3-6 灰色の夢(後編)
「…雨宮さん、大丈夫そうだね」
グレイのお面の下から、大和がつぶやいた。
「ああ、でも、心の中では不安だろうな。誰かが自分の体操服を盗んだんだから」
「うん。そうだよね…」
少し、大和の声は沈んでいるようにも聞こえた。
そのあともお客さんの波はひきもきらず、ひたすら出口へと追いやったり、他のお化け役の友達と馬鹿なことをやっていた。
三年間、碧陽祭に参加していたけど、なんだか、今回が一番楽しく感じられた。去年まではクラスの輪の外で、一歩引きながら参加していたのだろう。友達はいるけど、そこまで踏み込めなかったし、踏み込もうとしなかったように思う。
それもこれも、隣で台車に載っているちんちくりんの宇宙人のおかげかもしれない。
「おーい、そろそろ撤収しまーす。」
クラス展示の終了時刻15時が過ぎて、最後のお客さんを追い出した。古屋の掛け声とともに、撤収の作業が始まった。
窓に貼られた暗幕を剥がすと、午後の日差しが眩しかった。クラスのみんなは、それぞれ持ち場の片付けをはじめた。真っ暗だったときはわからなかったけど、みんなで苦労して作り上げたお化け屋敷はこんなにもチープだったのかと感じて笑えてくる反面、片付けてしまうことにも若干の寂しさをおぼえた。
僕と大和も持ち場のオブジェと机、椅子を片付けていった。大和はグレイのコスプレが気に入ったのか、お面は外したものの、いつまでもその格好のままだった。「おう、グレイ」と、同級生にいじられるたびに、大和はあの気持ち悪い動きをして笑わせていた。
僕らは片付けがひと段落して、大量の段ボールを例の台車に乗せて外のゴミ捨て場に一緒に捨てにいった。段ボールを捨てると、さすがに暑さと、朝からの疲れで校舎の横の水飲み場で水を飲みながら一息つくことにした。
大和は全身タイツの下に被ったヘルメットを脱ぎ、そこからスマホを取り出し、少し陽が落ちはじめた校舎をパシャリと写真におさめた。
「お前、そんなとこにスマホ入れてたの?」
「うん、だって、これ、ポケットないんだもん」
確かに、全身タイツにはスマホを入れるところはないし、仮にタイツの中に入れたとしても、スマホが浮き上がってなんだか滑稽だ。
「あー、碧陽祭が終わったから、あとは受験勉強だね」
突然、グレイの格好をした大和がそんな現実的なことを呟いたので、飲んでいた水を吹き出しそうになった。
「あ、遼はまだ、全国大会があるか」
「あ、ああ、そうだな。でも、それが終わったら俺も受験勉強しないと」
少し咳き込みながら答えた。
「遼は、勉強もできるから、大丈夫でしょ」
「あ、ああ、それは否定しないわ。イプコム星人の能力なめんな」
笑いながら返すと、大和の顔は少しほころんだ。
「僕、東大行きたいんだ」
ぼそりと大和がつぶやいた。
「は、まじで?」
「うん、物理工学やりたくて」
「すげーじゃん。やりたいものがあるって羨ましいな」
自然と声に出ていた。
その裏返しとして自分にはやりたいものがないということか——
「家にある、星雲間転送装置壊れちゃってさ。僕も両親もタルサス星に戻れなくなったんだよ。修理しないと…。」
「あー、そうなんだー。」
そう言いながら、となりの大和の顔を見返した。傾きかけた夕陽が照らした彼の表情はあの教室でみたものと同じだった。冗談でも、“宇宙人ごっこ”で言っているわけでもない、大和の偽らざる本心のように感じた。
確かに大和はこの高校の進学クラスにいるだけあって頭はいいのだろう。それぞれの教科でも僕には敵わないけど上位だったかもしれない。
だけど、ここまでしっかりと前を見据えているとは思わなかった。
それと——
「へへ、人に初めて言ったよ。こんなこと、普通信じてもらえないもんね。」
——コイツ、ごっこじゃないのかも。
僕の隣にいるグレイのコスプレをしたちんちくりんの地球人は、もしかしたら本当の宇宙人なのかもしれない。
常人離れした嗅覚や、感覚。
そして、今の語ってくれた夢——
本当の宇宙人じゃなかったらなんだというのか。
今の、言葉がただの“ごっこ“だとしたら、彼は僕に嘘をついているということなのか。
本当の宇宙人なら——
僕を、本当に信頼してくれているということか。
本当に宇宙人なら——
僕は、彼に嘘をついていることになるのではないか。
「あれ、三笠くん?」
後ろから声をかけられて、僕の思考は中断した。
振り返ると、色とりどりの段ボールを抱えた雨宮春風が立っていた。
「ゴミ捨てに来たんだ。あそこだっけ?」
「そうだよ、いっぱい積まれてる。」
僕はゴミ捨て場を指差して答えた。
「わかった。ありがとう。」
雨宮はゴミ捨て場に向かって少し進んだ後、その小さな頭を振り返って言った。
「あ、三笠くん。田中くんの台車押してたでしょ。あれ、リアルだったし、すっごく面白かった。」
「ほんと、よかった。でも、怖くはなかったんだ」
「うん、全然!」
雨宮はえくぼをつくって、きらりと笑った。
夕陽のせいか、彼女の笑顔が眩しかったからか、僕はつい目をそらしてしまった。
振り返ると、大和は口を開けて彼女の後ろ姿を見ていた。
「お、おい。大丈夫か?」
「う、うん」
大和の目は虚空を彷徨っていた。
「星雲間転送装置直しちゃったら、雨宮に会えなくなっちゃうね。」
「あ、、ああ」
——なるほどね。
となりで口を開けて女の子の後ろ姿を追っかけている銀色の宇宙人は、どうしてもただの恋する地球人にしか見えない。
「おい、帰ろうぜ。こんなところでサボってたら、みんなに怒られる。」
「ああ、そうだね。片付けしないと」
——まあ、いいか。
コイツは宇宙人だと言ってる地球人。僕は宇宙人だと言われる地球人。どちらもたいして変わりはない。
コイツの言ってることが本当だろうが、嘘だろうが、僕にはあまり関係ない。
僕が“ごっこ“することで、大和が楽しく過ごせるなら、それはいいことなんだろう。
ほどほどに生きていく人生、いいじゃない。
そう考えて顔を上げると、銀色の宇宙人は、運んできた台車に乗って、例の変な動きをしている。
「へへへ」
「いくぞ!」
僕は台車のハンドルに手をかけて、発進した。二日間もコイツを乗せてお客さんを出口に追いやってきたんだ。
ゴミ捨て場から、雨宮が帰ってきた。
僕らは雨宮の方に突進した。
「いやー、キモいー!」
雨宮が笑いながら逃げていく。
さすがに陸上部女子の雨宮には、なかなか追いつけない。
グレイの台車がスピードを上げながら追いかける。
もう少しで、追いつこうとした、そのとき——
雨宮がその綺麗なフォームで段差を飛び越えた。
僕らの視界に映る雨宮は、ハイスピードカメラで撮られた映像。その一瞬は、鮮明でスローモーションのようだ。
再生ボタンを押したかのように急に世界が動き出した。
ハンドルを持つ手に衝撃がはしる。
僕らの台車は、段差につまづき、大和もろとも宙を舞った。
僕ら二人はアスファルトの校庭の床に倒れ込んだ。
「だ、大丈夫?」
戻ってきた雨宮が、ひっくり返っている僕らを心配そうに覗き込んだ。
少し息を切らしながら、前髪を耳にかきあげる。
「いててて。」
大和の腰のところで、銀色の全身タイツが破れて、擦り傷ができていた。赤い血がじわりと滲んだ。
「ほら、グレイだって赤い血だよ。」
大和が言った。
「誰が宇宙人は、血が赤くないって言ったんだ。」
僕が言った。
二人で、顔を見合わせて、大きな声で笑った。
僕らは、大の字にひっくり返って空を見上げた。
雨宮は口に手をやって僕らを見下ろしていた。困惑しつつも、僕らにつられて少し微笑んだように見えた。
校舎に縁取られた空は、少し茜色がさしている。六月後半にしては、澄みきっていた。
飛行機雲が、空の一番高いところを切り裂きながら滲んでいた。
僕たちの記憶に染み入っていくように、雲は空の青さに溶けていった。




