天気予報を可能にしたスパコンの父 第6話:天気予報の裏側
作者のかつをです。
第八章の第6話をお届けします。
スーパーコンピュータという遠い存在が、いかにして私たちの「天気予報」という日常に深く関わっているのか。
今回はその意外な繋がりを描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
核シミュレーションと並行して、Cray-1がその圧倒的な能力を発揮したもう一つの重要な分野があった。
「気象予測」である。
明日の天気がどうなるのか。
それは太古の昔から人類が神に問い続けてきた根源的な問いだった。
20世紀に入り、科学者たちは大気の動きが流体力学という物理法則の方程式に従っていることを突き止めた。
理論上は、この方程式を解けば未来の天気を正確に予測できるはずだった。
しかし問題があった。
その方程式はあまりにも複雑すぎたのだ。
地球全体を細かい網の目で区切り、その一つ一つのマスについて気温、気圧、湿度、風速といった膨大なデータを計算しなければならない。
初期のコンピュータでそれをやろうとすると、とんでもないことが起きた。
24時間後の天気を予測するのに、計算だけで一週間以上もかかってしまうのだ。
これでは予報ではなく、ただの「後追い解説」である。
天気予報が「当たらないもの」の代名詞として揶揄されていた時代。
その長年の厚い壁を打ち破ったのがCray-1だった。
アメリカ国立大気研究センター(NCAR)にCray-1が導入されたことで事態は一変する。
これまで数日かかっていた計算が、わずか数分で終わるようになったのだ。
人類は初めて、現実の時間の進みよりも速く未来の天気を計算する能力を手に入れた。
地球のメッシュをより細かく、より立体的にすることで予報の精度は劇的に向上した。
台風の進路予測、ゲリラ豪雨の発生予測。
Cray-1とその子孫たちの圧倒的な計算能力がなければ、私たちの今の生活を支える正確な天気予報は決して存在しなかった。
それはシーモア・クレイが生み出した力が初めて純粋に人々の生活を災害から守るために使われた、輝かしい瞬間だった。
核兵器という最強の矛を生み出す一方で、スーパーコンピュータは気象予測という最強の盾をも私たちに与えてくれたのだ。
孤高の天才が田舎町でたった一人で始めた挑戦。
その恩恵を私たちは毎朝テレビの天気予報を見るたびに、知らず知らずのうちに受け取っている。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
日本の気象庁ももちろんスーパーコンピュータを使って日々の天気予報を計算しています。現在稼働しているシステムはCray-1の数千万倍以上も高性能になっているそうです。
さて、科学技術の光と影、その両方を体現したスーパーコンピュータ。
その父、シーモア・クレイが遺したものは何だったのでしょうか。
次回、「未来を計算する機械(終)」。
第八章、感動の最終話です。
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