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4-2 ぬくもりのカタチ

 家に帰った僕はスマホでぬくぬく君を調べてみた。

 山梨のローカルクリーニングチェーン“クリーニングキムラ“のマスコットキャラクターだった。どこかで見たことあると思ったわけだ。


 白い羊毛に覆われた丸い体の中央に、黒っぽい細長い顔があり、大きな目がついている。少しタレ目がちな瞳は見ようによっては悲しそうな顔にも見える。丸い身体の下には細い前脚と後脚が伸びている。スマホの画面のぬくぬく君は笑っているようにも泣いているようにもみえた。

 数年前に“なんか悲しそう“とか“不気味“とか、“他の羊のキャラクターのパクリじゃないか“という消費者の声があって、マスコットキャラクターとしてのぬくぬく君は廃止になったようだ。そんなエピソードを読んでしまうと、なおさらぬくぬく君が泣いているように見えた。

 ぬくぬく君の表情は、なぜか夕方の教室で宇宙人のことをはじめて打ち明けてくれた、大和の表情と重なるように思えた。あのときは明るく見えた表情だったのに。


「ご飯できたよー」

 一階から母の声がした。

 僕はスマホを閉じて、リビングにおりていった。食卓には夕食が並んでいて、早く帰ってきた父がビールを飲んでいた。四十八歳の父も昔は結構スポーツが万能でモテていたらしく、今でもそれほど太っていもいないし、いわゆるイケオジとでもいうのだろうか。髪には白髪が混じっているが、まだふさふさである。僕の髪の毛も将来は大丈夫そうだ。中央市にある電子機器メーカーに横浜から転勤になって勤めている。

「おー、唐揚げじゃん」

「やっぱり、唐揚げにはビールが合うんだよね」

 父は皿に盛られた唐揚げを口に放りこむと、グラスに入ったビールをのどに流し込んでニコリと笑った。

 いつの間にか少しほろ酔い気味らしい。僕はビールのおいしさはわからないので「へえー」とだけ答えて席についた。母も味噌汁とご飯を持ってきて並べて席についた。いつも父と母は向かい合ってご飯を食べる。


 母が作った唐揚げは、前日から生姜、ニンニク醤油に漬け込んである。噛むとじゅわっと肉汁と一緒に味が染み出してくるので、絶品だ。父は晩酌しながら、すでに数個つまみ食いしているのではないか。

 母も父と同い年で四十八歳だけど、年齢よりは若くみられることをよく自慢してくる。この前も、どこかのお店で二十代だと思われたのだと、嬉しそうに語ってきた。お世辞にしてもおだてすぎだし、真に受けるのもどうかと思う。だけど本人がそれで若々しくいられるのなら、それに越したことはない。


「最近、調子はどうなんだ?」

 少し赤らんだ顔で父が僕に訊ねた。


「ん?調子って?」

「ほら、勉強とか、陸上とか。もうすぐ期末試験だし、7月の終わりには全国大会だろ?」

 サラダのトマトを口に運んだ。中央市産のトマトは甘くて美味しい。


「うん、今度の試験も多分、一番取れるはずだよ。全国大会はどうかなあ、コンディション自体は悪くないけどね」

「だって、遼は私たちの血が流れているもんねー。絶対、東大だって、大丈夫」


 すかさず母が割り込んでくる。確かに父も電子機器メーカーに勤めるだけあって、理工系は強くて国立大学の工学部を卒業している。母も文系ではあるが東京の一流大学を卒業しているから、遺伝的要素もあるのかもしれない。

 “血が流れている“っていうのも、あながち変な言葉でもないのかな、とも思った。


「なんだか、最近、遼は楽しそうよね」

 母がいった。


「そう?別に何も変わらないでしょ」

「うーん、わからないけど、なんだか充実しているように見えるわ」

 そういうふうに、見切り発車をするのは母の悪い癖かもしれない。


「なんだろ、恋?」

「違うよ、そんなのないし」

 僕は否定する。雨宮春風の顔が一瞬だけ浮かんだけど、すぐに消えた。


「うーん、友達ができた」

「いや、友達なんて——前からたくさんいるじゃん」

 自分でも驚くほど少し間があった。


「そっか。でもこの前、家に来てた子、仲良さそうだったわよね?」

「あ、ああ、大和?」

 なぜかぬくぬく君が思い浮かんだ。


「ああ、あの子、大和君っていうんだ。扇風機の前で“ワレワレハ“ってやっていたじゃない」

 僕はご飯を頬張りながら顔が赤くなるのを感じた。


「あんな顔で笑った遼って、久しぶりに見たって感じだったわ」

 母が嬉しそうに喋る。

 父は黙ってビールを飲みながら聞いていたが、ボソリと口を開いた。

「それで——」

 僕と母はごくりと唾を飲み込んだ。

「“ワレワレハ“のあとはなんて言ったんだ?」


 きょとんとした顔で母は言った。

「“チキュウジンダ“だったわ」


「そこは“ウチュウジンダ“だろー!」


 すかさず父が突っ込んだ。

 食卓が静寂に包まれた。そのすぐあとに、父と母は顔を見合わせて大きな声で笑った。

 そんな二人に挟まれて僕は、何が楽しいのかまったくわからなかった。

 これがいつもの僕らの食卓だ。他の家がどうだか知らないけれど、特に変わっていることもないんだと思う。

 唯一違うことがあるとすれば、母の唐揚げが美味しすぎることぐらいだろう。



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