第106話 大団円?
玉座の右にクロ、左にノエル。いつもの定位置に二人が立ってる。
ひじ掛けの感触を確かめながら深呼吸すると、懐かしい匂いで胸が満たされてゆく。
ああ、郷魔国に……自分のいるべき場所へ帰って来たんだなぁと強く実感する。
現在、私の前には家族達を中心に、臣下、近衛騎士、メイド達がそろって、目を輝かせながら跪いていた。
そんな大勢ひしめく魔王の間をぐるりと見渡し、私は無慈悲な言葉を皆へ告げる。
「一応言っておくけれど、ここにいる時の私は大魔王だよ。女神として、ここから何かを命じる事はないからね?」
私を崇めるように目を輝かせる臣下達にバッサリ告げると、すごい不満の声がハモった。このミーハー共め。女神になったものの、私が女神風を吹かせるような事はそうそう無いと思う。先程の念話で各国に上から目線で命じた税率の件だって、本来は女神として命じる必要のない案件だもの。元々、世界会議で提案するつもりだったの事を、丁度都合が良かったから伝えただけだ。
残念そうに臣下達が肩を落とす中、シルヴィア達が何やら揉めてる?
「光洋ぉ」
「いてっ、なんだよ婆ちゃん。蹴るなよ」
「わしをあん玉座んとこ、連れてって座らせてくれ」
「何言ってんだよ、今キキョウ姉さんが大事な話中だからダメだって。あたっ」
「光洋、どうしたの?」
「シロ、なんか婆ちゃんが魔王の玉座に座りたいって……」
「え。それはちょっと、どうなんだろ」
「シルヴィア~何かあったの?」
「姉ぇちん、森美お婆ちゃんがそこに座りたいんだって。どうしようか」
え……森美? お婆ちゃんそんな名前だったのか。
私はお婆ちゃんの真剣な視線と名前が気になり、壇上へ車椅子ごと転移させた。
シルヴィアが彼女の手を取り玉座へ誘導する。
「さぁ、森美お婆ちゃん。どうぞ座って」
「すまないねぇ、よっこいしょういち」
親友の祖母という事もあり、前世のシロくんは森美お婆ちゃんと随分親しかったという。
彼女はちっちゃくて凛として、きっと若い頃は凄い美人だったのだろう。
そんな森美お婆ちゃんが玉座のひじ掛けを撫でながら――
「翡翠牢の封印結界を全解除。構成してた全魔導リソースをわしへ」
突然お婆ちゃんを中心に現れた、魔王の間いっぱいに広がる幾重にも構築された超巨大魔法陣群。すると、しらふじが外から見た封印城の様子を映し出してくれた。
外の巨龍しらふじが封印城のそばであわあわしている。
『キキョウちゃん、封印城を中心に魔法陣がいっぱい現れて、お城自体も発光しはじめたよ』
「うわぁ、なんだか有名デパートの豪華なクリスマスツリーみたいね」
「キキョウさんの感性ってぇ、独特よねぇ」
客観的な感想を述べると、肩に乗るラミが耳元で何か言っておる。
私、普通だよね?
ゆっくりと時計回りする魔法陣群がピタリと止まり、猛烈な速度で逆回転を始めた。すると、周囲の小さな魔法陣から順番に分離しながら宙へと舞い、次々にお婆ちゃんの小さな体へと吸い込まれてゆく。
そして、最後に残った大型魔法陣が超回転しながら縮小し、彼女の胸の中へ消えていった。全ての魔法陣を吸収すると、彼女の体が発光しながら成長……いや、時間を巻き戻すかのように若返ってゆく。うおお、ぽゆんぽゆんだ。
年の頃は二十歳ぐらい、背格好は私より少し背が高いぐらいだろうか。昭和臭のするババ服がもうみっちみちでやばい。
そんなギリギリ感のある姿を披露しながら、腹を空かせた肉食獣のごとくギラついた瞳が私をチラ見した。和風正統派という顔立ちの美女だ。
長く艶やかな黒髪とぱっつん前髪を揺らし、黒曜石の美貌が笑みを浮かべながら、両腕をすらりと前方へ差し出す。そして、芯のある強い声で告げた。
「聖杖テュルソスを前に」
シュパと正面に現れた魔法陣から青白い光を噴き出しながら現れたのは、三日月の上で両翼を広げた水晶の小鳥が美しい聖杖。目を細め、懐かしそうに杖を掴むと、瞬時にその豊満な体を空色のシスター服が包み込んでゆく。
ああ……私、この人を知っている。
「勇者聖女、ミモリ復活であるぅ!」
ぐるんと大きく杖をふるい、くるりと回って歌舞伎の見栄のようなポーズを取りながら「ニン」と、超ドヤ笑顔の聖女ミモリ。
この場にいる全ての者達が情報過多で、脳の処理速度が落ちたかのように呆気に取られていた。彼女を知っているはずのクロでさえ、大量の鳩にバードストライクされたような顔をしているではないか。
清楚で可憐な聖女の肖像画を朝晩欠かさず崇めている聖女教徒のアスフィーに至っては、想像とかけ離れた聖女の姿を、まるでチベットスナギツネのような顔で見ている。
なんで光洋くんのお婆ちゃんが聖女ミモリなの……必死に頭を動かすも、解答を導くにはあまりにも情報が少ない。
彼女に声を掛けようとした時、ミモリはすぐそばのハイベルへ右手をのばしながら向け叫んだ。
「ベルぅ~っ!」
小椅子から立ち上がり、ローブを脱ぎ捨てながら左手をのばし、ハイベルもロリ声で叫んだ。
「ミモリぃ~っ!」
手を絡めると、小柄なハイベルがミモリをぐっと抱き寄せる。
そして、まるで恋愛物語か冒険活劇のワンシーンのように、熱く抱き合うふたり。
更に追い打ちをかけられた如く、みんな唖然として動けないでいる。
これまで謎であった、ハイベルの姿までもが明らかになったのだから。
見た目は十歳程だろうか。翠色から黄色にグラデーションする柔らかな髪に金色の瞳の可憐な容姿。背中には妖精のような四翅。お尻には春めいた萌黄色をした龍鱗の尻尾が生えている。龍だ。しかも超位龍である。
その華奢な肢体にまとうのは、大切な部分はきちんと隠れてるが、目のやり場に困るようなギリッギリな衣装。だが更なる驚愕案件がそこに見て取れた。
なんとハイベルは男の娘だったのだ。
この場で唯一冷静に見えたノエルが「負けたです」ハイベルの痴女も真っ青な衣装に驚愕している。というか、ノエル。目の前で抱き合うおねショタカップルが、あなたの両親だよ……ノエルの露出癖は父親譲りなのか。やはり娘は父親に似るという定説は正しそうだ。
処理落ちした頭脳を再起動させ、大きく深呼吸すると純米酒の匂いがする。
いつのまにか酒瓶を持ったノノがおり、ミモリとギャーギャーとても楽しそうに言い合いをしているではないか。
前世では私と三人で冒険したり、暮らしたりの仲だったらしい。
残念な事に、私には当時の記憶がないけどね。
「キキョウ。千二百年ぶりー」
「キキョウぅぅ、こいつ転生しても全然変わってねーし」
「わははははっ! わしが転生程度で変わるもんかい」
「……ねぇ、ひとつ聞かせて。なんで森美お婆ちゃんが聖女ミモリだったの?」
「あー、ほぼ偶然じゃな」
「は?」
「邪神に狂わされたノエルを封印して死んだわしはな、己の魂を結界システムに組み込んでてのう、お前の生き様をずっと見守っておったんじゃ。いやぁ愉快愉快」
「なんてこったい」
「その肩におる魂まで喰らうという邪神から護るため、お前の魂を異世界に一時避難させる事にしたんじゃが……だがそれだとお前は、もうラヴィンティリスに帰ってこれん」
「うん、確かに」
「酷い事してごめんなさい!」
もういいよと、笑顔でラミに手を振るミモリ。娘同様大物だ。
「そこでわしも一緒に異世界転生する事にしてな。キキョウが死ぬのを待って、お前の魂と共に異世界へ向かったんじゃが……」
「マジか」
「ところがわしん魂が転移中、何かにぶつかり砕けてのう、不完全な状態で転生してしまったせいで記憶もねぇし、転生時期も数十年ずれてな。おかげで結婚して、間抜け面の孫もほれ」
口をぽかんとさせ、目をぱちくりしてる光洋。
「本来は、お前と双子の姉妹として転生するはずだったんじゃよ」
「マジでそんな事が……」
「まぁ記憶が無いながらも、無意識のうちにお前んそばで暮らしてたんじゃろうな。だから今ここにいるんは、必然を伴う偶然じゃ。ついさっき、記憶が蘇ったんじゃもん」
そしてミモリは私の魔法珠を指差した。
「ほれ、さらに偶然そこに、わしん砕けた魂の一部がある」
「え……まさか、ユリ?」
「ん。あとでわしが蘇生する。ところでキキョウ……その物言い、ひょっとして記憶ねぇんか? 接吻のひとつもかましてこんし、わし相手に他人行儀過ぎる」
「へ。私達ってそういう関係だったの?」
「娘っ子同士でも、ちゅーぐらいするじゃろ。どれ、記憶戻してやっか」
「え、ちょっとまって。心の準備がまだ――んぶぶっ!」
ミモリは私を抱き寄せると、舌なめずりしてから、おもいっきりディープキスしてきた。
後から聞いた話だが、彼女の構築した封印結界は、私の幼少期から魔王になって死ぬまでの記憶をバックアップしていたそうで、現在、そのバックアップデータが脳内に濁流の如く流れ込んでくる。
およそ六百年分の記憶だ。「んんんんん~っ!」
私の幼い頃の記憶には、既にミモリとクロが存在していた。そんな昔から二人は私と知り合いだったのか……あ、私が百歳の頃にノノが登場した。まだ十歳なのに酒が大好きで、今と変わらない豪快な親友である。うわ、カリマー様、めっちゃ細い。
五歳で魔王の称号を得てからの記憶に、両親の存在は無かった。
そして――自ら穴を掘って埋まりたくなる程の最低最悪な、郷魔国初代魔王になってから死ぬまでの二百年分の記憶。
封印を維持するため、要となる魔王の後継者を我が子から得る為、百人近い男達と関係を持ち、多くの子を産んだ身勝手極まりない母親失格な所業。
生々しく痛々しい記憶がどんどん増えてゆく……
「キキョウ様、大丈夫ですか?」
クロに支えられ、ふらふらと玉座にヘタり込むと――おげぇぇぇぇぇぇ。
私はマーライオンの如く、盛大に嘔吐するのであった。
「キキョウさぁん、だいじょうぶぅ?」
肩に乗るラミーリュの小鳥のような声を聞きながら、脳内で記憶のパズルの最後のピースが綺麗に収まった。同時に混濁してた意識が正常化する。
「あ……うん、大丈夫だよ」
ああ、全部思い出した。今……私の前世と今世がつながった。
私は今、私になったのだ。
妙な表現だが、これが今の自分に一番しっくりと来る。
1000年前、600歳で死んだ私が628歳になって、今この場にいる。
転生後の28年分の人生に違和感はない。
クロを愛し、可愛くて綺麗な娘達をたっくさん囲って、楽しく暮らした事。
それは前世の私の望みではないけれど、結果オーライといえよう。
そしてもうひとつ。微妙に重大な事実に気付いた……
更に前世の私、男だわ。女の子が大好きで、自分も女の子になりたい男だった。
ねぇ、この情報いるの?
「うぁ……ごめん、私ちょっと気絶する……」
「キキョウ様?」
膨大な記憶を一気に書き込まれたせいで、脳に負荷がかかり、私は眠るように気を失ってしまった。
夢を見た。宵闇が迫る黄昏どき。橙と紫の混じる美しい空の下。
黒い魔装の私と、白い魔装の私が向かい合っている。
「私、テンパって随分やらかしちゃったけど……来世の記憶と繋がって、そう悪い人生でもなかったのだと知って、安心したよ」
「そうだね。ゲロ吐くほど酷い前世だったけど、子供達はみんな幸せだったというし、今も可愛い双子が慕ってくれてるものね」
「「翼人族の王はノーカンで」」
「臣下の面前であんな盛大にゲロ吐くなよ。でも、子供達の事は本当にありがたい。本当に……それにしても、ユリハーレムって……」
「みんな可愛いよ。クロちゃんは最高に可愛いし、ノエルも超可愛いし、嫉妬深いアスフィーもめちゃ愛しい……」
「ノエルはユキに寝取られただろ」
「寝取られゆーな。みんな幸せだからいーの」
「だね」
「ふふふ」「ははは」
「「じゃあ、ひとつになろうか」」
私達は合鏡のごとく互いの両手のひらを合わせ、おでこと鼻の頭同士が触れた瞬間、まばゆい光に包み込まれてゆく……
そうして、私の意識が覚醒すると……おや。いつか見た光景のように、ベッドを囲む家族達が心配そうに私の顔を見ている。
ただひとつ違うのは、この場の全員が全裸、もしくは下着姿だという事ぐらいだろうか。
「キキョウ様、ご気分はいかがですか?」
「…………なんでみんな裸なの?」
「黒歴史? が戻ったキキョウ様は、しばらく立ち直れない程の精神的ダメージを負ってるはずだから、みんなで乱交して、気持ちよく荒療治した方がよいと……ミモリ様が」
そう言いながらミモリへ視線を向けるクロの横で、にぱぁと笑う元凶。
「ミモリぃ……お前も混ざるんかいっ! ハイベルとスケベしてなさいよ!」
「このツヤツヤお肌を見ろ。もう狂ったようにヤリまくったわ。キキョウ、お前三日も寝てたんだぞ。大丈夫か?」
「マジか……でも私、過去の自分と折り合って精神的ダメージは残ってな――」
「ものども、かかれぇいっ!」
「ちょ」
キャ~ッ! ミモリの号令で黄色い声をあげながら、恋人たちが突撃してきた。
まずはクロから順番に私を抱きしめ、キスしてくる。
話を聞け、ご飯食べさせろ、お風呂入りたいと叫びたいところだが、可愛い恋人達を無下にもできない。ずっとご無沙汰させちゃってたからね。
あああ、みんな愛しくてたまらんです。
「ちょっ! なんでユキがいるのよ!」
「えへへへ、お母さんと唇キスするのはじめて~」
「えへへへ、じゃな――んんっ!」
まさかユキが混ざってくるなんて。はっ、ノエルがサムズアップしている。
ノエルぅぅっ! ユキはあなたの嫁でしょうがっ!
私が一方的にもみくちゃにされ、みんなに愛されまくるという、ただれた祭典は三日三晩続くのであった。とはいえ大混戦は初日のみで、その後は来る者は拒まず、去る者は追わずの展開で、まったりと過ごした。みんなの成長をたっぷり堪能させてもらったよ。
特に外見の変化が大きかったのは、ロレッタであろう。
妖精のような美少女は、妖精女王という雰囲気を醸している。
同じ人族のローズは、いくつか加護を持たせてるので薔薇の美貌は健在だ。
でも婆ちゃんになっても、ローズの事は変わりなく愛せるからね。
そんな祭もやっとこ終わり、久しぶりに庭のガゼボでまったりとティータイム。
ここは様々な草花に囲まれ、とても落ち着く。
でも現在、少々緊張気味の私。
とうとう本日、ミモリがユリを蘇生するのだ。
だがその前に、しらふじから報告を受ける。私が寝てる三日の間に、ケージ艦内の家畜やペットの移動を済ませたそうだ。事前に用意した畜舎に牛や豚達を移し、犬猫達は希望してる臣下とお見合いを準備中。すでに飼い主が決定済みの犬の移動は済んだという。ラビットピアにはボーダーコリーなどの犬と兎を各種。猫達は繊細なので様子見中だが、キキョウのお宿にもラグドールやメインクーン、紅薔薇夫人の館にはペルシャが副支配人に就任予定である。キキョウの館では、短い足がキュートなマンチカンやマレーニャに似た柄のターキッシュバンをユキやベルテ、メイド達が可愛がっている。同盟国やセドリック王国にいるセーラにも、近く子猫を贈る事になっている。
そして、大量に箱買いした処分品の衣類をノノに任せた等、報告を受けた後、テーブルの上でショートケーキに頭を突っ込むラミを見ながら、私はクロに愚痴った。
「まったく……私はトラウマも抱えず、正常だって何度も言ったのに……誰も信じてくれないし、ペロペロ止めないんだもの」
「四年も放置した私達へのねぎらいだと思ってください。てっきり二年で戻ると思ってたのですから……」
「ごめんごめん、興が乗っちゃってね。それにお土産を用意するのに、時間かかっちゃったんだよ」
「それは聞いてますが、それはそれ、これはこれです」
「はい、ごめんなさい」
「ところで……」
ベビーカーから茉莉花を抱き上げながら、クロがとんでもない爆弾を投下した。
「この茉莉花ですが……私達の娘ではありませんね」
「え。ええっ!? ちょっと、私、子供が出来るような浮気はしてないからね?」
「落ち着いてください。仮にそうであっても私は咎めませんし、私達と言いましたよ」
「え……どういう事? じゃあ茉莉花はいったい誰の子なのよ」
「ヘムエルヒリアですよ」
「は……はい?」
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。(キキョウ)
実はこの106話で最終回でした。しかも盛大に嘔吐して終わるという、とんでもラストだったようですが、文句言って変更させたわ。やれやれです。
どこの世界に、でっかいトラウマ抱えさせられ、美女主人公が吐いて終わる物語があるのよ……今は反省して、大幅に書き直してるようだけれどね。
という訳で、物語は続きます。




