4-1 土砂降り
二日間の晴れ間が嘘のように、七月に入ると雨の日が続いていた。
夏休みに入る前に期末テストが控えている。周りのみんなは取り憑かれたように勉強をしていた。僕はというと、七月下旬のインターハイに向けて調整を続けていた。調子は上の中ぐらいか。
もちろん勉強もかかすことはできない。入学以来、学年一位をキープしてきた手前、期末テストでもその座を明け渡す気は毛頭ない。
塾に通っていない大和は、学校の図書室で時間いっぱい勉強をしているようだ。僕が練習を終えて、図書室に行くと、大和は淡々と机に向かって何やら問題を解いていた。あいかわらず夕方にもかかわらず寝ぐせがついた頭は、シャーペンの動きと一緒に小刻みに動いている。
僕が背後に立っても、集中していて全く気づく様子はない。ノートを覗き込むと、僕がみてもよくわからない数式と図形が乱雑に並んでいる。物理の計算をしているようだったが、物理の教科書や参考書を開いているわけでもなく、ただノートに数式を書き殴っていた。
その寝ぐせのついた小さな頭に詰められた脳みそがフル回転し、右手にひたすら信号を出力しているように見えた。そんな大和を見ていると、なんだか少し僕と違う世界にいるような気がした。
数式でページがいっぱいになった。
「お客さーん。そろそろ、閉館ですよ」
他の利用者に迷惑にならないよう、声を落として大和の耳元で囁いた。ノートをめくろうとしていた大和はびくっとして振り返った。
「なんだ、びっくりしたあ。遼か。あ、もうこんな時間」
大和は少し安堵したような顔になると、机の上に散らかった筆記用具やノートを片付け始めた。
僕たちは荷物をまとめて図書室を後にした。
「雨降ってるな。チャリ、めんどくさ」
廊下を並んで歩きながら、僕はつぶやいた。
「ビショビショになるからね。僕、豊富でちょっと遠いから電車で帰ることもあるけど、今日はコレを持ってきたから」
大和は、レインコートの入った袋をポンポンと叩いてなぜかドヤ顔をしている。その顔を見て僕は少し笑ってしまいそうになった。
昇降口まで来たところで、僕らは雨脚の強さに、絶望した。
二人でしばらくの間、言葉を失って立っていた。
土砂降りだ。滝のように雨が地面を打ちつけている。父親と洗車に行ったときに、車の中で見た光景にそっくりだった。
「——さすがに、ちょっと雨が弱くなるの待とうぜ」
「そうだね」
地面とガラスの扉を叩く雨音が絶え間なく続いている。昇降口近くにあった椅子に腰かけて、僕らは雨が弱くなるのを待った。
「さっき、物理やってたの?なんの計算?」
「ああ、あれ?星雲間転送装置の計算だよ。今僕が修理したとしても、どうしても、10光年しか飛べなくてさ。タルサス星に帰るには35万回ワープが必要になっちゃう」
大和は少し残念そうに答えた。
「は?それって、マジだったの?」
僕は少し呆れ顔で言った。
「うん。やっぱり、東大行ってから研究したほうがいいのかな」
「いや、そういうことじゃなくって——」
「あ、自分達が帰るための研究じゃなくて、もっと人役に立つ研究をしたほうがいいってこと?」
大和は少し首を傾けて言った。
知らない生徒が扉を開けて土砂降りの中に突撃してしていった。雨音が激しくなった。すぐに扉が閉まって少し静かになった。
「うーん、そうじゃないんだよな。なんて言ったらいいんだろ」
「あ、そうだよね。今はその計算よりも受験勉強だよね」
「ん?ああ、そうだよな——」
僕はなんだかめんどくさくなってこの話を切り上げた。
大和はスマホをいじって天気予報アプリの雨雲レーダーを見ていた。僕たちの中央市は赤とか紫の強い雨のエリアになっている。
「後ニ十分後ぐらいには、強い雨、通りすぎそう、ほら」
僕にスマホを見せて、大和はにこりと笑った。雨の予想は二十分後には赤から薄い水色になっている。
「大和の匂いの能力で、雨雲はわかんないの?」
「うーん、雨の匂いはわかるけど、雨の強さまではわからないな。気圧と、あと大気中の水蒸気に含まれる静電気の量を感知すればいけなくもないかな。うん」
腕組みをして真剣に考えている。こういうところが大和らしい。
「ふーん、そうなんだ。走って勉強することしか能がない、イプコム星人は、なんだかつまんないな」
「へへへ、そんなことないよ」
そんな話をしていたら、少し雨脚が弱くなったようだった。
大和は袋からレインコートを取り出した。教科書が入ったリュックを背負う。
リュックにつけられた小さな白いぬいぐるみのようなキーホルダーが揺れた。もこもことした毛におおわれた白い羊のようなキャラクター。見ようによっては悲しそうな顔にもみえる。白くてふわふわだったのだろう表面は、少し汚れてごわごわしているようだ。どこかで見たことがあるような気もする。
「なあ、大和。お前がいつもつけてるそれってなんなの?」
「え、これ?」
大和はぬいぐるみのようなキーホルダーを指で触った。
「そう、LINEのアイコンもそれだよな」
「——ああ、うん。ぬくぬく君っていうんだ」
少し戸惑ったように大和が答えた。
「ふーん」
小降りになった雨を確認するように、他の生徒たちが一人、また一人と扉を開けて下校していく。扉を開けても先ほどの雨音は聞こえなかった。静かに地面を濡らす音だけが、周囲にしみこんでいた。




