凶悪な姿の前に、男性陣も物分かりが良くなってくれて何よりだわ。こうして円満に郷魔国とアルス王国の併合は成った。
さて、アルスの件は片付いた。やっほう。
残りは、セドリック王国のオレンジ公爵の件と、チャビール王国の郷魔国民拉致の件、これらを早急になんとかしておかないと、枕を高くして外交できない。
まずチャビール王国に拉致された民の所在は、しらふじによって特定した。
では、始めよう。
とは言っても、こっそり救助を進めていたので、あと数人で終了。
実は結構前から、命の危険がありそうな人を優先して助けていたのだ。
チャビール王国、豪商の屋敷の一室。
『こんばんは、あなたはホウト村のティリナね』
「だっ誰ですか?」
『私は郷魔国、魔王キキョウ。今、念話で話しているの』
「あ……即位宣言、聞こえてました」
『助けに来るのが遅れてごめんね。今すぐ帰国できるけどいい?』
「はい…私、助かるんで―」
「はい、助けたよ」
「―すか?」
こんな感じで転移魔法を活用し、次々に被害者を救助していった。
しかし、帰ってきても被害者達の実家は焼き討ちされてたり、家族が全員亡くなっている場合も多く、身の振り方を考える為、魔都や城内ダンジョンの街に住んでもらっている。
チャビール王国に対し、被害者への賠償と、人質に第一王子を差し出すように勧告した。その後、アルス王国第二王子の存命が発覚。チャビールに逃げ込んでいた事が判明したので、罪人として引き渡しの要求をした。実はこの王子、貴族のバカ子息と徒党を組んで、城下でかなり酷い犯罪行為を繰り返していたと判明。殺人だけでも十件もあった。あの日も遊び歩いてたせいで、私の攻撃から逃れたらしい。
それにしてもチャビールからは、まるで屍のように返事がない。
これだけ無視されると、流石にもう手加減しない。とりあえず王宮の庭にクレーターを作ってあげた。これで反応がない時は、もうクロに投げる事とする。もはや死刑宣告だ。
次は右隣の大陸、ティリアル大陸中央の山間部に位置する小国、カベルカ王国だ。
この国は良質な水晶の産地であり、龍王ペンペラーの住まう氷々山が有名だが、山国故に食料生産には向かず、アルス王国からの穀物輸入に頼っていた。
しかし三年前、郷魔国への蛮行に対し苦言を呈したせいで、嫌がらせに酷い取引を強いられ、水晶鉱山の一つを奪われてしまったのだ。
カベルカ王国ルカ城、城門前。
突然、門兵達の前の空間に穴が開き、そこから銀細工のような美貌の娘が現れた。
「なっ何者だベっ!」
「僕は郷魔国、魔王キキョウ陛下の勇者、白銀の勇者シルヴィアとその従者一名。先ぶれもなく突然で申し訳ないが、カベルカ国王陛下に拝謁したい」
「しょっ少々お待ちくださいだべっ!」
程なく二人は、王の間と通された。
「まさかシルヴィア殿が、かの魔王陛下にお仕えしているとは……さて、どういったご用ですかな?」
「こちらの目録をお受け取りください。キキョウ陛下からの感謝の品にございます」
「はて、感謝……ですと?」
目録の内容は、穀物一万トンを今後十年間無償供与する事。そしてアルスに奪われた水晶鉱山の権利書だった。この内容にカベルカ王達は素直に驚き、シルヴィアに説明を求めた。
「どの国も押し黙る中、カベルカ王国だけがアルスに苦言を呈し、正義を貫いて下さった事に対するお礼でございます。そして我が魔王陛下は、カベルカ王国との友好と、永続的な水晶の取引をお望みです」
「おおお、なんと……」
「陛下の正しさが証明されましたぞ!」
カベルカ王や宰相達がオンオンと男泣きしている。
そこに白ローブの従者が翡翠や水晶の腕輪やルースの並んだ桐箱を差し出した。
「こちらをどうぞ。健康の加護や子宝の加護など、王家に有用な各種加護石でございます」
「なっなんと……ゴクリ」
「これが即死無効、こちらは状態異常無効、そして男女産み分けの加護、美肌の加護、毛髪の加護……」
「こっこのような貴重な品、一体どのようにして……」
「はい、私が付与しました」
フードを取った従者の素顔を前に、王達はしばらく金縛りのように動けなかった。
「キキョウ殿、よろしいのか。このような貴重な品々、売ればどれ程の高値が付くか」
「近年のオークション相場で合計二千億スフィアらしいですよ」
「「にせん……」」
「健康の加護は複数ご用意しましたので、是非ご家族や宰相様もご利用くださいね。それと本日、小麦を五千トン持ってきてるのですが、倉庫の場所教えてください。国民の皆さんにもお土産です。あとビールを二十樽持ってきましたので、皆さんで作りたてをどうぞ」
「「ええええっ!?」」
クロがこの先、付与魔術の重要性が増すと言っていたが、確かにこれは外交に使える能力だ。長寿につながる加護や身を護る加護は、為政者が最も欲する物なのだから。
カベルカから産出するのは水晶だけでなく、紫水晶や紅水晶に黒水晶、カルセドニーなど種類も豊富なので、付与魔術師の私としても、友好関係を結べた事はとても喜ばしい。
その後、水晶鉱山に送り込まれ強制労働させられていた、元アルス人の奴隷や囚人達を回収し、国へ戻った。
「あの……お願いがあるのですが」
「なにかしら。アスフィーのお願いならなぁんでも聞いちゃう。ぎゅ~っ」
「むぎゅ。おっお姉さま……大国の魔王なのですから、もうちょっと威厳を……」
「可愛い妹の前では、魔王の威厳など、猫にこんばんわですよ」
いえ、可愛いのは絶対にお姉さまの方ですから!
くんくん……お姉さまから微かにクロ様の匂いがします……ぬぬぬ。
わたし。成人したら、お姉さまの妹を絶対に辞めますからね。
「また意味のわからない事を……それでお姉さま。明日から一週間ほど、お姉さまから離れる事を、お許しいただきたいのです」
「どこか行きたい所があるのかな」
「はい、わたしが育ったオレンジ公爵領の聖女教会です。わたしが居なくなった事で、あの領主様が教会に酷い事してるんじゃないかと、ずっと気がかりで……」
「なるほど、確かに。ごめんなさいね、そこまで気が回らなくて」
「いっいえ、お姉さまも御多忙でしたから」
「しらふじ、聞いてた?」
「はーい、検索。セドリック王国、領都オランゲの聖女教会は一か所のみ」
水晶星が投影したのは、扉に板が乱雑に打ち付けられた、痛々しい教会の様子だった。そんなものを観せられ、アスフィーリンクが冷静でいられるはずもなく。
「待ちなさい!」
「でっでも、みんなが」
「こっちの方が速いわ。“ゲート”」
まだ夕刻だというのに薄暗く、教会周辺はシンと静まり返っていた。
しかし教会内に人の気配があるので、私達は内部へと更に転移する。
「どなたですか! はっ、シスターアスフィーリンクではありませんか!」
「シスターコニキシ! 無事でよかった。みんなは?」
そこには、ランプでこちらを照らす、ふくよかな年配シスターの姿があった。
「あっ、アスフィーお姉ちゃん」
「シスター姉ちゃんだぁ」
「おねぇちゃぁーん」
「おなかすいた」
子供達がアスフィーに抱き着き、再会を喜びあっている。どうやら皆無事のようだ。
「シスターコニキシ、これはまさか領主様が?」
「ええ……あなたがこの国を裏切り、邪悪な魔王の配下になったと言って、この教会を閉鎖したのです」
「そんな……」
「どうも、その邪悪な魔王です」
「えええええっ!?」
シスターが私の姿に驚き、転げそうになったので、とっさに支えた。
「はじめまして、私は郷魔国魔王キキョウです。聖女ミモリに誓って、彼女は国を裏切ったりしていませんよ」
「あああ、魔王キキョウ様……お会いできて光栄に存じます。私共もアスフィーリンクが裏切ったなどとは、露ほども思っておりません」
聖女教会で信仰される聖女とは、前世の私の親友。バハムート封印で命を落とした聖女ミモリの事だ。この世界の宗教は、光と闇の女神を信仰する女神教と、規模は小さいが、郷魔国を中心とした聖女教が存在している。ちなみに対立しているような事はないそうだ。ここはセドリック王国唯一の聖女教会だという。
お腹を空かせた子供達に、おにぎりやサンドイッチを振舞っていると、アスフィーリンクが叫んだ。
「えええっ! シスターディアナが領主の屋敷に!?」
「ええ、昼頃にこの閉鎖を解いてもらう為の交渉に向かって、まだ帰ってこないのです」
「あの頭のおかしい領主に交渉なんて不可能です。直ぐ助けないと何されるかわかりません!」
「そうね。しらふじ」
「了解…………あ、ヤバイ。シスター貞操の危機」
「!!」
「ゲート!」
ゲートが開くや否や、半裸のシスターディアナがベッドに押し倒されている現場に、アスフィーが飛び込んだ。握りしめた輝く黄金のガントレットを、オレンジ公爵の股間に向け、ねじり込むように叩きこんだ。彼女の拳に二つの何かがブチュリと潰れる感触が伝わってくる。
アスフィーリンクがそのまま拳を振り抜くと、公爵は声も上げず、白濁液を噴き出しながら壁にめり込んだ。
「シスターディアナ!」
「シスターアスフィーリンク!? どうしてここに」
「二人とも、さっさとこの臭い場所から移動しましょ」
私は脱ぎ散らかった服の中からシスターの服を拾い上げ、ビクンビクンしてる壁尻オブジェの部屋を後にした。
教会へ戻り、助け出したシスターディアナの顔を見て驚いた。どう見ても大人になったアスフィーリンクだ。おそらく、そういう事なのだろう。
流石にもうこの地では暮らせない。
全員、郷魔国への引っ越しを了承してくれた。その後の相談の結果、城内ダンジョン居住区の教会運営をお願いする事になった。数年前に司祭様が高齢で引退し、人手が足りず閉鎖されていたのだ。幸いシスターコニキシは司祭の資格を持っており、渡りに船である。
本当はアスフィーリンクの家族同然の人達なので、館に住んでもらっても良いのだけど、子供であっても男性がこの館に住むのをクロが嫌うので、お城の居住区に住んでもらう。アスフィーは館に住み、あちらには週に数度泊まるとの事。
シスターディアナと離ればなれにならず、本当に良かった。
「あの……お姉さま……私、先程ゴーレムが開放されました」
「ええっ! すごいじゃない。解放条件は何だったの?」
「金の名を冠する物を破壊する……でした」
「金……金ねぇ、何か壊した?」
「さぁ、全く見当がつかないのですが……」
「ん~、あの男のアクセや、部屋の備品でもふみ潰したのかもしれないね」
「はい、たまたま潰したのかもしれません」
【機体名】黄金のアウレオラ
【装着者】アスフィーリンク・ユキノ
【形 態】ガントレット、ブーツ、アウレオラ(光輪型HVCユニット)
【主動力】ゴーレムコアユニット・アルファ9&ガンマ4
【武 装】グラップラーガントリーギア一式。フィストギアファンネル×6
いつも読んでくださりまして、ありがとうございます。
あのう……どういう訳か、私の名前を読み間違える方が多いのです。
私の名は、コニキシです。シスターコニキシですからね?




