第16話 龍王対上位龍
魔王キキョウの降伏勧告を受け入れられなかった二つの公爵家、ドミンゲス家とガストーネ家の連合軍四万は郷魔国へ向け侵軍を開始した。勇者二人、更に勇者三人分に換算される龍族が一人同行するかなりの戦力だ。
進軍は順調だった。どうして放置しているか不思議な程の肥沃な平野を進む連合軍の前に、忽如として、すみれ色の髪をなびかせる美しい少女が現れた。歳の頃は十六~七だろうか。小ぶりだが、ツンと尖った挑発的な二つの膨らみと、まだ少女らしさを残す肢体を包むのは、DTを殺しかねない煽情的なニットのセーターだ。背中は尻の半分程まで露出しており、そこから生える艶めかしい白鱗の尻尾から、彼女は龍族であろうと推測できた。そして、ノーパンのように見える。
「これより先は、わが主、魔王キキョウ陛下の国。無断で侵入する者はただですまないです」
「な、なんと破廉恥な格好か。娘、龍族だな。ならばこちらも、上位龍コントアロー殿!」
現れたのは、骨付き肉を頬張る、明らかに不摂生な体形の男だった。
龍化時に魔法陣を頭上に出したノエルに対し、男は足元に魔法陣を出し、よっこいしょういちと座り込み、くすんだ橙色の巨大なドラゴンがズドンと現れた。
「でゅふふふふ。ボクは上位龍コントアローなんだな。さっ逆らうものは圧殺なんだな」
圧殺というだけあって、彼は龍化したノエルより遥かに大きく、そしてデブっちょだった。正に肉の塊である。
「おいしそう」
彼を前にした少女は、不穏な言葉をつぶやきながら龍化した。
現れたのは四翼を持つ純白のドラゴンだった。そう、少女はノエルだったのだ。
しかも前回より一回り程成長しており、大きさはコントアローにも引けを取らず、しなやかで引き締まった筋肉を纏う白鱗の曲線が女性的で美しい。
巨龍が睨み合うその様は、まさに怪獣大決戦だ。が、何か様子がおかしい。
「なっ何者なんだな? お前みたいな超位龍なんて、ボッボクは、しっ知らないんだな」
「わっちはね……」
ノエルが金と紫の目を細めながら、彼の耳元で囁く。
「龍・王・バハムートです」
コントアローがブヒュっと息を飲み、ガクガクと震え始めた。
なんとノエルはキキョウの初戦翌日、失っていた龍王の称号が復活したのだ。
現時点でノエルの戦闘力はコントアローの三倍を軽く超えている。
「ええと……です。トントローでしたっけ?」
「コッコントアローなんだな」
「あなた、体も名前も美味しそうです」
驚く程の美少女(龍)が自分の体を舐め回すように見つめている。食欲的な意味で。
「でゅひぃぃぃ~っ!!」
「わっちのあるじ様、人を食べると怒るんです。でも敵対した同族なら問題ないですよね。脂が乗ってて串焼きもステーキも良さそうです。じゅるり……」
蛇に睨まれたカエルのようなコントアローが辛うじて取れた行動は、自分の尻尾を根本からザックリと切り飛ばし、ノエルに差し出す事だった。
「こっこっこれでお赦しくださいなんだな。二度と龍王様にも、あるじ様にも敵対しないんだな!」
ノエルがビチビチ動く尻尾を受け取り、指輪の魔法珠に収納した。
「貢物を受け取ったので……惜しいですが、これで手を打つです。でも、そんな酷い自切したら尻尾が再生しないですよ」
「いいんだな。龍王様に敵対した報いなんだな」
「あとで封印城にくるです。あるじ様にその尻尾再生してもらえるよう、お願いするです」
「えっ? そっそれはありがたいんだな」
「あと、一緒にいる龍王リヴァイアサンに、あれの宝である郷魔国に手を出そうとした謝罪もするといいです。既にバレてるので逃げると確殺されるですよ」
「リヴァ……でゅぼはぁっ」
龍王リヴァイアサンと言えば、過去にいくつもの国を滅ぼした、最も凶暴かつ残忍な龍であると、龍族の間では伝わっている。
そんな龍王の宝に、彼は手を出そうとしたのだ。
吐血するふとっちょドラゴン。なぜそんな致命的な事を龍族が知らなかったのか。
それは生まれてから五百年、彼がずっと自宅に引き籠っていたのが原因のようだ。
「ニーズヘッグの一族なら親の脛より世界樹かじれ!」
そう怒鳴られ、彼は龍の里を追い出されたという。
「大丈夫、きっと優しいあるじ様がとりなしてくれるです。郷魔国は料理がすごく美味しいです。城下の串焼き屋は絶品ですよ」
「でゅほぉ、なんとお優しい龍王様なんだな。どっどうしてこんなダメなボクに優しいのかな。期待しちゃうんだな」
「よい肉質だからです。じゅるり」
土煙を上げ、ドスドス逃げてゆく最高戦力の背中を眺めながら、呆然とする公爵連合軍の騎士達。強力無比だと思っていた上位龍が自切してまで逃げ出す程の相手が、こちらをじっと見下ろしている。
「告げるです。わっちは魔王キキョウ陛下の下僕ノエル。お前達は今ここで、郷魔国の民になるか、わっちの餌になるか選ぶです。ペロリ」
今回、ノエルの裁量に任せると言ったが、かなり直球な方法を取ったようだ。
予想外の事態に思考停止する騎士達の頭上。曇り空に向け、ノエルはバーストフレアを放った。これはバハムートの基本攻撃魔法で、キキョウが封印内で撃ったものより遥かに威力が上だ。
一瞬で曇天が蒼天に変わる様に、騎士達の心は完全に折れ、同行していた勇者二人も戦意を喪失した。
あとは簡単だった。進路を反転させ、彼らに領主達を捕えさせたのだ。
騎士達に屋敷を包囲された寄子の悪徳貴族が次々に降伏し、最後まで抵抗した公爵達も、屋敷の庭に降り立ったノエルの姿を前に無条件降伏した。
降伏した貴族達の屋敷に、ゲート魔法で現れた郷魔国の屈強なムキムキ文官達がなだれ込み、次々に彼らの財産を没収し、目録に記入すると魔法の鞄に詰め込み運び出してゆく。これらの財産は、全て重税を課し領民達から吸い上げたものだ。
いずれ何らかの形で民に還元する事になるだろう。
さて。慈愛の勇者アスフィーリンクがシルヴィアに連れられ、封印城魔王の間に入場すると、そこにはアルス王国の放ったスパイ二十五人と、郷魔国の民でありながら魔王を裏切った売国奴五人が両膝を付き魔王の裁きを待っていた。
以前、キキョウに黒こげにされた中年文官の姿もある。
「まず、アルス王国のスパイ達は罪を不問とします。もはやアルス王国は滅んだも同然です。なのでわざわざ滅んだ国の者を罰する意味もないでしょう。もうあなた達は私の国民です。今の暮らしを続けるもよし、家族の元へ帰るもよし、自由に楽しく幸せに暮らしてください」
スパイと言っても、民に扮し普通に生活していたような者達が大半だ。
上級文官だった者もいるが、せっかくの優秀な人材を処分するのは惜しい。
彼らは手枷を外されると、安堵し、涙しながら魔王に忠誠を誓い退場した。
「さて、次はあなた達だ。売国奴の諸君」
突然、魔王の間の温度が下がった――そう錯覚する程の冷やかな声が響く。
彼らの罪状は明白だ。スパイの手引きや国家機密の漏洩、そして何より魔王に忠誠を誓った身でありながら裏切った事。この国一番の大罪で連座制が適用される。ちなみに“偽りの忠誠”という魔道具を用い、魔国民のフリをするのだ。
「あなた達の罪状は明白。魔王キョウカを裏切った事。あと外患誘致罪ね」
「お待ちいただきたい! 我らはアルス王国に脅されていたのです。家族を人質にされている者もおります。どうか御慈悲を!」
またお前か。
「確かに情状酌量の余地はあるわ。でも、あなたはダメよね」
「なっなぜっ!」
「だって自分からアルス王国に機密情報を売り込んで、セドリック王国のオレンジ公爵とも繋がって、そこで一緒に並んでる文官達を脅迫して悪事の片棒担がせたんだから、完全にアウトでしょう。外務副大臣さんよ」
「他にも我が国で禁止されてる奴隷の売買をしてます。難民や孤児を捕え、他大陸に売っていたようです。そして別荘に若く美しい奴隷を大勢囲ってますね。他に――」
横からクロが補足説明すると、彼の顔色がどんどん悪くなってゆく。
「更にチャビール王国へ、アルス王国が洪水を起こす情報を流し、国境沿いの村の襲撃をほう助。村民百六十八名が拉致され、既に数名の死亡を確認しています」
城内がどよめき、周囲から殺気に近いものが中年文官に向けられた。
この中年クソ文官は、洪水の日時を知っていたのだ。この情報があれば十八万もの人死にを避けられたかもしれない。私もクロも、この文官のやらかし内容を知らされた時、強い殺意が湧いたものだ。
「一応最後に聞いておく。どうして国を、キョウカを裏切ったのかしら」
「この清浄なる世界に魔国などあってはならぬからだ! 人々の意思を捻じ曲げ奴隷のように扱う魔王と魔国を滅ぼすのは、我ら人族の責務だ!」
うーわ。とんでもない事言い出した。奴隷売買してたくせに何言ってんの。なんかもう別人みたいに豹変してるんですけど。まるで狂信者みたいだ。
「人族至上主義者ですね。この世で人族こそが最も優秀だと信じ、他種族を亜人と蔑み、魔王を殊更嫌う頭のおかしい連中です。近年、アルス王国にもその思想が広がっていました」
「はーい! 僕、アルスでその旗頭にされてたよ。姉ぇ…陛下」
「マジか」
「なっなんと、シルヴィア様、御存命でしたか。我らが人族の希望よ! どうか、人族の栄光と繁栄の為に尽くしてきた私を、この白き悪魔の手からお救いくださいぃっ!」
「ぶひっ」目の前に高速移動したシルヴィアに軽く腹を撫でられ、中年文官が転がった。
「僕の最愛の姉を言うに事欠いて、悪魔だと?」
「うぐぐっ…あっ姉……ですと」
「そうだよ。僕の前世は、魔王キキョウ陛下の弟なんだよ」
突然、キキョウに討ち取られたと思っていた白銀の勇者が現れ、この驚きの発言。皆がそろってこちらに視線を向けた。
「うん、弟のシロくんだよ。私のおっぱいが大好きな甘えん坊の可愛い弟だったのに、こんな美人さんになっちゃって、しかも経産婦なんだもん。姉ぇちんびっくりだよ」
「ちょっ! 姉ぇちんっ! 僕にも勇者としての立場が――」
顔を赤らめ、狼狽える銀髪美女の姿に、少し場の空気が緩んだ。
その後、聞くに堪えない中年文官の口を塞ぎ、近衛騎士がズルズルと引きずってゆく。
彼には情状酌量の余地などなく、公開処刑決定だ。連座で処分される親類は居ない。だが後に、人族至上主義の人類帝国出身であることが判明する。
残ったのは家族を人質にされていた者達だ。この魔国では、魔王の命令を拒絶してもいいが、裏切りはいかなる理由があろうと赦されない。たとえ家族を人質を取られ、犠牲になろうともだ。これは王政国家でも似たようなものだろう。
既に彼らの家族も監視下にあり、司法官が罪状と処罰内容を読み上げてゆく。最後に私が頷くだけで連座により、彼らとその家族の三親等までの者達に刑が執行される。処刑方法はあれだ。
マジ勘弁してほしいが、この国の法律だ、私が守らずどうする。
「お前達。この私、魔王キキョウの転生を祝え! さぁ祝いの言葉を捧げよ!」
この場の皆がキョトンとし、「おまえは何を言ってるんだ」そんな顔をしている。
「まっ魔王陛下、転生おめでとうございます!」
「キキョウ様おめでとうございます!」
「初代様、転生ばんざーい!」
「転生オーパイサイコーっ!!」
罪人達が戸惑いながらも、私を祝う言葉を必死に叫ん……ん?
「うむ、よきかな。私の転生祝いに恩赦を与える」
「へっ陛下っ! それでは民にも、罪人にも侮られますぞ!」
司法官の言う事も解る。
「大丈夫。もうこんな事は二度と起きないから。私は必ずこの国を世界一平和で豊かで、誰も手出しできない強国にする。そうすればもう売国奴なんて現れないでしょう?」
臣下一同を見渡す。まだ納得出来ない顔もある。
するとクロが一言追加した。
「間もなく大国アルス王国を併合し、郷魔国は名実共に世界有数の大国になるだろう。それを、たった一人で成したのは誰か」
「美しき魔王陛下です!」
皆がそろって跪き、競うように私を賛美しはじめた。
うわっ、うわーやめて、こそばゆい。蕁麻疹になりそう。
読んでいただき、ありがとうございます。
とある人情ドラマの主人公に似た口調の上位龍トントローさんは
これからも劇中にちょこちょこ登場しますので、彼の活躍にご期待ください。




