インターネットが産声をあげた日 第5話:LOGIN(終)
作者のかつをです。
第十一章の最終話です。
一度の失敗を乗り越え、ついにインターネットがその最初の通信を成功させる歴史的な瞬間。
その静かな、しかし感動的なクライマックスを描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
UCLAの研究室は再び静寂に包まれた。
しかし、それは先ほどまでの緊張した静けさとは種類が違っていた。
一度失敗した。
その事実が逆に彼らをリラックスさせていた。
もう失うものは何もない。
スタンフォードのビル・デュバルは、すぐさま自分たちのプログラムのデバッグ作業に取り掛かった。
問題の箇所はすぐに特定できた。
単純な、しかし致命的なバグ。
彼は急いでコードを修正し、システムを再起動した。
約一時間が経過しただろうか。
午後11時半を少し回った頃。
受話器の向こうから、デュバルの落ち着いた声が聞こえてきた。
「よし、準備ができた。もう一度やってみよう」
UCLAのチャーリー・クラインは静かに頷いた。
二度目の挑戦。
手順は先ほどとまったく同じだ。
接続、成功。
L、成功。
O、成功。
そして運命の三文字目。
クラインの指がGのキーを叩く。
固唾を飲んで画面を見守る。
G。
画面に三つ目の文字が、確かに表示された。
スタンフォードのシステムはクラッシュしていない。
「……やった」
研究室の誰かが小さく呟いた。
クラインは続けた。
I。
そして最後の文字、N。
画面の上に「LOGIN」という5つの文字が、完璧な形で並んだ。
接続は確立された。
人類は初めて、時と空間を超えてコンピュータの魂を一つに繋げることに成功したのだ。
しかし、研究室は爆発的な歓声には包まれなかった。
彼らは互いに顔を見合わせ、静かに笑みを浮かべただけだった。
そしてまるでそれが当たり前のことであるかのように、すぐに次の作業へと戻っていった。
彼らはまだ、自分たちが何を成し遂げたのか、その本当の歴史的な意味を理解してはいなかったのかもしれない。
彼らにとっては、それは壮大な革命の第一歩などではなかった。
ただ目の前にあった一つの知的なパズルが解けた。
その静かな満足感。
それだけだった。
……現代。
私たちが当たり前のようにクリックし、スワイプし、タップするその一回一回が。
半世紀以上も前のあの夜、カリフォルニアの二つの研究室で始まった壮大な物語の続きであることを。
そして、すべての始まりとなった最初の言葉が「LOGIN」だったということを。
私たちは時々、思い出してみてもいいのかもしれない。
この便利で当たり前の日常が、名もなき開拓者たちの静かな、しかし熱い情熱の結晶の上に成り立っているということを。
(第十一章:メッセージは届いたか ~インターネットが産声をあげた日~ 了)
第十一章「インターネットが産声をあげた日」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
この歴史的な成功の後、ARPANETは急速にその規模を拡大していきます。翌年には4つの大学が接続され、その後雪だるま式に世界中へと広がっていくのです。
さて、遠く離れたコンピュータ同士は繋がった。
しかし、その次に彼らが直面したのはもっと身近な問題でした。
次回から、新章が始まります。
第十二章:壁の穴の向こう側 ~世界中のPCを繋いだイーサネットの発明~
同じ建物の中にあるコンピュータ同士を、どうやってスマートに繋ぐのか。
現代のオフィスや家庭の有線LANのすべての土台となった、もう一つの偉大な発明の物語です。
引き続き、この壮大なIT創世記の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
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それでは、また新たな物語でお会いしましょう。
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