2-2 笛吹川を渡る風
「なあ、タルサス星ってどんなとこ?」
教室を移動するときに、ひそひそ声で大和に問いかけると、即座に返事が返ってくる。
「地球から350万光年離れているんだけど、地球に環境がよく似てるんだ。でも大気は、二酸化炭素が0.1%超えてる。地球の2.5倍の濃度。」
「それって温暖化ヤバくね?」
「超暑い。暑いなんてもんじゃ無い。甲府盆地なんて屁でもないね。」
「マジか、甲府の暑さよりヤバいんだ。」
"宇宙人ごっこ"は誰にも知られてはいけない。
放課後、自転車で帰宅する間の、"宇宙人ごっこ"は僕らの秘密になっていた。
山梨県中央市は、名前のわりには甲府盆地の少し南にある小さな街だ。南は御坂山地と呼ばれる低い山によってさえぎられ、市の真ん中を東西に横切るように笛吹川が流れている。笛吹川は諏訪湖からの釜無川と合流して、富士川となり、南下して太平洋に流れていく。高校がある川の北側は、平坦な田園地帯と住宅地が広がっており、川の南側は丘陵地帯になっている。
高校から農道をひたすら南に下り、笛吹川を渡って少し丘を登った豊富とよばれる地域に大和は住んでいるらしい。あの錆びたボロボロのママチャリで、よくあの坂を登れるなと思う。
僕は笛吹川の少し手前の玉穂という地域なので、しばらくは大和と一緒の道を走ることになる。
部活は17時過ぎには終わるのだけど、なぜかその時間まで大和は学校に残っていて、あの朝から二週間たった今でも、一緒に帰るようになった。大和は部活も何もやっていないが、図書室で本を読んだりしているのが好きなようだ。
家に向かって自転車を走らせるうちに、高校から見えていた富士山は、手前に広がる御坂山地に、その頂きを隠してしまう。南から山を超えて水田を渡る風は、どこか湿気を含んでいて生ぬるい。だけど僕らの秘密のトークを邪魔するほどのものではなかった。
「350万光年離れてて、大和はどうやって、この山梨に来たんだ?」
「僕は両親と一緒に小さい頃にやってきたんだよ。星雲間転送装置、一般的にいうワープ装置を使って来たんだ。」
「すげ〜な。俺は物心ついたときから地球だから、正直どうやって地球にきたかわかんないわ。」
"宇宙人ごっこ"ではリアリティが大事だ。
「大和の家族は何で、山梨きたの?」
「タルサス星では、シャインマスカットが有名でさ、それを手に入れるために、派遣されたんだよね。」
——そりゃあ、シャインマスカットうまいけどさ。
「お前んち、シャイン作ってねえじゃん。トマト作ってるって言ってなかったっけ?」
大和は立ち漕ぎになると、自転車のスピードをすこし上げた。僕の前に出て、振り向きざまににやりと笑った。
「地球でのカモフラージュだよ。」
すこし間をおいて、空に向かって、風に声をのせた。
「宇宙人って、隠さないことがたくさんあるから、大変だよなあ。」
そうつぶやくと、漕ぐたびにキイキイと鳴ってうるさい自転車のスピードを上げた。
チェーンの擦れる音のリズムが、風に混じって速くなる。
夕陽にてらされた大和の背中が、すこしずつ小さくなっていく。リュックにつけられた、小さなぬいぐるみのようなキャラクターが揺れる。
「陸上部のクロスバイクから逃げられると思うな」
僕は、思い切りペダルを踏み込んだ。
一瞬、離れたように思えた二人の距離は、笛吹川からの風とともに、あっという間に縮まった。
それから何も言わずに、ただ笑いながら自転車を走らせた。
「じゃあな」
「じゃあ、地球人時間でまた明日!」
川を渡る橋の前で、僕らは別れた。大和は立ち漕ぎをしてチェーンをならしながら、橋を渡っていった。
その日の夕暮れは、五月にしては、すこし蒸し暑かった。
薄暗くなってきたいつもの通学路を一人で走りながら、僕は——
ヤマトのトマトって美味しいのかな。
そう考えて、くすりと笑った。




