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5-4 焦燥(前編)

 小さめのキャリーバッグに、ひとつづつ確認しながら明日から始まるインターハイに出発するために荷物を詰めていた。

 明日の朝、山梨県協会のバスで他の山梨県代表の選手たちと宇都宮市へと向かう。100メートルは三日目に予選、準決勝、決勝と三本走る。つまり全国の猛者が集う舞台で一瞬たりとも気が抜けない。


 LINEの着信音がなった。


 急いでスマホを確認すると、雨宮春風からだった。


 ——そうだった。


 名取紗奈が体操服を回収したので、当然、雨宮のもとに情報はまわっているはずだ。名取によって誇張され、ねじ曲げられ、大和が犯人であるという情報が。

 そして、仲が良かった僕のことだって、何を言われているのかわからない。


 嫌な気持ちがキャリーバッグの奥から立ち上ってくるかのようだ。


 意を決して、スマホの画面をタップした。


 雨宮には珍しく長文だった。


「明日から、ついにインターハイだね。頑張って。


 昨日、私の体操服が見つかったという連絡があったの。

 田中君のロッカーから出てきたって、紗奈は言ってた。

 そのあと、私も職員室に呼ばれて、先生たちから事情を聞かれたんだけど。

 全然、わからないし、何も答えられなかった。


 紗奈は田中くんが前から怪しいと言ってたんだ。

 でも、古屋くんがそのあと来て、三笠くんと田中くんが見つけてくれたってことを教えてくれたの。

 返してくれようとしてたんだよね。


 なんだか、最近、私もなんか変な視線を感じたりしてて、ちょっと怖いんだ。


 紗奈は、絶対、田中くんだって、言ってる。


 あと、今日、田中くんが先生のところで、自分がやったって言ったみたい。


 紗奈も、本人もそう言ってるんだけど、なんだか、私、そうは思わないんだ。


 そして、三笠くんは関係ないって、田中くんは言ってるみたい。

 わたし、なんだか、わからなくなっちゃって。


 インターハイ前の三笠くんに聞くのはちょっと申し訳ないんだけど、三笠くんはどう思う?」


 衝撃だった。

 大和が先生に“自白をした“ということが。


 スマホの文字を打つ指が震える。

 何を返していいのかわからない。

 ——どう思うも何も。


 大和がやるはずはない。

 僕がそれを一番わかっている。


 あいつは、確かに雨宮のことを好きなのかもしれないけど、そんな卑劣なことをやるようなやつではない。


 そう思ってみても、すぐにその根拠は何もないことにも気づいた。

 たった二ヶ月間、仲良くなったからといって、あいつのこと、ぬくぬく君のことだって知らなかった。

 彼の家庭環境や、その孤独、とてつもない夢だって。


 本当にタルサス星人なのかってことだってわからない。


 ——そして、あいつが僕のことを本当に友達だと思っているのかどうかすら、

 結局、僕には何ひとつわからなかった。


「ごめん、俺も、わからない。

 とりあえず、インターハイ頑張るよ」


 とだけ書いて送った。


「そうだよね。変なこと聞いちゃった。

 インターハイ、応援に行けないけど、ネットでLive中継あるから、応援してるね。

 頑張れー!」


 とすぐに返信があった。


 ——くそっ

 そうつぶやいて、キャリーバッグにユニフォームを詰めこんだ。

 もう一度LINEを開く。

 大和の既読はついていなかった。


 次の日もバスの中や、ホテルで何度もLINEを確認したけれど、ついに大和のLINEが既読になることはなかった。


 インターハイが始まった。

 栃木、宇都宮総合運動公園にある、スタジアムで五日間の日程で行われる。

 青いタータンのトラック、黄色の巨大な観客席、白い屋根。

 それらに囲まれて、青空が少し小さく見えた。


 開会式が終わると、レースがない日はサブトラックで練習をしながら、同じ県の選手や強豪校なら同じ高校の選手を応援することになっている。


 全国から陸上を“ガチ“でやっている高校生がこの地に集結した。

 はじめてこの地に来ることができたことで、少し僕は興奮しているのかもしれない。

 京都代表の橋田、大阪の川内、広島の熊野…

 そして、一ヶ月前、南関東大会で僕が敗れた、東京の吉野。

 高校陸上界では知らないものがないような有名な選手たちの顔が、普通にそこにあって、ドリルやジョグをしている。明後日が本番だというのに、目もバキバキにきまっている。僕の横を走り抜けるたびに、すごい風圧をうける。

 他にも陸上に力を入れていて、推薦で県外から有力選手を集めている高校の名前も、そこかしこに見える。小さい県の公立高校の名前を背負ってこの場所に立っているのがなんだか場違いなように思えた。


 空を見上げた。

 真上にある太陽は僕だけを狙って、熱線を浴びせかけているかのように、僕の胸の奥をじりじりと焦がし続けていた。

 大和がいたら、なんて言うだろう。

 心が焦げてる匂いがするとでも言うのだろうか、と思った。

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