GoogleとAmazonを産んだデータベース革命 第4話:社内での孤立
作者のかつをです。
第九章の第4話をお届けします。
どんなに優れた理論も、組織のしがらみや既存の利権の前では簡単には受け入れられない。
今回は、現代の大きな組織でも起こりがちな「イノベーションのジレンマ」という普遍的なテーマを描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
テッド・コッドは自らのリレーショナルモデルの理論的な正しさを確信していた。
彼はこの革命的なアイデアを、社内の研究レポートとして発表した。
これで誰もがこの理論の素晴らしさに気づくはずだ。
会社はすぐさまこのモデルに基づいた新しいデータベースの開発に乗り出すに違いない。
彼はそう楽観していた。
しかし、IBM社内の反応は彼が想像していたものとはまったく違っていた。
それは賞賛ではなかった。
むしろ冷淡な無視と、あからさまな敵意だった。
なぜか。
当時のIBMは「IMS(Information Management System)」という階層型のデータベースを主力製品として販売していたからだ。
IMSはIBMにとって莫大な利益を生み出す金のなる木だった。
何百人ものセールスマンとエンジニアが、この製品で飯を食っていた。
そこへコッドはたった一人で乗り込んできた。
そして「IMSの根本的な思想は間違っている。すべてはテーブルで置き換えるべきだ」と宣言したのだ。
IMSの開発チームにとって、それは自分たちの存在そのものを否定されるに等しい侮辱だった。
「何を、夢みたいなことを言っているんだ」
「リレーショナルモデルなど、理論の上では美しいかもしれないが、遅すぎて使い物になるもんか」
「今のコンピュータの性能で、あんな複雑な結合処理が実用的な速度でできるわけがないだろう」
彼らはコッドの理論を非現実的なおとぎ話だと一笑に付した。
そして経営陣もまた、IMSという現在の利益を守ることを選んだ。
コッドのプロジェクトには予算も人員も与えられなかった。
彼は社内で完全に「異端者」として扱われた。
悔しさのあまり、彼は夜眠れないほどの頭痛に悩まされた。
「なぜだ。なぜ、この数学的な真実が分からないんだ」
彼の怒りの矛先はIBMという巨大な官僚組織そのものへと向かっていった。
この会社は目先の利益に目がくらみ、未来への洞察力を失ってしまったのか。
コッドはもはや社内での議論に見切りをつけた。
ならばやることは一つしかない。
この理論をIBMの外へ。
全世界の科学者たちへ直接問いかけるまでだ。
彼は自らの研究のすべてを一篇の論文にまとめ始めた。
それはIBMという帝国に対する彼のたった一つの、そして最も強力な反撃の狼煙だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
IMSのチームが主張した「性能が出ない」という懸念はあながち間違ってはいませんでした。当時のハードウェア性能ではリレーショナルモデルは確かに重すぎたのです。しかしコッドはムーアの法則を信じていました。いずれハードウェアが理論に追いつく日が来ると。
さて、社内での戦いに敗れたコッド。
彼が最後の望みを託した一篇の論文。
次回、「たった一本の論文」。
その論文がコンピュータの歴史を静かに、しかし大きく動かします。
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