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6−2 川をわたる

 次の日、夏期講習は休みだった。

 僕は午前中の勉強を終えたあと、真上から照り付ける日差しの中、クロスバイクを走らせていた。山の緑と空の青さのコントラストはギラギラと眩しく視界の中に飛び込んでくる。

 笛吹川にかかる豊積橋へと向かう。豊積橋は少しアーチを描くように登ったあと、細くなって橋の上に鉄骨が剥き出しで組まれている構造だ。トラス構造という形状の古い橋は、南に向かって続いている。


 橋を渡った先の丘の上には大和の家がある。

 昨日、家に帰ったあと大和にLINEをしたら、やはり大和は学校を辞めることになるらしい。

 あって話をしたいと言うと家の位置を教えてくれた。


 信号で停まったあと、僕は橋の登り口に向かってハンドルを切った。ぬくぬく君のぬいぐるみを揺らしながら橋を登って行った大和の後ろ姿を思い出した。

 橋を渡って、曽根丘陵と呼ばれるなだらかな坂道を登っていく。ロードバイクに乗った数人が僕の隣を追い抜いて行った。小学校の脇にある、小さな信号を左に曲がった。何かの石碑の隣には、交通安全の古びた警察官の人形が立っている。

 急に坂道がきつくなった。サドルから腰を上げてペダルを踏み込んでいく。あのおんぼろのママチャリで大和は毎日この坂を登っていたのかと思う。

 ほどなくして、坂を登り切って丘の上にでた。進むと視界が開けて甲府盆地が一望できるようになった。僕たちの住んでいる中央市を手の中に入れることができるようだ。

 トマトやきゅうり、茄子などの夏野菜の畑がある。青々としげる葉の中に赤いトマトが隠れているのが見える。夏野菜は収穫真っ最中らしい。教えてもらった住所だとこのあたりだろうか。

 蔵のある大きな農家があった。入り口の前にくたびれたTシャツをきた大和が立っていた。

 いつもの寝癖のついた短い髪に、平べったい顔の真ん中の団子鼻。ひょろひょろと貧弱な手足は紛れもなく大和だった。

「おう」

「やあ」

「はじめてここまで来たよ」

「そうだよね、学区の一番端っこだし」

 そう言って、大和は敷地の中に入るように案内した。

「……トマト、作ってるんだ」

「うん、うち、道の駅とかに卸してる。そのほかもいろいろ作ってるよ。あとで食べてみる?」

「ああ…。ヤマトのトマト、食ってみたかったんだ」

「はははは」

 そう言って僕らは笑いながら、敷地の中に入っていった。

 敷地に入って右手はガレージのような屋根のある倉庫になっていて軽トラックが停まっている。その隣りには、何の用途に使うのかわからない人の身長ぐらいの四角い農業用の機械が置いてある。


「もしかして、これが、星雲間転送装置?」

「え?…そうそう、お米の乾燥機に偽装してあるけどね。近所の人にバレるとまずいから。ちょっと壊れちゃって。」

 そう言って、大和は少し寂しそうに笑った。

 星雲間転送装置がこんな農家のガレージにあるなんて、このあたりに住んでいる人たちに考えつくはずもないだろう。

「はは、そうだよな。こんなとこに、あるなんて思えないよ」

「うん。ただいまー。連れてきたよー」

 僕ら二人は玄関の扉を開けて家の中に入った。

 家の中はかなり古い民家といった様子だった。僕らには馴染みはないけど、昭和の高度成長期よりも前に建てられたのだろうか、いたるところに修繕の跡が見てとれる。

 それよりも気になったのが、たくさんの段ボール箱が積み重なり、家具なども整理されていたことだった。

「え?やっぱり、引っ越すの?」

「うん、違う星に行くんだ」

「そっか…」

 どこに?とか、何で?とか、それ以上のことを聞くことができなかった。

 聞くべきじゃないとも思ったし、聞いたところでなんになると思ったのかもしれない。


 僕が、靴を脱いでスリッパに履き替えると、少し小太りの女性が麦茶を持って奥から出てきた。

 ひょろひょろの大和が、歳をとって太ったら、多分こんな感じになるんだろうと思うほど、大和の母親だった。

「あらあら、こんにちは。あなたが、三笠くんね。大和がよく話してくれるわ」

「…はじめまして。三笠遼です。大和くんとお世話になっております」

「よろしくね。やっぱり、大和の言ったとおり、しっかりしてるわね。ごめんなさいね、引っ越しで汚くって」

「いえ、こちらこそ、お忙しいときにすみません」


 段ボールの森を抜けて、二階に上がっていく。

 木製の扉を開けて大和の部屋に入った。


「ごめんね、きたなくて」


 八畳ぐらいの広い部屋で、クーラーが効いていた。自転車で登ってきてまだ汗が止まらない僕にとってはちょうど良い涼しさだ。ベッドと本棚、机の上には乱雑に筆記用具が散らかっている。東京大学の赤本や、参考書が積み重なっている。本棚には流行りの漫画の他にも、小説や難しそうな本も並んでいる。小さい絨毯がひかれた床の上にはローテーブルがあって、クッションが二つ。大和は麦茶をローテーブルに置いた。


「学校やめるんだって?」


 本棚の本を眺めながら、僕の後ろでクッションに腰をおろした大和にたずねた。


「…うん」


 二人の間に、沈黙が流れる。


「何でだよ。大和、やってないんだから。学校やめることないじゃん」

「…うん」

「先生にも、クラスにも、俺が説明するよ。信じてもらえなくても、信じてもらえるまで。何で、そんなことで、大和が学校やめないといけないんだよ」

 振り返って大和を見下ろすと、彼は黙ってうつむいているだけだった。

「…うん。ありがとう」


 小さく、うなずいた。


「ありがとうって思うなら、俺と一緒に…。学校やめるなんて言うなよ。どうすんだよ、これ。東大で物理やるんじゃないのかよ!惑星間転送装置!あそこの壊れたやつ!直すんだろ!」

 窓の外のガレージを指差す。ガレージの中にはお米の乾燥機の一部が見える。


「…うん。…でも」

「でも!でもじゃない!」


 握った両手に力がはいる。


「宇都宮で約束しただろう!俺はずっと大和を信じるって。宇宙人だって、タルサス星人だって、なんだっていいって」

「…うん。…でも、遼にも迷惑かかるかもしれない…」

「そんなこと、関係ないよ。俺は、大和のこと信じるって。誰がなんと言おうと、三笠遼は、大和の味方になってやるって

 ——そう決めたんだ」


 宇都宮で会った僕らはあのあと、約束した。

 必ず、信じるって。

 それだけが、僕たちの真実だ。


 ふうっと、一度大きく息を吐く。


「まあ、大和は頑固だからな。タルサス星人だし」


 僕は大和の方に向き直り、笑顔を作った。

 大和はちょっと驚いた顔をして、僕の顔を覗き込む。


「一度決めたことは、変わらない。それが田中大和なんだろ」

「う、うん」

「そう。その調子」


 僕は、ニヤリと口角を上げる。


「なんで、大和は学校を辞めることになったんだ?」

「そ、それは、僕のことがSNSで拡散して…炎上したから?」

「じゃあ、炎上の原因はなんだ?」


 大和の目が丸くなる。

 少し考えて


「体操服が僕のロッカーから見つかったから…」


 大和が答える。


「なんで、大和のロッカーから見つかった?」

「僕たちが、体操服を見つけたから…?」

「じゃあ、なんで体操服を僕らが見つけた?」

「あ、雨宮さんの体操服が盗まれて…。えと、僕らが犯人を探そうと言って…探しにいって、線路の近くのドブから見つけたから…」


 僕は、笑顔で右手を握って親指を立てた。

 大和はなんのことかわからずきょとんとしている。


「そう!今のこの状況は体操服を盗んだ犯人を探したところから始まっているよね」

「うん…」

「じゃあ、その真犯人を見つけてやれば、全て解決!そう思わない?」


 大和の顔に光がさしたようだった。


「そ、そう…?」

「そりゃそうだよ。そしたら、大和は学校を辞めなくてもすむし、引っ越さなくても、いや、違う星に行かなくてもすむ」

「そりゃあ、そうかもしれないけど…。僕の言うことなんて誰も信じてくれない…」

「だーかーらー」


 僕は天井を見上げて、まだ汗ばんでいる頭をボリボリとかいた。

 座っている大和に僕の汗がとびはねて、かかったかもしれない。


「この、僕、三笠遼がいるでしょうよ。天才で、運動神経抜群、そして、努力家。何より、友達を信じる男がここに!」


 大和の顔がぱあっと明るくなった。

 あの夕暮れの教室で見た顔と一緒だった。


 僕たち二人は、お互いを信じることを武器に、戦うことを誓ったんだ。


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