6-3 容疑者
「あのさ、僕、遼に一つだけ嘘をついていたんだ」
トマトをひとつ口に運んで大和が言った。
まだ引越しの準備をはじめていない部屋はクーラーが効いていてだいぶ汗は引いてきた。僕らは大和のお母さんが持ってきてくれたトマトを頬張りながら、無実を証明すべく作戦を練っていた。大和の家で作ったトマトを噛むとじゅわっと中のゼリーが口の中で広がった。トマトとは思えないほどの甘みと香りが本当においしかった。
「え、そうなの?」
「うん、ごめんね」
口の中のトマトを飲み込んで大和は話しはじめた。
「あの、体操服を見つけた日。僕、匂いで場所がわかったって言ったけどさ。あれ、実は嘘なんだ…」
僕は大和の顔を見ながらもうひとつトマトを口に運んだ。
「あの前の日、すごく雨降ってたじゃん?だから僕、自転車じゃなくて身延線で帰ったんだ。常永駅を出てすぐのあの小屋のところで、自転車から降りた人が何かをしているのを見たんだ」
「え、何を?」
僕は思わず身を乗り出した。
「あそこの小屋で自転車の横で何かを投げ込んでいるようだった。雨降って暗かったし、一瞬だったからどんな人だったかはわからなかったけど。
それで、次の日、体操服が無くなったって聞いて、もしかしたらって。けど、自信なかったから、匂いでわかったて言ったら説得力あるかなって」
僕は天井を見て、ふーっと大きく息をついた。
「ごめんね」
「それ、早く言えよ」
僕は言いながら、笑っていた。
「どんな、すごい嘘かと思ったじゃん」
大和の目が丸く見開かれた。
「でもさ、それ嘘じゃないし」
「え?」
「だって、お前見てたんだろ?」
大和は小さくうなずいた
「それで、犯人の匂いを感じたんだろ。それをたどって見つけたんだったら、それは匂いで見つけたって言ってもいいんじゃない?
それに、あの日、あの蒸し暑い中でお前、必死に匂い探してたじゃん」
「うん…」
「じゃあ、嘘じゃない。少なくとも、僕、三笠遼には嘘をついていない」
「そういうものかな…」
大和の顔は少し明るくなったように見えた。
「そうさ。まあ、それが嘘でも本当でも僕にとっては何の関係もないさ」
僕は明るく言い放つと、立ち上がった。
「よし!その情報があれば、少し犯人に近づけたな。少し、整理しようか」
僕は、大和の机の上にあった紙と鉛筆を手に取った。ローテーブルにあるトマトの皿を少しどかして大和の横に座って、紙を広げた。
「まず、一学期の初め、4月ごろ雨宮のジャージが盗まれたって誰か言ってたな」
「そして、六月、体操服が無くなった。その日の夕方に大和は小屋で怪しい人をみた」
「うん」
僕は紙に時系列を書いていく。
「次の日、話題になって僕らが体操服を見つける。碧陽祭があって…関東大会。関東大会は雨宮も出てたよね」
「終業式の日に僕のロッカーから体操服が見つかったと」
「うん、そうだよな。あれをそのまんまにしといたのはまずかったな。でも、見つかったのは偶然だけど」
「そうだよね。さっさと返しちゃえば良かったんだけどね」
「まあ、返せる状況でもなかったし、もう、みんな忘れてたからね」
大和はそう言って時系列に書き出した紙を見つめた。
4月 ジャージ盗難
六月当日 体操服盗難 夕方小屋で怪しいやつを見る
翌日 体操服発見
翌々日 返すことができなかったので大和に預けてロッカーに入れる。
下旬 碧陽祭
七月 終業式 ロッカーから体操服が見つかる
七月終わり インターハイ
八月 ネットで炎上する
「うん、こんな感じか…」
僕と大和は麦茶を飲んで、顔を見合わせた。
「これだけじゃ、犯人の手がかりなんて見つからないよな」
「まあ、そうだね」
「犯人は六月に自分が捨てた体操服が見つかるかどうかをビクビクしてたんだろうな。だけど、見つからない。あそこの小屋に見に行ったかもしれない。僕だったらそうするな。
そしたら犯人は捨てた体操服が無くなっているのがわかる。すると、どう思う?」
「バレたかもって思う」
「だけど、そういう動きは何もない。と、するとドブの中でどこかに流れていったか、事情を知らない人が処分したって思うよな」
「うん」
「そして、大和のロッカーからそれがなぜか見つかった。そしたら、犯人はきっとこう思う。このまま、大和に犯人になってもらおう。いや、勝手に犯人になってくれるはずだ、と」
大和は唇を噛んだ。
「まんまと犯人になっちゃったね」
「ああ、ただでさえ、みんなからよくわからないやつと思われてるからな」
はっとして僕は大和の顔を見る。
「あ、ごめん…」
「いいよ。本当のことだから」
大和は笑って答えた。
「犯人は最初に何で体操服を盗んだんだろう…」
「そりゃあ、決まってるでしょ。ホームズ先生自分で言ってたじゃん。怨恨、嫉妬、色々あるけど一番は恋情って」
「あ、そうだった。忘れてた。へへへ」
二人で一緒にトマトを頬張った。
「あ、ちなみに髭があるのはホームズじゃなくてポアロだからね」
僕がいうと大和が笑ってふきだした。
「そっかー。そうだっけ?タルサス星のドラマじゃ、ホームズ、髭あったんだよ」
「まじかコナンドイル先生、宇宙で大人気!」
やっと大和がこの地球に戻ってきた気がした。
「まあ、いいや。恋情だとして、雨宮好きなやつって誰だっけ?」
「そりゃあ、いっぱいいるでしょ。男子だけじゃなくて、女子からも人気あるよね。性格いいから」
「だよな」
僕は、紙に雨宮と書いたその周りをぐるぐると丸を書いた。男子、女子から雨宮に向かう矢印をひいた。
「男子はと…、うーん、いっぱいいるよな…。うちのクラスでいうと、山本、佐藤…古屋もなんか、怪しかったな。あ、一応、大和もか…」
と、男子のところに1組、山本、佐藤、古屋、大和と書いた。
大和はきょとんとした顔で僕を見ている。
「え?僕?」
「そうだよ。だって、大和、雨宮のこと好きだろ?見てたらわかるよ」
やっぱりよくわからないという顔をしている。
「えっと、僕は、彼女のこと、気になってはいたけど、好きっていうのは違うかな。なんていうか、彼女の匂いがね…」
「また?そういうこと言うと、また疑われるよ」
「いや、そうじゃなくて。彼女から、複雑な匂いがしてたんだ。うーん、恐怖?不安?という匂いなのかなな。それと…」
大和は寝癖のついた頭をぽりぽりとかいた。
「まじか。それって、会ったときから?」
「うん。あの、放課後、練習おわって帰るときに。ふわって…」
「そっか、だから、お前、ぼーっと見とれてたんだな。でも、緑ヶ丘の大会のときに、なんか言ってた気がするよな」
「あのときは、かなり強い匂いだったよ…。遼もかなり焦げた匂いだったし」
「だよな。僕も、かなり焦ってたから焦げた匂いしてたんだろうな。とすると、やっぱり、そのときから雨宮、誰かの視線を感じて怖かったんだよ。じゃあ一組の女子で、雨宮のこと好きなやつ…。女子だからなあ、好きってのも微妙だけど、仲がいいでいうと名取かなあ」
一組女子のところに名取と書き込んだ。とりあえず、名前を出していくことにした。
「そういえば、二組の村松って、雨宮に告ってなかった?」
「うん、でもすぐに振られたって聞いたよ」
意外に大和も情報通だ。
「え、そうなの?付き合ってるって思ってた。まあ、あれだけモテたら雨宮に固執することもないだろ」
「そう、サッカー部だよね。振られた次の週にはもう、別の女の子と仲良くしてたよ」
「え、まじで。立ち直り早すぎだろ」
そのあとも、男子、女子と二組から五組まで、名前をあげては、紙に書き込んでいった。雨宮のことを好きなんじゃないかと思う人物は12人にもなった。
「ふう、好意を持ってそうな人だけでもこんなにいるのか。あと、陰で狙っているやつとか含めるとすごい人数になりそうだ…。雨宮、すごいな。確かにかわいいけど」
大和は何も言わずに僕の顔を見ている。
「よし、次は、嫉妬や恨み持ってそうなやつ」
しばらく考えてもあまり出てこない。
「うーん、これはあんまり思い浮かばないや」
「彼女嫌いっていう人ってあんまりいないよね」
「確かに、でも女子の嫉妬って怖いからな。かわいければかわいいほど、あるかもしれないよな」
そう言って僕は女子のところには「嫉妬、怨恨、不明」と書き込んで、ぐるりと丸をつけた。結局、女子のところは名取だけだ。
「意外と、名取ってどう?仲が良さそうだけど、実は雨宮の人気に嫉妬してて…」
大和の顔を見た。
大和は首を傾げる。
「名取さんは、どうかな…。怒りの匂いは強い気がするけど。教室で僕が疑われたときはお弁当の匂いが強すぎてよくわからなかったし。」
「やっぱり、タルサス星人、すごいな」
「なんとなく、だけどね」
僕が感心すると、大和は少しドヤ顔になった。
「でも、こうやって書き出しても、怪しいってだけでわかんないよね…」
「ああ、これじゃあなんの証拠にもならないよな。本人に言っても“うん“っていうわけないし。こうなったら…」
「こうなったら…?」
大和が僕の顔を覗き込む。
「雨宮に直接聞きにいく」
「え、ほんと?」
「ああ、こう見えて、僕は雨宮と同じ部活なんだぜ。LINEも知ってるし。」
「そりゃあ、そうでしょ」
そう言って僕たちは笑い合った。
いっぱいあった大和んちのトマトの皿はいつの間にかからになっていた。
「そうだ、大和も一緒に行こう」
「え?どこに?」
「決まってるじゃん、雨宮のところだよ」
「……でも、僕、犯人って疑われてるんだよ。彼女、嫌な気持ちになるでしょ」
「大丈夫だよ。雨宮、大和は犯人じゃないと思うって言ってたもん」
「…そうなの?」
「ああ、だけど、こんな騒ぎになって、彼女も不本意だと思うよ」
大和は下を向いた。
「…そうかな」
「そしたら、こうしよう。はじめは僕と雨宮二人で話す。陰から大和は様子を見ている。それで、僕が大和のことを話題に出す。彼女が嫌な気持ちになってるってわかったら、そのまま帰ってもいいし陰から彼女の様子を探る。嫌な気持ちにならなかったら、出てきて一緒に話そう。それでよくない?」
「なるほど…。僕が彼女の不安のにおいを感じとればいいんだね…。たしかに、今言った人たちの名前を出して不安だったり恐怖のにおいを感じれば犯人に一歩近づけるかもしれないね」
「そのとおり!さすがホームズ先生、鼻が効く!」
僕はまっすぐに大和の鼻を指差した。
「うまくいくかな、ワトソンくん」
「うまくいくさ。というか、ホームズとワトソンが逆転してないか?」
いつのまにか、感情を匂いで感じ取ってしまうという大和の能力を疑いもしなくなっていることが不思議だった。
それは、僕の感情をずばり読み取ってくれたからなのだろうか。それとも彼がタルサス星人だから、そんなこともあるかもしれないという確信によるものなのかはわからない。
だけど彼を信じると決めたあの日から、それが本当なのか嘘なのかは関係なくなっていたからなのかもしれない。




