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6-1 炎上

 インターハイが終わって山梨に帰ってきたら、すぐに八月が始まった。その余韻を楽しむ暇もなく、予備校の夏期講習に通うようになった。周りは血眼になって受験勉強をしていた中、インターハイに出場していた僕は、その遅れを取り戻すべく否応なく受験モードに切り替えさせられていった。


 とはいえ、その中でも気になることは、大和のことだった。

 宇都宮で憔悴した大和に会った後、終業式からインターハイまでに起こったことを、大和は詳しく教えてくれた。


 先生たちに問い詰められて、大和は自分が体操服を盗んだと口にしてしまった。その時のことは、よく覚えていないという。自分を守るためなのか、自暴自棄になっていたのか、本人もよくわからないままの嘘だったらしい。

 いつもは大和の言うことを嘘だと思っている周りの人たちが、その時だけはその言葉を信じるようになってしまった。結局そういう構図で、体操服盗難の犯人は田中大和ということになった。

 その噂はSNSを介してあっという間に広がってしまいクラスはもとより、全校、さらには他校へと飛び火してしまっていた。

 もう戻れなくなってしまったと思って家を飛び出したはいいが、どこに行けばいいかわからなかった。結局、何かにすがるように僕のインターハイを見るために宇都宮まで来ていたということらしい。


 夏期講習の休み時間に、スマホでSNSを開いてみた。


 甲府中央高校、変態、田中大和、体操服泥棒、ストーカー、キモい、……


 読むに耐えない暴言が並んでいて、それが何度も再投稿されていた。

 修学旅行のときに撮った集合写真を拡大して投稿しているものもある。

 中には、碧陽祭でのグレイのコスプレで踊っている動画も名前付きで投稿されていた。


 無限に続くSNSの空間で、根拠のない正義感と理由もない好奇心を燃料にして燃え盛っているようだった。


 画面をスクロールする度に僕の胸の奥までズキズキと針で刺されるような痛みが走る。


「なあ、大和のこと、大変なことになってるよな。あ、インターハイ、四位入賞おめでとう」

 スマホを覗き込むように僕の後ろから身をかがめて声をかけてきたのは古屋だった。甲府北口にある予備校の難関大学突破夏期講習を一緒に受講している。


「ああ、こんなことになってるなんて、心配だよ」

「だよな。でも、俺たちにどうすることもできないよな。鎮静化してくるの待つしかないんじゃないか?それより、遼も夏期講習とか受けるんだな。そんなもの必要ないって思ってたよ」


 そう言って古屋は笑った。


「そりゃ、そうだよ。僕だって努力するときはするんだよ」


 僕は古屋に合わせるように笑みを作って答えた。古屋は少し眉を寄せて怪訝そうな顔になった。


「あ、ああ、そうだよな。大和のことは気になるけど、まあ、俺らはやることやっていかないとな」


 僕の肩をぽんと叩いて自分の席に戻ろうとした。

 何かを思い出したように古屋は、

「なんか、さっきの遼の話し方、大和みたいだったな」

 と言った。


 顔を上げて古屋の顔を見る。


 嘲笑、憐憫でもない。

 そのどれとも言えない笑みが浮かんでいるように思えた。


 次の講義である物理の開始時間のチャイムがなった。

 予備校の講義室の冷房から直撃する風は、必要以上に冷たく感じた。


 その日の夏期講習が終わるともう夕方になっていた。予備校を出て身延線に乗るために甲府駅へと歩いていた。八月の日はなかなか沈んでくれない。名残を惜しむように南アルプスの山々に引っかかって、その西日を容赦なく僕の顔に当ててくる。

 駅前の広場には武田信玄公の有名な像があって、威厳のある顔で観光客を見下ろしている。

 広場を挟んだところに、少し離れて家電量販店がある。広場には夕方になると、いくつかのグループの若者がたむろして時間をつぶしている。

 僕は家電量販店にパソコンの部品を見に行こうと広場を歩いていた。


「あ、遼じゃん。こんなところで何してんの?」

 たむろしていたグループの女の子の一人が僕に声をかけてきた。化粧をしていたのでぱっと見は誰かと思ったけど、それは名取紗奈だった。

「ああ、夏期講習。ちょっとそこまで部品を見に」


「あ、うちの学校の、三笠遼。こないだ、インターハイの100メートルで、えと、五位?だったっけ?」

「四位」

「ああ、四位ね。とにかく、めちゃくちゃ頭良くて、足も速くて、宇宙人って言ってたやつ」

 頼んでもいないのに名取が周りにいた女の子と男子二人に僕を紹介する。

「マジで、やば」

「ガチじゃん」


「あ、それであの田中大和の友達」

 名取は薄笑いを浮かべながら言った。


「あの、グレイの?ヤバ!」

 ギャル風のメイクをした女の子がキャハハと笑う。


「マジで?キミ、宇宙人同士気があっちゃった?」

 今どきの服装をした背の高い男が、僕を見下ろすように言った。

 Tシャツの中の背中に、汗が伝う。

 何か言い返せばよかったかもしれないが、その言葉は喉の奥で、体温によって溶けて消えていった。


「マジで、田中大和、キモいんだけど。春風、ほんとにかわいそうだよ。早く消えてほしい」

「そいつ、そんなにキモいの?」

「体操服盗むとかいって、キモすぎだろ。さすがに俺でもひくわ」

「いや、お前、陰でやってそう」


 名取たちのグループは大和の話題で、盛り上がっていた。

 僕はそんな話題に背を向けて家電量販店の方に歩み出した。


「遼、あいつ、学校辞めるみたいだしさ。もう、あんまり関わらない方がいいよ。あんたも“宇宙人“って一緒にされちゃうよー」

 名取が僕の背中に声をかけた。


 グループの男女の笑い声が刺さるように降り注いでいた。

 みんながみんな、正義感で、怒りで、面白がって、根拠のない情報を広めている。

 いつのまにか太陽は南アルプスに隠れ、その影を家電量販店の入り口に落としていた。

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