第10話 魔王御前会議
私のチョップの意味を全く理解していないノエルに、もう一度チョップして、ぎゅうううっと抱きしめ、そのまま館に連行した。
大勢の館メイド達を前に、目が競泳選手ばりに泳ぎまくり、プルプルしているノエル。
私に顔立ちが似てるので、親類だと思う者もいたが、クロのアドバイスで古い知人の娘を預かったという設定にしている。しばらく元龍王バハムートである事は伏せておくつもりだ。
そして、大人クロの姿を初めて目にし、彼女の正体が龍王リヴァイアサンだと知り、大半のメイド達は動揺するも、きちんとプロの仕事をして見せた。
龍人化した大人クロは、ただそこに立ってるだけでも威圧感が半端ない。
ちなみに私達の呼ばれ方は、私が魔王様、陛下、キキョウ様。クロはクロ様。ノエルはノエルお嬢様だ。まさか私が陛下だなんてね。それと水晶星で飛び回るしらふじの事も紹介した。呼び方は、当人の希望でしらふじちゃんだ。
私の為に用意された豪華すぎる夕食を済ませ、みんなで露天風呂に浸かる頃にはノエルも落ち着き、今は私の左腕に頬ずりをしている。ノエルお嬢様かわゆす。
満天の星空のもと、この世界に来てまだ一日半も経ってないという事実に気付き、感慨深げにクスクスと笑った。そんな私の顔をクロが不思議そうに見ている。
なにせ、昨日の昼頃まで病室のベッドの上で自暴自棄になっていたというのに、それが今では、クロとノエルという新たな家族がそばに居てくれるのだから。
あ、しらふじもね。
「わっちは自由を謳歌して、今夜は草木に囲まれ、雑草のように寝るです」
「えっ雑草? ちょっノエルっ服は?」
「ボク、ノエルちゃんのとこに行くね。お二人共ごゆっくり~」
お風呂から上がり、畳と掘りごたつのリビングでお行儀悪く寝転がり、四人でまったりと雑談しながら過ごしていると、メイドが用意してくれた、手縫いの可愛いいワンピを脱ぎ捨て、ノエルが裸のまま館の窓から飛び出し、しらふじの水晶星もクルリと回って飛び去ってしまった。
「ふふ、あるじ思いの良い子達ですね」
「なにそれ。あ……」
私をお姫様抱っこした大人クロが、まるで獲物を巣へと運ぶかのように、寝室へと向かうのであった。
翌日からの過ごし方だが、魔王として生きる為に必要な知識の習得。魔導銃とゴーレムの操縦技能の習得。アルス王国対策。付与魔術の研鑽。主にこの四つを自身に課した。
三月一日の魔王御前会議に向け、一ヵ月半で最低限の技術と知識をこの身に叩き込むつもりだ。無理をする必要はないとクロは難色を示したが、最終的に私の自由にさせてくれた。
まず、何をするにも圧倒的に時間が足りないので内容を絞り、クロ、宰相のハイベル、武官のヴァルバロッテ、文官のソウイチが教師役を務め、職務の合間に魔王として必要な諸々を教えてもらう。ハイベルが言うに、今の私が一番最初にすべき事は、自分の常識とラヴィンティリスの常識との擦り合わせだという。
次に魔導銃とゴーレムの操縦。しらふじが用意したシュミレーターを中心に訓練する。しかし戦う事になるであろう敵勇者の数値的データが一切無い。現在しらふじが敵国をスパイをしてる。だが幸いな事に、敵勇者と何度も模擬戦をした事のある、ヴァルバロッテの話を訊く事が出来た。
そして訓練も進み、本物の空を白鬼で空を飛んだ時は、本当に感動した。
空も海も広いなぁ……え、ノエルが白鬼の上に乗ってるんだけど。あ、落ちた。
時々、ヴァルバロッテが剣の手解きをしてくれたが、前世が剣士だったせいなのか、それ程苦も無く体が動いてくれる。それにしても彼女はおっぱいが本当に凄い。さすがロリ巨乳侍の称号は伊達じゃない! お風呂も一緒に入ったよ。ちなみに彼女は異性愛者だが、別にガッカリしてないからね。
お風呂で恋バナになり、彼女は求婚してフラれた経験があると、笑いながら話してくれた。
「はぁ? 誰よそれ。ホ〇かよ!! 今から玉潰しに――」
「陛下ステイ」「はい」
そして、アルス王国対策は既に決まっている。王家を滅ぼし、郷魔国に併合するのだ。
そうしないとクロに国土ごと滅ぼされ、世界が食糧危機に陥ってしまう。
身内にラスボスがいる展開って、子供の頃に読んだ漫画にあったなぁ。
最後に、今回は付与魔術の優先度は低いので、空いてる時間にドワーフの職人達に発注した水晶や翡翠のルースに付与する程度にしている。ただし今後、重要度は格段に上がるだろうとクロが言う。
健康の加護を付与したサファイアを眺めながら、ニヤニヤクロ。
さぁ、頑張ろうか。だって自分で決めた事だもの。
シロくんよ、姉ぇちんは異世界で魔王になって頑張るよ。
勉強や訓練の合間、気分転換に城内ダンジョンを散策したり、魔国立キキョウ総合学園の優秀生徒の表彰式にサプライズで参加したりで、私が転生し戻ってきたという噂は、城内から城下へと拡散していった。
三月一日。
本日は魔王御前会議だ。月に一度、魔王の間にて高位の役職に就く臣下が一堂に介しての定例会議だ。今回は地方代官達も呼び寄せているので、二百人近くが集まっている。ちなみに先月は都合によりお休みだ。
魔王の間。そこは郷魔国初代魔王、つまり前世の私のパーソナルカラーである紫と黒で統一された荘厳な広間だ。緻密な彫刻の施された美しい八角柱が周囲に建ち並び、その中央に敷かれた金糸の刺繍が輝く紫玉の絨毯。そして最奥には、濃桔梗色のビロウドが妖しさを醸す“黒き要の玉座”が、主の帰りを待っていた。
「魔王陛下の御成ぁりぃ~!」
右袖の扉から私達が、コツコツ、ペタペタ、トテトテと現れると喧噪がピタリと止んだ。
臣下達をぐるりと見下ろし玉座に腰掛けると、右のひじ掛けにクロが腰を下ろす。
そして、ノエルが左腕に頬ずりしながら、ちょこんと立っている。
美少女と美幼女を侍らす好色な魔王という絵面を演出してみたが……うん、無理かな。
ノエルなんて尻尾があるけど、私の娘にしか見えないし。
中央の絨毯を挟むように、向かって左に文官、右に武官と地方代官が並ぶ。種族比は鬼人族が三割、人族が五割、他は獣人族やエルフ族など様々だ。
宰相のハイベルは、私の左そばの小椅子でヒッヒと笑い、小柄で大きいヴァルバロッテは武官列の先頭いる。ちなみに文官トップのソウイチは私の命じた公務で欠席だ。
様々な視線を一身に受け、特定の感情を読みながら、私は心中でほくそ笑む。
『なるほど』と。
「転生し千年ぶりにこの地に戻った、魔王キキョウである。本日より郷魔国、第六代目魔王としてこの国を統治するゆえ、皆。よしなに」
ちょっと偉そうに私が挨拶を終えると、割れんばかりの歓声があがった。
「これよりぃ郷魔国歴1220年三の月、定例御前会議を開催す――」
「お待ちを! 会議の前にあなた様が本物の魔王陛下なのか我らに証明していただきたい!」
突然、恰幅のよい中年男が文官の列から転げ出るように姿を見せ、発言の許可も得ず質問を投げ掛けてきた。私は右手で頬を支えるように、こてんと首を傾げた。
「この姿、私が魔王キキョウである事は、誰が見ても明白だと思うのだけれど?」
私の玉座の後ろには、とても大きな肖像画が飾られている。黒い魔装姿の前世の私だ。
「全く同じ姿で転生したなど、聞いた事ありませぬ。よもや何者かが化けているのか、まさか死を偽ったご本人ではありますまいな」
「あらら、その言い掛かりは想定してなかったわ。既に前世の私を知る宰相と紅の将軍、そしてこのクロちゃんが確認済みだけれど?」
「ならばこの場に居る我らにも確認させていただきたい!」
クロがヒソヒソ耳打ちで、この男は金でアルス王国に情報を流す売国奴だと教えてくれた。だが、そんなクロの様子が癇に障ったのか、中年文官はさらに捲し立てた。
「キョウカ様の愛妾の小娘がなぜそこにおる! キョウカ様が退位したならその娘もこの城から消えるべきであろう!」
ああ、クロは正体を隠し、そういう立ち位置でキョウカのそばに居たのね。
「丁度いい、この無礼者をアリゲ―の刑に処しましょう」
「ならわっちが食うですよ。あれはブヒみたいな味がしそうです」
「まだダメです。ノエルは人を食べたら、もうチューしませんからね」
「あい……」
この子達、私が絡むと異様に沸点が低いのよね。そして龍族ゆえに人と価値観が根本的に異なる。ちなみにアリゲ―の刑とは、城を囲む天然の堀に棲むワニに酷似した魔物に生きたまま投げ与えるという、この国ではポピュラーな極刑らしい。
「このクロは元々私のモノよ。ここで千年、ずっと私の帰りを待っていたの。何か問題があるのかしら」
ギロリと睨むと中年文官はヒュッと息を飲む。
「でっでは、この場で新たな魔王陛下のお力を示し、我らを安心させていただきたい。これは、我ら臣下一堂の総意でぶひぃぃぃっ」
突然、中年文官が武官の一人に蹴り飛ばされゴロゴロと転がった。まるでダンプに撥ねられた猪のように。ちなみに豚や猪は、この世界でブヒ、野ブヒと呼ばれている。
「何が総意よぉっ! そんっなのどうぅっでもいいわよぉぉっ!」
文官を蹴り飛ばしたのは、オネェ言葉のムキムキマッチョで大柄な人族の武官だった。彼の武官服は肌の露出が多く、ひらひら揺れるフリルがとてもキュートで可愛らしい。
「陛下ぁっ! あたしが知りたいのは、キョウカ様の事よぉっ!」
「キョウカの事? もうこの世界には居ないわよ?」
「え……いない? キョウカ様が?」
「私ね、異世界に転生しちゃってたのよ。あの子は私をラヴィンティリスに召喚する代償に、あちらの世界に強制転移してしまったの」
厳密には少し違うけれど、クロと考えたキョウカ不在の理由だ。しかし、いくら分かり易い説明でも納得できない人はいるだろう。例えば目の前で号泣するムキムキマッチョ、略してムキマさんのように。
「そんな……そんなぁぁぁっ!」
ここにいる多くの者達が彼に対し、嫌悪の視線を注ぐ。私はムキマの元へ駆け寄り、筋骨隆々な背中をさすった。私はムキマの泣く理由がとても嬉しかったのだ。
なにせ、身内でさえ消えたキョウカの事を「しょうがないね」の一言で済ませてしまうのだから。どんな王だったのよ、キョウカぁ……
「あなたの大切なキョウカを奪ってしまい、ごめんなさいね……」
「へ……陛下……ぐすん。あたし、あたし……」
「うんうん、ありがとう。こんなにキョウカの事を想ってくれて……きっとあの子も嬉しいはずよ」
ムキマは感極まりガッチリと私に抱き着き、オンオンと泣いた。彼より大柄な鬼人族の近衛騎士達が走り寄り、ムキマを私から引き離そうとするもビクともしない。
「ムキマっ不敬だぞ!」「離れろムキマ!」「陛下が潰れる!」「うらやましいっ!」
マジか、本当にムキマって名前だったよ。
『キキョウちゃん大丈夫?』
「だいじょぶ、だいじょぶ。さすが魔王の体よね」
手の平をひらひらさせ近衛騎士達を下げ、ムキマが泣き止むのを待った。私は女性には優しいのだ。実は玉座についてからずっと、女性からの敵意にも似た強い嫉妬の視線を感じていた。だが視線が送られてくる武官の列に、ヴァルバロッテ以外に女性の姿はない。そう、視線の主はひらひらフリルのムキマだったのだ。
「キョウカ様は、あたしを認めてくれたの……あたしを女性扱いしてくれた唯一の殿方なの……」
ああ、ムキマはキョウカがスキルで男性に化けていたのを知らないのね。今更美しい思い出に水を差す必要もないか。特に文官側から「男女」「化け物」そんな心無い声が聞こえる。
「そっか、あなたみたいな女の子は、この世界では生きにくいでしょう」
「……陛下、あたしを女の子って言ってくれるの?」
「ふふふ、私は全ての女の子の味方だよ」
「まっ魔王陛下っ! その無礼で気味の悪い男女を、さっさとここから追い出しなさい!」
ムキマの頭を抱いて撫で撫でしていると、先程転がった恰幅中年文官が復活するなり叫びだしたので、私は大きく息を吸い、そしてガンを飛ばした。
「あ゛ぁ?」
魔王の間が一瞬で沈黙に支配された。腰を抜かす者も多く、恰幅中年も床にへたり込んだ。
あ、殺気が出ちゃったかも。
「世の中にはね、心と体の性別が一致しない人が存在するのよ。このムキマもその一人。見た目は屈強な男性だけど、心は純真な乙女よ。だから男性を好きになるのは不思議じゃないの。目を閉じムキマの言動を女の子に置き換えて想像してみなさいな」
私はこの場の全員に、言い聞かせるように話した。
「理解できないならそれでいい。でもね、自分が理解できないという理由だけで彼女を蔑む人は、私の国にいらないわ」
ぐるりと臣下達を見回す。そして――
「私も女性が大好きな同性愛者だからね。ちなみに私の場合、心も女のままだから」
思いっきりカミングアウト発言してしまったが、せっかくなのでクロを呼び寄せ、皆に見せつけるように抱きしめた。
「ゆにばぁぁぁすっ! すばらっすぅいぃぃっ! ユリの花咲き乱れる我らが麗しの魔王陛下に栄光をぉぉぉっ!」
のけ反りながら奇声を上げたのは、モノクルとカイゼル髭の似合う燕尾服の文官だった。
のちに私は、彼の事を蔑みを込め“ヘンタイ男爵”と呼ぶ事になる。
超の付く悪目立ちをしたにもかかわらず、男爵のおかげで随分と偏見の視線が薄れたように思う。
なかなか個性の強い臣下がいるようで、結構楽しいかも。
ふとムキマの肌を見て思い付いた。そうだ、丁度いいので利用させてもらおう。
「あなた、最近眠れてる? 肌荒れが目立つわね」
「あらやだ、お恥ずかしい限りですわ」
「そんな貴女にプ・レ・ゼ・ン・ト」
少々芝居がかった仕草で、屈強だが手入れのゆき届いたムキマの左手を取り、薬指に輝くルビーの指輪に、とある加護を付与する。
「今世の私の職業はね……なんと“付与魔術師”なのよ。はいっ“美肌の加護”の付与、完成!」
指輪が目立つように、私はムキマの腕を掲げた。
なんか私、ボクシングの審判みたい。
「ええっ? ええええっ!?」
ムキマが目を丸くし、皆もそろって驚いた。
特に女性陣の視線が一斉に指輪に集中する。
「へ……陛下、美肌の加護って……」
「これは十代のぴっちぴちなお肌になる加護なの。更にお化粧のノリも格段に良くなる、女性垂涎のアイテムよ。これを付与できるのは、現在この世界に私だけみたいね」
微妙なお年頃の女性文官の視線がすごい。そこで魔法の言葉を唱えた。
「ちなみにこれ……ほうれい線も消えるのよね」
その一言で、五十人程いる女性文官達が雪崩の如く男達を押しのけ、私の周りにぐるりと集まり、跪きながら見上げた。そして、お局様らしき文官が代表して懇願した。
「陛下! どうか私共にお情けを!」
「うん、私は美しさを求める女性の味方よ。実はもう用意してあるから、この会議が終わったらプレゼントするわね」
つんざく様な黄色い悲鳴が上がると、男達が耳を塞いだ。
私、女の子達にモテモテだぁ。年齢に関係なく、キャッキャする女性は可愛いよね。そこ、ババァ自重しろとかゆーなよ。
これで女性達は、概ね私の味方ね。
「あ。ちなみに男性陣にも、いくつか加護を用意してるわよ。毛髪の加護とか色々ね」
すると、頭部が寂しい者に周囲の視線が集まる。
あ、センシティブ案件だった。ごめん。
かつて存在していた高位の付与魔術師は、為政者が求めてやまない健康の加護(大)の付与に掛かり切りで、肌にまつわる加護など見向きもしなかったという。その為、私が美肌の加護と呼ぶ、若肌の加護は市場に出回る事がほとんどない希少品のようだ。
もともと、この御前会議で付与魔術師である事を公表する予定だった。
私が生産職魔王である事を知れば、侮る者も現れるはず。敵国とかね。
うまく自然な流れで情報漏洩する良い演出が出来たので、ムキマの存在は丁度よかったわ。
「そういえば、私が本当に魔王か知りたがっていたわよね。魔王は国民に加護を与えられるって知っているでしょう? キョウカは諸事情により与える事が出来なかったけど、私が皆に与えたのは、健康の加護(大)よ。あとで確認するといいわ」
健康の加護(大)は、人々を死病より解放し、天寿を全うさせる神の加護と呼ばれてるものらしい。これが知られれば、諸国から民の流失を招き、国際問題を引き起こすであろう事は、容易に想像出来る。でも病で学校も休みがちで高校は一年しか通えなかったし、家族に迷惑を掛けてきた私としては、どうしてもこの加護を選びたかったのだ。
玉座に戻り、ノエルをなでなでしてるうちに、私に対する負の視線は概ね消えた。
「さて、前置きはこのぐらいでいいかしら。では、戦争の話をしましょう」
いつも読んでくれて、ありがとうです。(ノエル)
気に入らない臣下は、わっちが食べてあげるですよ。
人族はモウとメェの合いびき肉のような味がするです。
でも、一番美味しいのは、あるじ様のお肉です。
受肉の時に食べた左腕の味が忘れられないです。
もう食べる訳にはいかないですが、寄り添ってるだけでも、十分満足ですよ。




