黎明期のハッカーとホビイストたち 第5話:ジョブズの野心
作者のかつをです。
第十四章の第5話をお届けします。
もう一人のスティーブ、スティーブ・ジョブズの登場です。
技術の天才ウォズと未来を見る天才ジョブズ。この二人の出会いこそがAppleという奇跡を生み出しました。
今回はその運命の瞬間を描いています。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
スティーブ・ジョブズは異質な存在だった。
彼はホームブリュー・コンピュータ・クラブの他のメンバーたちとはまったく違っていた。
彼はハンダごてを握らない。
電子回路の深い知識も持っていない。
彼を動かしていたのは技術への探求心ではなく、もっと別の燃えるような何かだった。
それは野心と美学と、そして世界を変えたいという途方もない渇望。
彼は親友であるウォズの魔法の基板をクラブの会合で初めて見た時、雷に打たれたような衝撃を受けた。
クラブの他の連中は、その技術的なエレガントさに熱狂していた。
しかしジョブズが見ていたのはそのさらに先に広がる風景だった。
「……これは売れる」
彼は直感した。
ウォズは自分の発明の本当の価値に気づいていない。
彼はただ仲間たちに回路図を無料で配って賞賛されれば、それで満足なのだ。
まるでビル・ゲイツのBASICをコピーしていた連中と同じだ。
ジョブズにはそれが我慢ならなかった。
この素晴らしい発明は一部のマニアだけのおもちゃで終わらせてはいけない。
完成した「製品」として箱に入れて、世界中の普通の人々の手に届けなければならない。
彼はウォズを説得し始めた。
「なあウォズ。俺たちで会社を作らないか」
ウォズはきょとんとした。
会社? 何のために。
「君のそのボードを売るんだ。プリント基板を作って部品をセットにして売る。そうすればクラブの仲間だってハンダ付けするだけで君の魔法を手に入れられる」
ウォズは首を振った。
彼はビジネスにまったく興味がなかった。
自分の設計はあくまで趣味。無料で共有されるべきものだと信じていた。
それに自分はHPの安定したエンジニアの仕事に満足していた。
ジョブズは諦めなかった。
彼は来る日も来る日もウォズを口説き続けた。
時には哲学的な言葉で未来を語り。
時には涙ながらに感情に訴えかけた。
「これは俺たちの一生に一度の冒険なんだ!」
その悪魔的なまでの情熱。
純粋な技術者であるウォズは、その激しい炎に抗うことができなかった。
彼はついに重い腰を上げた。
人生で一度くらいは親友の壮大な夢に乗ってみるのも悪くないかもしれない。
彼はまだ気づいていなかった。
そのささやかな決断が自分を歴史上最も有名なコンピュータ会社の共同創業者にしてしまうということを。
そしてその会社がやがて世界で最も価値のある企業へと成長していく未来を。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ジョブズはウォズを説得するため最終的に「もし失敗しても、少なくとも俺たちは自分の会社を持ったって孫に自慢できるぜ」と言ったそうです。彼の巧みな人心掌握術が窺えますね。
さて、二人の天才はついに会社を立ち上げることを決意しました。
次回、「ガレージから世界へ」。
伝説のApple Computerがその第一歩を踏み出します。
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