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IT創世記~開拓者たちの足跡~  作者: かつを
第1部:シリコンの創世編 ~機械の誕生と魂の萌芽~
9/15

チューリングの見た夢 第2話:想像上の機械

作者のかつをです。

第2話をお届けします。

 

少し理論的で難しい話に聞こえるかもしれませんが、これはコンピュータ科学の根幹をなす、非常に重要なアイデアの誕生の瞬間です。

 

一人の天才の頭の中だけで行われた思考実験が、いかにして現実の世界を変える力を持ったのか。そのスケールを感じていただければ幸いです。

ケンブリッジ大学。

青年になったアラン・チューリングは、その才能を遺憾なく発揮していた。

しかし、彼の心は、常にアカデミズムの中心から少しだけ外れた場所にあった。

 

彼が取り憑かれていたのは、当時の数学界が直面していた、一つの巨大な壁。

ドイツの偉大な数学者ダフィット・ヒルベルトが提唱した、「決定問題(Entscheidungsproblem)」だ。

 

それは、一見するとシンプルな問いだった。

「いかなる数学的な命題が与えられても、それが『真』であるか『偽』であるかを、有限の手順で判定できるような、万能のアルゴリズムは存在するか?」

 

もしそんなアルゴリズムがあれば、数学のすべての問題は、機械的な作業だけで解けることになる。

それは、数学という学問の終わりを意味するかもしれない、究極の問いだった。

 

多くの数学者たちが、この問題に正面から挑み、そして敗れ去っていた。

 

チューリングのアプローチは、根本から違っていた。

彼は、まず問いそのものを分解した。

 

「そもそも、『有限の手順』とは何か? 『計算』とは、一体どういう行為を指すのか?」

 

彼は、この最も根源的な問いに答えるため、一つの思考実験を始める。

 

彼は、想像の中に、一台の奇妙な機械を描いた。

 

その機械には、無限の長さを持つ一本の「テープ」が取り付けられている。

テープはマス目に区切られ、それぞれのマスには記号を書き込んだり、消したりできる。

 

そして、テープの上を動く「ヘッド」がある。

ヘッドは、テープの記号を読み取り、内部の状態と、あらかじめ与えられた「ルール表」に従って、記号を書き換え、テープの右か左に一マス移動する。

 

それだけの、非常にシンプルな機械だ。

 

しかし、チューリングはこの単純なモデルで、人間が紙と鉛筆で行う、あらゆる「計算」を模倣できることを証明した。

 

これが、のちに「チューリング・マシン」と呼ばれることになる、革命的なアイデアだった。

 

彼はさらに思考を進める。

この機械は、ルール表さえ書き換えれば、足し算も、微分方程式も、どんな計算でも実行できる。

では、その「ルール表」自体を、テープに記号として書き込んでおけばどうだろうか。

 

その瞬間、奇跡が起きた。

 

機械は、もはや特定の計算しかできない専用機ではなくなる。

テープに書かれた「プログラム」を読み込むことで、ありとあらゆる計算を実行できる「万能機ユニバーサル・マシン」へと変貌するのだ。

 

それは、紙と鉛筆だけで行われた、静かな革命だった。

 

彼は、この「万能チューリング・マシン」の概念を用いて、「決定問題」に対する最終的な答え――すなわち、万能のアルゴリズムは存在しない、ということを証明する。

 

しかし、その副産物として彼が生み出したこの想像上の機械こそが、現代に存在するすべてのコンピュータ――あなたのスマートフォンやノートパソコン――の、理論的な設計図そのものだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

 

「チューリング・マシン」は、物理的に作られたわけではありません。あくまで、計算とは何かを定義するための理論モデルです。しかし、現代のコンピュータがやっていることも、突き詰めれば「メモリから命令を読み込み、実行し、結果を書き出す」という、このモデルの繰り返しに他なりません。

 

さて、純粋な数学の世界で偉大な功績をあげたチューリング。

しかし、時代は彼に、静かな研究生活を許しませんでした。

 

次回、「ブレッチリー・パークへの招集」。

第二次世界大戦の嵐が、彼の運命を大きく変えることになります。

 

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