5-3 やまと嘘つき(後編)
その後の授業もホームルームにも大和の姿はなかった。
僕は職員室に呼ばれて、事情を聞かれた。
さっき古屋に説明した通りのことをもう一度話した。
家に帰ったあと、大和にLINEで「大丈夫?」と送った。
しばらくして返ってきたメッセージには
「うん。ごめんね。大丈夫。遼はインターハイに集中して」
と書いてあった。
大和にしては少し整いすぎだろと思った。
「できるわけないだろ」
と送った。
打ってから数秒で既読がついた。
「ごめん」
と返ってきた後、こちらの送信に対して既読にもならなかった。
電話をかけてみた。
何回かけても出てくれなかった。
部屋の中で無機質な通話音だけがやけに耳障りにひびいていた。
せめてブロックにでもしてくれたらいいのに。
僕が欲しいのは拒絶でもなく、大和の声だった。
既読になるかどうかわからないけど、
「先生にも、みんなにも大和じゃないこと説明してるから。大丈夫だから、明日の終業式来いよ」
と送った。
送ってから少し考えて、
「地球人時間で、また明日!」
と送った。
ぬくぬく君事件がそうだったように、明日になったら大和はひょっこりと教室に現れるんじゃないか、そんな根拠のない期待だけを胸に、僕は寝床についた。
瞼の裏には大和の笑顔が浮かび、耳の奥ではその声が聞こえるような気がして、なかなか寝付けなかった。
枕元のスマホを何度も確認した。
大和のLINEは既読にはなっていたけど、返信はなかった。
そして次の日になった。
今日は終業式だ。
やっぱり、教室の大和の席には誰も座っていない。
そのかわり、教室の中は大和の話題で満ち溢れていた。
「やっぱり、大和だったんだ」
「あいつ、雨宮春風にストーカーしてたらしいよ」
「体操服盗んで、ロッカーに隠しておくなんて変態じゃね?」
「遼もあいつの嘘に巻き込まれてたんだろ」
「いや、大和の嘘を信じるなんて、アホすぎ」
否が応でも僕の耳に、そんな言葉が流れ込んでくる。
大和は嘘つき。
大和はストーカー。
大和は変態。
大和はキモい。
大和はいなくなって当然。
みんなは、大和の嘘の何をわかっているというのか。
あいつが、本当に守りたかったものはなんなんだ。
その嘘で固められた鎧の中にあるのは、小さな孤独という塊なのではないか。
ぬくぬく君の羊毛を脱ぎ捨てて、薄紫の顔で小さくうずくまり、ぶるぶると震える大和の姿。
僕の頭の中に確かに浮かんでくる。
確かにあの日、大和は匂いをたどって体操服を見つけた。
雨上がりの匂い。
田んぼを渡る風の匂い。
泥からたちのぼる匂い。
線路を走る電車の匂い。
そして体操服の、砂と汗の匂い。
そんなことは、ありえないといいたいやつは言えばいい。
あの日、あいつは確かに匂いをたどって、体操服までたどり着いたんだ。
僕は、信じたい。
どんなにみんながそうだと言ったって、状況から大和が犯人だとしても。
仲良くなって、たった二ヶ月ちょっとしか経っていないとしても、僕と大和は確かに“宇宙人“という嘘のような、真実のような、曖昧な概念を共有することで、つながりあっていたんだ。
それだけは紛れもない真実なんだ。
コーヒーショップでアンパンマンの話をしたとき。
扇風機で宇宙人の声を出したとき。
あの口髭の真似をしたドヤ顔の中に、嘘なんてひとつも混じっているはずがない。
終業式にも大和の姿はなかった。
古屋は帰り際に
「大和の、嘘のことは、残念だけどさ。俺も力になるよ」
と気遣うようなことを言っていた。
だけど、この言葉の奥には、大和が“犯人“だという決めつけが含まれている。
——ああ、結局、古屋もそうだったんだ…。
大和を理解しようとする人は、
やっぱり誰もいなかった。
僕だって大和の何をわかったつもりになっていたのだろうか。
真夏の照りつける太陽の下、僕はクロスバイクにまたがり、一人で家路についた。
南に横たわる山の向こうには、入道雲が僕を見下ろすようにゆっくりと立ち上っている。
周りの木々からは蝉の声が僕の心を急かすように響いている。
大和と喋るようになった二ヶ月前は、膝の高さだった稲はもう腰の高さよりも高くなり、風に揺れている。
笛吹川にかかる橋まで走った。川の向こうに見える丘の上に大和の家があるはずだ。
山の木々は七月も終わりになると、いやらしいほどの緑色となった。空の青と山の緑のコントラストは、僕に“やれんのか“と挑発してくるような態度にも思えた。
僕は橋のたもとで一度自転車をとめた。
しばらく丘の上を見つめた。
橋をボロボロのママチャリで渡っていく大和の背中を思い出した。
橋を渡ればよかったのかもしれない。
行って何かを言うことができたかもしれない。
だけど、橋を渡って丘の上まで行くことはできなかった。
結局、来た道を戻って家に帰った。
インターハイは明後日から。
栃木、宇都宮。
こんな僕に、いったい何ができるのだろう。




