天気予報を可能にしたスパコンの父 第3話:スーパーコンピュータ「Cray-1」
作者のかつをです。
第八章の第3話をお届けします。
伝説のスーパーコンピュータ「Cray-1」がついにその姿を現しました。
その圧倒的な性能と美しさ、そしてその裏に隠された技術的な挑戦。その興奮を感じていただければ幸いです。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
1976年。
4年という驚異的な開発期間を経て、その機械はついに完成した。
「Cray-1(クレイワン)」
そのデビューは衝撃的だった。
発表会でベールが取り払われた瞬間、会場は息を呑んだ。
そこに現れたのは、もはやコンピュータとは思えない一つの芸術品だった。
高さ約2メートル。
美しい曲線を描くアルファベットのCの形をした、12の筐体が円環状に並んでいる。
その表面は鮮やかなオレンジと黒のツートンカラーで彩られていた。
そしてその円環の足元には、クッションの効いた黒いレザーのベンチがぐるりと据え付けられている。
まるで「疲れたらここに座って、我が社の最高傑作をゆっくりと眺めていきたまえ」とでも言いたげな、圧倒的な自信と遊び心。
しかし人々を本当に驚かせたのは、その美しい外見ではなかった。
その心臓部に秘められた圧倒的な性能だった。
Cray-1の計算速度は毎秒1億6000万回(160MFLOPS)。
これは当時のどんなコンピュータよりも10倍以上も速い、まさに異次元のスピードだった。
その速さを実現するため、クレイはありとあらゆる常識を破壊していった。
彼は当時まだ信頼性が低いとされていた集積回路(IC)を全面的に採用した。
20万個以上ものICを可能な限り高密度で基板に実装する。
その結果、Cray-1の内部はびっしりと張り巡らされたおびただしい数の配線で埋め尽くされた。
そのケーブルの総延長は実に96キロメートル。
しかもその一本一本の長さが計算され尽くし、手作業で正確に配線されていたのだ。
「スーパーコンピュータ」
Cray-1の登場によって、世界は初めてこの言葉を現実のものとして認識した。
それはもはや人間が日常的に行う計算を高速化するための機械ではなかった。
それはこれまで神の領域とされてきた、複雑な自然現象そのものを計算によってシミュレートするための魔法の箱だった。
しかし、この驚異的な性能は大きな代償を伴っていた。
高密度に実装されたICはオーブンのように灼熱の熱を発生させるのだ。
普通の空冷ファンなどではまったく歯が立たない。
このままでは機械は自らの熱で溶け落ちてしまう。
クレイはこの問題を解決するため、さらに常識外れの、狂気とも思える手段に打って出ることになる。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
Cray-1の筐体の周りにあるベンチは、実は電源ユニットを隠すためのカバーでした。しかし、その無骨な機械を美しいソファに変えてしまうセンス。クレイの美学が細部にまで宿っていますね。
さて、驚異的な性能と引き換えに巨大な「熱」という問題に直面したクレイ。
彼が導き出した常識破りの解決策とは。
次回、「液体冷却という狂気」。
コンピュータの歴史上、最も過激な冷却システムが登場します。
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