計算機センターの女性たち 第7話:ソフトウェア・エンジニアという仕事(終)
作者のかつをです。
第一章の最終話です。
歴史から消された彼女たちの功績が、実は現代の私たちと地続きで繋がっている。
この物語のテーマを、第一話のプロローグと繋げる形で描きました。
ささやかな感動を、感じていただけたら嬉しいです。
歴史から、忘れられた。
世界から、認められなかった。
しかし、彼女たちの物語は、そこで終わりはしなかった。
なぜなら、彼女たちは本物の「開拓者」だったからだ。
戦争が終わりENIACがその役目を終えた後も、六人のうち何人かはコンピュータの世界に残り続けた。
特に、ベティ・ジェニングスとベティ・スナイダーは、ENIACの後継機であるUNIVACの開発に参加し、世界で最初の商用コンピュータのプログラミングに携わった。
彼女たちは、物理的なケーブルを繋ぎ変えるのではなく、命令をコードとして書き込む現代的なプログラミング言語の黎明期を、その手で切り拓いていったのだ。
彼女たちがENIACと格闘する中で得た知見――
すなわち、巨大な問題を小さなタスクに分解すること。
バグを粘り強く探し出し、修正すること。
そして、機械が理解できる言葉で論理的に思考を組み立てること。
それらすべてが、「ソフトウェア・エンジニアリング」という、新しい学問分野の礎となっていった。
彼女たちは、自らが歴史に名を刻むことには興味がなかったのかもしれない。
ただ、目の前にある難解なパズルを解くことに知的な喜びを見出していただけだった。
その純粋な探求心こそが、世界を前に進める原動力だった。
……2025年、東京。
オフィスの窓から夕焼けを眺めながら、一人のソフトウェア・エンジニアが今日の仕事を終えようとしていた。
画面には、彼女が一日かけて書き上げたプログラムコードが美しく並んでいる。
彼女は、ディスプレイの隅に表示されたエラーメッセージをクリックする。
「バグ」が見つかったらしい。
彼女は、ため息をつきながらも、どこか楽しそうにその「虫取り(デバッグ)」作業を始めた。
彼女は知らない。
自分が今、当たり前のように使っているその言葉と、向き合っているその仕事が、八十年前に巨大な鉄の塊の前で奮闘した六人の女性たちの足跡の、その遥か先にあるということを。
歴史は、彼女たちの名を忘れた。
しかし、彼女たちが始めた仕事は、決して消えることはない。
それは、世界中の何百万人ものエンジニアたちの手によって、今この瞬間も受け継がれているのだから。
(第一章:最後のパンチカード ~計算機センターの女性たち~ 了)
第一章「最後のパンチカード」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
彼女たちの功績は、近年になってようやく光が当たり始め、ドキュメンタリー映画が作られるなど、再評価の動きが広がっています。
さて、シリコンの創世は、まだ始まったばかりです。
次回から、新章が始まります。
第二章:チューリングの見た夢 ~コンピュータ科学の原点~
コンピュータとは何か、AIとは何か。その根源的な問いを生み出し、そして悲劇的な生涯を終えた一人の天才数学者の物語です。
引き続き、この壮大なIT創世記の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第二章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。




