最後のパンチカード 第6話:歴史からの抹消
作者のかつをです。
第6話です。今回は、読んでいて少し悔しい気持ちになるかもしれません。
偉大な功績をあげながらも、時代の偏見によって、その存在を正当に評価されなかった彼女たちの現実を描きました。
しかし、これもまた、紛れもない歴史の一幕です。
1946年2月15日。
戦争は終わり、世界は新たな時代を迎えようとしていた。
ペンシルベニア大学には、多くの報道陣が集まっていた。
陸軍の肝いりで開発された、夢の計算機「ENIAC」が、ついに一般に公開される日だ。
部屋の中央には、磨き上げられたENIACが、その威容を誇示するように鎮座している。
フラッシュが、眩しく焚かれた。
壇上には、ENIACの開発責任者であるジョン・モークリーとプレスパー・エッカート、そして陸軍の高官たちが、誇らしげな顔で並んでいた。
「このENIACは、人類の知性を新たな段階へと引き上げる、偉大な発明であります!」
賞賛の言葉が、次々と並べられていく。
モークリーとエッカートは、時代の寵児として、記者からの質問に答えていた。
その華やかな光景を、部屋の片隅から、六人の女性たちが見つめていた。
カイ、ベティ、フランシス、マーリン、ルース、そしてもう一人のベティ。
彼女たちは、この日のために、綺麗なドレスを着るように指示されていた。
しかし、壇上に彼女たちの席はなかった。
デモンストレーションが始まると、彼女たちはENIACの前に立つように言われた。
報道陣の一人が、近くにいた士官に尋ねる。
「彼女たちは?」
士官は、にこやかに答えた。
「ああ、彼女たちは“冷蔵庫ガール”さ。機械の前に立たせると、見栄えが良くなるだろう?」
冷蔵庫ガール――当時の広告で、新製品の冷蔵庫の横に立たされるモデルたちのことだ。
その言葉は、彼女たちの胸に、冷たい刃物のように突き刺さった。
自分たちは、飾りじゃない。
この機械に、魂を吹き込んだのは、私たちなのに。
この巨大な鉄の塊に、思考の配線を繋ぎ、知性を与えたのは、私たちなのに。
しかし、その声は誰にも届かない。
新聞や雑誌には、二人の男性開発者の写真だけが、大きく掲載された。
ENIACのプログラムを組み上げた六人の女性プログラマーの存在は、まるで初めからいなかったかのように、綺麗に消し去られていた。
彼女たちは、歴史の脚注にすら、その名を刻まれることはなかった。
それは、意図的な抹消だった。
当時は、女性がこのような知的で重要な仕事を担うはずがない、という社会の偏見が、あまりにも根強かったのだ。
フラッシュの光の中で、六人はただ、静かに佇んでいた。
自分たちが生み出した子供が、自分たちのものではないと、世界に宣言されている。
その悔しさを、彼女たちはただ、黙って噛みしめるしかなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
彼女たちの功績が再評価され始めたのは、1990年代後半になってからでした。ENIAC開発50周年を機に、彼女たちの存在を掘り起こそうという運動が起こったのです。
さて、歴史からその名を消された彼女たち。
しかし、彼女たちの仕事は、ここで終わりではありませんでした。
次回、「ソフトウェア・エンジニアという仕事(終)」。
彼女たちの足跡が、現代の私たちにどう繋がっているのか。第一章、感動の最終話です。
ぜひ最後までお付き合いください。
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