天気予報を可能にしたスパコンの父 第7話:未来を計算する機械(終)
作者のかつをです。
第八章の最終話です。
一人の天才が遺したものが、現代のあらゆる科学技術やエンターテインメントの土台となっている。
この物語全体のテーマに立ち返りながら、シーモア・クレイの偉大な功績を締めくくりました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
シーモア・クレイはCray-1の成功に満足することはなかった。
彼は生涯をかけて、ただひたすらに、より速いコンピュータを求め続けた。
Cray-2、Cray-3……
彼は常に自らが作り出した記録を自らの手で塗り替えていく、孤独なマラソンランナーだった。
時代はやがてスーパーコンピュータの世界にも大きな変化をもたらす。
クレイのような一人の天才がすべてを設計する時代から、何千、何万という安価なプロセッサを並列に繋いで力技で計算能力を稼ぐ時代へ。
クレイの芸術品のようなエレガントな設計思想は、徐々に時代の主流ではなくなっていった。
しかし、彼がたった一人で切り拓いた道は決して消えることはない。
彼が初めて世界に提示した「スーパーコンピュータ」という概念。
それは私たちの文明のあり方を根本から変えてしまった。
……現代。
製薬会社の研究室で、AIが数億種類の化学物質の組み合わせの中から、新しい病気に効く薬の候補を探し出している。
ハリウッドのスタジオで、アーティストが現実と見分けがつかないフルCGの恐竜を画面の中で生き生きと動かしている。
それらすべての創造の現場の、その根底には。
シーモア・クレイが私たちに残してくれた偉大な遺産が息づいている。
「未来を計算する」という力である。
かつて試行錯誤と莫大なコストをかけて偶然に頼るしかなかった新しい発見。
その気の遠くなるようなプロセスを、スーパーコンピュータはシミュレーションという力で劇的に加速させたのだ。
シーモア・クレイは単なる速い計算機を作ったのではない。
彼が作ったのは、人類のイノベーションの進む速度そのものを速めるためのタイムマシンだったのかもしれない。
孤高の天才が田舎町で静かに見た夢。
その夢の続きを私たちは生きている。
計算によってより良い未来を創造できると信じて。
今日も世界のどこかでスーパーコンピュータは静かに、しかし力強く未来を計算し続けている。
(第八章:64ビットの衝撃 ~天気予報を可能にしたスパコンの父~ 了)
第八章「64ビットの衝撃」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
シーモア・クレイは1996年に交通事故によりその生涯を閉じました。しかし彼が創設したクレイ社は形を変えながら、今なお世界のスーパーコンピュータ開発の最前線で戦い続けています。
さて、コンピュータの究極の計算能力が示されました。
次なる物語は、その計算の元となる「データ」のあり方を根底から変えた一人の数学者の孤独な戦いの物語です。
次回から、新章が始まります。
第九章:図書館員の反逆 ~GoogleとAmazonを産んだデータベース革命~
現代のあらゆるウェブサービスの心臓部、「リレーショナルデータベース」。
その美しすぎる理論を社内の無理解と戦いながら、たった一人で提唱したIBMの異端の数学者の静かなる革命を描きます。
引き続き、この壮大なIT創世記の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第九章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。
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▼作者「かつを」の創作の舞台裏
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